17.嵐が去って

 嵐のような夜が去り、静かな朝を迎えた。


 寝不足となった俺の両脇を二人が固め、全く身動きが取れない。

 精神年齢的には高校生の俺としては、二人の十歳そこそこのお子様ホディでは、欲情こそしないものの、少しだけイケナイ気持ちになりそうで、なんとも言えない罪悪感のようなものがある。

『お兄ちゃん……』

 吐息交じりのリリシェラの寝言が耳元で甘く響く。シスコンでは無いはずの俺も、その言葉に全身が痺れるような感覚を味わう。

(危険だ……)

 そう思い、身を起こそうと思ったものの、両腕はしっかりとロックされていて全く動かせない。さらには俺の両脚の上には二人の足が交錯しており、身動きが取れない。どちらかが目覚めて、解放してくれる事を願うしかない状況だった。


 ミューリナはともかく、リリシェラ……いや、理沙は前世から寝起きがあまりよろしくない。今世で幼い頃に一緒に寝たときにも、大変な事があった気がする。起こすならミューリナだろうか。

「兄様……」

 不意をつかれ、ミューリナの唇が頬をかすめた。

(マズイマズイ!)

 さすがに朝から二人のこの攻撃は危険だ。妹だと思っていても、動いてはいけない下半身にある別の意思を持つ存在が反応しそうだ。下手したら、変な声が出ちゃうかもしれん。


 だが、ここは兄として負けられない。

 まずはミューリナを起こそうと決めた。ふと彼女を見ると、一瞬、薄目を開けた気がした。もしかして寝たふりをしているのか?

 疑いをかけた直後だった。ミューリナが口を尖らせて、じわりと迫ってきた。

「こら、起きてるんなら、イタズラするんじゃない」

 ミューリナの行動を黙認する訳にはいかない。それでも迫るミューリナから避けようと首を動かしたところ、俺の頭がリリシェラの額にこつんとぶつかった。しまった、と思ったが、幸いな事に彼女は寝たまま反応しない。

 ならばとりあえずは、ミューリナだ。

「やめないと、口きいてやんないぞ」

「くっ……」

 無念そうな表情を浮かべ、ミューリナの攻勢は止まった。


「ほら、起きろ起きろ」

「むぅ……」

 俺に急かされ、ミューリナはまさに渋々といった様子で離れると、大きくあくびをしながら起き上がった。


「兄様、リリシェラ姉様は……寝起き悪いから起こさないように、ゆっくりと抜けてください」

「昔からよーく分かってる。何度もヒドイ目にあってきたからな。ああ、ミューリナは先に着替えていてくれ。朝に食うパンを……とりあえず小遣いで……買いに行かないといけないしな」

「はい、後でガッツリ請求してやりましょう。私が買って来ておきます」

 ミューリナはニヤリと笑った。買い置きも金も忘れて行った事を責めて、使った数倍の金額を親から請求するつもりだろう。

「ふっふっふ」と不敵な笑い声を残し、彼女は部屋を出て自室へと向かった。


「さてと」

 とりあえずは、リリシェラに抱き付かれてガッツリと固定された左腕を、どうにか自由にしたい。こっそりとひっこ抜こうにも、微動だにしない。

 どうしたものかと考えていたが、寝不足のおかげで睡魔が襲ってくる。右半身が自由になったおかげで、気が楽になって寝てしまいそうになる。今日が休日で、学舎に行かなくて良いことが救いだ。そう思ったところで、俺は大きくあくびをした。


 一階から玄関の扉が閉まる音が響いてきて、俺は目を覚ました。

 どうやら、あのまま寝てしまったようだ。左を見ると、寝ていたはずのリリシェラの姿はもうない。

「兄様~!」

 階下から、ミューリナの声が聞こえてくる。


「ほら、起きた起きた!」

 リリシェラが部屋に入ってくるなり、俺の布団を剥ぎ取った。

「なんだよ、お前達のせいで俺は寝不足なんだよ……」

「何? 可愛い娘二人で妄想が止まらなくて、興奮して寝られなかったの?」

 手を口元に当てて、クックックと笑い声を漏らす。小悪魔というよりは悪魔。昨日の態度はどこへ行ったのだろうか。だが、悲しいかな。俺は彼女の言葉を全否定できない。

「……両側挟まれて、動けなくてキツかったんだよ」

「ふん、有り難く思いなさい。美女二人挟まれる機会んでそうは無いわよ!」

 腰に手を当て、ビシッと指差しながら高飛車に言う。お前はどこの悪女だ。

「お子様ボディだけどな……」

「な……わ、私だってあと何年かすれば、悩殺ボディになるんだからねっ! フンッ! エロ魔人っ!」

 すねたようにそっぽを向くと、リリシェラは部屋を出て行った。


 この後、俺は着替えて下に降りると、三人でミューリナの買ってきたパンを頬張った。嵐が去って良かった、と感謝しつつ。


 昼頃帰って来た両親は平謝りで、まんまと小遣いをせしめたミューリナは、してやったりと笑みを浮かべていた。

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