16.冷静に考えてみれば

 濡れた髪を拭きながらミューリナが戻ってきた。

「兄様、何かありました?」

 俺の顔を見ながら、彼女は首を傾げた。何を感付いたのだろうか?

 勘が鋭いところがある彼女。今、リリシェラの涙の痕などを見たら、何を言い出すか分からない。

「いや、何も……。何か有ったように見えるのか?」

 ポーカーフェイスは上手くできただろうか。俺の顔を、目を、じっと見つめながらミューリナは動かない。数秒間そのままだったので、俺が耐え切れずに視線を外すと、小さい吐息が聞こえた。


「いえ、特に……」


 そうは言ったものの、この人、無言の圧が怖いんです。

 彼女が過度なブラコンだという事は良く知っている。だが、俺が由基弥だったと知った後だけに、その思考も少しは変わるのだろうかと考えたが、先程の食事中の態度を見るに、大して変わらない気はしている。

 思い起こしてみれば、幼い頃とはいえ美里菜は俺にべったりな子だった訳だし。「今しがたリリシェラにキスされました」なんぞと言おうものなら、どんな行動に出るか分かったものではない。

 二人共、元は高校生だったんだから、もう少し大人な対応をして欲しいもんだ……。


 ん……? 高校生……?


 俺を含めて、皆が高校生並みの思考で動いている……はず。ということは、リリシェラの行動も、高校生並みの思考で行っているという事だ。……では、先程の行動は?


 妹として抱きつく。これは……まあ理解できる。

 キス……は、高校生の思考としては……アウトじゃん、アウト!

 いやいやいや、俺! 前世の子供の頃にもされた事あったな、とか考えてんじゃねぇよ! 良く考えれば分かる事だろ。

 俺ってば、もしかして現実逃避してた? その前の話に流されて何となく受け止めてた?


 どういうことだ、我が妹よ。

 突然冷や汗が出てきた。やばい、変に意識してしまうじゃないか。とりあえず頭を冷やそうか。

 冷静になろうと、頭を振って立ち上がる。

「俺も体洗ってくるわ」

 ミューリナに下手に追求される前に、沸かしてあった湯の入った鍋を手に、洗い場へと急ぐ。こういう時には、風呂に浸かってゆっくり頭の中を整理したいものだと思う。だが、残念ながら我が家には、湯船というものが無いのでそうも行かない。

 身体を洗いながらうーん、と唸ってみたが、結局何も考えがまとまらなかった。

 外は相変わらず風が強く大雨が降っているし、時折空が光っては雷の音が鳴り響いく。まるで今の俺の精神状態のように荒れ狂っている。


 リビングに戻ってみると、二人はそれぞれ別の事をしており、特に会話する様子も無い。

 俺が戻ってきた事に気付いたリリシェラと目が合ったが、すぐに視線を外され、手にしていた本を壁代わりに立てられた。

「片付け、終わったよ」

「ああ、ありがとう」

 妙によそよそしい態度に、先程の件で何か怒らせるような事をしたのだろうかと首を捻る。本の向こう側で、彼女がどんな表情をしているか気になったが、下手に構うとどうなるか分からないので、放って置くしかなかった。


 この沈黙の時間をどうにかしたいと思うが、生憎とテレビのような物がある訳でもない。トランプのようなカードゲームで時間を潰すほどの精神年齢でもない。

 仕方ない、寝るまでさっきの本の続きでも読むか、と思ったものの、俺の本をリリシェラが読んでいる。

 やましい内容の本ではないだけに、読まれて困るものではない。返せと言うのも何なので、自室に本を探しに戻る事にした。


「寝るのですか?」

 俺が階段を上ろうとしたところ、ミューリナに気付かれた。

「いや、本を取りに……」

「もう、いい時間ですし、寝ましょうか」

 俺の言っている事を無視して被せてくる。

「いや、本を……」

「寝るんなら一緒に行くよ」

 もう一人も乗っかってきた。

 この状態で無理に否定すると、ややこしい事になりそうなので大人しく寝る事にしよう。俺は諦めた。

「俺、床で寝るから、二人は……」

「「駄目です!」」

 同時に却下された。二人の視線が非常に怖い。


 この後、狭いベッドで川の字になって寝ることにしたのだが……。

 普通なら美少女二人に挟まれてラッキー! って、シチュエーションなんだろうが、妹二人だと思うと、そうでもない。とはいえ、リリシェラの先程の行動を思えば、変に意識してしまい……。

 真ん中に据えられた俺が、両方から腕を抱えられ、寝不足になったのは言うまでも無い。

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