15.この世界では始めての
恐怖の食事タイムを終え、ミューリナは湯浴みに、リリシェラは後片付けをしてくれている。俺はとりあえず座っていろとリリシェラに言われたので、言われるがまま本を片手に座っている。
全く、妹二人に振り回されてばかりで、俺の体がもたない。
「これで親父が腹違いの半妹とか連れて帰ってきたら、俺は身が持たないな」
俺は愚痴を漏らすと、ため息をついた。
「……変なフラグ立てちゃうつもり?」
「うお!」
洗い物の食器を取りに戻ってきたリリシェラに、俺のひとり言を聞かれてしまった。思案を巡らせていたせいで、彼女の気配に気付いておらず、心臓が止まるかと思った程だ。
「そういう恐ろしい事を言うのは止めてくれ。親父にそんな甲斐性はない……と思うぞ」
くすりと笑うと、リリシェラは手にしていた食器をテーブルに戻し、俺の隣に座った。
「ならいいんだけどさ。私達はともかく、
「引き寄せられた、とかか? そういうのは考えても、どうせ分からないからいいんだが、また似たような事が無いとも言えないだろう?」
「何度も有ったら困るけどね……結局は向こうで死んで、こっちに来るって事だから……ね」
俺はリリシェラの横顔を見つめた。彼女の端整な顔立ちが、ランタンの光で際立って見える。そこに理紗の面影を見出し、懐かしい記憶が脳裏に浮かぶ。
「確かに、そうだよな」
言っている事は正しい。俺達にせよ美里菜にせよ、若くして死んでいるが、ここに来るという事は、恐らくそういう事なのだ。できれば、これ以上増えないことが望ましい。
「でもね……。私の勝手な気持ちの押し付けなんだけど……。私は近くにお兄ちゃんが居てくれて良かったと思ってる」
「それは俺も同じなん……」
言い終わらぬうちに、ふわっと洗いたての髪の香りが俺に飛びついてきた。驚いて目を閉じると、直後に俺の唇に何かが触れた。柔らかい……何か……。そう、唇。目を開くと、リリシェラが俺の首に両手を回し、キスをしていた。
(んんんん!?)
この世界では始めての。ああ、前世も理紗に悪戯混じりに、何度か似たようなことやられたっけ。いやいや、そうじゃない。
突然の事に理解が追いつかない。どうすべきなのか脳がパニックになっていて、身体は硬直したまま動かない。動揺する俺を他所に、彼女はゆっくりと唇を離した。その時、何故か彼女は泣いていた。
「ど、……どうした?」
彼女の両手は、変わらず俺の首に回されたまま。俺自身は精神状態は治まらず、さらには彼女の涙に慌て、うまい言葉が出てこない。
心臓がバクバク言って、今にも口から飛び出してきそうだ。元妹だと思っていても、姿は美少女だけに破壊力が凄すぎる。
「こっちに生まれて、私は向こうで死んだんだって理解してから、ずっと寂しかったんだ。知っている人も居なくて記憶を持ったまま、もう一回人生のやり直しで……。あの時まで、お兄ちゃんが助かったのか、ずっと気になってた。だから、一緒に死んじゃってこっちに居るんだって分かった時、悲しかったけど、でも嬉しかった」
涙は彼女の頬を濡らすが、その表情は優しく穏やかだ。悲しみの色はそこにはない。
(ああ、そういう事か……)
俺は両の手で力一杯リリシェラを抱きしめた。
「俺もずっと似たような事を考えてた。ありがとう、俺の近くにいてくれて」
「うん、これからもずっとよろしくね」
「……ああ、よろしく」
片手で彼女の涙を拭うと、大事な妹の頭を撫でる。妙に触り心地のよい髪に、俺の中で罪悪感が生まれた。この時、リリシェラの口許が、いつものように小悪魔的な笑みを湛えていた事を、俺は後なってから知る事になる。
廊下の向こうで扉を閉める音がした。ミューリナが戻ってくるのだろう。彼女が戻ってきて、この光景を見たらややこしくなる。とりあえず、離れてもらったほうがいいだろう。
「ほら、ミューリナが戻ってくるぞ」
「うん」
俺の意図は分かっているとは思うが、返事はすれど離れる様子はない。だが、先程の延長戦はごめんだ。
「またあとでな」
ぽんと頭を軽く叩くと、リリシェラを引き離す。
「ちぇ……」
不満げな声が聞こえた気がした。ミューリナと一戦構えるつもりだったのだろうか。彼女は涙を拭って立ち上がると、食器を持って台所に姿を消した。
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