4.「理紗」の悪戯

 絶句する俺に向かって、理紗……もといリリシェラは小悪魔の笑みを浮かべる。

「ユーキアってば、何を変な顔をしてるの? こんなの挨拶でしょ」

 表情ひとつ変えずに、リリシェラは言った。

 いや、僅かに上がった口角が小悪魔の如く上がってる。こういう時の行動は、悪戯っ気を多分に含んだものであることを、俺は経験上知っている。


 だが……


 畜生! かわいいじゃねぇか。この年であの可愛さは反則だろうが!

 何も考えなければ、美少女なんだよ。そんな事は分かってる。

(アレは妹……あれは理紗……)

 頭の中で念仏のように何度も唱え、煩悩を祓う。


 目の前の出来事が理解できずに焦りで我を忘れていたが、ようやく落ち着いた。

 そして、大事な事に気付いた。俺はまだミューリナに挨拶をしていないじゃないか、と。


 いきなりのキスによる出迎えに、ミューリナも動揺しているのか、誰とも視線を合わせようとしない。見た目も相まって、その仕草にさえも愛らしいものを感じる。

 だが、これから我が家に迎えるんだから、このままじゃいけない。

「あの……俺、ユーキア。これからはミューリナの兄ってことになる。仲良くやっていこうぜ、よろしくな」

 そう言って右手を差し出すと、父の陰から恐る恐る伸ばされた小さな手が、俺の手を握る。その手の暖かさにほっとした俺は、彼女に笑顔を向けた。

 直後に、彼女は俺の手を離し、もう一度父の陰に隠れた。


「ユーキアが怖いってさ」

 リリシェラが、ふふん、と鼻で笑いながら俺の顔を見る。

 小悪魔が何を言うか。そのそも段取りをぶち壊したお前のせいだろうが。俺は挨拶でもいきなりキスしたりしないぞ。少し怒りを込めて小悪魔を睨みつける。

「何? ユーキアも、ちゅーして欲しい?」

「ばっ……!」

 向こうの方が一枚上手だった。だが、ここで引き下がったら、新しく来た妹に示しがつかない。

「で……できるもんならしてみやがれ!」

 両親の手前もあり、大見得を切る。が、これが大失敗だった。


「あらそう?」

 リリシェラは悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、一歩近寄ると俺の頬に唇をちょんとつけて、すぐに離れた。

 彼女の顔が近づいて僅かに息がかかり、柔らかいものが確かに頬に触れた。

「な……っにをしゅる……んだ!」

 あまりの動揺に、舌が上手く回らない。


「いひひっ」

 リリシェラはそう言って笑うと、すぐに俺に背を向け、ふわりとミューリナに抱きついた。かと思えば、リリシェラは即座にミューリナから離れて、「じゃあね、またね」と言い残し、風のように家から出て行った。


「まぁ、リリシェラちゃん、赤くなって……、かわいいわねぇ」

 母、エラリアがそう言ってくすりと笑った。

「嫁にもらうか」

 父が嬉しそうに言う。そんな両親の会話は俺の耳には入らない。


(アレは妹……あれは理紗……)


 俺は起きた事を頭で整理できずに、ただ立ち尽くしていた。

 理紗が幼い時に頬にキスされた記憶はあるが、それとは違う。俺と同じく高校生までの記憶を持っているのなら、あいつの思考も高校生程度のもののはず。であれば、悪戯か。

 新しい妹を迎えることになる俺の大事な一歩を、悪戯しに来たわけか。

 いや、まて、流石にあいつでもそこまではやらない。


「お……お兄ちゃ……ん……。よろ……しく……」


 頭がパニック状態のところにかけられた言葉で、俺は正気を取り戻した。

 父の陰でほんの少し、笑みを浮かべたミューリナの顔に、家族三人がほっとする。まさか本当に、ミューリナの緊張をほぐすためにあいつは来たのか?

 いやいや、違うよな。ただの挨拶だよな?

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