第2話

 一昨日、渡辺美紀の態度に苛立ちを覚えたが、こういうことはしょっちゅうある。それはたぶん私が、他人はみんな自分に興味があると思い込んでいるからだろう。

 だから今日も、自分の脳に訴えかける。

「いま目が合った女子は、同じ学科の近藤倫こんどうりん。私に話しかけたいのかな? よく授業で会うけど一度も話したことないもんね。あ、でも私、いつも無表情だから話しかけにくいかな。もっと笑ってみようか。あ、いま前の席に座ってきたのは同じサークルの高橋元也たかはしもとや。なんで、わざわざ私の前に? もしかして、私が好きで、なにか話しかけようと近くに座ってみたものの勇気が出ずに固まってしまっているのかしら? 好き。私もそういう高橋元也君が好きだよ。なんならわざと消しゴムを落として会話のきっかけを作ってあげようかな。あ、いま時間ぎりぎりに講義室に入ってきたのはこの前のグループワークで一緒の班だった――」

 やめろ。いい加減に思考をやめろ。誰もお前なんかに興味ないから。誰もお前のことなんか相手にしてないから。そろそろ自覚しろよこの自意識過剰女。自分が面白みのない人間だってことくらいわかってるだろ? なにが話しかけたいだ、なにが好きだ、痛々しすぎて反吐が出る。お前の頭をかち割って脳みそを全部ばらまいたら世界が腐敗しちまいそうだ。救いようのねえ奴。消えろ、終われ。

「……きえちまえ」

 頭のなかでこんな攻防を繰り返していると、自分を含めた全人類への興味と執着が薄れていって、また私は、屍のように一日を消費する。あれ、ゾンビが勉強してる、って私だった。


 誰かを独り占めにしたいと思う。

 でも実際は、そんなことはできない。私に人の心をつかむなんてことはできない。誰かに特別だと認識させることなんて一生を捧げたってできない。だって私は面白みのない人間だから。

 世の中には自分のことを過小評価する人がいる。私もその一人なのかというとまったくそうではない。そういう人は、内心自分は称賛されるべき人間であることがわかっているのだ。わかりつつも謙遜しているのだ。私には本当になにもないから、他人にそれを指摘される前に、真上にいる『私』がひたすら自分を罵って、心理的に防御をしているだけ。一方、誰か私を称賛してくれと願ってやまない私がここにいる。

「木立さんって、手芸が得意なんだね。今度俺にも教えてよ」

「木立さんって、よく見ると結構美人だよな」

「木立さんって、ああ見えて結構親切なんだよ」

「木立さんしか頼れないんだ」

「木立さんのこと、好きだよ」

 今日も元気に妄想、妄想。溺れて、殺して、しんで、また溺れて。

 疲れたからやめよう、って本当にやめられたらどんなにいいか。自分でもコントロールできないなにかが私の頭のなかを、こんなしょうもないループで満たしている。本当に、現実的な意味で消えてしまいたいと思ったこともあるけど、自己中心的な妄想が今日も私の歯車を回して無理やり仮運転させる。もしかしたら、死ぬまでこうなのかもしれない。正直、まじで疲れた。こんな自分、はやく終わってほしい。きれいに終わらなくてもいいから。

 どこかで、たぶん心の奥底で、こんな自分になってしまったのは、いつまでたっても変われないのは全部周りのせいだと思っているから、私という人間は本当に救いようがない。

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