運命の出会いごっこ
シラス
第1話
この両腕で、相手が内臓を吐き出してしまうくらいきつく体を拘束して、目で殺すくらいの勢いでその眼球を見つめていたい。いつの頃からかこのことばかりが脳みそに癒着している。
「じゃあ、お疲れさまでした」
と言って、電飾に照らされた街のなかへ去っていった
今日、サークルの集まりで、はじめて彼女と会った。ゆるいサークルなので、こういう妙な時期に加入する人は珍しくない。
「よろしくお願いします」
と、みんなにあいさつしたその様子は少し緊張していて、どこか愛嬌のありそうな雰囲気をまとっていた。案の定、わりとすぐにみんなと打ち解けたみたいで、しだいに安心したのか柔らかい表情になっていった。
「えっ、
たまたま出身地が同じだったことがわかり、私と彼女は自然な流れで一緒にサークル棟を出た。ここぞとばかりに私は地元の話をくりだす。しかし、最初は興味津々な様子で頷いていた彼女は、やがて困ったように眉をさげた。同じ県だといっても、お互い名前も知らないような町を出ていたのだ。
彼女の反応が薄くなっていくにつれて、私は焦った。もっと面白い話を、もっと興味を持ちそうな話題を。しかし、正門を出たところで彼女はあっさりと帰った。連絡先も交換していないのに。……そういえば連絡先について触れていなかった。
「まあ、私なんかと交換したくないですよね……」
呟いて、私は歩き出した。
「知ってる。知ってるよ。ああいう子は私みたいななんの面白みもない人間になんか興味ないんだ。知ってる。もっと、おしゃべりが上手で、自分から話題を提供する必要もないくらいトントン話を進めていく、しかも心の底から笑えるくらい面白いことを話す人が好きなんだ。知ってる。そういう人には自分から連絡先教えるんだよね。うんうん。『よかったら今度ご飯いきません?』なんて誘ったりして。はいはい。素晴らしい友情。美しい絆。キラキラキャンパスライフ」
誰も私に興味ないことくらい、知ってます。ええ。もちろん知ってますとも。
前方から大学生らしき男性が歩いてくる。紺色のコートに緑がかったチェックのマフラー。買い出しの帰りだろうか。それとも、バイト終わりだろうか。白い息が青信号の光を吸い込んでいる。
シャク、と粗目のような雪がブーツの底で音を立てた。
すべてから逃避するように、目をつぶる。
「だ、大丈夫ですか?」
数瞬の暗闇のあと、私は彼の腕のなかにいた。
「いきなり倒れたんで、とっさに支えたんですが……大丈夫?」
なんてわかりやすい状況説明なんだろう。私は、はっきりしてきた意識のなかで、彼の腕をつかむ。
「あ、ありがとうございます……。私、倒れたんですね」
「ええ、いきなり」
「ああ、いきなり……。うっ」
ここで、クラァともう一度バランスを崩してみせる。
「だ、大丈夫ですか!? よかったら、僕の家で休みません?」
「そ、そうさせて、もらい、ます……」
ぐいっ、と体が持ち上がった。
「僕の肩、離さないでくださいね」
「は、はい……」
見た目よりもずっとたくましい背中におぶわれ、彼のマフラーに顔をうずめた。あたたかい。自動車や人ごみの喧騒が薄れてゆく。私たちを照らすカラフルな電飾、まるでスポットライトのようだわ。二人の出会いを祝福しているのかしら。ああ、このまま、どこまでも歩き続けて。私と彼だけの世界へ――。
んなことあるかっつーの。
「ばーか、しんじまえ」
呟いて、私は男性とすれ違い、点滅する青信号を早足で渡った。
恋人をつくる意義について考えてみようか。
まずは私の性格から考察しよう。私は人と仲良くすることが苦手である。仲良くしているようにふるまうことも苦手である。だれかと一緒に行動することができない。近くに人間がいると頭が痛くなる。最も苦痛なことは、趣味である手芸の材料をタダで調達できるというだけの理由で加入したサークルの会員とすれ違うことだ。
次に、恋人をつくると将来的になにがどうなるのかについて。これは簡単だ。子孫を残す。それだけだ。え、お互いを満たし合う? はん、くだらない。そんなの幻想。愛だの恋だのと美化しておきながら、結局人間は本能に踊らされているだけだ。ちなみに私はさんまの内臓が口に入ってしまったときの苦みの次に子供が嫌いだ。気持ち悪くて見ていられない。
最後に。いや、最後はない。これだけでも、私が恋人をつくる必要などまったくないことが判然としている。私に必要なのは、まち針と縫い針、しつけ糸と手縫い糸、チャコペンにルレットにリッパ―、それから――。
と、これまで何千回と自分に唱えて聞かせてきた。
しかし、今日もまた、窓側の席の男性から目を離せない。
「……あれはコンビニのお弁当。たぶんからあげ弁当。割り箸をうまく割った。器用な人。あれは、後輩? 女の人と話している。笑った。右手をあげる。女の人が去っていった。今度は友人らしき男性。顔が広いのかしら、彼は。みんなの中心的な存在ってやつ」
私は、自分でも軽蔑するほど、人を好きになりやす過ぎる。話しかけられる、すれ違う、席が隣になる、服が擦れる、目が合う、同じ空気を吸う、名前を知る、そこに存在している、たったそれだけで。
友達すらもできないくせに。
ただ遠くからじっと観察し、陳腐な妄想を膨らませるだけの、まったく生産性のない日々。いま眺めていた彼だって、もう何人目の男性なのかわからない。無意識のうちに形成されたシステムが、呆れるほど次々と『意中の人リスト』を更新していき、私の圧倒的自己満足な世界を増長させていく。
こんな脳みそ、跡形もなく爆散してしまえ。
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