a36 未明の宴



 蒼くなった窓から、波の音が聞こえてくる。すーすーと寝静まった寝息がそこかしこで聞こえる中で、ゴソゴソと動く気配があった。


「ん……、だめだよ。七くん。みんなが起きちゃうよ」

「大丈夫だって。あいつらしっかり寝てるから聞こえないさ」


 布団と布団の間を仕切る衝立ついたての向こう側で、布団やシーツや浴衣が素肌と擦れ合う音。布の上や中で動く体重の振動と忍ぶ声が掠り漏れる。

 それら全てが、まだ目覚めない早朝の和室の中で始まろうとしていた。


「だ、ダメ。シオちゃんにだって、こんなこと知られたら……んっ」


 艶めかしい息使いが液体と粘液の音で湿りながら拡がっていく。


「ん、んぅん、ひぁ、ふぁ、……や、やっぱりこん……ぁっ」


 拡げられる布の音の中から、今度はニオイのクサそうな液体の音が、柔かい感触が触れ合う音の上でピチャピチャと鳴ると周囲へと伝わっていく。


「……し、シオちゃんにもこんなことしてるの?」

「……。そうだよ。タマちゃんにも今から同じことしてあげるよ。どんなことして欲しい?」


 布団の枕元の位置。顔と顔とが見つめ合っていそうな場所から漏れた会話の囁きがする。その間にも、たおやかな粘液が広がる音とそれ以上を求める音が交互に引き寄せ合って交わる。


「……く、口ぃ……っん、ぅんっ」

「……ぷはぁ、タマちゃんはいいなぁ。シオリだともうそんなに反応が初々しくないから」

「や、やだぁ。他の女の子と比べないっ……っで……あッ!」


 捲られた服の中で忍び寄ってくる柔軟な音が出す液体の音は、膨らんだ象徴に吸いついた様な湿り気の音と刺激的なこえに変わって木霊される。


「だ……、だめぇ。そこ……そこっ吸っちゃぁ!」

「美味しいよ。たまんない。こっちはどうかな」


 濡れて糸引くザラついた味覚の粘膜の音が、サラリとずれる布の中で探しながら、なにか華奢なものでも見つけた様に吸い付いて舐めるような音を立てて響かせる。


「……ァンッ!……だ、だめ、そこ、舐めちゃっ」

「首筋、いいよ。ダメだ。細くて滑らかで温かくって。我慢できないよ。もう……いい?」

「……えッ?」


 右に左に振り乱す可憐な音に、後を追い掛けてきた乱暴な音が起き上がると、興奮に捲り上げられていく布の音と共に、スルスルと解かれる帯の音が続いた。


「……う、うそ。だめ、ゴムして。お願いっ。それだけはっ」

「やだよ。オレ最初はゴムしない派なんだ。最初の感触。おれにそのまま教えてよ。知りたい」

「だめっ、っダメ。それはだめぇ。あ、赤ちゃんが、赤ちゃんが!」

「シオリはナマでやらせてくれたよ?」

「えっ? シ、シオちゃんが?」

「……そう。シオリはゴム無しでヤラせてくれた。タマちゃんはダメなの?」

「……そ、そんなぁ。だって……やっぱり……、……ッあっ?」

「わかる? 当ててるんだけど。ほらこんなになったタマちゃんのに」

「……ぃ、ぃやぁ。……イヤぁ……」

「……本当にいや?」

「……ぃやぁ……」

「でも濡れてるよ?」

「濡れてるのは、七くんのだから!」

「そうだよ。おれももう我慢できない。だからさ……ほら?」

「そ、そんなところ、こ、擦ら、ぁ……ん!……んぃ……んひぃっ……」

「ほら、こすれて、腫れて、びしゃびしゃになってる。分かるでしょ? ね、今どんな感じ」

「七くんのバカっ」

「シオリとはまたちょっと違うね。見せて。入り口、あ、ホントに違うな。入るのか?これ。でもなんとかなりそうか。いいよね? 女の子のナカの感触。タマちゃんはどうかな?」

「……や……ま、待ってっ!まッ……めくっちゃ、ぁっ?……あゔゥッ?!」

「ふぅッ!」


 ドン!と、布団と布団の間を仕切る衝立ついたての上部に、振りあがった何かが当たって震えた。


「ッあっ? ……あヴっ。アヴぁッ?! ぁあっッ! はっ、はっ、……ぁはァッ?」

「、っあ、ッあ~。すごい。こうッ!?」

「ッんうぁっ?」

「……かな? いい顔だよタマちゃん。シオリとはまたゼンゼン違うよ。この感触っ、って……もしかて……痛い?」


 ……遠慮のない突き進み動きつづけていた音が唐突に止んで、荒く悲痛な呼吸が小さくなっていく鎮まり返った、しばしの泣きそうな間の後で、俯きがちな布の動く音が微かにする。


「そうか……。でもゴメン。タマちゃんの体やっぱタマんない。動くよ。痛くても続けるから。ごめん。泣いて」

「ぇ?……っふぁ?……あんっ!」

「っふっ」

「……ぅっん……やん!」


 肌の動きで当たる音が瞬発力で強まると始まった。勢いよく布団にこすりつけるように。

 布のズレる動きと。布団の擦れる音と。和室の青い暗闇の中で滑らかに乾いて濡れる音たちがどこまでもどこまでも響き渡っていく。


「やぁっ、やあぁっ。赤ちゃん。赤ちゃんデキちゃうの! ナナくんの! メリ込んで。おなかっ。きちゃってるぅ。動いてる。だめ……やだ……やだぁっ」

「やっぱりタマちゃんの最高だ。海だよ。ダメだよ。タマちゃんが悪いんだよ。おれ。おれっ」

「……ぅはぅ! ……あぅっ! ……ぁふぅッ! ……あむッ!」


 パン! パン! パン! という叩きつける音と、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃという湿しめつける音。渇いた音と絡む音とが充満する臭いが滲みだす潮騒の時間。


「……ぅ? ……げ? ……ッあっ? アアッ?! やばぃっ。ぉれっ! タマちゃっ! シオリぃ!」

「え? ……な、なにっ? あっ? アウッ? アッ! うそ。これ出してッ? アッ! あっ! ウッ! ウンっ! ほかの女の子ッ、なぁんてぇ、……ぅウあッ。うああっん。き、キテるの? お腹っ? やぁ、たすッ? 助けっ……っィてッ? アッ……ッ! あっ……ッ! あッぁ!」


 叫びと同時に激しい音も二度ほどで止んで、小刻みに震え擦れる布の音が掴んだ音で渦を巻く。肌と肌が触れる音。肌と肌がぶつかる音。

 何より、振り上げては乱れる声達の動きに合わせて、布団に力強くシワが寄る渾身の夜音が、声達の精根尽き果てた充実感の呼吸を物語っている……。


「……ぁ……だ、出したの……?」

「そうだよ。おれ夢中だったよ。タマちゃん。タマちゃんのナカにおれのがもう……」

「……ひぅっ。な、七くん? ぅそっ、下っ、下、またおっきくっ!」

「……ごめん。一回じゃダメだよ。タマちゃん。タマちゃん」


 声のリズムと共に、下から上へと振り上げられた艶めかしく折れ曲がる細い何かがまた、眠っている人間との間を仕切っている衝立の上部にドンとぶつかる。

 ドン、ドン、ドンと。周囲の存在も気にせずにパン、パン、パンと渇いた音とともに、暴音を響かせ発生させている。


「……うっ……っあ……はっ……んッ!」

「タマちゃん。たまちゃん。好きだよ! タマちゃんっ」


 肌の露出する音を出してくる身体だけが好きだとしか受け取れない声が、オスになりきった口調で激しさを増した動きを発生させていく。


「なっ、七くん……。……七くんっ、……七くんッ!」


 ガムシャラに服の音も布団の音も最早わからなくなった乱れた音が露わなって囲んでいく。そこからまた、なぜか事の鎮まった静寂が訪れて、ニチャリとベタついた音が蒼い和室に響いて染みこむ。


「……んむぅっ。……んムゥッ、……んむぅゥッ!」


 上から下へと求める音と、下から上へと求める音が、湿り気の響きで盲目とさせた。既に二人は二人の世界に入っている。声も躊躇わず、音も躊躇わず、動きも躊躇わずに、周囲が既にどうなっているかも想像できないままに自分たちの欲望に溺れている……。


「……なにやってんの?」


 唐突に、衝立の上から一部始終を覘いていた少女の声が降りかかった。


「え?」

「え?」


 衝立ついたての上から顔を覗かせて、醜態の最中の自分たちを見下ろしてくる視線。

それは仕切っていた衝立の向こうで眠っていた筈の詩織の姿だった。


「なにヤってんの? 二人とも」


 トボけた視線で見下すように見下ろしてくる詩織が、衝立越しから問い詰めようとしている真っ最中の者たちとは……、他でもない。詩織の布団からみて、衝立を越えた窓側のそれぞれ離れた別々の布団で、浴衣も帯もキチンと整えて着て、離れ離れに寝ていた……、


 珠美と紗穂璃の姿だった。


「な、なにって……」

「……それは……ねぇ?」


 ぺロリと舌を出して、仲良くがタネ明かしをする。


「百ちゃんとの、濡れ場ごっこ?」


 ……。……女子という存在は一体何を考えているのか……。思春期ともなれば性に敏感なお年頃とはいえ、これは少々度が過ぎる(のでしょうか? カクヨムさま……?)


「興奮した?」

「するわけないでしょ! 女二人の声でっ。気持ち悪いッ」


 最初から最後まで、服を着た女子同士二人だけの声の会話だったのですが何か?(あはーん?)(ハナほじ)


「それは残念。わたしが演技する百ちゃんの声、結構自信あったのにな」

「足で、布団と布団の間の衝立をドンドンするのやめて貰えない?」

「本格的だったでしょ?」

冗談バカ言わないでっ」

「ミっちゃーん? 録音してた?」

「もうバッチリ」

「さすが。ハメ撮りのみどり」

「口の中でちゅぱちゅぱとか音させる唾の音とか、手拍子とか、ワザとらしい服の音とか、本当にやめてほしいんですけどっ」

「あれは手拍子じゃなくて自分のフトモモを叩いてただけの音なの。ほら、こうやって」


 紗穂璃が再現するように自分の足をパン!、パン!と手で叩く。


「……。どうでもいいんだけど。わざとらしく音を鳴らしてるのって、ソレ、いったい何のつもりなのっ?」

「音を『それっぽく』鳴らしてただけでしょ? あと声や息も。それだけだもの。それで何も問題なんて無いはずだと思うんだけど」


 もしかして……何か、問題がっ?


「……いい加減にしないと。本当にお母さんたちに怒られるわよ」


 大人は怒らせると怖いので、程々に……。しかし、これらの悪意で思春期な行為に眉をひそめる大人たちには、是非とも考えて頂きたい。


 これほどの女子たちの笑えないイタズラを同室で最初から最後まで聞かされているのに?

 ひたすら込み上げてくる少年おとこの性と必死に闘ってフルフルと我慢していた、一人だけ布団の方向が全く違う七紀百色の、健気に一生懸命で純心な少年こどものままでいたいひたむきさをッ!(いや褒めてあげてくださいホント)(大人も見習ってほしいデスネ?)



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