a35 夜の女子会



「~あ、いいお湯だった~」


 湯上がりのバスタオルで頬を拭きながら、湯気を立ち上らせる詩織たち四人と百色は自分たちの部屋に戻ってきた。

 ドアの鍵を開けて部屋に入ると、襖を開けた和室には白い布団が敷かれてあった。

 海が見える奥の窓から、川の字で並んだ布団が四つ。他に壁際に沿って敷かれた布団が一人分、部屋にある。


「ちゃんと五人分あるね」


 それは当然だろう。百色たち五人の子供は、これからこの部屋で今日と明日と、夜を共に過ごすのだから。もはや毎年恒例となった、ご近所さん同士による二泊三日の海水浴旅行。


「なんか修学旅行を思い出しちゃう」


 一年前にあった小学六年生の修学旅行。行き先は京都と奈良だった。当然、部屋は女子と男子に分かれていたが、班行動では一緒だった。


「中学二年生ではキャンプがあるんだったっけ?」

「そう。野外活動ね。そして三年生では念願の修学旅行で東京行き」

「それだけが楽しみだよね~」


 コクコクと相槌を打つ女子たちとは別に、百色だけが顔が浮かない。……百色としては、それらはあまり期待できない行事だった。


「わたし。二年生か三年生のどっちかでは一緒のクラスがいいな。七くんと」


 それはおそらく、ここにいる女子だけの願いではないだろう。


「ヒャッくんはすぐ浮気するからね」

「そうそう」

「じゃあ、ここで既成事実を作っておかないと」

「……ごめん、既成事実ってなに?」

「妊娠でしょ。女の子に言わせないでよ」

「この状態で、その発言は洒落になってない」

「この状態だから。……でしょ?」


 下ろした髪を振り上げたミドリが、入り口から数えて二番目の布団にパサリと寝そべる。


「ちょっと、そこわたしの場所っ」

「いいじゃない。早い者勝ち。ほら? モ~モ? こっちに来てわたしを襲いたくならない?」


 布団に寝転んだまま、抱っこをねだるように両手を投げて向けると、百色を誘う。


「さっきの温泉で身体もちゃんと泡で洗ってきたよ。股もオッパイも。日焼けでちょっと痛かったけど、そんなにヒドイことにならなくてよかったわ」


 布団の上で横になった浴衣が、足を動かして切れ込みからまだ未成熟に綺麗なももを覗かせていく。


「下着、つけてないよ。上も下も」


 膨らみの浴衣一枚を脱がせば、すぐに欲望の塊りへと変貌させる女の温もり。


「シオリたちもおんなじだよ? みんなすぐに始めることがデキる。あとはアンタの甲斐性こうどうだけ。ここまでやってもまだダメなの?」


 立ったままの少年に、足音が近づく。様々な女子たちのシャンプーの香り。


「何をする気だ? 詩織」

「残念賞。わたしはサホリでした」


 背後から近付いてきた紗穂璃は両手に雑誌を持ったまま、百色のそばを通りすぎて一番窓際の布団に陣取った。


「なに持ってるの?」

「ふふふ~。ロビーで良いモノを見つけちゃったから持ってきたの。みんなも読む?」


 そう言って、長い髪の紗穂里が自分用に陣取った窓際の布団の上で広げたのは、結婚情報誌として名を馳せていることで有名な「シャペル」という雑誌。その雑誌の表紙には、こう書かれてあった。徹底解析!いま若い新婚カップルたちに大人気のハーレム婚大特集!!!


「……」

「……」

「……」

「……正気か?」


 時間の止まった男女織り交ざる視線を受けても、布団の上で一冊、一冊ページを鼻歌を唄って捲っているサホリには聞こえていないらしい。


「結婚するならペルシィッ!」

「この雑誌の名前はシャペルだ!」


 女子の奇声ボケと男子の発狂ツッコミで漫才すると、広げられた雑誌が気になったのか、他の女子達も群がっていく。


「け、結婚情報誌ってどんなことが書かれてるの?」

「うわ。すごっ。なにこれ? 念願のハーレム婚って? 本当になんのことを言ってるわけ?」

「えーっと。いま流行のハーレム婚特集ッ! 一人の理想の男子を仲の良い女友達みんなで群がって分けちゃおう! 今夜のベッドはあなたのターン、他のライバルに差を付けるならまずはここから磨き上げよう!……て書いてあるけど、いまの結婚式って、ハーレム婚っていうのが流行ってるのかな?」


 地獄絵図の特集記事を見ながら、首を傾げて乙女座りのタマミが百色の顔を見上げて訊ねてくる。そんな女子特有の事情を、男子の自分に聞いてこないで欲しい。


「すごい。ハーレム婚専用の新婚旅行ハネムーンにスイートルームまで用意してる所があるんだって。あと一新郎多新婦の為のきめ細かいブライダルウェディングのプランを用意してるホテルや結婚式場も増えてきたって書いてある。これ現実のこと?」


 できれば、そんな世紀末よろしゅう狂気的な光景は虚構であって欲しいと切実に思う。


「……ねぇ、わたしいま見ちゃいけない特集を見ちゃった気がするんだけど……」

「なにそれ? 何ページにあったの?」


 紗穂璃に言われて詩織が開いた最後のページでは、「次号は現在、巷で話題沸騰中の!一新婦、多新郎による逆ハーレム婚特集! あなたは新郎たちとなった愛しの彼氏たちの子供を何回、産めるッ?」という想像するだけでもおぞましい次号予告の見出しとなって躍っている。


「……流石におかしくない?」

「一人の女の子が、色んな男の子と一度に結婚して……子供を産むの……?」

「でも念願の逆ハーレムなら、それも……」


「「「ないわねっ!」」」


なぜ、そこで意気が合うのか。自分の顔の前で手を拒否的に振りながら笑っている女子達の会話を話半分に聴きながら、百色は自分の布団の上で、旅館の人がコピーしてくれたらしい座敷机にあったテレビ欄の用紙を手に取った。


「男はいいよね~。沢山の女の子を一度に孕ませればそれで自分の子供が一片にデキるんだから」

こっちこっちで、女の子が産んだ子供が本当に自分の子供かなんてわかんないんだけど」

「ちょっと、女の子が好きな男以外に体を許すとでも思ってるの?」

「金さえあれば、そいつと家庭作ってヒョイヒョイなびくとオレは思ってるよ?」

「じゃあちゃんとおカネが稼げる男になってわたしたちを養ってね?」

「……やっぱりまだ……子供でいたい」


 叶わない少年の願いは、やはりここで虚しく散るのだった。


「ところでね? ホテルで思い出したんだけど。今年の冬休みのクリスマスプレゼントには、離れの個室で混浴の露天風呂がある宿に泊まりたいって、お父さんたちにはお願いしてあるから……」

「は、はァッ?」

「じゃあ、そういう事で……おやすみなさい」


 雑誌を片付ける女子たちが立ち上がると……歯磨きセットを持ったまま、明かりを消した。



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