a31 試着室(水着)
詩織と二人で、産婦人科に乗り込み避妊薬を得るという計画が見事に失敗してから、数日が経った休日の午後。
百色は、幼馴染みの泉詩織、芳野みどり、都木紗穂璃、佐糖珠美の四人と一緒に、自宅から自転車で二十分ほどの距離にあるショッピングモールに来ていた。
「ねー。これどう?」
「いやぁ、シオリにそれは似合わないって」
「じゃあミドリはどうなのよ」
「わたしはコレ」
「みどりだから緑色? ダサ」
「シオリ、ここでケンカしたいの?」
「はーい、二人ともケンカなら外でやって」
「サホリとタマミはどうするの?もう決めた?」
「んー、どうしよっか? ねぇ、タマさん」
「わたし、七くんに選んでほしいな」
小動物系のタマミが小さく笑って、百色に視線を投げかけてきた。ここはショッピングモールの二階にある夏休みコーナーの一角に置かれた水着売り場だ。
「じゃー、これでどうだ」
詩織が渾身の目利きを込めてハンガーにかかったままの赤い花柄の水着を体に当てる。
「……どう? ヒャッくん?」
桃色の夏服と白いスカートの詩織が、首を傾げて見る。上下に分かれた水着を服の上から胸部と下半身に当てて、百色に感想を求めていた。
「……い、いいんじゃないかな」
百色は言って、目を逸らした。周囲の幼馴染み達は気にしていないようだが、ここは女子用の水着売り場だ。若いウィメンズ用の派手な色が散らばる水着売り場。そんなウィメンズの水着売り場で夏休み用の新調を求めているのは目の前の幼馴染み達ばかりではない。
「……ねぇ、あの五人って」
「ね、どんな関係だろ……?」
周囲で同じく好みの水着を漁っている同年代の娘たちからの奇怪な視線に晒されている。
よく見れば女子の二人組や四人組の団体が三つや四つ、四方八方の水着コーナーで散らばっては固まって自分に合ったサイズや色や形を探しているのが分かった。
「なに? 周囲の視線が気になるの?」
わざとらしくミドリが言う。
「当たり前だろ。ここ女子用の売り場じゃないか」
「だから、あとで男の子用の売り場にも寄ってあげるって言ってるじゃない」
「今、買いに行きたいんだけど」
「わたしたちの水着を決めてからにして」
断言されると、詩織とみどりはそれぞれ四着ほどの水着を持つと百色の手を引いて、試着室に駆け込んでいく。
「お、おい」
「いいから選んで。着替えるから」
その為に、今日は着替えやすい服を選んで着たのだ。詩織とみどりは百色を試着室の前で立たせておき、二つ並ぶ試着室にそれぞれ入るとカーテンを同時に閉めて、服を落としハンガーを動かす音をさせると、ほぼ同時にカーテンを開けた。
「ね?」
「どう?」
開けた試着室の中では、腕を上げて脇を丸見えにしたポーズを決める女子たち二人。肩にかかる寸前のショートカットと三つ編みメガネの幼馴染み二人が思春期の胸の丸みとヘソを丸出しにした水着を試着して、百色に感想を迫ってくる。
「……どうって、みっちゃんは緑よりももう少し明るい色の方がいいんじゃないかな。あとシオちゃんは赤よりも水色とかのほうが似合うと思うけど」
百色が気乗りしないままに感想を言うと、試着室から顔を出した隣同士の二人も、互いに顔を見合わせて目を丸くしている。
「へぇ~」
「ふぅ~ん」
女子たちがライバル同士の体形を確認して、また百色を見た。正確には百色の
「……今度は白い水着だったら、どうかな?」
「いいんじゃないかな」
「えッ?」
「え?」
「し、白はわたしが……」
「タマちゃんが?」
「じゃあわたしは黒にしちゃおう」
「サホちゃんが黒?」
「……なに?」
「……いや……サホちゃんに黒は意外だなって」
「……そう? わたしこれでもプールの時間は男子の視線を釘付けにしてるんだけど」
学校の指定水着は黒っぽい紺だ。
「……どうするモモ? わたしたちの体、他の男子に視られてるってよ?」
「……別に教室の授業の時だって、おまえらの隣の席には他の男子が座ってるじゃないか」
「ヤキモチ妬いちゃってさぁ、まぁカワイイ」
「水着、選んだんならオレは男の水着売り場に行きたいんだけど」
「もうちょっと待てない? 今度はタマミとわたしの裸を見て欲しいのに」
「……いや、裸じゃなくて水着でしょ?」
「水着なんて脱げば、すぐに裸になれるもの」
背後のサホリが笑ったのを見て、百色は仰け反った。周囲の見知らぬ女子達も、さらにヒソヒソと陰で憶測を囁きながら自分用の水着を選んでいる。
「お願いだから、そういう事はこの場で言わないでくれ」
「でも、ちょっとは期待してるくせに」
「女子四人と付き合ってれば、そこは堪忍してほしい」
「だ、か、ら? わたしたちだって期待してるんだから、それでおあいこでしょ」
「え?」
「ん?」
「サ、サホちゃんたちも期待して……?」
「当たり前でしょう。女の子をなんだと思ってるの?」
女子は男子と違って性的な事を嫌悪している、などという幻想は捨てるべきだ。女子が水着を選んでいるのは、一途に気になる男子の心を得んがため。
「今度は下着選びにも付き合って貰いましょうか」
「あ、それ良いじゃない。そうすればモモの好みも丸わかりだし」
「おい、マジでやめてくれ!」
「な、七くんはどんな下着が好きなの…?」
「ごめんタマちゃん。今はちゃんと自分の水着を選ぼっか?」
「じゃあ次はサホリとタマミの番か。モモも、もう少しだけ付き合ってくれるよねぇ?」
「あ……わたし、やっぱり自分で選ぶ」
「え?」
「お」
四人が意外に向くと、一人だけ背が低いタマミは強く言う。
「わたしが自分で選んで、七くんを振り向かせる!」
拳をぎゅっと強く握って決意するタマミを見て、心なしか安堵した百色が、自分の男の水着売り場の様子を窺おうと入り口方向を見ると……。
「……あ」
「あ……」
水着コーナーに入ってきた南栞と涙雫という異色な二人組と目が合った。
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