a30 経口避妊薬《ピル》
「経
診察室の丸椅子に座った詩織は、開口一番にそう言った。
「何のために?」
「避妊です」
診察室の机のカルテから、椅子に座る詩織に目を移してきた女性の医師に、躊躇いなく言う。
「……コンドームじゃダメなの?」
「それじゃ、つまりません!」
ハッキリと言う。
「コンドーム無しで避妊がしたいと?」
「そうです」
「……」
医師が厳しそうな目で、百色を見てきた。
「彼氏がそう言ったのね?」
「違います。逆に男の落し方を教えて欲しいぐらいです」
変な方向に話が転がる。
「男の子からの強要じゃないの?」
「違いますっ。ヒャッくんは……、いえ、彼はわたしを襲ってくれませんから」
だから避妊薬が欲しかった。女の
そんな様子の詩織を見て、医師は、いったい何の話なのか?と思った。
「ここは恋愛相談所じゃないのだけれど」
「だから避妊薬だけを処方して欲しいんです!」
詩織は自分の意思を伝えて、主治医に食い下がった。主治医は、年齢的にはまだ若そうで百色や詩織の母親よりも一回りほど齢が低いように見える。
「……経
医師の質問に、詩織は知らないと首を振る。
「……じゃあ少しだけ質問をさせて。避妊の方法はどれぐらい知ってるの?」
医者の質問に、詩織は天井を仰いだ。
「えーっと……、コンドームと安全日危険日とあとマイルーラっていう薬ですか? あとは女性用の避妊具で名前は……すみません忘れました。そして今言ったピルだけです」
中学生の詩織の知識に、医師も頷く。
「念の為に確認しておきましょう。コンドームは男性用避妊具ね。一般的に医者として避妊方法はこれしか推奨しません。安全日危険日っていうのはおそらく基礎体温法のことでしょう。これは避妊方法としては確率を気持ちだけ上げるための補助的な物でしかないと断言しておきます。そしてマイルーラというのは薬剤の商品名で殺精剤、つまり男の子の精子を女の子の膣の中で殺す薬ね。これは現在製造中止になっていて入手はできません。ですから名称使用もグレーゾーンでしょうね。女性用の避妊具も何種類かあるんだけど、それらの使用はコンドームほど一般的ではないし子宮に器具を入れたりする種類のものなら当然、危険なので私たち医師の診断で行うものですから、今回は省きます。そして最後に残ったのが、今あなたも言ったピル、という薬」
背凭れイスをクルリと回して、医師が詩織と正面で向き合う。
「ピルの事は知らないのよね? では説明しましょう。現在、私がピルと言っている医師として処方できるのは経口避妊薬の中でも低量ピルと呼ばれている物。これは数ある経口避妊薬の中ではまだ弱い方のおクスリなんだけど、通常の薬と比較すれば非常に強力で効き目が高い薬です。
念の為に訊いておきたいんだけど。もしかして……この経
「……ち、違うんですか?」
子供の軽い認識で詩織が疑問に言うと、医師も首を振る。
「このピルという薬は、そこらの解熱剤や
「……っえ?」
「ピルの投薬が禁止される条件は主に15項目以上ある。それだけ強い薬という事よ。肝疾患と糖尿病があった場合は当然、服用は禁止です。
睨みながら言って、診察机の上に置いてあったクリップボードを手に取ると、
「ピルという薬の効果の話をしましょう。具体的に言うとピルは「飲み続ける薬」です。ピルを毎日一錠ずつ、決められた時間に決められた期間、飲み続けていれば、その間は排卵と生理が止まるというクスリ。一日でも飲み忘れると失敗率が上がります。というよりもそもそもこの低量ピルという物は我が院では避妊よりも生理管理の目的で処方している」
「生理……管理ですか」
「そうです。生理不順や生理痛があまりにもひどい場合には最終手段として処方している。たぶんあなたもその関係のお友達から聞いたんじゃない? 生理が酷くてピルを処方してもらったんだ。とか?」
医師が試すように見ると、詩織は下を向いた。
「いい? もし当院に、生理に悩んで受診してきた患者さんがいたとしましょう。その患者さんが、あなたぐらいの中学生でプールの授業を休みたくなくて生理日をズラしたいという理由からピルを処方してくれと言ってきたとします。その時の私たち医者が下す判断はなんだと思う?」
「……プールの方を休め……ですか?」
「その通りですッ!」
医師が声を大にして言う。
「単にプールの授業を休みたくないからという理由だけでピルを処方するのは、体の負担から考えても割に合わないの。それぐらい強い薬だというコト! 強い薬を飲んで授業を受けるのだったら、休んだ方がよほど体の為です! これが部活動とかの全国大会で出場とかになるなら、まだ要相談という事になります。優勝がかかっているというのならば、まあ目は瞑りましょう。それから、ピルの使用にはここまで述べ上げた欠点以外に、他子宮系の疾病予防という利点もありますが、薬の持続性と強力性を考えると疾病の予防手段に使うには私は反対です。それは副次的な効用で留めるべき効能。あと基本的にピルという薬は「身長が伸びている人」は、服用は禁止ですからねッ」
「それって」
「成長期は特に処方は難しい、という事です」
つまり中学生である自分たちのこと……。
「じゃあ避妊目的でピルが欲しい……っていうのは……」
「それなりの理由が欲しい所ね。念の為に言っておくけど、医師に相談に来たこと自体は大変いい事よ。それでもね。今回は面と向かって、今は処方は難しいと診断しておきましょう。成人後の大人の事情だったならば、まだ考慮します。しかしあなた達はまだ未成年でしょう。正直に言うと未成年だったらコンドームを使っていたとしても私たち医者は心の中で眉を顰めます。性行為はどのような避妊方法をとっていようとこれからの将来を狂わせる危険性がとても高い行動だから!」
「じゃあ、
「がんばれる?」
大人の女性が優しく訊ねると、性に翻弄されやすい思春期の女子は
「せ、先生は我慢できるんですか?」
「先生はもう大人ですから、もしもの妊娠のリスクは取れます! ですからパートナーの旦那には少しでも確率を下げてもらうためにコンドームだけはしてもらいましょう」
女性の医師が笑顔で断言すると、諭される側の詩織は俯いてから、百色を見上げた。この年若いカップルの様子を見て、椅子に凭れる医師も一息吐く。
「……ふぅ。でも気軽に相談に来ることは本当にいい事だわ。診料としてお金は頂くけどね。それがイヤなら学校がキチンと教えてくれればいいのだけど。学校ってそういうのはまだお堅いのかしら?」
学校生活というものが遥かに遠くなった、この大人の発言には、詩織も百色も苦笑いするしかなかった。
「まあ、これからは夏休みだし。相談する場所も必要ね。どうしてもまた自分の体の事で気になったり悩んだりしたら、いつでも相談にきなさい。医学的な危険性だけは指摘してあげる」
笑って言われて、この日の避妊薬を得るという今回の目的は失敗せざるを得なかった。
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