a29 産婦人科
自動ドアが開いた。玄関入り口の白熱灯の照明が、落ち着いた可愛らしい院内を赤く照らしている。たまひな産婦人科医院。七紀百色は、泉詩織と二人で泉家のかかりつけ医であるこの産婦人科にやって来た。
服はもちろん制服である。夏服の、男子白シャツと女子の襟も袖も白いセーラー服を着た中学一年生の二人。
そんな二人が仲良く男女並んで真新しい入り口をくぐり医院の中に入ると、至るところで賑やかな声が聞こえてきた。様々な乳幼児の騒ぎ声。この医院は産婦人科の他に小児科も兼務しているので当然だった。
彼ら彼女らの声に紛れて、詩織と百色は入り口から入ってすぐの受付に向かった。
「こんにちは。今日はどんなご用ですか?」
「え、えぇと。久しぶりなので初診……でいいんでしょうか? それでお願いします」
西日が傾く熱い日中の外から逃げ切って、医院に入ってすぐの待合室は冷房が効いていた。受付では白衣の事務員が問診票を詩織に渡し、詩織は診察券と健康保険証を渡して第一関門が突破される。
クリップボードに留められた問診票の紙と睨みはじめて詩織は悩んでいた。それを
途端に横から伝わってくる制服女子の空気と匂い。
……間がもたない。それが今の百色の心が落ち着かない魂の叫びである。渡された問診票と睨みあっている黙ったままな詩織の姿。
さらにここは男では滅多に来ることのない産婦人科だった。気をつけて柔らかく幼児受けしそうな雰囲気を醸しだしている院内の空気。その間にもお腹を大きくさせたご婦人や付き添っているご主人の姿を多数見かける。
百色はそんな疑問を抱きながら、隣の詩織が問診票を書き終えるのをひたすらに待った。背後や真横や正面のご夫婦やカップルからの視線が痛い。完全に針のムシロだった。
なぜ、こんな年端もいかない少年少女がここに……。しかも制服を着て……。まさか……っ?
何かのワイドショー的な悪意ある憶測の意識を感じる。しかし、そんな事を百色に言われても百色でさえ分からないのだ。隣に座っている泉詩織がなぜこの産婦人科にやって来たのか?という真の目的など。
妊娠したのか?
百色も最初はそう思ったが、どうやらそこまでの様子でもない。
〝ついてきて欲しいの〟
学校から帰宅した途端、詩織からそう言われて仕方なく後ろを付いてきた結果が、この
「……はあっ」
非常にため息がつきたかった……。
「女の子の前で、ため息なんてしないで」
そう言われて張本人の幼馴染みの女子から睨みつけられて窘められる。まるで子供がデキたからイヤイヤ付き合っている自己中の情けない最低な彼氏と思われているようで不快である。
事実、周囲からはそんな目で見られているような気がしてならなかった。
「……よしっ……」
何が、よし!……なのか。完全に待ちくたびれた百色には、それがさっぱりわからなかったが、立ち上がった詩織は非常に満足そうな表情で問診票の内容を確かめると受付へと歩いて行った。
「ではお名前でお呼びしますね」
「はい。お願いします」
病院はここからがまた長い。それはきっと恐らく男子では来ることもあまり無い産婦人科でも同じだろう。名前を呼ばれるまでに一組、二組と待合室で待っていた夫婦やカップルの姿が消えていく。果ては乳児や幼児を連れた親子でさえも……。
「おねぇちゃんたちもビョーキなの?」
そんな事を考えていたら、そんな言葉で話しかけられていた。乳歯のすっぱ抜けた可愛らしい女児である。手には白い兎さんのぬいぐるみを持って百色たちに笑いかけている。
「お姉ちゃんたちって、わたしたち?」
詩織が訊くと、少女はコクンと頷く。遠くでは幼児コーナーで一回り小さい弟の対応で忙しそうな母親がこちらの様子を窺っている。全てを察した百色たちは、申し訳なくこちらを気にしている母親に会釈をして、この女児の話し相手になることを決めた。それが年長者としての務めである。
「ううん。おねーちゃんたちはね? ビョーキじゃないの」
「えっ!」
「え?」
百色の驚きに、詩織は睨みで応えてきた。まさに一触即発。
「ビョーキじゃないの?」
「そう。ビョーキじゃないの」
「じゃあアカちゃんだっ! そうでしょッ?」
百色が吹き出したのも気にせず、女児は詩織のお腹を見た。下腹部のスカートの位置を。
「そ、そう。そうなのかもね。だからね? それを確かめるためにも。ここに来たんだよ」
白い夏のセーラー服の少女が、冷房の院内で自分の下腹部を優しく温め擦って女児を見る。
「ふーん。そっかぁ。アカちゃんかぁ。いいなぁ。わたしもはやくアカちゃんほしいっ!」
笑った白いすきっ歯を見せて母親の元へ駆け出していく。それを見て、百色は少しだけ胸を撫で下ろした。
「……どうしよっか? 赤ちゃんだって」
詩織はまだ自分の腹部を撫でている。
「わたしとヒャッくんの……アカちゃん」
夢見ている母親の顔。それを幼馴染みの詩織が意識している。
「じゃあ。ちゃんと診てもらわないとな」
「お、ちゃんとお父さんらしくなってきたじゃない?」
「……この分でいくと、またここに来ることになるんだろうなぁ……たぶん」
詩織の悪巧みの顔で、今後の展開が容易に想像できる。おそらく、きっとその時は詩織以外の女子との付き添いで来るのだ。
「がんばってねっ? パパっ」
詩織のポンポンと叩いてくる肩が痛い。百色は恨めしく詩織を見た。
「泉さーん。泉詩織さーん。診察室へどうぞー」
「はーい」
看護師に呼ばれて詩織が立ち上がる。
「じゃあ、ここでまってるよ」
「ヒャッくんも一緒に来て」
「はあっ?」
「来て」
しょうがなく言われたので、詩織と一緒に診察室に入る。
「泉詩織さんね? 久しぶり。後ろの彼は、相手の彼氏くん?」
「そうです」
診察室の丸椅子に座って詩織は答える。机で応対しているのは厳しそうな女性の医師だ。
「そう。で、今日の診察だけど……問診票のままでいいの?」
「はい。処方して欲しいんです」
医師の冷たい視線に詩織は頷いて言った。
「経
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