a28 隠れた変数理論



 隠れた変数理論。


 隠れた変数理論とは、これから起こる未来の出来事は既にこの現時点で決定されているとする運命論の一種らしい。これを人呼んで決定論という。隠れた変数理論は宿命論と決定論を同一化させる。未来は既に決まりきっており未来も過去も現在も全て固定の出来事しか起きないとする絶対論。

 ある小説投稿サイトで見かけた挫刹というユーザーも、この隠れた変数理論というモノに非常に強く拘っていた。そしてアインシュタインという人物にも……。


 アルベルト・アインシュタイン。隠れた変数理論には、どうやらこの人物が深く関わっているらしい。ネットで調べた情報によると、あの有名な物理学者アルベルト・アインシュタインは決定論を深く信じていたとされており、その決定論の一種が隠れた変数理論なのだと言う。

 決定論とは、先ほども述べた通り未来の結果は既に決まっておりその決まっている未来の結果によって現在の出来事は発生しているとする乱暴な理論。


 ここで云う未来の結果とは、この現実で喩えるのなら「人の死」になるのだろうか。現在の人々が何気に選択している行動は全て、未来で「死」という結果が確実に存在している為であり、その「死」に向かって人々は現在の選択を決定し人生を生きている。とする考えただけでもおぞましくなる悪魔の理論だった


 だが幸いなことに、この決定論である隠れた変数理論は現在、世界的に否定されている。いや否定されていると言うよりも『まだ証明できていない』と云った方が正しいかもしれない。隠れた変数理論には「局所性」と「非局所性」の二種類があり、現在否定されているのは「局所的な隠れた変数理論だけ」である。残りの「非局所的な隠れた変数理論」については否定もできないが説明も出来ないという扱いで、これに明るい科学者は世界を見渡しても存在しないことになっている。そして、この非局所的な隠れた変数理論の何よりも重要な要素が、


 その理論は『光速を超えている存在が必要である』……という事。


 局所的という言葉の厳密な意味は「光速中の範囲」という意味であり、非局所的という言葉の意味は「超光速性」という意味を指す。


 そして……謎のアカウント、挫刹の作品で出てくる隠れた変数理論は全て非局所的だった。

 非局所的隠れた変数理論『絶対零度変数理論』

 位置エネルギーの伝達速度と宇宙空間の膨張速度を超光速性であると仮定して捉えて絶対零度の数値が変数として変動していると唱えている決定理論。


 中学生の七紀百色の学力では、挫刹の主張をその様に受けて止めている。位置エネルギーと宇宙空間は光速度を超えて情報を伝播させている。……と。


〝我々は記録されている〟


 挫刹の作品で頻繁に目撃する言葉だった。

 ……記録……されている?

 この世界が? この現実が? この出来事が? 今も目の前で過去として消えているのに? その過去が光の速度で宇宙に記録されているのだとッ! 挫刹の作品はそう言っていた……。

 ……そんな事を、誰が信じられるだろうか。何も考えずに今をのうのうと生きている人間の誰がそんな事まで考えて生きているというのだ。軽い気持ちで失敗を起こし、軽い気持ちで犯罪を犯し、軽い気持ちで取り返しのつかない事態を招いて、次の生まれ変わりの転生や輪廻だけを求めて探して夢見ているばかりの愚かな人類……。

 そんな人類の誰がこんな残酷な現実を考えて受け止められると言うのだろうか?


 ……現実? ……現実……だと?

 百色はそこで本当に目が覚めた。そうだ。この隠れた変数理論は現実ではない。なぜならこの隠れた変数理論『絶対零度変数理論』を生み出した人間こそが、これを虚構だと主張して言っているのだからッ! 虚構で架空だとッ!

 そう言って、自分の作品を公開している……ッ!。


 百色は、その「言い訳」を目にした時には激しい怒りを覚えた。

 なぜ? なぜだ? なぜ? これを虚構にするのだ? 現実だと言えばいいではないかッ? これを現実の事実のことだと言えばッ! この人物は一躍、世界の表舞台に躍り出るッ! 少なくとも百色だけはそう思っていたッ!

 ノーベル賞のグランドスラムッ!

 挫刹のとある作品でも言及されていた前代未聞の信じられない偉業。中学生の百色でさえ、それは不可能ではない!と思わされた。そう思わせるだけの説得力が挫刹の作品には確かにあったッ! なのにッ! なのにだッ!

 それをあくまでも『虚構の小説作品』にしてくれたのだ……とっ。


「……っぃッ……」


 百色は歯を軋ませた。これほど歯痒いことがあるだろうか? 目の前にぶら下げられたニンジンが実は食べられない見本サンプルだったと言われたのだ。

 これほどの失望があるだろうか? それとも挫刹の作品を読んだ他の読者たちは、そんな事さえ感じもしなかったのだろうか……?

 この読者のささやかな心の高揚感を、挫刹という著者は裏切ったのだッ!


「……許せない……」


 呟いて睨む百色のキーボードの脇には、中学一年生の理科の教科書がある。隠れた変数理論などという、未知の可能性など完全に無視しているツマらない教科書だ。

 この教科書の知識をあと三年間も「ムダに」学習しなくてはならない地獄……ッ!

 挫刹という存在は……、百色から隠れた変数理論という現実の真実を奪ったのだッ!

 百色はもう信じていた。

 隠れた変数理論だけが、世界で唯一の現実法則なのだと一方的に危険なまま信仰していた。今はまだ、現代社会的には「決して謳われぬ理論ジ・アンサング・セオリー」でしかない誰もが信じていない「非局所的隠れた変数理論」


 『絶対零度変数理論』をッ。


 それを確かめるためにと思って、やはり諦めると、挫刹のアカウントをいつまでも睨んでいる百色は、この絶対零度変数理論をいつか現実の事にしてやると心に誓った。たったそれだけが、現在の中学一年生の少年が抱く一縷の望み……。


「また見てるの?」


 背後から幼馴染みの詩織が声を掛けてきた。笑って微笑んで、今にも百色の首に腕を回してきそうな雰囲気で見つめてくる。


「……うん。もう終わるよ……」


 カーテンに揺れる夏の日射しを端に見て言う。百色はパソコンの電源を落とすために、ブラウザ画面から先に閉じようとした時。

 もう一つの意外な事実も考えていた。七紀百色はカクヨムで挫刹というユーザーをフォローしている。それは事実だった。


 さらに挫刹のほうも何を考えているのか、カクヨムで七紀百色が連載している小説作品「思春期の方程式」をフォローしていた……。



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