a27 挫刹@wie



 挫刹@wie


 この正体不明のアカウントと、百色が出会ったのは全くの偶然だった。中学に上がる前の小学校の卒業式の前日から、父親から譲り受けた不用品のパソコンに夢中になっていた百色は、春休みの大半をインターネットの中に溢れる情報の海で漂流する事に費やすようになっていた。

 そして、その事を世間ではネットサーフィンと呼ぶということも初めて知った時には、すでにパソコンを使って、あらゆる情報を検索する事以外には考えられないネット廃人寸前の人種になりかけていた。世界の情報から、自分の体や異性の体の詳しい情報まで。

 七紀家のネット環境も例外なく未成年の子供が閲覧しても支障がないようにフィルターが掛けられていたが、そんな事もお構いなしに百色は情報ネットの海に浸かり、何度も何度も情報を貪っては寝食も忘れて没頭していった。


 そして、その最中で出会ったのだ。この謎のアカウントに。

 このアカウントと最初に出会った場所は、カクヨムとはまた別の小説投稿サイトだった。

 何故か異世界転生や異世界転移というジャンルが人気を博している事で有名な小説投稿サイト。そのサイトで、百色はこのカクヨムのアカウントと同じ作者のアカウントを初めて目にした。アカウント名はカクヨムのアカウントと全く同じ挫刹という名前で、IDはあちらのサイトでは数字のみだった。


 当初、このアカウントを目にした時は、おっかない恐い名前だなという印象を受けただけだった。何をどう考えれば自分の名前をこんな名前にしようと思えるのだろう。百色は素直にそれぐらいの不可解な印象しか持たなかった。

 それと同時に当然、変わった名前だとも。挫刹。おそらく挫折という言葉を文字ったものだろう。挫折の折を羅刹の刹に変えて自分のオリジナルネーミングにする……。よくもこんな物騒な名前を名乗れるものだと子供ながらに感心するほどだったが。


 しかし百色が、この挫刹というアカウントに強く興味を惹かれたのは別の要素があったからだ。どうやらこの挫刹という作者は、人と関わる事が嫌いらしい。現在の活動の場にしているのはカクヨムらしいが、それ以前は、この異世界転生のジャンルで名を馳せた小説投稿サイトで活躍していたと言うのだが、そのプロフィール文を見ると作品への感想やコメントについては一切の返信はしない、とある。


 挫刹と名乗っている作者はそれなりに作品も投稿しているようで、小説の作品数は比較的多い。その中でも短編小説が特に多いのだが、これがどういうわけか、どうやら挫刹の長編作品から途中の一話を持ってきて無理矢理に短編にしているというスタンスが多かった。

 しかも、その短編小説のどれもが百色の目から見ても、読者からの反応が恐そうな話題ばかりを取り上げていて、内容的にも子供の挑発的な言動が文章の大部分を占めていた。

 ……なんと言うのだろうか。他人の心を逆なでしそうな煽り文句が多いのである。

 それでも……不思議ことに読者からの反応は薄かったように百色の印象としては残っている。

PVの数。つまり読者がその小説を閲覧した回数も当然、多くはないのだが、それでもゼロというワケではない。であれば誹謗中傷の類を持つ感想もそれなりに受けていても不思議ではない。

 事実、他のユーザーが投稿した作品を読んでいれば、特に社会的な志向の強いエッセイなどの短編小説として投稿された作品であれば、それは格好の批判的な感想を受ける事例もしばしば目にする機会が多かった。


(なのに……この挫刹って人の作品には、感想があまり書かれてない)


 好意的な感想も少ないが、批判的な感想も少ない。非常に中和的な位置にある作品。結局、百色が見つける事の出来た挫刹の作品への感想も、全部で二つか三つだった。


「……これだけの事を書いておいて何も感想がないのか……」


 パソコンの画面上でカクヨムとは別の小説投稿サイトにある挫刹のユーザページを開くと呟く。通常であれば、ここまで挑発的な事を書けば、読者からの反応が無いという事は考えられない。読者はそれほど無関心ではいられない。乱暴な言葉遣いの作品を目にしたのなら、その時の反感で覚えた感情を放置して無視などできるわけがない。とにかく発信者は徹底的に痛めつけて追い詰める。それが誰もが持つ諸刃の剣ブーメランという名の読者の特権だった。

 例え、反応が決して返ってこない作者が相手だったとしても。


 しかも、この挫刹というユーザーは全ての作品の感想制限をオープンにしていた。つまり、そのサイトのアカウントを持っていなくても匿名で感想を書き込めるようにしていたのである。正直に言って、これができる作者はそれほど多くはない。

 現在は、自身も作者の一人となってしまった百色になら、嫌というほどに分かるようになった。不特定の相手から来る感想は怖い。匿名なら特にならなおさらだ。絶対に保険として、受け付ける感想はサイト内からのアカウント限定などを設定しておくのが常識でありまた当然だった。それが絶対の小説投稿の定石セオリーなのである。

 さらにそれ以上に驚いたのが……。

 過去を思い出していく百色は、挫刹のユーザページの中で並ぶ、数十もある小説作品のタイトルを流し見ていく。


「マクスウェルの悪魔に……永久機関。それに、シュレディンガーの猫……」


 呟いた言葉は、挫刹の作品タイトルや長編のサブタイトルにもなっている数々の単語。そして……。


「……隠れた変数理論」


 百色が、本当に求めていた『この現実の答え』がそこにはあった。思春期の中学生なら誰もが望んでいる、この現実世界への完全な仕組みの謎に対しての……。



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