a26 カクヨムロイヤルティプログラム



 一学期の定期テストも終わり、季節は七月を迎えた。帰ってきて欲しくはないテスト結果が戻ってくるのは、これより一週間後。七紀百色にとって、今は残り少ない貴重な心休まる憩いの時間だった。


 今日は早めに家に帰ることができた。七月からは、夏休みの始まりである終業式を迎えるまで学校の授業は午前中までの短縮授業に移行される。

 だから学校の授業は正午で終わった。カバンも弁当が入らないので軽くていい。これからは夏休みの下準備として、学校に置いてあるモノの回収を担任の教諭からは命令されているが、その辺りは小学校の時と何も変わり映えはしなかった。


 幸運にも今日は掃除当番も無く、足止めは食っていない。詩織も詩織の妹たち双子も、まだ帰ってきてはいなかった。鬼の居ぬ間に何かできる事はないか?

 百色はひたすら考えてみたが、それは取りあえず二階に上がって着替えてからにしようという結論に行き着いたので、その通りにして二階で手っ取り早く着替えを済ませるとまた一階に戻った。


 夏は暑い。ちょうど梅雨も中休みに入ったようだった。締め切った一階のリビングの窓を開けると庭から眩しい光りが差し込んできたので思わずカーテンを閉め切って日影を作る。


 泉家も七紀家も、日中はエアコンを入れる習慣はない。エアコンに手を出す前に窓を開けたままカーテンだけを閉めて日射しを遮断し、吹き込む風だけを取り入れるのだ。冷房の電源を入れる時は室温が32℃以上に上がってから。意外に思われるかもしれないが、七紀家や泉家では、熱中症は体が冷房に慣れているから起こるのだという迷信を信じている。

 暑さに慣れろ。その為には部屋の中に居たとしても、汗は適度にかいておけというのが両家の教育方針だった。


「まだ30℃……」


 温度計を見ると、室温はまだ32℃には達していない。ということは、今はまだ外気からの風と室内の扇風機とうちわで猛暑を凌ぐしか手段はない。


「まぁ、出来ないこともないか……」


 伝う汗が首元から半袖の部屋着の中へと忍び込んでいく。それも気にせずに壁際に仕舞ってあったうちわを一本だけ手に取ると襟元に目掛けて扇ぎながら、いつもの場所に行く。


 そこはリビングとダイニングキッチンの間にある境界の角。十年前に百色の父親が買ったパソコンがある場所だった。もう二世代か三世代遅れの性能が低くなったお下がりのパソコン。しかし電源を入れればまだ動くので、今では百色の玩具オモチャ代わりに父から譲ってもらった代物だ。

 そのデスクトップのパソコンの電源を入れて百色は席に着く。一人だけが座れるパソコン机は安物なので細い骨組みが露わになっている。


 液晶画面に淡い光が点くと。起動の遅いパソコンの電源ランプが点滅してディスクドライブの読み込み音を激しくさせていく。待ち時間の長い一時だ。古いパソコンなので、完全な起動までは五分以上かかる。最近は寿命なのか、使用中の音もどこか怪しい感じがする。

 長い立ち上げ時間を、冷蔵庫での水分補給などで潰し、頃合いを見計らってまた席に戻った。

 画面の左端から行列しているアイコンの数々と父親の趣味そうな大自然の壁紙を背景としたディスプレイ画面の点灯。パソコンの起動と同時にネット通信のルータにも電源は入れたので、そのままネットエクスプローラのアイコンをクリックして画面ブラウザを表示させる。

 開いたブラウザ画面から真っ先にログインしたのは予めブックマークしてあった、いつものウェブサイトだった。

 小説投稿サイト「カクヨム」

 白い背景と青いロゴマークが特色のWEBサイトだ。そのサイトにログインして自分のアカウントを開く。

 まだ少ない自分の投稿作品と、まだ少ないPV閲覧数にランクを表わす☆の数。このカクヨムというWEBサイトの詳しい説明はあえて省こうと思う。それは既にきっともうこの状態でなら、よくお分かりになっていると思うからだ。


 百色はこのサイトで自分のアカウントを作り、自分が書いた小説作品を投稿していた。題名は……「思春期の方程式」


 百色の身の回りで起こったことを虚構風に仕立ててアレンジし、毎週二回。土日の朝に更新している。PVの伸びは自分の作品では一番良いように思われた。フォローしてくれるユーザーの数や更新したエピソードごとに読者から送られる「応援」の数も、今までの中では最も感触がいい。ただ、やはりほしが入らないのは痛いなと思った。☆というのはほしと読む。これがカクヨムの中でのランキングを決める唯一の要素であり。これが作品に入らないと、その作品は最も目立つ週間や日間のランキングに掲載されることはない。


「……道のりは険しいな」


 自分の作品の☆の数を見て百色は自嘲した。☆の数字はたったの3で、注目度としては非常に薄いし、まだ誰も何も注目はしていない。それでも☆を3も入れてくれた読者の人には非常にありがたいと感謝していた。

 百色は甘く考えていたようだ。

 このカクヨムでもハーレムと恋愛のジャンルは強いと思っていたから、このジャンルを意識して書いたのだが、どうやらそんな自分の見立ては甘かったのだろう。

 ランキングにまで上り詰めるのは、やはり一筋縄ではいかない。


 百色は落ち込んだ気持ちを立て直すために、自分の作品である『思春期の方程式』の次話エピソードを執筆するためのプラットフォームを開いた。開いた真っ白な次話エピソード作成画面の中で、|ぼうせんのキャレットカーソルが文字を打ち込む初期位置で点滅している。


「……続き、何を書こうかな」


 百色は悩んだ。もっと人気が出そうなエピソードを書かなくてはならない必要性に迫られていた。人気……。そう百色はやはり人気が欲しい。

 百色が、この小説投稿サイト『カクヨム』で作品を投稿しようと思ったきっかけは、主に二つあった。一つは、これからの百色の人生の助けになるような金銭的な収入源の確保と開発。これには、都合のいいことに、このカクヨムというサイトにある、中学生からでも収入が得られそうなカクヨムロイヤルティプログラムというシステムの存在が大きかった。

 そして最後の二つ目が……。百色は、自分のアカウントがフォローしている他のユーザーの一覧を開き、その中から、ある一つのアカウントに矢印のカーソルを合わせた。

 そのアカウントのIDは……。


 挫刹@wie



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る