a15 湯船の幼馴染み(take4)



 頭上からピチョンと雫が落ちてくる。落ちた雫が頬に当たった感触も無視したまま、百色はぼーと浴室の天井を眺めていた。今日、起こった出来事を振り返ってみる……。帰宅して。玄関を開けると。靴があって。二階に上がって。ドアが開いて。同級生と会って。喰らって。倒れ込んで。そして……、下へ駆け込んでいった少女。


 忘れろと言われた。だからこれ以上は忘れようと思う。嗤って近寄ってくる女子達の声。その背後で喰い散らかされた自分の下着どもの残骸。なぜあれほどの暴挙が行えるのか? 男子である百色には分からないが、女子達は実に愉快そうに満面の笑顔で満ち溢れていた。


「入るよ。ななくん」

「え」


 何のためらいもなく浴室のドアが開いた。ガラリと戸を開けて入ってきたのは前回のミドリの宣言通り。七紀百色の四番目の幼馴染みである大人しめの小柄な少女、佐糖さとう珠美たまみだった。


「石里さんたち……来たって聞いた……」


 情報の早い手が風呂桶を掴むと湯を掬って肩に流す。その動きで気付いた蛇口を開けて、お湯を足しだした。


「……さっちゃんとみっちゃん、どうだった?」

「どうだった?て何が?」


 タマミの濡れた視線が尋ねてくる。


「……感触なんだけど」

「さっちゃんとみっちゃんの感触なんて、べつに触ったわけじゃ……」

「ふーん。わたしはこうやって入るとナナくんの感触を感じるんだけどな……」


 ザブンと淡い恋心が落ちた隣の湯面から波がった。タマミと同じ体重の量が伝わるお湯の波。


「……七くんと一緒のお風呂に入ってる」

 百色は答えられない。

「シオちゃんとも、いつもこんな感じ?」

「……そんな感じかな」

「……もう飽きちゃった?」

「……慣れってことはある」

「じゃあわたしとも慣れちゃうね」


 チャプリとタマミの小さな手がお湯を掬った。ショートカットの髪。大人しそうな表情。控え目な顔。全て百色の好みだった。そう。四人の幼馴染みの中で最も百色の好みな容姿タイプを備えているのは隣にいる佐糖珠美だった。


「ムネ……また大きくなっちゃった」


 タマミの大人しそうな顔に不釣り合いな胸の膨らみが湯船に浮きだす。


「石里さん」

「え?」

「石里さん……七くんのこと好きなんだよ」

「知ってる」

「知ってたんだ」

「当たり前だろ。おれはモテるんだから」

「じゃあ、このオッパイもいつかは七くんに吸われちゃうね?」


 タマミが自分の体の性徴を確認する。


「七くんのそのお口に……これが吸われちゃう?」

「いつかは、な」

「今は?」

「即、autアウト

「えぇー?」

「残念ながら、赤ん坊以外がする授乳表現はすべて「B」のR15だ」

「R15?R18じゃなくて? R15の範囲でも男の子は女の子のオッパイを直接、お口で吸ってもいいの?」

「そりゃそうだろ。それは「B」なんだからさ。逆にこれが、赤ん坊だったら全年齢対象でOKって事になるんだ。赤ちゃんがお母さんのオッパイを吸ってお乳を飲むのは普通に問題ないだろ?教育上必要なんだからさ。そしてR15は「性的な描写あり」だ。その理屈で言うなら赤ん坊が高校生などに置き換わった場合は、それは当然、規制が一段跳ね上がったR15の「性的な描写」に入る。で、男の高校生が女子の高校生のオッパイを赤ん坊のように口をつけて吸う! この表現は、全年齢ではOKだった赤ん坊の授乳表現を「性的な描写として一段階引き上げただけ」になるだけだから「B」のR15で問題ない筈だ。って話になるわけなんだよ」

「……じゃあ今は、七くんがわたしのオッパイを吸うのはR15……」

「そういう事ッ!」

「R18じゃなくてR15でいいんだ……」


 何を得心したのか。嬉しそうなタマミは自分の豊満な胸を見て確認したように言う。


「言っとくけど。おれ15歳になってもR15相当の「B」行為は絶対にしないからなッ」

「えっ? な、なんでッ?」


 タマミの驚いた疑問に、思春期の百色はタメ息をつく。


「あのさぁ。いい? R15ていうのは別に観せる側やる側でなら高校生じゃなくて中学生同士がやってもいいんだ。『15歳以上が観ても大丈夫かどうか』が基準になるんだからさ。

ていう事はだよ? 『全年齢が観ても大丈夫なように』高校生がべつに全年齢対象の基準で縛られたまま18歳の年齢まで成長してもいいってことにもなるわけだ。だから俺は15歳以上になってもR15の行為はしない! 高校生になったら必ずR15の経験はしなくちゃいけない、なんて決まりはどこにもないからだ。それはタマちゃんも覚えておいてくれよ」


 改めて念押しすると、期待を裏切られたタマミも頬を膨らませる。


「わたしのオッパイ……いつまで吸わない気なのッ?」

「吸うとか吸わないとかって……。高校を卒業するまでだって!」

「この中学生の時の女の子の体の感触なんて中学生の時だけなんだよ?」

「だったらR18になった時に、年上好きの中学生の女の子と親しくなって、その子の感触でも楽しむことにするよ」

「ロ、ロリコン!」

「いや、そこは犯罪だよ!てツッコむところなんだけど」

「は、犯罪なの?」

「そりゃそうなるんじゃないの。多分、犯罪になるでしょ? とくに20歳ハタチを超えたらさ」

「じゅ、18歳だったら?」

「その場合は地域によるんじゃないの。たしかそういうのって県か市の条例で決まるんじゃなかったけ? よくは知らないけど。……まあ、なんにせよ。少なくとも『おれだけはしない!』って事なんだよっ」


 少年の断言に、少女も自分の裸体ぶきで主張する。


「い、いま触らないと後悔するかもよ?」

「これがR18じゃなかったのが残念なところだよな」

「なんでR18じゃなかったんだろう?」

「それは、おれたちが中学生だからだな」


 湯船に浸かる全裸の百色の言葉に、入浴する全裸のタマミもさらに頬を膨らませるのだった。



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