a13 湯船の幼馴染み(take3)



 夜。夕食が終わった一家団欒の片隅で、一人だけ浴室に足を運ぶいつもの時間が来た。夕飯後に腹が落ち着いてくる頃合いは概ね30分後。その時を合図にして脱衣所で服を脱ぎ、中一男子の裸のままガラスの折り戸をガラリと開けると風呂桶か洗面器で風呂の湯を軽く掬っては体に掛けて目の前の湯船に腰を落ち着ける、という一連の動き。


 百色はあまり風呂が好きではない男子だった。とにかくメンドクサい。その一言に尽きた。

 今は春だからいい。これが冬になるといっそう億劫になる。特に服を脱ぐ時のあの脱衣所の肌寒さ。あれほど耐えられないものはないと百色は頑なに思うのだった。


「入るよ?」


 やっと湯船に浸かったと思ったらこれだ。百色が風呂に入るのを待ち構えたように掛かってくる声。


「……」

「入っていいの?」


 答える気になれなかったので黙ったままでいた。


「……じゃあ入るから」


 答えないと、こうなるのか。男には拒否権のない強制的な女湯イベント。廊下のドアが開く。そして脱衣所で服を脱ぐ音。それをカゴに入れる振動。

 他にも何やらゴソゴソとやっている。

 ……知りたくもない。

 百色は顎まで湯船に浸かると腐っていた。ガラリと浴室のトビラが開く。結局、男としてはどこかで期待していたお待ちかねの音だった。女が入る事を極度に期待していた下心の感情。

 ……認めたくない。

 大胆な女の行動を心の何処かで期待していても、実際に女の裸を目にすれば嫌っていた。女心が分かっていないと言われるのなら、このような思春期の少年おとこの思考回路などもよく分からないことだろう。

 それは同年代の少女にとっても当然の同感なはずだった。


「いっつも、そんな感じなの?」


 詩織ではない、予想していた範疇の少女の声。


「……こんどはお前か……」


 風呂場に入ってきた裸の少女の姿を見ずに百色は呟いていた。


「これじゃあシオリも苦労するはずか。サホリも同じこと言ってた。アレを落とすのはわたしでも無理だって」


 浴槽の前で屈んだ、生まれたままの姿の少女の影が湯面に映る。そして伸びてきた風呂桶が離れた場所の湯を抉って掬い取った。

 少女の裸体に少年の汗も混ざった風呂湯が掛け流されていく。肩から流れていく湯が少女の肌に艶やかな水滴を残して落ちる。あの一つ一つの丸い水滴に男の汗が混ざっているのだ。自分の垢と汗の臭いが少女の素肌に水滴となって付着している。


「やだ。お湯足すの忘れてた」


 濡れた手が蛇口を捻ると、勢いよく湯が流れ落ちる音が浴室を満たした。メガネを外した顔。三つ編みが解かれて纏められた髪……。

 今夜、居候の男湯にお邪魔してきたのは、三人目の幼馴染みであった芳野みどりだった。


「~あーーー。いいお湯ぅ~」


 裸の少年の傍らで、湯船に脚を忍ばせて裸の少女は肩まで極楽に身を任せると端まで漂う。チャプンとお湯を掬う音がした。


「オモチャとかないんだね」

「……そんなモノないだろ」

「むかしはあったのにな……」

「……そうだったっけ?」

「ないなら持ってこようか?」

「オトナのオモチャ……ってのはナシにしてくれ」

「必要ないでしょ? わたしたちにはもう「オモチャ」があるのに……」


 そう言って一歩分、近づいてくる。


「わたしのお尻、見たでしょ? 刺し込んでみたくない? ほら、このお尻の裂け目のこのアタリに。強くッ! ズンッと! そのおフロの中で伸びきってるモノを」


 思春期の男と女の裸を遮っているものは、ただのお湯という液体だけ。


ってる?」

「ミドリ」

「わたしはね。刺し込んでホシいんだ」

「ミドリっ」

「太いのをオシリのここに。いつも想像してる……。そこにあるんでしょ?」


 我慢できず足の間に手を沈めたいらしい少女の視線が、百色の湯面の奥にあるモノを覘きながら廊下のドアがある方向に向く。


「シオリ……あそこにいるんだよね」


 ……またか。


「サホリの時もそうだったんだって。あそこでドアの前でわたしとモモの会話を聞いてる」

「……それでよく風呂ここに入る気になったな」

「……わたしたちが……いつも眠る時に何を考えてるのか分からないの?」

「……」

「わたしたちが毎晩、気になって仕方ないように……シオリも気にすればいいんだっ」


 永遠に……。未来で男と女たちの決着が着くまで……っ。


「イチゴ……来てたんだってね。この家に」

「遊びに来てたな」

「最近、特に似てきたよね。イチゴと詩織」


 心の中で目を開いた。


「……体形も似てきたよ。すごいそっくり。見てみる? 写真があるんだけど」

「ミっちゃんの家に?」

「そう。……ってか……ちょっと、ミっちゃんなんて久しぶりな名前……」

「そうだったか?」

「違ったっけ? 最近はいつもみどりだったから」


 同じ湯船から見てみた横顔が下を向く。


「きっと詩織とイチゴ、同じ感触だよ。おっぱいとか、ナカの形とか。でも年下な分イチゴの方が二年前の詩織かな? 二年前のシオリの体の感触……て、興味ない?」


 じ、とミドリが百色を窺い見る。キレイなみどりの顔だった。それほど心惹かれる顔だった。非常に綺麗な顔だった。キレイな顔で当然だった。

 なぜならミドリは……。芳野みどりは七紀百色の四人の幼馴染みの中で一番の美少女なのだからッッ!!!

 いつものメガネを外し、いつもの三つ編みを解いたミドリは、敵がいないほどに落ち着いた清らかな印象を受ける美人だった。


「……もったいないよな」

「メガネの話? なら……モモは一番得してるんだよ? あの南栞よりも可愛い顔をいつでも拝むことができるんだから」

「……その性格さえなければなぁ」


 やはり芳野みどりの性格は、メガネの三つ編みで一番、似合っている。


「あ、そうそう」

「え?」

「次は……タマミだから」


 七紀百色の一番の試練の時は近い……。



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