a12 義理の妹



 学校での地獄の一日から家に帰ると玄関の上がり框に見慣れた靴があった。

 ……来てるのか。

 そう思って七紀百色は靴を脱ぐ。女子が履きそうな桃色の靴の横に自分の靴も置いて家に上がった。

 広い玄関に広い廊下。泉家の家はとにかく間取りが広い。いつもなら二階の例の相部屋に向かうところだが、今日は制服のまま一階のリビングに向かってみた。おそらく玄関にあった靴の主もリビングにいるのだろう。

 半開きのドアのリビングルームに入ると案の定、七紀百色の妹。七紀苺子いちごがダイニングテーブルの一席に堂々と座ってくつろいでいた。


「あ、やっとかえってきた」

「……来てたんだな」


 玄関でも感じた事をそのまま言うと、苺子も気にも留めずテーブルに肘をついて見返してくる。


「だいぶ慣れた? シオちゃんは」

「それ以前に、ここは俺たちの家じゃないんだけどさ」

「いいじゃない。わたしだってイオちゃんたちと遊ぶ約束してきたんだからダイジョブ、ダイジョブ」


 足をブラブラさせながら他人の家で行儀悪く雑誌を読んでいる。その様子を見ながら百色は後悔の念に駆られていた。

 ……なぜ今まで気付かなかったのか?

 今さらながらに強くそう思う。なぜ、もっと早く気付けなかったのか。気付くチャンスならいくらでもあったはずだ。それなのに百色は気付かなかった。いや、気付くことが出来なかったのだ。

 いまもテーブルでファッション誌に齧りついている自分の妹、七紀苺子の真実。


「……なに?」

「いや……」


 妹の問いに首を振って生返事で返した。今思えば、最初から可怪おかしいとは思っていた。一番初めに違和感を覚えたのは確か苺子が小学生に進学した頃だ。

 苺子は百色より二つ下の妹で現在は小学五年生だ。その苺子は生来、活発な性格であり小学校に上がった後もその気性は変わらなかったのだが。一つだけ可怪しな点があった。

 七紀苺子は、兄の七紀百色と似ている所が全くなかったのである。それどころか七紀百色の父親や母親でさえも苺子と似ている所はほとんどなかった。家族で買い物に出かければ百色と苺子はよく幼い恋人カップルに間違われていた。


〝まあ仲のいい新婚さんなのかと思っちゃったわ〟

〝二人はお隣さんどうしなのかな?〟

〝もう一人のお父さんとお母さんは?〟


 家族で出かければ、そんな言葉や視線たちと頻繁に出会うようになっていた。七紀百色と七紀苺子は世間から兄妹きょうだいとして見られたことは一度としてなかった。


(いちごたち、兄妹なのにね)


 心細さを補うために手を取り合っていた妹から放たれた言葉には不思議さしかない。百色も当然、そう思っていた。疑問に思っても自分たちの父も母も常に、百色と苺は兄妹なのだと言う。

百色の母が自分の腹を痛めて産んだ実の子供たちなのだと。だから百色たちもそれを鵜呑みにしていた。勿論、苺子もそれを信じているのだと思っていた。


 しかし……、疑惑はやはり、ひょんな所から湧いてきた。


 あれはいつもの日常のいつもの時間。日曜に家族同士で買い物に行った時の出来事だった。


「まあ可愛いっ。二人とも仲良しさんな姉妹なのねっ」


 好きな菓子を選び終わって、カートを引いている両親たちの元に戻ろうとした時。そんな言葉を聞いてしまったのだ。声を発した主はどこかの見知らぬ女性だったと思う。その女性が、まだ小学生の二人を見てそう言ったのだった。

 詩織と……苺子の仲の良い姿を見て……。

 百色はそんな光景を目にすると、手に持った菓子を握ったまま立ち尽くしていた……。

 ……たしかに……そうだ。確かにそうだった。確かに苺子と詩織は非常に似ていた。あまりにも似すぎていた。

 二人並べば完璧に姉妹だった。


 長い髪と短い髪。それは時には逆の場合さえある。二人はよく髪形を変えていた。まるで互いに交換するように本当にタイミングよく変えていた……。

 しかし、実際の当人たちは目を丸くして驚いていたように思う。


〝わたしたち姉妹きょうだいだって。イッちゃん〟

〝えーっ、シオちゃんとー?〟


 そんな事を言い合いながら、笑っていたと思う。


「……どうおもう?」


 唐突に、現実の妹の言葉で我に返った。


「……え?」

「だから、お兄ちゃんはどうおもうかな? この服なんだけど」


 そう言ってファッション雑誌の一ページを開いて見せてくる。


「……そんな服、学校には着ていけないだろ」

「えー? いいとおもうんだけどなぁー」


 そう言って足をバタバタ動かしながら、テーブルに置いた雑誌のページをまた捲りつつ呟く。


「やっぱりシオちゃんから服かりよっかな」

「……は?……」

「だからシオちゃんから服をかりよっかなって。それで今からお兄ちゃんたちの部屋に行きたいんだけど……いい? ちょっとシオちゃんの服あさりたいんだけど……ね、ダメ?」

「……ダメよ」


 リビングのドアにもたれて、帰ってきたばかりのセーラー服の詩織が言った。


「ちぇー、シオちゃんのお古わたしは好きなんだけどな。それでもダメなの?」

「ダメ。わたしのお古なら伊織いおりたちに行ってるからそこで見せてもらえば?」


 伊織とは、泉詩織の妹で苺子とも同い年である少女の名だ。


「イオちゃんとチオちゃんねー。小学校の服でもシオちゃんがまだ着てるのあるでしょ? わたしのサイズとそんなに変わらないと思うんだ。いいでしょ?」

「お姉ちゃんの服がいいの?」

「イチゴンって、やっぱ変わってる」


 そこで詩織の妹たちもリビングに入ってきた。小学校の何かの当番だったのだろう。まだランドセルを背負しょっている詩織の二人の妹たちは瓜二つの双子だった。


「伊織、智織ちおり


 姉の詩織の声で、百色も帰ってきた双子の少女たちをみる。瓜二つの少女たちだ……。詩織とも苺子ともあまり似ていない双子の少女たちは父方の面影が濃いという。

 そして幼馴染みの詩織は母親似だった。


(苺子はね……。泉さんところの二卵生三生児みつごの子なの……)


 中学に上がって初めて両親から聞かされた愕然とした答え……。

 百色は苺子を見た。

 伊織と智織と苺子は、苺子だけ似ていない実は三つ子の三姉妹。一卵性双生児ともう一つ別の卵子の胎児による実の三つ子。そこから導かれる答えは必然……、

 詩織と苺子も、血の繋がった……実の姉妹だった。



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