a9 夜道に秘密



「……やっぱり、泉さんなの……?」


 驚きの声を上げたのは見知らぬ少女。七紀百色が知らない女子だった。隣の詩織と同じセーラー服を着て胸ポケットに桃色の学年バッジをつけた少女は、スラリとした体形をしている。

 学年ごとで色分けされているバッジの色が男子には不評な「桃色」ということは、彼女が百色と同じ新一年生である証拠だった。

 つまり百色や詩織と同じ、中学一年生の女子。


「どうして泉さんがこんなところに……?」


 不思議がる見知らぬ少女の背後には、さらに別の少女たちが二人いる。一緒に帰宅していたのだろう。後ろの二人はジャージ姿だった。所属はおそらく……運動部。


「ちょっと用があって……」


 悪びれもせずに言う。ガサリと、詩織が提げていたビニール袋の音が鳴った。ワザと鳴らしたのだ。百色だけがそれをわかっている。


「……なにを持ってるの? ……それは……」


 見つかった。目を大きくして少女は言う。学校から楽しく談笑して下校する仲のいい女子三人組と、ドラッグストアから仲良く出てきた幸せな中学生の男女のカップルの偶然的な出会い。優劣感は云うまでもない。

 どちらが優位を感じ、どちらが一体、劣等感を感じているかなど……。


「……買ったの……?」


 ビニール袋の中に入っているモノが何なのかを悟られた。だが、そんなモノは一目瞭然でわかる。ドラッグストアの前。詩織が提げているビニール袋は半透明の白いビニール袋だった。それをわざわざマイバッグにして持ってきていたのだ。そして入れた。購入した物を。

 レジの女子高生の店員が必死に気にしないように努めながらも、それでも動揺し震えつつも丁寧に入れていた紙袋の中身。その中身が入った茶色の紙質と同時に、桃色の細長い箱と黄緑色のキラビやかな箱の存在感が、0.002という透けた数字と一緒に大人の嗜みをビニール越しから、これ見よがしに主張させて見せている。


「……うん。必要だったから」


 必要だった。いまこの隣にいる男と何かをする為に必要だったと言ったのだ。その何かとはいったい何のことだろう? 笑いながら楽しく同性たちと帰ることしか考えてなかった同級生たちには、それが何なのかが分からない。もちろん永遠にわかることなどない。そこには歴然とした格差があった。間違いようのない、大人を知った人間こどもと子供しか知らない人間こどもによる立ち位置を根拠とした確固たる人生の風格の違いがッ。


「……じゃあ、また明日ね?」


 笑って、男女のこれからを匂わせる詩織がその為の道具を持って百色を連れてその場を離れようとする。それを背後から目線で追ってくる空気を感じた。

 ヒソヒソと女子達の内緒話が聞こえる。


「……ねぇ、アレって、やっぱり……」

「……うん、……絶対そうだよね……」


 背後からの声が痛い。分かっている。詩織はこれを期待していたのだ。見つかる事。それを期待していた。そしてそれは見事に達成された。明日、この噂話は学校中に広まっているのだろう。取り返しのつかない形で。


「あの子たちって……だれ?」

「同じクラスの子だよ。可愛いでしょ。わたしのクラスでは一番人気な子なんだ」

「シオちゃんのクラスの?」

「そう」


 そう言って立ち止まった。


「それからわたしのことシオちゃんて呼ぶのはヤメてって言ってるでしょっ」


 人差し指を立てて言う。


「……これで満足なの? シオちゃんは」

「シオリって呼んで」

「シオちゃんは……」

「シオリって呼べ!」


 さらに睨んでくると不機嫌さえ向けてきた。愛しさが憎しみに変わる瞬間……。


「し、シオちゃんは……」

「どうして……しおりって呼んでくれないの?」


 泣きそうな顔で、懐かしい呼び名を否定してくる幼馴染みの少女。


「オレの中ではシオちゃんはシオちゃんだから……」

「それであの女はシオリって呼ぶのッ?」


 唐突な怒気が向けられる。


「わたしはシオちゃんで? あの女は……しおりって呼ぶのッ? 同じ名前の……あの女をッ!!!」


 重いリュックを背負ってズカズカと近づいてきたセーラー服の顔が顎を上げた瞬間に、狙ってきた女子の唇を耳でかすめると体だけがぶつかって抱き留めた。


「……キスして」

「しおちゃん……」

「じゃあ強く抱きしめて」

「……しおちゃんっ」

「背中に腕も回してオッパイごと揉め! スカートもめくってわたしの股にその足入れなさいよ! 女の首筋に唇をけることも出来ないのッ? 童貞男ッ!」

「シオちゃんっ」


 中一の少女の呼吸が逆に首筋に寄ってきたので学ランの肩幅で遮る。


「ったく、図体だけはデカくなったんだからっ」


 悪態をつくと諦めたのか。離れて、また先を歩きだした。


「南さんのこと……知ってる?」

「南さん?」

「そう。南さんね……中学受験、失敗したんだって」

「……え?」

「私立の中学校だよ。知らなかったの?」

「南さんが中学受験を受けてたの? ……それは」


 ……知らなかった……。


「そうなの。私立の中学入試を受けてて、落ちたらしいの。バカみたいだよね。なんで落ちたと思う?」


 そんな理由に心当たりなどあるわけがない。


「たぶん勉強不足じゃないよ。南さん。本気出したら絶対受かるもん。でも落ちたの。みんな噂してた。なんで落ちたんだろう?って……」


 そしてやっぱり振り返る。


「でも当然だよね。私立の中学にはいなかったんだから」


 特に南栞が受けていた私立の中学校とは女子校だった。


「わたしのヒャッくん。七紀百色がいなかったから、南栞はわざと落ちたんだよ? 私立の進学校を」


 それはシオリとしおりの二人しか知らない、見えない対決。



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