a8 ドラッグストア



「どこまで行くんだよ」


 自宅とは逆方向の見慣れない道を心細く歩きながら百色は訊いた。視線の先で歩く少女、泉詩織の後ろ姿を見て不安になる。


「買い物に付き合って欲しいの」

「買い物?」


 今日一日の疲れを感じて早く自宅いえに帰りたい百色の言葉に、詩織は黙って頷く。


「買い物ってなに買うんだよ。ていうかサイフなんて持ってきたのか?」


 中学の学校生活にサイフは必要ない。ただでさえ学校の教諭きょうしたちからは「買い食いはするな」と言われているのだ。それを黙って金品の入った物を持参してくるなど、もっての他な行為だった


「学校にサイフなんて持って来たってモメ事が増えるだけだ。なんで持ってきたんだよ」

「……帰りに買いたいものがあったから」

「家に一度、帰ってからじゃダメだったのか?」


 詩織は頷く。

 わからない。男子の百色には、女子の詩織が何を考えているのかが分からなかった。


「もう少し先」


 そう言って詩織は先を進んでいく。百色と詩織が通う中学校、八ヶ丘やつがおか中学校は東と西を繋げる大きな国道を南にいて北の住宅地の奥へと入った場所にある。今はそこから逆に国道へと出ようとしている方角だった。


「そっちに何かあったっけ?」


 思い出してみるが記憶にない。ここから先は他校の学区だ。たしか隣の席の涙雫が通っていた小学校の学区だったと思う。百色が通っていた小学校から遥か西に進んだ未知の領域。その為に、あまりこちら側には近寄りたくない。知らない誰かと会ったところで、またいらないモメ事が増えるだけだった……。


「あ、もうすぐだよ」


 言って詩織は声を上げた。やっとか、と思い見上げた視線の先は国道沿いの歩道。百色がいる右側の歩道も反対側の左側の歩道も、飲食店や民家や個人店舗などが先に見える小さくなった歩道橋までみっちりと建ち並んでいる。車の通行量も多い大通りだった。

 詩織は、その先の右側から覗く一つの角を目指して歩いていた。


「ここだよ」


 そう言って立ち止まった場所は、緑と黄色の看板が目立つドラッグストアの前だった。ドラッグストア「キメスギ薬局」


「……なんで……ここに……?」


 学ランとセーラー服姿の小学生のような男女二人の中学生が薬局薬店であるドラッグストアの前で立ち止まって見る。


「だから買うモノがあるからだって」


 詩織が店の中に入って行こうとするのを見ると百色は立ち止まって、少女を見送った。


「……何やってるの?」

「……いや、買いモノ終わるまで待ってようと思って」

「一緒に来て」

「ああっ?」

「一緒に来なさい」

「ぇえ、なんで一緒になんか……」

「いいからっ」


 手を掴まれそうになったのでそれだけは避けて、仕方なく後に付いて行った。どこのドラッグストアでも最初は同じ様々な日用品などが積まれた入り口を通り抜けて自動ドアをくぐる。

 店内に入るとドラッグストア特有の薬品のニオイがした。病院ほどではないが、あまり長く居たくないニオイ。


「カゴ持って」

「どこまで行くんだよ?」


 訊いても答えないまま命令だけはしてくる少女が、やっと目当ての棚で立ち止まった。そこは生理用品の前。


「おいいぃぃぃぃっっーーーーーーーーーッ!」


 額に手を当てて絶叫した。


「ヒャッくん、どれがいい?」

「どれがいい、じゃないだろっ。男は使わないんだからっ」

「え?使うでしょ。どれがいいの?」


 詩織が指を差している棚を見る。そこには菓子製品のように色とりどりの箱が並べてあった。サイズ、薄さ。0.002ミリなどと書かれてある……箱。


「なんで女の子用の所にそんなモノがあんだよッ!」

「女の子が買うためでしょ?」

「わざわざそんなモノを買うために来たのかっ?」

「当たり前でしょ。女の子を危険に晒す気?」


 そう言って陳列棚の前で、白い襟の紺のセーラー服の女子中学生がしゃがむ。


「待て。マズいッ。こんなところ店員さんに見られたら、おれたちタダじゃっ」

「通報されるワケないでしょ。わたしたち別に法律に違反してるワケじゃないもの」


 そう言ったままピンクの箱を手に取る。箱の表面にはこう書かれてあった。妊娠検査薬。


「オイいぃぃぃぃっっーーーーーーーーーッ?!」


 それをポイポイと床に置いた買い物カゴに入れていく。


「ナプキンに、アレに、これ、と。うん。買いたいものは全部そろった。……あっ、ヒャッくんはこれでよかった?」


 満面の笑みを浮かべながら、フリフリと黄緑色の長方形の箱を学ランの少年に見せてくる。


「だ、だから、なんでそんなモノ買うんだよ。まだあるだろ」

「ぁ……、うん。そうだね。まだあるよね」


 とぼけた顔をしてそっぽを向いたのは、大学生ぐらいの若い女性が近くを通りすぎたから。


「……ほら、何も言われなかったじゃない?」

「……もう……やめてくれ……っ」


 顔を覆って崩れ落ちたかった。それでも欲しいものをカゴに入れたレジに向かう少女のあとは追わなければならない。


「……3,128円になります」

「あ、ありました」

「ーありがとうございましたー」


 ぶっきらぼうな無関心を装う女子高生のレジの店員の声で、やっとドラッグストアから出ることができた。


「またお越しくださいって……言われなかったね。残念」

「来て欲しくなかっただけだろ。やっぱり」


 生理用品とコンドームと妊娠検査薬を買って、仲良くドラッグストアから出てきたセーラー服と学ランの中学生の男女ふたり。


「これで今夜も大丈夫だね。お父さん?」

「おまえ、いい加減にしとけよ。ほんとっ」


 何を考えているのか分からない相方パートナーの笑顔を見て、中学生の少年は呆れ果てる。


「……あれ? 泉さん……?」


 そして、やっぱり出逢ってはいけないタイミングで、夕闇の影からクラスメートたちには見つかってしまうのだった。



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