a7 下校で待つ



 チャイムが鳴った。今日一日の終わりを知らせる学校のチャイムだ。


「長かった……」


 つくづくそう思う。

 入学式、始業式と始まり。すぐに通常授業の開始。この中学校の先生たちの拙速度はいったい、なんなのだろう。もう少し短縮授業から始めるとか、そんなユトリ的な考えはないのだろうか? まだ新入生気分が抜けない七紀百色にとっては小学生の時でもイヤだった六時限じかん授業の開始はハードルが高すぎるというものだった。


「もうヘバったの?」


 隣の席の泣きホクロの少女が訊いてくる。


「なんでそんなに元気でいられるの?」


 顔の頬を机にベッタリつけて、魂が抜けていこうとする口を開いた。


「今月の最後にはもうゴールデンウィークが来るから、君みたいにやつれてられないだけ」

「そんな先生みたいなこと言わないでよ」

「来月の真ん中にはもう中間テスト」

「っゥげッ」

「あ、中間テストはわかるんだ?」


 分からないはずがない。中学に上がればすぐにそれが来ると、親からは言われている。そして、それに失敗したら百色のこれからの人生も落第するんだと。

 小学校では存在しえなかった生徒間の序列を決める悪魔の存在システム、期間試験テスト。一学期と二学期と三学期にそれぞれ二回ずつ。地獄の中間と期末がやってくる……。

 先生たちはワザと生徒間で争いを起こさせているようにしか見えない。いじめをなくそう、ではなく。いじめを起こさせようという、そんな邪まな学力至上主義的な感じを受ける。

 やってられない。

 なぜ大人はみんなして、そうやって子供を急かして脅すのだ。子供はただゆっくりのんびりと生きていたいだけなのに、大人はせかせかと子供を勉強へと焚きつけて追い詰めていく……。


「先生来るよ?」

「わかってる」


 仕方なく顔を持ち上げて立ち上がると、教室の一番後ろのロッカーからカバンを取って無造作に机に置く。それを見て隣の少女、涙雫はクスクスと笑った。

 なかなかボーイッシュな少女だ。と思う。小学校時代にも運動が得意な女子はいたが、ほぼ野人だった。その野人は隣のE組にいる。霊長類最強系女子。そんなヤツには会いたくない。

 それが本音だった。


「また暗い顔してる」


 そう言ったのも束の間、隣の少女は慌てて前を見た。前のドアを開けて教諭せんせいが入ってきたからだ。この1-Fを預かる担任教諭、寺賀てらが現内げんだい


「帰りの時間だ。土用丑の日みてぇなツラしてんじゃねぇぞ。お前ら」


 土用丑の日の顔とは、どういう顔なのだろうか? 頭が白髪でアフロに爆発したヘアスタイルをしている博士のような白衣の担任教諭は当然、理科の科目を担当している。


「テラせんせーい。明日の髪形もそれでいくんですか?」

「ソレでイクもナニもオレは朝からクシしか入れてねぇよ。すっこんでろガキ」


 頭頂部だけが(´・ω・`)ハゲている後ろと横だけが白髪アフロで驚きな長身30代の教師は、学級簿をもって教卓の前に陣取る。


「そんじゃ明日の用意は分かってんな? オレはわかってねぇ。かえりの時間は以上だ。おら、女子はセーラー服が眩しいからとっとと帰れ。襲われてぇのか? ないオッパイ揉むぞ」


 きゃーとか、ひーとか絶叫で教室が溢れかえる。


「騒ぐのはいいが、掃除当番のヤツラはこのまま残って決められた場所を掃除しておけよ。

おれは今日は手伝えんからな! 他、用のないヤツらはとっとと帰れ。部活に入りたい奴がいたらそこそこ見学しておくといい。理科ラボ部も募集してるぞ。お前らにアインシュタインの全てを教えてやる!」


 あの舌を出したアインシュタインの真似をしているがハゲて顔も若いためにスベッて、

教室の全ては静まり返る。


「おい……ここ、笑うところなんだが? まぁ……いい。プリントは配ったな。月初めにはこういうプリントも配っておくからな。F組だより!だ。トナーインクの無駄づかいだよなこれ。と、んなことより、日直ッ!」


 ペン先で後頭部を掻いていた白衣の担任教諭が叫ぶ。ズザン!と全員が背筋を伸ばした。


「起立! れーい。 さよォぉーーならーぁぁあーー」

「はい。さよォぉーーならーぁぁあーー」


 深々とお辞儀をした生徒と教諭が間延びしたお別れの挨拶をとって解散となった。ガタガタとカバンを持ったり、椅子を上げて机を後ろへ運んでつっていく空気が始まる。


「じゃあねー」

「うん。バイバーイ」


 せわしなく帰っていく者と残っていく者とで教室の中は二分されていく。

 七紀が所属する七班は、今日は掃除の当番だった。場所は教室。昨日の班長同士のジャンケンで負けたらこうなった。


「はーあ、なんで初日から掃除なんだか」

「ジャンケンで負けたからでしょ」

「トイレ掃除よりマシ」

「三班、ヒサンだよな」


 ヒソヒソと笑い合って箒を振り回す。それを雑巾で嗜めるのが思春期な中学生の男女のやりとりだった。

 バケツの濁った水の臭い。箒を掃く動き。そして机を移動させていく音。手や足の動きに夢中になれば、時間は素早く過ぎていく……。


「これで最後」

「……おわったぁー」

「机もどしてよ。それで先生、呼んでくるから」

「今度はテラセンにもやってもらおう」

「テラセンまじテラセン」


 やっと清掃の全てが終わって、職員室から呼ばれてきた寺賀先生も清掃そうじが終わった教室の中を確認する。


「よぉーし。いいぞ。ご苦労だったな。でも職員室の茶菓子はやれねぇんだわ、これが。

先生たちだけの特権。ガはは。んじゃ。道草せずに帰れよォー」


 教室の鍵を寺賀教諭が掛けて。最後の七紀たちも帰ってく。

 人通りの少なくなった廊下。同じ班の人間たちについていき歩いていくと……、そこには見慣れた人影が待っていた。


「掃除……やっと終わった?」


 下駄箱の前で壁にもたれて待っていた少女、泉詩織。


「……待ってたのか?」

「うん……、一緒に帰りたかったから……」


 七紀百色の一日は、どこまでも長い……。



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