第3話

 まずは家族に会いに行かなきゃ。私がこの力を使うことに、きっと反対するだろうけど、もうやると決めたことだし、何があるかわからないのだから言わない訳にはいかない。

 学園には急用で実家に戻る事を伝え、街まで徒歩でそこから乗り合い馬車に乗り実家へと向かった。今から行けば日が暮れるまでには着くだろう。

 学園に入学してからはエイダンも私も寮に入っている。通うとなると難しいが、二人の実家は学園からそれほど離れたところではない。私が入学するまでの2年は、週末や長期休暇になるとエイダンが実家に戻ってきてたくらいだ。


 家につくと何事かと家族皆が心配したが、大切な話があるというと、とりあえずご飯にしましょうと準備をしてくれた。

 久しぶりに母の作ったシチューを食べると、緊張していた気持ちが少し和らぐ。

 皆が食べ終え、父、母、兄とご飯を食べていた時の席順のままに私の方に向き直り父が話しを切り出した。


「大切な話とはなんだ?」

「私の力を国王様に使うことになったの……」

「アンナっ!学園で力を使って見せたの!?この力は秘密にしましょうって言ったじゃない!」

「そうだよ、アンナ!なんでそんな事になったんだい!」

「ごめんなさい。でも学園で使って見せたのはエドワード殿下にだけだし、治したのも自分の手なの。この秘密を見せてまでしなきゃいけない事が出来たから……」

「なぜそんな危ない事をするんだ!この力のことを知られれば、悪いことにアンナを巻き込もうとするやつだって出てくるかもしれないんだぞ!」

「わかっているわ!でも、それでもこれしか私には方法がなかったの。エイダンがエドワード殿下の元婚約者、クリスティーナ様に求婚されたの。それも公爵家の駒にするためにね。そんなやつのところに、エイダンは行かせない!だから国王様を救う代わりに対価をよこせってエドワード殿下と取引をしたの……」

「そんな……エイダンはこの事を知っているの?」

「いいえ、言ってないわ……」

「アンナ、こんなことしてエイダンが喜ぶと思うかい?アンナが危険になるようなこと、エイダンが一番反対すると思うよ」

「……でもこれしかないのよ。私だって最初は噂は所詮噂。結婚は当人たちの問題だからと身を引こうとしたわ。だけどあの女と話してこの結婚をさせてはいけないと思ったの。絶対にね……」


 しばらく誰もなにも言えなくなり、長い沈黙に時計秒針の音だけが部屋に響いた。


「俺は反対だ……だが、アンナがもう決めたことなんだろう?」

「はい……。お父さん、お母さん、お兄ちゃん心配かけてごめんね。でも私やるって決めたの」

「もう、何を言ったところで聞かないんだよな……アンナは。絶対に無茶はしないでくれよ……」

「アンナ……。これだけは約束してちょうだい。何があっても自分の命は守ると。そしてまた必ず家族の元に戻ってきてちょうだい……」

「はい……!みんなありがとう」


 みんな涙を流して抱き合った。絶対にこの家族の元に帰ってこようと心に強く誓ったのだった。


 次の日、朝ごはんを食べてから学園へと戻っていったが、ついた頃にはもうお昼を過ぎている頃だった。

 今度はエイダンと話しがしたい。そのためにエイダンを探すが、なかなか見つからない。放課後生徒たちもまばらになったのを見て、今日は無理だろうと寮へと戻る。

 帰り道探していた人を見つけることができた。

 けれどその横には腕を絡ませてくっついている女がいてお腹の底の方がムカムカとした。今すぐに間を割って入りたいけれど余計にややこしくなるだけなので止めたが、悔しさ悲しさ怒りなどのモヤモヤとした気持ちが胸のところで渦を巻いた。それがとても気持ち悪く早く忘れようと自室へと歩みを速めたのだった。

 部屋に戻っても一向に気持ちが落ち着かなかった。生暖かいものが頬を伝う。気がつけば涙が溢れていて、止めようと力を入れればさらに涙が増えていく。そのうち幼子が泣いているときのような声までもが出てきて、もう自分で涙を止めることはできなくなっていた。

 そんなことをどれくらいしていたのだろう。ドンドンと窓ガラスを叩く音で涙が止まる。一年生は一階の部屋なので小石を使わなくても直接窓ガラスをノック出来るのだ。でも、基本的に異性は庭にも入れないはずなのに、窓の外にはとても焦った表情をしてドンドンと窓を叩き続けるエイダンの姿があった。彼が部屋まで来るのなんて、今までに一度もない。辺りも暗くなっていて夢でも見てるのだと思ったが、焦った彼の姿が妙にリアルで窓まで歩み寄ってみた。


「アンナ!アンナっ!大丈夫!?ここを開けて!」

「エイダン……。どうしたの?……そんなに焦って」

「どうしたのはこっちの台詞だよ!アンナどうしたんだい?こんなに泣いて……何があったか聞かせてくれ」

「やっぱり夢なのね。じゃなきゃここにエイダンがいるわけ……って痛いわ!ほっぺをつねらないでー!」


 エイダンが右手で私の左ほっぺたをつまんだ。


「アンナが変なこと言うからだろ。夢なんかじゃない。僕は君に会いに来たんだ。ここだとまずいから中に入ってもいい?」

「そう言いながらもう入ってるじゃない!なんで急に来たの?」

「ほら、とりあえず落ち着いて顔を拭いて。急に来たのは悪かったけど、理由なんて君と話しがしたい以外にないよ。ここ最近はまともに話せなかったから強行突破だよ」


 ニコニコしながら私の顔を拭いて、そのハンカチを水道で洗って私の目に当てる。


「ほら、目がパンパンだよ。これで冷やしてここに腰かけてね」

「私の部屋なのにエイダンの部屋みたいになってる……」

「もう、そんなの気にしない。それで何があったか教えて、ね?」

「それは……。そ、それよりエイダンでしょ!話があるのは」

「あぁ……その、ただアンナと話したかっただけなんだ……」

「そう……私もエイダンと話したいなと思ってた……」


 向こうから来てくれたのだから好都合だ。だけど大泣きした姿を見られてしまったため、少し話すのをためらってしまう。

 少しの沈黙ののち、私からあの話しを切り出した。


「エイダンとクリスティーナ様、結婚するんでしょ?」

「知っていたの?僕が求婚された話……」

「えぇ、クリスティーナ様から聞いたわ。結婚するって」

「結婚は絶対にしないよ。けど求婚されたのは本当だよ」


 ……えっ?どういう事?

 思っていたのと違う返答に開いた口が塞がらない。今の私はすごい間抜け面だろうなと自分でも思う。


「あの人本当にしつこくてさぁ。求婚されたときに絶対に無理です!って断ってるのに、全く聞く耳持たないんだよ。それに父親に頼んで、うちの両親とか説得したりもしてるみたい。まぁ両親も結婚はさせられません!と断ってるんだけど、あの手この手でいろいろしてるみたいでさ……」

「えっ?いやだって、結婚するからエイダンにはもう近づくなって言って来たのよ?」

「そんな事までしてたのか……。とにかく僕はあいつと結婚する気は、これっぽっちもないから!だからそんな事はもう気にしないで」


 拍子抜けとはまさにこの事。でもまだあちらが諦めていない以上何をしてくるかわからないが、エイダンが求婚を断っていたのはとても嬉しく少しほっとした。

 ほっとしたからか、今日話そうと思っていたことを今すぐに言いたくなった。

 ベッドに横並びに座っていたが腰をあげて正面に立ち彼の手を握る。


「エイダン大切な話があるの。こんな顔で言うのはみっともないけれど……私、あなたが好きなの。ずっとずっと大好きなの……。結婚するって聞いてとても悲しくてつらかった。だからこの気持ちを、言わないままで後悔するのだけはもう嫌なの。……私と結婚してくれませんか?」


 握る手が震えていた。彼がどんな顔をしてるか怖くてうつむいてしまう。

 これでもう今までの関係には戻れなくなってしまった。


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