第2話
トンプソン男爵家の領地は小さい上に、ここ数年凶作続きだったことで、だいぶ厳しい状況になっていると聞いていた。それでも領民たちは領主一家を慕い、一家も領民も皆で力を合わせてなんとかやっていた。
うちも商人として少しでも力になれることがあればと出来る限りのサポートをしていたのだ。
そんな事情があるから優しいエイダンは皆のために、自分が我慢すれば公爵家からの援助が出来ると思い、結婚を了承したのかもしれない。
でもこの女は自分の事しか考えていない。こんな結婚で幸せになれるわけがない。
それに何より大切なエイダンを駒扱いしたのが許せない。
噂には聞いていたが、彼女自身を私は知らない。噂は誇張されるものだし、貴族の事情もよくわからない。
結婚は当人たちの問題だし、エイダンを想ってのことなら身を引かなくちゃと思っていた。
でも今日彼女と話し、噂はすべて本当なのだと悟った。それに彼女には彼への気持ちは全くない。ただちょうどよかっただけ。都合のいい男くらいにしか思ってないのだろう。
ならなぜ私が何よりも愛しい彼を諦めなければいけないのか。こんな女より私の方が彼を幸せに出来る。いや、きっとしてみせる。
私は覚悟を決めて彼女をじっと見つめた。
「彼をあなたの夫にするわけにはいきません。どうか別の方をお探しください」
「あら、だからあなたにそんな事言われる筋合いはないわよね?」
「ええ、ですがはっきりと言わせていただきます。彼の良さもわからないあんたに、彼をくれてやる義理はないわ」
「まあこわい…… 」
そういった彼女は口は弧を描いていた、が目は笑っていなかった。
これからが勝負だ。なんとしてもこの結婚を阻止しなければ!
エイダンには自分が結婚をしたいと思える人、エイダンのことを大切にしてくれる人と結婚をしてほしい。
そのために私がすべき事はお金を作る事。それさえ解決すれば問題のある公爵令嬢と結婚する必要はないからだ。
方法はある。けれどこれは私の家族しか知らない、彼にも言っていない私の秘密。これが明るみに出したら今まで通りの生活が出来るかどうかはわからないけど、確実にお金にはなるだろう。
そうと決まればあの方に会いに行かねばいけない。
「エドワード殿下、突然話しかけてしまい申し訳ありません。私はアンナと申します。クリスティーナ様の事で話したい事があるんです。お時間をいただけませんか?」
エドワード殿下はエイダン達と同級生。なので当然学園にも来ている。
エドワード殿下の周りには、必ず誰かがいるから一人でいるところは無理だろうとわかっていた。なので昼休み友人と二人でいるところに話しかけた。
「クリスティーナの事は私にはもう関係ない。したがって君と話すこともない」
「わかっております。彼女をどうにかしろというわけではありません。しかしどうしても話を聞いていただきたいのです。それにこの話はエドワード殿下にとっても悪い話ではないと思いますが」
「どういう意味だ……?はぁ、まあいい。話くらいは聞いてやろう。そこのベンチで良いだろう?」
「ありがとうございます」
エドワード殿下は一緒にいた友人を先に戻らせ、中庭の木陰にあったベンチに座った。その横に腰を掛けるが彼とは
雰囲気に飲まれないように、そしてなんとしてでもうまく話しをつけなければと気合いをいれてこれまでの事を話した。
「……というわけです。そんな理由でなんとしてでもこの結婚を阻止したいのです」
「くくっ……あの女のやりそうなことだな。あいつは自分さえ良ければそれでいい、そういうやつだからな。それで俺にどうしろと言うんだ?」
「はい、ここからが本題です。エドワード殿下は国王様のご病気を治されたいと思いますよね?」
「なぜここで国王が出てくるんだ」
「このまま国王様の容態が悪くなったら……エドワード殿下は困りますよね?私なら国王様を治すことが出来ます。ですからそれに見合った対価をいただきたいのです」
「はっ、何を言い出すんだ。そんな事がなぜお前に出来る?国内最高峰の医者が皆、お手上げだというのに……」
「私なら出来ますよ。ここで証明して見せましょう。ただしこの事は絶対に秘密です。そして信じて頂けたら、絶対に私と取引をすると約束して下さい」
「……わかった」
「ではナイフを貸してください」
「これをどうするつもりだ」
「あなたの物を使った方が信じてもらえると思ったので。ではいきます。いっ……」
貸してもらった護身用のナイフで左の手首を切った。血がどくどくと出てくるのを見せる。
「おい!何をしている!」
「よく見てください。確実に切れているのがわかりますか?」
「あっ、あぁ!わかる!どう見ても深い傷だ……」
「では、これを治します」
右手を傷の上にかざし力を注ぐ。するとポワンと手の周りが緑色の光に包まれていく。
「どうですか?」
「傷が綺麗に無くなっている……。これは聖女の力?……」
「えぇ、おそらくそうだと思います。この事は家族しか知りません。それに今までも力を使う事は、この能力があると知った一番最初の時しか使っていません」
「その最初はいつだったんだ?」
「5歳の時です。母が流行り病にかかり高熱を出して、お医者様も今夜持つかどうかと言っていました。子供だから意味はわからなかったけど、周りの大人の様子でよくないことがわかりました。その夜は家族だけでずっと母に付き添っていて、真夜中母が今まで以上に苦しみ出したんです。私は必死で『死なないで!』と手を握った。その途端に先程のような光が母を包み込み、光が収まった頃には母はすーすーと穏やかな寝息をたてて、翌朝嘘のように元気になったんです。ですがそのあと私がしばらく寝込み、家族でこの力の事は絶対に知られないようにと決めました」
「そうか……聖女の力はそのものの生命力を使うと言われているからな。今は平気なのか?」
「少しだるいですが大丈夫です。命に関わる怪我ではないのでこれぐらいなんだと思います」
「力を見るのは初めてだが、もちろんこの力については知っている。それに先程のを見てそれが嘘ではないこともわかった。ぜひその力を貸してほしい。もちろん対価も払う。今すぐにでもと言いたいところだが、この事が公になったらまずい。明後日の夜に使いを出すから来てほしい」
「ありがとうございます。約束忘れないで下さいよ」
「ああ、もちろんだ」
うまくいったことに安堵する。
エドワード殿下は第二王子だからこのまま国王が亡くなれば次期国王は第一王子のジェームス殿下になるだろう。数年前から国王がなぞの病だと聞いた頃から、ジェームス殿下が国王代理を努めているらしい。しかも遊び呆けて仕事は部下に丸投げという最悪な噂が出回っていた。でもそれはおそらく真実だろう。その証拠に各所で争い事や、不作続きで厳しい土地も増えていた。
エドワード殿下はとても民思いの真面目な方だと聞く。だから国王様がこのまま亡くなってもらっては、エドワード殿下も国民も皆が困ることになるだろう。
それにジェームス殿下はよくない噂も多く、ここ一年の様子で国王に毒でも盛ったのではないかとまで言われているくらいだ。
とりあえずエドワード殿下との取引は無事に成功した。あとは決行まで準備をするだけだ。
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