愛する彼のためならば、聖女の力を利用します!

猫乃たま子

第1話

「私たち結婚しましょう!」


 女性の大きな声でプロポーズの言葉が聞こえてきた。声のした方を見れば、庭にある噴水の前で制服を着た二人の男女が、向かいあって両手を重ねて見つめ合っているようだ。

 女性の方の顔はよく見えなくてわからないけれど、求婚されている方の人は私が今探していた人だった。

 彼の名前は、エイダン・トンプソン。

肩につくくらいのところで真っ直ぐに切り揃えられたさらさらな髪も、瞳の色も、若葉のような緑色 。切れ長の目にすっと鼻筋の通った綺麗な顔に銀縁の丸眼鏡で微笑むと、天使さまのように美しい。

 2つ年上の誰よりも愛しい、私の愛する人。

 聞こえたのは最初だけで後は何を言っているのかわからない。

 でも、ただただ悲しかった。この場に留まることなんて出来なかった。

 来た道を戻り、優雅な音楽で皆が踊っているパーティー会場へと帰って行った。




 彼との出会いは幼すぎて覚えていないけれど、親同士が仲が良かったのでそれで良く遊んでいた。だんだんと親抜きでも会うようになっていき、今ではお互いの家を何の前触れもなく行き来するくらい一番親しい幼なじみだ。

 彼は植物が好きで、私も自分でも草花を育てているほど好きでとても良く気が合った。

 彼と私は二人とも背が低く、彼の方が10㎝くらいは高いのだけど、それでも他の人と比べれば小さい。だからちょうどいい身長差がすごく心地よかった。

彼はとにかく優しくて、困っているといつも助けてくれる。知らない草花を指差しこれはなに?と聞けば丁寧に教えてくれるし、その時の穏やかだけどとてもキラキラとした彼の横顔を見るのがたまらなく好きだ。

 私が近所の子供に身長が低くて黒目黒髪の見た目が人形のようだとからかわれているときも、背中にかばい守ってくれた。

 虫が苦手で代わりに払ったりするとありがとうと優しく頭を撫でてくれた。

 彼の好きなところを言い出せばきりがない。会うごとに彼が好きになっていた。だから気がついた時には、大好きで、大好きで、たまらなく愛しい存在になっていた。

 だけど私たちは幼なじみ以上でも以下でもない。彼にも私にも婚約者はいないし、おそらく恋人もいない。だからといって私と彼が将来の約束をしているわけではないのだから、そろそろ結婚を考える相手がいてもおかしくはない。わかってはいたはずなのに、私はずっと彼と一緒にいられると思っていた。その事実に自分でも驚く。


 あの日は学園主催の3年生のためのダンスパーティーの日だった。卒業の3ヶ月前に行われ、この時期にはほとんどの人は進路が決まっているので、皆が集える最後のイベントとなっていた。絶対に守らなければいけないルールが、婚約者や恋人や家族など誰でもいいから必ずパートナーを連れて来ること。それ以外はわりと自由に皆がのびのびと楽しめる催しとなっている。

 この国では身分に関係なく15歳になったらハリーヌ学園に入学しなければいけない決まりがある。王都にある学園には地方からの生徒も受け入れられるように寮もついていて、よっぽどの理由がない限り入学しないなんてことは出来ないのだ。そこの3年生のエイダンのパートナーとして、1年生の私がパーティーに出席していた。パーティーとはいえ皆が制服だし気楽なものだけど、華やかな場所に少し憧れていた私は完全に浮かれていた。ちょっとお手洗いに行ったはいいが、少し迷いながらなかなか彼を見つける事が出来ず、ふらふらとさまよっていたその時に見てしまったのだ。


 あのあと会場に戻って来たエイダンが私を見つけ、私の顔色が悪いからと急いで帰る事となった。それ以降彼とは必要以上に会話をしないようにしていた。いつもは学園へ行くときも帰るときも彼と一緒だったのに、なにかと理由をつけて避けている。まともに会話をすると結婚の報告をされるかもしれない。その事がとても恐かった。

 そんなことをしばらく続けていたら、ある女子生徒に呼び出された。彼女は少し前までこの国の第二王子であるエドワード・モルガン殿下の元婚約者、公爵令嬢クリスティーナ・ロバーツ様だった。なぜそんな人に呼び出されたのかと言うと、あの日彼にプロポーズをしたのは彼女だったからだ。


「あなた彼と今後一切関わらないでちょうだい」


 エイダンよりも高い背の彼女は、文字通り上から持っていた扇子をパチンと閉じてこちらへ向けてきた。

初めて会った人にいきなりこんな言い方されて、素直にはいと言えるわけがないだろう。


「それは出来ません。彼は大切な幼なじみです」

「わたくしの言うことが聞けないっていうの?ちびっこ平民風情が生意気言うんじゃないわよ!」

「学園では身分の差は関係ありません。学園のルールをご存知ないのですか?それに彼との仲を他人にとやかく言われる筋合いはありません」

「はっ、これだから平民は嫌なのよ。そんな事関係ないわ。公爵令嬢である私が言ってるんですから素直に聞き入れなさい。彼なにかとあなたの話ばかりしてくるのだけど、それって良くないと思うのよね。彼は男爵子息…… 平民のあなたとは釣り合わないでしょう?」

「彼の両親と私の両親はこの学園で親しくなりました。そんな両親を持つ私たちが身分の差を気にすると思いますか?」

「彼の気持ちなんてどうでもいいのよ。このわたくしと結婚するんだから平民なんかとつるんでたら、外聞が悪いでしょう?」


 ズキリと胸が痛んだ。エイダンは男爵家の長男だし、公爵令嬢に結婚を申し込まれては断れないだろうとは思っていた。だから彼を避けていたのだけれど、当事者から結婚すると言われるとやはりつらい。

 だがそれと同時に、この人は彼の気持ちを全く考えていない事がとても腹立たしく思えた。


「あなた様はなぜ彼と結婚したいのですか?彼の事を想っているならそんな事、とてもじゃないけど言えないと思いますが」

「ふふふ……学年出席で頭は良いのだから、将来ロバーツ家の仕事をするには相応しいでしょう?彼が家を守ってくれる間はわたくしもしたいことが出来ますしね……それに男爵家の者が公爵家に入れるんだから嬉しい話しでしょう?」

「彼を駒としか見ていないって事ですか……」

「あら、そんな事はないわよ?そんな事だけで将来の旦那様を選ばないでしょう。わたくし彼の見た目も好きなのよ。ちょっと身長が低いけれど」


 駒にするにも見た目を重視するのか。

噂で聞いた彼女は、見た目の良い貴族しか相手にしないらしい。そもそもエドワード殿下の元婚約者な理由は彼女の男好きのせいで、周りにばれないよう慎重に顔の良い貴族男性を次から次に手を出していた。そのうちの一人と会っていちゃついている時にエドワード殿下と鉢合わせ、次々と色んな人達との関係が明るみに出たために婚約破棄となった。その事はこの学園にいるものなら誰もが知っている噂で、自分だけではなかったのかと今や彼女を相手にする見た目の良い貴族男性は一人もいなくなったらしい。それに男好きが原因で婚約破棄された彼女を、嫁にもらおうって人もなかなかいないのだろう。


 だからエイダンだったのか……





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