第4話

 しばらくそのままで待ったが一向に返答がない。

 勇気を出して顔をあげて彼の顔を見ると、綺麗な緑色の瞳から、涙がぽたぽたとこぼれ落ちていた。


「どうしたの!なんで泣いているの?そんなに嫌だった……?」


 先程濡らしてくれたハンカチで彼の顔を拭う。


「ごめん……嬉しくて、驚いちゃって……。アンナ僕のこと男として好きなの?」

「相変わらず泣き虫なのね。もちろん、男としてよ?」

「僕が泣くのはアンナのことに関してだけだよ。でもそっかぁ……。てっきり兄のように思ってるんじゃないかと思ってたからさ。すごく嬉しいよ。僕もアンナが好きだ。ずっとずっと大好きだ。本当は今日僕から言おうと思って来たのに先越されちゃったな」


 エイダンも私を好き?言おうと思ってた?

 嘘でしょ!

 パニックで頭の中がごちゃごちゃなのに、体は指一本も動かせずに固まってしまう。

 彼が立ち上がり、そんな私を抱きしめた。温かい彼の体温で体の硬直は解けたが、今度は体温が急上昇していく。頭から湯気が出てるんじゃないかってくらいに体が熱い。しばらく抱き合っていたが我慢の限界で体を離した。


「エイダン……も同じ気持ちだったのね……」

「そうだね、同じだったんだね。僕からもお願いするよ。僕と結婚して下さい、アンナ……」


 片膝をつき小さい箱を差し出した。蓋を開けると、エメラルドがついた指輪が入っていた。

 エイダンの瞳の色と同じだった。


「はい……!よろしくお願いします……」

「本当はこの間のパーティーの日に、渡そうと思ってたんだ」


 エイダンが箱から指輪を取り出して、私の左手の薬指へとはめてくれた。ここ数日の隙間を埋めるように二人でたくさん話をした。

 とても幸せで嬉しくて、エイダンが帰ったあともずっと指輪を見ていた。もう一つの言わなきゃいけないことなんて、すっかり忘れてしまっていた。それに気がついたのは、次の日だった。

 今日の夜までには伝えなければいけないが、今日もまた、あの女が付きまとっているのが想像できた。

 どうしたものかと考えていると、名案が思い浮かんだ。手紙にすればいいのだと。手紙に聖女の力のこと、国王様の治療をしにいくことなどをしっかり書いて、封をして男子寮の寮母さんへと手紙を託した。これならば他の人に見られる心配はないし確実に渡せる。

 手紙を届けたらそのまま街へ向かった。

 そのあとは、食堂で早めの夕御飯をもらい、部屋で使いが来るのを待つのみとなった。


 時計の針が頂上をさす頃に、窓をコンコンとノックする音が聞こえた。窓を開けると使いのものを名乗る男が二人いて、片方がこちらにお着替えくださいと服を差し出してきた。

 一度窓とカーテンを閉めて、すぐに着替えを済まし外へと出た。

 着替えは侍女服の黒のワンピース。これならば城で不審に感じられることもないだろう。ただ身長が低く侍女に見えるか少しだけ不安になった。

 男二人の後をなるべく音を出さないように着いていくと、裏門を出たところに小さな飾りのない馬車が止まっていた。それに乗るよう指示され、言われた通り乗り込む。

 すると男二人も正面の席に座り、馬車が動き出した。妙な緊張感があり、馬車の中では会話もなく、ただ車輪のゴトゴトとした音だけが響いていた。

 それからしばらくして、馬車が止まり男二人が降りていく。ちょっと経ってから降りるように言われ、外に出るとそこにはエドワード殿下がいた。


「夜中だから人は少ないが、要所要所に警備はいる。それに兄の手の者がいるかも知れないから、気をつけていかねばならない。君は侍女として私の後ろを歩いてもらうが、絶対に声は出さないように。それと目線も下げて、顔をあまり上げないようについてきなさい」

「はい。わかりました」

「では、行くぞ」


 馬車がついた場所は、城の裏手にある用水路のそばだった。そこから王城へと続く隠し通路があるようで、そこから侵入して殿下と二人で向かうようだ。

 人一人が通れるくらいの狭く暗い道を、ただただ歩いていく。何度も右へ左へ曲がるうちに来た方がどちらで、向かう方がどちらなのかさえよくわからなくなる。

 そんな道をしばらく行くと小さな扉が出てきた。


「ここからが本番だ」


 殿下が小声でそう言うと、扉開けて出ていく。

 私もあとに続いて出ると、そこは物置のような部屋で、絵や壺やら様々なものがたくさんあった。大きな姿見を横にずらすと、今出てきた扉がすっぽりと隠れてしまった。

 その部屋を出れば、赤い絨毯の敷かれた長い廊下に出る。何度か右へ左へ曲がり、階段を上がっていった。

 もうすぐだと小声で言われこくんと首だけで返事をする。緊張してきて指先の感覚がなくなってきた。早く部屋につけばいいのにと思っていたら、前方に男の人が数人立っている。

 殿下がちっと小さく舌打ちしたが、歩く速度は変えずにそのまま進んでいく。


「こんばんは、兄上。こんな時間にどうされました」

「父上の様子を見に来ただけだよ。エドワードの方こそどうしたんだ」

「侍女から父上が苦しそうだと連絡を受けたので、私も様子を見に来たんですよ」

「そうか。それならば私が今見てきたからもう大丈夫だ、休め」

「いえ、そんなわけにはいきませんよ。きちんと父上の顔を見てからでないと、眠れませんからね。兄上こそ早く休まれた方がいいですよ。では」


 そう言って扉を開けて殿下が部屋に入った。私も軽く頭を下げてから、あとに続いて入ろうとした。


「待て。お前見ない顔だな。名前はなんと言う?」


 ジェームス殿下に言われ、一瞬足を止めてしまった。まずいと思った時には、エドワード殿下に手を引かれ部屋の中へと引っ張られた。私が入ったと同時に扉を閉めるが、外から乱暴に扉をドンドンと叩く音が響く。


「おい!ここを開けろ!何をする気だ!」

「申し訳ありません!私が不審な動きをしたから」

「いや、今のはしょうがない。私も兄上が侍女を気にするとは思わなかったからな。それよりこれ以上続くと扉が持たない!」

「やれるかわかりませんが結界を張ってみます!」

「おい!無茶はするなよ!」


 学園に入ってから図書館で聖女に関する本を読み漁った。その時に今までの聖女達がそれぞれ出来たことが記してあった中に、結界のことも乗っていた。素質がなければいくらやっても出来ないらしいが、私にはそれがあるはず。

 両手を扉にかざし、本で見たことを思い出しながら呪文を口にした。記憶力だけは昔からとても良かったので、一度読んだものは覚えていた。それでも実際にやったことはないしとても不安だったが、扉から壁伝いに紫色の光が部屋を包み込む。一瞬強い光が出たが、そのあとは淡い光がそのまま残っていた。

 術が成功したのだと実感し、思わず尻餅をついてしまう。


「おい!大丈夫か!」

「はい……。大丈夫です。でもこのままこの力を維持しなければ、結界が壊れてしまいます。なので治療に少し時間がかかると思いますが、力を維持しつつやってみます!」


 外からはガンガンと、なにかで扉を壊そうとする音がしていた。このまま結界がなくなれば、すぐにでも中に入ってくるだろう。そうしたらここに来た意味がなくなってしまう。

 すぐに国王様の寝ているベッドの脇に立った。顔色は青白く肩で息をして、とても苦しく辛そうだ。国王様の手をとり、自分の両手で挟み祈るように力を注ぐ。

 どうか治って下さい。お願いします。

 その気持ちに答えるかのように、手から体へと緑色の光が国王様の全身を包み込んだ。

 脂汗が出てきたが、ここで倒れるわけにはいかない。さらに力を加えると一瞬出た強い光が、だんだんとしぼんで無くなった。

 国王様を見れば先ほどまでの様子とは違い、頬に赤みがさして呼吸も落ち着いてきた。

 あとは目を覚ますのを待てばいいのだが、そのためには結界を維持しなければいけない。治療にも力を使っているのでかなりきつい状態だった。


「終わったのか……?」

「はい、あとは国王様が目を覚ますのを待つだけです。しかし今邪魔が入ればまた元の状態に戻ってしまうかもしれません。なので目を覚ますまでは、なんとしても結界を持たせなくてはいけません」

「大丈夫なのか!?治療だけでもかなり体力を使うのだろう?それなのに結界を維持するとなると君の身が危ないのではないか!?」

「はい……。正直に言えば、かなり危ないと思います。ですがここでやめるわけにはいきません。なにがあっても必ず維持してみせますよ。その代わり約束忘れないで下さい。最悪私が死んでもエイダンのために……」

「ああ!わかっている!だからしゃべるな」


 足の力が抜けるような感覚で、ソファーに座り祈るように手を組んだ。エイダンのくれた指輪がキラキラと光っていて、それを見るだけで力が湧いてくる。

 でも、あとどのくらい持つのだろう。結界を維持していると、じわじわと力を取られる感覚があるが、国王様が目覚めるまで持たせなくてはいけない。

 エドワード殿下も気遣ってくださり毛布をかけて背中をさすってくれた。

 早くエイダンに会いたい。

 指輪を撫でて、優しい彼の顔を思い浮かべた。そうすると少しだけ楽になる気がして、まだ大丈夫だと自分に言い聞かせることが出来たのだ。




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