空白ミーム

和泉眞弓

不審の種

「あの企画は今も続いている。私が当時センター長としていた時に命じてさせたものだ」

 部長、その企画の年は、あなたはセンター長ではありませんでした。はっきり覚えています。なぜなら、最初の立ち上げの起案者は他ならぬわたしですから。


「この一斉アンケートは、職員のニーズに応えるために私が上から特命を受けて実施させたものだ」

 部長、このアンケートは一般職からのボトムアップ企画です。はっきり覚えています。なぜなら、未曾有のことが起きてみんなが大変だけど、この状況ならやらざるを得ないねって、係長とわたしで腰を上げて、人事課とも吐くほど打ち合わせして、組合にも足を運んで、血の滲む思いで実現させたのですから。


「みんなAくんを助けるのに必死だったんだって。Bさんはあれして、Cさんはこれして……」

 助かってよかった。ところでわたしにめぐりめぐってきたこの話、その場にいたわたしが言ったほぼそのままだ。その証拠に、わたしのしたことは入ってない。こういう時、自分が果たした役割もさりげなく混ぜておくほうがいいのだろうか。


「あの人、Dさん、ぺろっと人が内緒にしててって言ったこと喋っちゃうでしょう。Eちゃんだっけねえ、あれはかわいそうだったねえ。入院患者さんからあなただけに言うけどって打ちあけられた自殺の考えを、取扱注意で引き継いだら、Dさんが患者さん本人に喋っちゃったって」

 Eちゃんは年若いぴよぴよの新人ちゃんです。イメージしかないんだな。Dさんの被害を被ったのはベテランのわたしです。集団守秘ぐらい守れ。


「会議の総括です。これこれこういう議題があり、どれそれという意見も出ましたが、これこれこういうことに決まりました」

 ちょっと待て。どれそれという意見を出したのはあなたでしょう。それ、会議の中ではあまり議論されなかったはず。ところでわたしが出したほうの疑義は結構他からも意見が出て話し合いましたよね。結論を変えたくなさそうでしたし、空気を読んでそこそこで引っ込めたので、まあ結果は変わらないんですけど、議論はなされたと思いますよ。それはスルーですかそうですか。余計なことでしたかね。もしくは自分が疑問に思ったことしか頭に残ってないんでしょうか。


「このクリアファイル啓発用にいいですねえ、買ってもらえないでしょうか」

「経理のFさんにかけあってみたけど、こんないいもの配ったらあの部署はお金あるって思われるからダメだって。チラシでほしいのある? この中から必要なのと部数をFさんに伝えて」

 Fさんに電話する。

「Fさんですか。チラシなんですけど、◯◯を50部お願いしたいんですが」

「はい、Fです。ところで、ファイルってどうなりました? ファイルは高価なので、どうしても必要なら検討しますが、チラシで代替できるのであればそれで……って話だったんですが」

 そんな繋がりだったんですね。ファイルの可能性が僅かなりともあったんですね。いえ、いいんですよ。そこまでこだわる話じゃない。ないんだけど、前後関係、全く落ちてたです。


「新しい事業をしようと思う」

 それは結構ですね。誰がするんですか。え、わたしたちですか?

「それが必要ないというなら必要ないという証明を」

 いや、必要ないとは言いませんけど。通常業務を回すのに誰も風邪引けないってこの状況、わかってますか。通常業務を回してるわたしたち、もしかしたら何もしてないことになってるんですか。


 大きな声に乗せて、ほんとうでないことが拡散されていく。それはきれいにあとかたもなくて、わたしはわずかの爪痕を残すこともできないでいる。

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空白ミーム 和泉眞弓 @izumimayumi

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