第180話 政治とカネ



◇◆◇



以前にも言及したかもしれないが、今現在のこの世界アクエラでは、国の中にある王の直轄領以外の領地の運営は、その土地を支配する権限を与えられた領主家に一任されている事が大半である。

(もちろん、トロニア共和国の様に、所謂“共和制”を採用している国もあるのでまた微妙な違いも存在するが、少なくとも今現在のハレシオン大陸この大陸では、ロマリア王国の様な所謂“専制君主制”がほぼ大半であるから、ここではそれを前提として語るとする。

また、ロンベリダム帝国の様な“皇帝”や、ヒーバラエウス公国の様な“大公”と、主権者の肩書きが微妙に違う事もあるが、役割としてはほぼ意味は変わらないので、ここでは王と統一して呼ぶものとする。)

つまり、その土地の領主である人物は、向こうの世界地球でいうところの知事に該当する立場となり、また、その領主家の親類縁者、あるいは家臣となる貴族家が領地運営に関わる役職に携わる事になるのである。

もっともこれは、それらの人物達は重要ポストを担う、指示を出すという事であって、実務などは所謂“平民”が行う事がほとんどでもあるが。

ここら辺は、向こうの世界地球の公的機関などと同様に、膨大な量の仕事を、人海戦術を用いて分割して処理している為である。


また、各領地にはある程度の自治権も認められており、役場の他には、独自の軍隊の様な組織を持つ事も認められており、国というくくりの中に存在しながら、言わばその中にもう一つの国がある様なものなのである。

これは先程の例と同様に、いくら王、ないしはそれに類する主権者の権限が絶大であろうとも、人間一人に出来る事には限界があるからである。

それ故に、王の手の届かないところを補佐する為に、王の周りには様々な役職を持った貴族達が存在するし、また各領地を管理する者達が宛がわれているのであった。


もちろん、表向きはその貴族家、領主家は王への忠誠を誓っている身である。

ただ、何らかの政情不安があれば、それだけの権限を持っている事もあって、そうした貴族・領主家は王の敵となりうる存在でもあったのである。

まぁ、それはともかく。


ここ、ソラルド領にも、もちろん領主が存在する。

しかも、ソラルド領は、ロンベリダム帝国と“大地の裂け目フォッサマグナ”の間の緩衝材的な領地である為に、その与えられている権限の自由度も高いのであるが、その一方で、何か揉め事があれば、一番最初に矢面に立たされる立場でもあるので、一概にそれが良いとも言えないのであるが。

また、そんな政情の不安な地域に無能を配置する筈もなく、ソラルド領の領主家は、かなり優秀な家として有名であった。

もっとも、それ故に、ルキウスの潜在的な敵ともなりうる存在ではあるが、ルキウスの敵性貴族の粛清を免れている事を鑑みると、表向きはルキウスに忠誠を誓っている事が窺える。

だが、今現在のソラルド領の領主は、別にルキウスを心から心酔している訳でもなく、そうした政情の不安な地域にいる事もあってか、その考え方もかなり柔軟であったのだ。


さて、そんなソラルド領の現領主である、マルコ・フュルスト・フォン・ソラルドもまた、カランの街で開催される運びとなったダルケネス族との会談に臨む為に、この土地を訪れていたのであるがーーー。



・・・



「御初に御目にかかります、マルコ閣下。僭越ながら私が、カランの街の冒険者ギルドの長を務めております、コーキン・オーガスと申します。以後、お見知りおきを。」


カランの街の冒険者ギルド長ことコーキン・オーガスは、ソラルド領・領主であるマルコと初対面を果たしていた。

当然ながら、相手がソラルド領この地では一番偉い者である事もあってか、コーキンとしてもやや緊張した面持ちで挨拶を交わしていた、様に見えるが、実際にはマルコの姿を見た瞬間、コーキンはマルコを多少侮ってしまったのである。


まぁ、それも無理はない。

何故ならば、マルコの見た目はかなり恰幅が良く、ある意味貴族らしい貴族を地でいく感じであったからである。


「ヌフフフ、よろしく、オーガス氏。」


また、その話し方もくぐもった感じであり、所謂“豚”、こちらの世界アクエラで言えば、ボア系の獣を連想させる雰囲気であった。


ー大丈夫かいな、このオッサン・・・?ー


それ故に、内心、コーキンがそう思ったとしても無理はないのである。


「と、ところで、本日はどうしてこの様な場所へ?確かに、ダルケネス族との会談が予定されておりますが、まだ我ら冒険者ギルドとの協議の段階。領主たる貴方様がいらっしゃる様な段階ではないかと存じますが・・・?」


そうなのだ。

最終的には、ソラルド領この地の領主たるマルコに話を通す必要があるとは言え、現段階では(この世界アクエラでは多少公共性の高い団体とは言え)一民間団体である冒険者ギルドと、ロンベリダム帝国側からしたら(もちろん、“大地の裂け目フォッサマグナ”全体だと侮れない勢力とはなるが)地方のちょっとした勢力でしかないダルケネス族との交渉事に過ぎないのである。

向こうの世界地球で言えば、地方自治体と民間企業の協議である。

そんな場所に、わざわざ知事クラスの者が出張でばってくるくらい、これは不自然な事であったのである。


「ヌフフフ、いやいやオーガス氏。ボクチンに隠し事はいけないよぉ~。チミタチの協議は、まぁいいとしてもさ、何やら、ダルケネス族が美味しい物を振る舞ってくれるそうじゃなぁ~い?」


だが、マルコの答えを聞いてコーキンは妙に納得していた。

つまりこのオッサンは、文字通り、を聞き付けて、わざわざここまでやって来た、と言うのだ。


「は、はぁ・・・。まぁ、確かに、先方からその様な話は頂いております。友好の証として、ダルケネス族に伝わる料理を振る舞いたい、とか。」

「そうそう、それそれ!普通、協議っていったらそういう事はないし、それにボクチンも、ダルケネス族の料理って食べた事ないしさぁ~。興味が出たとしても不思議じゃないでしょ?」

「は、はぁ・・・。」


まぁ、実際には、会食も含めて交渉事の一環とする手法はあるが、今回の場合はそれに該当しない。

本来ならば、大真面目で堅苦しい協議の場である筈だったのだが、アラニグラとサイファスとしては、交渉よりもダルケネス族の文化を売り込む事の方が重要であったが故に、こうした打診をしていたのであった。


「って、言うのは冗談だよぉ~。いくらボクチンでも、いきなりそんな事で押し掛けたりしないさぁ~。ちゃんとここに、『神の代行者アバター』殿の招待状があるんだ。」

「な、なんですってっ!?」

「もちろん、これは協議に参加してくれって事じゃないよぉ~?美食家として有名なボクチンに、ダルケネス料理を採点して貰いたいだってさ。」

「そ、そんな事でわざわざマルコ閣下をっ・・・!アラニグラさんは一体何を考えているのだっ!?」

「ヌフフフ、まあまあ落ち着きなよ、オーガス氏。ボクチンは気にしないからさぁ~。それに、美味しい物があるなら、ボクチンはそれで満足さ。領主って言っても、ボクチンはそこまで忙しい身でもないしねぇ~。」

「は、はぁ・・・。まぁ、マルコ閣下がよろしいのであれば、私からはもはや何も申し上げませんが・・・。」

「ヌフフフ~。」


ーう~ん、コーキンくんは少し頼りないなぁ~。

一応、私の肩書きに対する敬意は感じ取れるけど、内心は侮ってしまっているし・・・。

まぁ、彼は政治屋ではないから、そこまで気にする必要はないけど、総評としては可もなく不可もなく、ってところかな?ー


マルコは、一瞬鋭い目付きになって素早くコーキンの人物評価をした。

そう、マルコの容姿や雰囲気は、所謂演じられたモノであったのである。


以前にも言及したかもしれないが、特にこの世界アクエラの政治の世界は、海千山千の狸親父達が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする世界である。

それ故に、中途半端な実力では、あっという間に飲み込まれてしまう。

腕っぷしや、単純な暴力だけでのしあがれるほど、甘い世界ではないのである。


それ故、政界に生き残る者達は、自然と策略を得意としていく様になるのである。

そんな中にあって、マルコが一部の者達から切れ者と言われる所以は、彼が人一倍騙し合いを得意としていたからであった。


人は、他人の評価を見た目や雰囲気で決めてしまいがちである。

実際、向こうの世界地球における研究でも、人の印象は第一印象で9割が決まると言われている。

つまり人は、最初に見た数少ない情報の中から、自分の中で勝手に作り上げたイメージによって相手を見る傾向にある、という事である。

(実際、特に男女のいざこざの時に、“そんなひとだとは。”、“そんなだとは。”、という文言を聞く事が多いかもしれない。

だが、よくよく考えてみればこれはおかしな話である。

つまり、勝手に自分の中でイメージしたものを相手を期待していたのにも関わらず、そのイメージから逸脱した事で、勝手に失望しているからである。

この様に、人は自分の中のフィルターを通してでしか相手を見ていない事が大半なのである。)

それ故に相手の油断を誘うのであれば、マルコがやった様に、わざと道化を演じる事で簡単に人を騙す事も可能なのである。


当たり前の話だが、人は油断した時にこそ、その本質が出やすい。

それに単純に、油断してくれた方が、色々と事を運びやすくなる。

相手が自分を過小評価してくれれば、相対的に自身に優位な状況を作れるのである。


これは、スポーツなんかにおいても有効な作戦だ。

相手が自分をナメてくれるならば、その油断に乗じてサクッと勝敗を決してしまえば良いのである。

この様に、相手の印象を意図的に操作して誤認させる手法は、昔からありながらも現代でも通用する歴とした手法・戦略の一つなのである。


マルコは、生来肥満体型であり、幼少時はそれが原因でイジメを受ける事も多かったのである。

だが、それが故に、相手をよく観察する事に長ける様になり(まぁ、相手の機嫌を窺ってイジメを回避する為だったのだが)、自然と観察力が磨かれていったのである。

そして、その末で出された結論が、そうした事をしてきた相手は、実はそんなに大した者達ではない事であった。

いや、身体的にはマルコより優れていたのは事実なのであるが、その一方で精神は未熟であり、相手を下に見る事によって、自分のなけなしの自尊心プライドを保っていただけに過ぎない事に気が付いたのである。

まぁこれは、精神が不安定で未熟な子供にありがちな事ではあるのだが、大人になっても、残念ながらそうした精神性を持ったままの者達も多いのである。


そうした事もあり、マルコは逆に、その見た目と雰囲気を武器に、相手の油断をわざと誘って罠に嵌めたり、相手が使えるか使えないかを判断する、といったすべを身に付けるに至っていた。

先程も言及したが、別にその人物が善人であろうと悪人であろうと構わないのだが、相手を過小評価したり、相手を侮ったりする人物は、いざという時に足元をすくわれる事も多々ある。


当然ながら、そんな者達を重用すれば、いずれマルコ、引いてはソラルド家に害となる事もあって、マルコのその見た目と雰囲気、そして真の武器である観察眼と優れた頭脳によって、ソラルド領の繁栄に大きな貢献を果たす事になっていったのである。

なるほど、マルコが一部の者達から切れ者であると評価をされるだけの事はある。

もっとも、マルコの真に恐ろしいところは、切れ者であると同時に、それをあまり周囲に悟らせないである点であるが。


今回の場合、コーキンはマルコの中では不合格ではないが、まぁ、そこそこっていった感じである。

社会人としては無難な立ち回りではあるが、その実、様々な事に対する配慮に欠けているのである。

これは、例のトロール討伐の折に、冒険者側と冒険者ギルド側とで揉めた事でも明らかである。


もっとも、政治屋ではないコーキンにそれを求めるのは酷ではあるが、しかし、民間団体とは言え、一つの組織の長としては頼りない部分がある。

それ故に、マルコも、可もなく不可もない、と評価したのであった。


ーそれに引き換え、例の『神の代行者アバター』、コーキンくんの発言からはアラニグラくん、と言ったか?は、流石の慧眼だなぁ~。

ルキウス皇帝をして、敵に回したくない相手と言わしめるだけの事はあるよ。

まさか、こんな手で私を引っ張り出そうというのだからなぁ~。ー


次いで、マルコはアラニグラをそう評価した。

残念ながら、マルコはアラニグラと直接の面識はなかったが、当然ながら色々な噂は聞き及んでいる。


それでも、招待状が届くまでは半信半疑だったのだが、招待状それが届いた事により、マルコは『神の代行者彼ら』がであると確信したのだった。

これは、このが何重もの意味合いを持っているからだった。


もちろん、マルコが美食家であるというのは本当の事である。

彼は、ロンベリダム帝国でも有名な美食家であり、食に関しては他の貴族からも一目置かれている。

以前にも言及したが、特にこの世界アクエラの特権階級者は、見栄やメンツもあって、様々な教養を重んじる傾向にある。

その中には、当然ながら食も含まれている。

良いレストランを知っている、珍しい食べ物を知っている。

これは、向こうの世界地球でも通用する立派なスキルの一つであろう。


それ故に、アラニグラがマルコの美食家としての噂を耳にし、ダルケネス料理を通して、引いてはダルケネス族の事を良い風に宣伝してくれる事に期待して、招待状を送ってきたのである、と

だが、マルコはそのを感じ取っていた。


食は生物にとって当たり前の行為であるから忘れがちではあるが、それをする為には実際には様々なハードルを越える必要がある。

野生動物であれば、食糧の確保としての採集や狩りをする必要が生じるし、人間種も、同じく採集や狩り、農耕など、所謂生産活動を必要とする。

つまり、当たり前だが、そこにはコストが掛かるのである。


それらを生産し、それらを流通し、それらを調理し、初めて人は食事をする事が出来るのである。

つまり、ここには人間社会の場合、多大な資金が流れる事になる。


これは、見る人が見れば、強力な利権である。

であるならば、それを狙う悪人も出てくるのは、これはある種必然であろう。


コーキンなんかは、政治家ではないし、冒険者としてはかなり優れた人物ではあったが、利権に関する事は門外漢である。

それ故に、今回のダルケネス族との協議も、分かりやすい利権ともいえる鉱石類の方に目が行ってしまっているが、マルコからしたら、こちらのダルケネス料理の方がより重要度は高いと判断していた。


先程も述べた通り、食は生物にとって当たり前の行為である。

つまり、裏を返せば、一生必要な事でもあるのだ。

という事は、見方を変えれば、これは一生金を生み出してくれるタネになるとも言える訳だ。

そう考えると、トータルで動く資金は、分かりやすい利権である鉱石類の比ではないのである。


そして、それに目を付けそうな人物に、マルコは心当たりがあった。

何を隠そう、カランの街の有力者、つまり町長であった。


以前にも言及したが、カランの街は危険な地域ではあるが、その一方でベテラン冒険者が集まる、割と栄えている土地である、筈だ。

にも関わらず、アラニグラも言及した通り、ダルケネス族の集落の方が栄えている印象があった。

まぁもっとも、アラニグラは『異世界人地球人』かつ現代人であったから、そこまで明確な違いを察していた訳ではないが、それでもそう感じるくらいには、カランの街はそこまで栄えている印象がアラニグラにもなかったのである。


これには、当然ながらカラクリがある。

つまり、カランの街に流れる筈の資金が、何処かに流失しているのである。

でなければ、カランの街は、防衛の観点からも、もっと強固な街でなければおかしいのである。


当然ながら、マルコはその事に気が付いていた。

だが、カランの街の町長は、マルコが抜擢した人物ではないし、そもそもソラルド領を管理する権限を持つマルコとは言え、やはりその土地土地の事は、それぞれそれを管理する者達に任せるしかないのが現状である。

先程も言及した通り、人一人に出来る仕事量には限界があるからである。


だが、ここへ来て、ダルケネス族との協議という、マルコをして無視出来ない事案が発生する。

先程も述べた通り、鉱石類、更にはそれを含めたダルケネス族文化は、膨大な資金を生み出してくれる可能性が高い。

そして、それに目を付けない町長ではないのだ。


仮に、この場にマルコがいなかった場合、町長は何だかんだ理由を付けて、この利権に一枚噛もうとするだろう。

で、もちろん、そこまで派手な真似はしないだろうが(と、言うより、流石に派手な真似をするとマルコやルキウスに睨まれてしまう可能性が高いからである。分かりやすく悪事を働いてくれた方がまだ介入のしようもあるが、カランの街の町長は、その事を理解しているのか、中々尻尾を掴ませない食えない人物だったのである。)、そこで発生する利益の一部を、自らの懐に放り込んでしまう可能性があるのである。


それは、本来、カランの街の発展の為に還元されるべきモノであったり、ソラルド領への税収として支払われるべきモノである。

それ故に、マルコとしては、それを何としても阻止したかったのである。


だが、流石に何の理由もなしに、領主たるマルコがこの場に来るのは不自然であるし、場合によっては、地方自治に対する干渉であると反発されかねない。

もちろん、マルコは領主として、強引にそうする事が出来る権限を持ってはいるが、それは時と場合によっては悪手にしかならない可能性も高いのである。

その事を、ルキウスはもちろん、マルコも承知していたのである。


しかし、そこでアラニグラからの招待状が意味を持ってくる。

招待を受けた以上、受ける受けないはマルコの自由である。

つまり、マルコが急にこの場に来たとしても、町長には追い返すすべがないのである。


しかも、マルコに睨まれた状態では、町長は身動きが取れない状況である。

更には、その状況で冒険者ギルドとダルケネス族との協議が行われれば、それは領主たるマルコの知るところとなっている訳であるから、後になって町長が何か仕掛けたら、すぐに疑いは自分の方に向けられる、と考える筈である。


つまり、アラニグラは、そうした事を見越した上で、わざわざ領主たるマルコに招待状を送るという、普通の人達から見れば馬鹿げた行為に及び、更にはマルコの方も、道化を演じつつそれを受けた、という訳である。


これは、見る人から見れば、アラニグラの作戦勝ちである。

一見馬鹿げた一手を打つ事で、自分やダルケネス族にとって優位な状況を作り、まさしくまっとうな協議の場を作り上げたからである。

切れ者であるマルコをしても、見事な一手と言わざるを得ない。


ーハハハッ。

町長の奴、当てが外れたのか、青い顔をしてるよぉ~。

散々好き勝手やってくれたけど、これで少し溜飲が下がるというものだね。

もっとも、これで終わらせる私ではないけどね。

せいぜい、今の内に覚悟をしておく事だねぇ~。ー


先程、コーキンが、あくまでダルケネス族と冒険者ギルドとの協議であると明言していたにも関わらず、カランの街の有力者という事で、しれっとこの場にいた町長を見やり、マルコはニヤリと笑った。

それを見たカランの街の町長は、震え上がった様な表情で、力なく項垂れていた。


ーまぁ、それはそれとして、ダルケネス料理はもちろんだが、もう一つの楽しみであるアラニグラくんは、いつ姿を現すのかなぁ~?ー


カランの街の町長のそんな姿が見れて満足したのか、一旦、政治的なあれこれから意識を切り換え、マルコは今か今かとアラニグラ、そしてダルケネス料理を心待ちにするのだったーーー。



・・・



ーくそっ、何故こんな場所に豚野郎マルコがっ!?

これでは、俺の目論見が完全に外れてしまうっ!ー


一方、睨まれたカランの街の町長こと、パリス・ミドライは青ざめた表情で内心悪態を吐いていた。


そう、彼はマルコの予測通り、ダルケネス族と冒険者ギルドの協議に乗じて、それらが生み出す利権に一枚噛むつもりだったのである。

もっとも、アラニグラがマルコを呼んでしまった為に、いきなり出鼻を挫かれてしまった、どころか、ここで下手に動いたら、パリスのこれまでの悪行を暴かれてしまう可能性すらあった。


パリスは、旧・ルダ村、現・ルダの街の元町長であったダールトンと同様に、その村や街の人々から選出された代表であり、つまりは平民である。

まぁ、この世界アクエラの地方の長は、こうした平民が務める事も珍しい話ではないのでそれは良いのだが、残念ながらパリスは、ダールトンとは違い、あまり善良な人物ではなかったのである。

カランの街の町長になれたのも、人望ではなく策略によるところが大きいのである。


彼は、裏社会の人物達と結託し、様々な利権の一部に干渉して、それらの資金の一部を懐に放り込む。

そうして不当に得たカネによって、町民の一部を抱き込んだり、裏社会とのパイプを太くしたりして、ここまで成り上がったのである。


そこに来て、ダルケネス族が何やらカランの街の冒険者ギルドと交渉をする様だとの情報をキャッチし、新たな利権の匂いにウキウキしながらこの場に現れてみたら、領主であるマルコまでもがその場にいたのである。

パリスが青ざめるのも無理からぬ話であろう。


パリスは、ズル賢い男でもある。

それ故に、マルコが見た目通りの人物ではない事を知っていた。

そんな事もあって、何とかその場を取り繕う事は出来たが、内心戦々恐々であったのである。


ー・・・いや、もしや俺はハメられたのではないか?ー


ふと、パリスはそんな考えに至った。


どう考えても、いくら噂の『神の代行者アバター』とは言え、そしてそんな者に呼ばれたとは言え、領主たるマルコがわざわざこんな場所に足を運ぶのは不自然である。

つまり、元々アラニグラとマルコは繋がっており、網を張っていたのではないだろうか?

自分を捕まえる為に。

そう、パリスは考えた。


その瞬間、パリスはマルコと目が合った。

ニヤリ。

マルコの口元が、そんな風に歪んだ瞬間、パリスはゾッとした。


ーや、やはりかっ!い、急いで逃げないとっ!!!・・・しかし、どうやって?この場にいる以上、そそくさと消えるのはあまりに不自然だ。いや、何らかの理由をつけてっ・・・!!!ー


「いやぁ~、すいません、皆さん。お待たせしてしまいました。少々、に手間取ってしまいましてね。」


そうパリスが頭をフル回転させて、何らかの突破口を模索していたタイミングで、本日の主役であるアラニグラとサイファスが現れる。


ー・・・・・・・・・あっ。

終わった・・・・・・・・・。ー


二人の姿を見た瞬間、パリスは悟ってしまった。

当たり前の話であるが、この二人はこの場にいる誰よりも強者である。

故に、彼らの手の届く範囲にいる以上、この二人から逃れるすべなど、パリスにはなかったのである。


「さあさあ、どうぞ。お掛けになって下さい。お待たせした分、精一杯おもてなしさせて頂きますので。」


終始にこやかなながら、そう暗に誘導するアラニグラに、パリスは諦めた様にそれに従ったのであるーーー。





















(ところで、何でこんなところにお偉いさん達がいるんだ、アラニグラ殿?)

(さあ?まぁ、カランの街の町長はともかく、領主さんは俺が呼んだんだけどね。彼、噂だと帝国でも有名な食通らしくてさ。なら、ダルケネス料理の良い宣伝大使になってくれるかも、って思って、さ。)

(あぁ~、なるほどな。しかし、それにしたって領主を呼びつけるとはなぁ~・・・。)

(あ、いや、俺だって、ダメで元々って考えてたぜ?領主って忙しいだろうからな。ただ、たまたま手が空いてたんじゃねぇ~の?まぁ、本当のところは知らんけど、結果オーライじゃない?)

(ふむ・・・、まぁ、そうだな。)


ヒソヒソとそんな会話を交わすアラニグラとサイファス。

この事から分かる通り、マルコの考えは、完全に彼の考えすぎであったのである。


アラニグラは確かに優秀な人物ではあるが、それはあくまで営業マンとしてであって、アキトの様に、政治に関しても詳しい訳ではなかった。

もっとも、先程も言及した通り、人は噂や見た目で他者を判断してしまいがちである。

一見自信に満ち溢れ、容姿も良く、知性に満ち溢れたアラニグラを目の当たりにすれば、誰しも彼が出来る人物であると判断するだろう。

故に、マルコのその判断や深読みも、致し方ない事なのかもしれないーーー。


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