第181話 狂乱の幕開け



◇◆◇



「それでは、続きまして、こちらが本日のメインディッシュで御座います。」

「ヌ、ヌフッーーー!?こ、これは、も、もしやワイルドボアの肉ではっ・・・!!!???」

「おおっ!流石は美食家としても有名なマルコ閣下であらせられる。見ただけでそれを見抜いてしまわれるとはっ・・・!」

「い、いやいや、それは今はどうでもいい事ですよ、アルカード氏。まさか、あの幻の高級肉が、こんな塊でポンと出てこようとはっ・・・!!!」

「あのぉ~・・・。」


場所は変わらず、カランの街の冒険者ギルドにて。

カランの街の冒険者ギルドの会議室を間借りして、その場は一種の協議会場、兼食事会場となっていた。


その場にいるのは、この協議の中心人物であるカランの街の冒険者ギルドの長・コーキンと、ダルケネス族の族長たるサイファス。

それと、その二者の間を取り持つ為の、一種の仲介役であるアラニグラである。


後は、ついでと言っては何だが、カランの街の有力者であるパリスとその部下らしき者達が数名、彼らのこの場にいる名目としてはこの協議・交渉の立会人であり、そして、カランの街を含めたソラルド領一帯を仕切る、領主のマルコといった面子であった。

まぁ、マルコはソラルド領この地の一番の権力者ではあるが、この場にいる名目は一番雑である。

ダルケネス料理を目当てに、わざわざカランの街を訪れた道楽者のオッサン。

一応、マルコ的にはこれにも裏の意図がある事はすでに述べた通りであるが、出される料理に一々大袈裟な驚きや感嘆の言葉を漏らす様は、まさに料理目当てでわざわざやってきた変わり者と周囲には映っていた事だろう。


ちなみに、今まさにマルコが驚愕していたのは、狩人ハンターや冒険者でさえ滅多に御目にかかれない高級肉であるワイルドボアの肉が、分厚いステーキとしておもむろに差し出されたからである。

以前にも言及した通り、ワイルドボアは向こうの世界地球における猪っぽい魔獣の事であり、非常に警戒心が強く、森の奥地に生息している為に滅多にエンカウトしない魔獣でもある。

しかし、その肉は非常に美味であり、食通の間では、幻の高級肉として有名でもあったのである。

これは、今現在のこの世界アクエラの冷蔵技術が未成熟であった為であった。

(もっとも、以前に言及した通り、アキトの計らいでロマリア王国などの一部地域ではこの冷蔵技術が急速に発展しているが、それがここロンベリダム帝国側にまではまだ及んでいなかったのである。)


先程、滅多に御目にかかれないとは言ったが、腕の良い狩人ハンターや冒険者ならば、ワイルドボアの肉を入手する事自体はそこまで困難な事ではない。

だが、その一方で、冷蔵技術が未成熟である為に、いくらゲット出来たからといっても、それを無事に冒険者ギルドや肉屋に納品する為には、時間的制約があるのである。

それ故に、向こうの世界地球の漁師さん達と同様に、足の早い、腐りやすい食品は、現場で処理されてしまう事が多い為に滅多に市場に出回らないのである。

だからこその、幻の高級肉、という訳であった。


だが、仮にそのワイルドボアを、家畜として飼い慣らす事が出来たとしたらどうだろうか?

非常に美味で、栄養価の高い食肉が、かなりの安価で、安定的に手に入れる事が出来る様になるだろう。


実際、向こうの世界地球で多く消費される食肉は豚・牛・鶏が大半を占めており、安定した価格、品質、栄養を現代人は受け取る事が可能である。

これもひとえに、生産者の方々の努力の賜物であり、逆に言えば、それ以前は農作物も含めて、食うに困る状況など珍しくもない環境でもあったのである。

実際、現代の向こうの世界地球においても、飢餓に喘ぐ地域もいまだに存在する。


そうした食の安定は、もちろんこの世界アクエラでも大きなテーマとして存在している。

実際に、農耕関連は比較的安定している為に、この世界アクエラでも国として栄える事が出来ている。

だが、やはりその土地土地によって、例えばヒーバラエウス公国の様に、国土の問題により農耕に向かない土地なども存在し、そうした国土などを巡った問題として、他国の領土を狙って侵略を画策するケースも存在するのである。

この様に、たかが食と侮る事なかれ、食とは戦争に発展するほどの重要な要素の一つなのである。


故に、それを事前に回避する上でも、あるいは人々にとって安定的な食を確保する上でも、為政者にとっても、これは大きな政策課題として存在していた。

国民が飢餓に喘ぐ事があれば、その怒りは最終的に為政者、ここでは王や、それに類する主権者、あるいは管理する側である貴族達に向けられる事になるからである。


その為に、食の安定を政策の最重要課題とする者達も存在する。

マルコも、まさにその一人であった。


ただ、これは中々の難問でもある。

農耕関連はどうしても天候に左右されてしまうし、魔獣やモンスターの家畜化は、かなり高いハードルがあるからである。

もっとも、これも魔法技術を取り入れる事によって、少なくとも農業生産に関してはクリア出来る可能性もあるが、そこに特権階級者の猛烈な反発もある。

そうした様々なしがらみを抱えた上で、問題を解決しなければならないのである。

そんな訳で、そうした食の改革は上手くいっていないのが現状であった。


ところが、今まさに目の前に出されたワイルドボアの肉、幻の高級肉がポンと塊でおもむろに出される様子から鑑みて、ダルケネス族はもしかしたらワイルドボアを家畜化する事に成功しているのかもしれない、とマルコは考えた。

もっとも、人間族の平均を遥かに越える身体能力を誇る獣人族、ダルケネス族であるならば、サクッと一狩り行ってきた結果かもしれないが、それでもそうした利権や政策課題も含めて食に大きな関心があったマルコが興奮するのは、これは致し方ない事なのであった。


「確かにとても美味ではありますが、そこまで騒ぐほどの事ですか、マルコ閣下?」


当初の予定を狂わされたパリスは、それを含めて一種の意趣返しとして嫌味っぽくマルコの反応にそう言葉を漏らした。

しかし、これはハッキリ言ってナンセンスな発言であった。


「いやいや、ミドライ氏ぃ~。ワイルドボアは幻の高級肉と呼ばれるほどの稀少品ですぞぉ~?それが、こんなおもむろに差し出されるのですから、アルカード氏。もしや、ダルケネス族では、これは割と珍しくもない食材の一つなのではないですかな?」

「はい、仰る通りです、マルコ閣下。ダルケネス族では、ワイルドボアは普通に飼育されております。故に、我々ダルケネス族にとっては、ワイルドボアは身近な食材の一つであります。」

「な、なんとっ!?も、もしやと思っておりましたが、やはりワイルドボアの家畜化に成功しているのですなっ!!??」

「え、ええ、まぁ・・・。」


マルコの恰幅の良い容姿に、更に興奮した様子が合わさって妙な迫力があり、強者である筈のサイファスですら軽くビビリながら、何とかそれを肯定した。


「お聞きになりましたかな、皆様方っ!我々が長年夢見て、遂に果たす事が叶わなかったワイルドボアの家畜化を、ダルケネス族は実現していると言うのですっ!!つまり、ダルケネス族の技術には、我々も大いに学ぶべきモノがあるという事の何よりの証左ですぞっ!!」

「そ、それがどうかされたのですか、マルコ閣下?」

「ええ、ええ、オーガス氏。これは極めて重要な事ですぞっ!!」



技術と一言で言っても、そこには様々な種類が存在する。

例えば、この世界アクエラの一番分かりやすい技術は、まずは魔法技術が挙げられるだろう。

他には、戦闘技術などもそうであろうか?


しかし、それらは所謂『戦闘スキル』に該当する技術であり、であるならば、ゲームなんかでもお馴染みである『生産スキル』に該当する技術も存在する筈である。

例えば、リサが習得している『鍛治技術』も『生産スキル』の一つだ。


そして、あまり目立たないかもしれないが、『調理スキル』や『農耕技術』なんかも、『生産スキル』に該当する技術である。

では、現実的は話、生活をする上で重要なのはどちらのスキルになるであろうか?

答えは、当たり前だが『生産スキル』である。


もちろん、特にこの世界アクエラでは、再三述べている通り、魔獣やモンスター、盗賊団などがそこらを跳梁跋扈ちょうりょうばっこする世界であるから、自身の身を守る上でも、この『戦闘スキル』も重要になってくるのだが、それでも『生産スキル』ほどのカネを生み出す技術ではないのだ。

これは、当たり前の話だが、もし『戦闘スキル』でカネを稼ぐのであれば、実働が必要不可欠だからである。


例えば、冒険者は『戦闘スキル』を用いてカネを稼ぐ職業の代表格であるが、彼らは自分達の持つチカラを他者に事によって金銭を得ている。

例えば、魔獣やモンスターの討伐、薬草類や鉱石類の採集、盗賊団の討伐などがそれに当てはまるだろう。


一方の『生産スキル』は、もちろん実働は必要不可欠ではあるが、『戦闘スキル』とは違い、自分達がにも、カネを稼ぐ事が可能である。

例えば、鍛治職人ならば、武器や防具、農具や生活用品など、物を作る時には実働をしている訳だが、一度物が出来上がってしまえば、それをは鍛治職人本人がやる必要がない。

これは、農耕関係や服飾関係なども同様である。

で、その『生産スキル』の中には、当然ながら畜産や酪農、養殖なんかの技術も存在する訳である。


野生動物を飼い慣らし、農作業の手伝いをさせたり、乳を取ったり、食肉として利用する事は、向こうの世界地球でも一般的に行われる手法であるが、もちろんこちらの世界アクエラにも同様の考え方が存在した。

すなわち、野生動物の家畜化である。


そして、それらを様々な品種改良した結果存在するのが、現在の家畜達なのである。

もっとも、向こうの世界現代地球の技術力を持ってしても、例えば○○の家畜化は不可能であるとか、△△の養殖は不可能とされる事も多いのである。

もちろん、その不可能を可能にした人々も多い。

彼らはあまり目立たない存在だが、少なくとも食の歴史を塗り替えた本物の偉人達なのである。

まぁ、それはともかく。


マルコも言及した通り、ワイルドボアを家畜化しようと試みた者達も、人間族の中にいたのである。

だが、残念ながら、そのことごとくが失敗に終わっている。

そもそも、先程も言及した通り、ただでさえエンカウト率が低い上に、狩るだけならばともかく、それをオス・メス両方生け捕りにしなければならないなど、相当な腕を持つ冒険者でもハードルが高い。

更には、警戒心が非常に強い事もあってか、仮にオス・メス両方を無事に確保したとしても、人の目がある環境下では、たとえ意図的に無人の状況を作ろうとも、繁殖すらしようとしなかったのである。


それ故、人間族の間では、ワイルドボアの家畜化、ならびに繁殖は不可能であると結論付けられる様になっていた。

ところがそこへ、ダルケネス族はそれに成功しているのだという。

それはすなわち、ダルケネス族と仲良くなり、その技術を伝授して貰えれば、先程も述べた通りに、安定的な食肉の確保、それも幻の高級肉とさえ言われているワイルドボアのそれが可能かもしれないという事である。


当然ながら、これには大きな需要が見込まれる。

マルコは極端な例ではあるが、それでも特権階級者、貴族などが高級肉を求める事は、単純に食を楽しむ上でも、パーティーなどを開催し、他の貴族達に対する見栄やメンツの意味でも、多いにあり得る事だからである。

という事はつまり、これは莫大な利権に繋がるという事である。

マルコが興奮するのも、無理からぬ話なのであった。



「な、なるほど・・・。お話は理解出来ました。いやはや、凄いものですな。」


マルコの、食に対するオタク特有の早口の説明を何とか飲み込んで、コーキンはそう感想を漏らした。

その反応に、アラニグラとサイファスは内心大きな手応えを感じていた。


「で、あるならば、ダルケネス族は何故わざわざ冒険者ギルドと協議などするのですかな?鉱石類も含めて、あなた方には大きな武器がある訳だ。ならば、少なくとも、民間団体である冒険者ギルドなどではなく、まずはカランの街我々と交渉するべきではありませんか?」

「「・・・・・・・・・はっ???」」


そこに、パリスがまたも横槍を入れる発言をする。

彼からしたら、改めてこの利権に一枚噛めなかったのが悔やまれる故の発言だろうが、状況や情勢が全く分かっていない発言でもあった。

すでに述べた通り、パリスはカランの街の町長ではあるが、自身の才覚でその地位に登り詰めた訳ではない。

故に、政治的な無知がここで露呈した形ではあるが、流石にこれには、マルコはもちろん、アラニグラでさえ呆れた声色を発してしまっていた。


「・・・ふむ、確かにその通りですな。」


が、それにコーキンが相槌を打つ。

先程の述べた通り、コーキンはあくまで冒険者ギルドの長であって、少なくともマルコらよりは政治的なあれこれには疎いのは仕方ない。

まぁ、本来ならば、民間人であるとは言え、比較的公共性の高い組織の長であるのだから、こうした事も含めて理解しておいた方が良いのは言うまでもないが。


フゥ、と一息吐き、素早くマルコを見やったアラニグラは、コクリと頷いたマルコを確認し、改めて何故ダルケネス族が冒険者ギルドに接触したのかを説明する。


「では、まずは現状のおさらいをしておきましょうか?今現在のロンベリダム帝国とダルケネス族を含めた“大地の裂け目フォッサマグナ”勢力は、公式的には敵対関係にあります。少なくとも、正式な国交が結ばれている訳ではありません。そこは良いですよね?」

「ああ、うむ、そうであるな。と、言うか、まずアンタは何者だ?訳知り顔で冒険者ギルドとダルケネス族との間に立っているが、何の権限があってそんな事をしている?」

「」


なるほど、パリスの胆力は相当なモノである。

先程、自ら敵わないと悟った相手であるアラニグラに、そんな事を平然とのたまうのだから。

もっとも、そこには衆人環視の中でならいきなり襲われる事もないだろう、という計算と、曲がりなりにも町長という立場を持つ自分の優位性を理解していたが故の発言だろうが。


話の腰を折られたアラニグラは、それでも根気強く言葉を紡いだ。

元・営業マンであるアラニグラからしたら、こうした相手のあしらい方も熟知しているからである。


「これは失礼。私はアラニグラと申します。確かに私は一介の冒険者であり、権限などは何もありません。しかし、今回のケースでは権限など何の意味も成しません。」

「何っ!?」

「パ、パリス町長っ!アラニグラさんは、確かに表向きはいち冒険者に過ぎませんが、ロンベリダム帝国では『神の代行者アバター』とも呼ばれるほどの御仁ですよっ!?」

「・・・・・・・・・はっ?」


いや、知らんかったのかいっ!

思わず、コーキンはそんなツッコミを心の中で入れてしまった。


「いえいえ、ギルド長。それは今は関係ありませんよ。むしろ、この協議や仲介も含めて、権限は足枷でしかありませんからね。」

「ど、どういう、事、だ、ですか?」


神の代行者アバター』の名は、流石に知っていたのか、それまでの横柄な態度が鳴りを潜めるパリス。

以前にも言及した通り、アラニグラ達『異世界人地球人』は、今現在のロンベリダム帝国では、『神の代行者アバター』ともてはやされ、国民から大変な人気を誇っている。

その影響力は、地方の街の町長でしかないパリスの比ではないのである。

もちろん、だからと言って、某かの権限を有している訳ではないが、彼の不興を買えば、それはそのまま国民への不興に成りかねない。

自身の保身にかけては何よりも頭の回るパリスであるから、流石にこの態度はマズいと思ったのであろう。


「先程も述べた通り、ロンベリダム帝国と“大地の裂け目フォッサマグナ”勢力は、公式的には国交が開かれている訳ではありません。ならば、もし仮に、ここでのダルケネス族の交渉の対象をカランの街とするのであれば、それはすなわち、カランの街がロンベリダム帝国を裏切った事に他ならなくなる。」

「・・・・・・・・・えっ?」

「いえいえ、当たり前の話でしょう?ロンベリダム帝国本体が認めていないにも関わらず、その一部地域であるカランの街が勝手に交渉をしてしまえば、それは密約となる。ですから、あえて冒険者ギルドという、比較的自由度の高い団体と協議をしているのですよ。もっとも、ロンベリダム帝国が末期状態であれば、そうした密約も有りなのでしょうが、今現在のロンベリダム帝国はまさに繁栄の絶頂期にありますからね。」


マルコは、アラニグラの説明に大きく頷いた。

政治が分かる者ならば、これは当然の措置だからである。


「し、しかし、その理屈であれば、冒険者ギルドだって問題となるのではないですか?」

「その御指摘はもっともですが、ところがそうでもないのです。そもそも、冒険者の活動内容的には、他国に赴く事も別に珍しい話ではありません。その末で、冒険者が他国の者達に追われる事になる事も、逆に友好関係を築く事もあるでしょう。ですが、そこに国は一切の関与をしません。何故ならば、冒険者の活動は全て自己責任だからです。しかしそれが故に、“国”という枠組みの中では不可能な事も可能になるので、冒険者ギルドや冒険者の活動は国家から容認されているのですよ。逆に言うと、冒険者ギルドや冒険者に某かの規制を設けてしまった場合は、その様な自由度の高い活動が出来なくなるので、極端な話、ただの軍隊と変わらなくなる。それでは、国にとって旨味がないので、今日の様な冒険者ギルドや冒険者の活動が公式に認められている事になっている訳ですね。」

「ぬっ・・・?」


言うなれば冒険者ギルドや冒険者は、“国”という枠組みのの武装集団なのである。

それが、公式に認められているのは、ひとえにこの世界アクエラの特殊な環境によるところが大きい。

当然ながら、魔獣やモンスター、盗賊団達には国境や国の事情など関係ない。

それ故に、国外だろうと、国内だろうと関係なく、何処にでも出没するのである。


しかし、“国”という枠組みの中の組織、例えば、軍や憲兵隊などを国外で活動させる事は、当たり前だが非常に困難なのである。

何故ならば、それらを何の配慮もなく動かす事は、他国に対する軍事行為・侵略行為であると見なされる為に、下手したらそのまま戦争に突入してしまう恐れがあるからである。

だが、それでは魔獣やモンスター、盗賊団などの脅威に対する対処はどうすれば良いのか、という問題が発生する事となってしまう。

そこで、その隙間を埋める為に、冒険者ギルド、冒険者が必要なのである。


こうした事から、冒険者ギルドや冒険者は、“国”という枠組みに囚われない自由度の高い組織として存在し得ている。

もっとも、その反面、“国”からの支援も得られないのが実情である。

例えば、他国に赴き、超強力な魔獣やモンスターと交戦し、孤立無援になったとしても、救出は期待出来ないのである。

故に、アキトもアラニグラも明言している通り、冒険者は常に自己責任がついて回るのであった。


「以上の事から、冒険者ギルドが他国の勢力と独自に交渉したとしても何ら問題はないのです。もちろん、冒険者ギルドが国家に対して反逆した場合はその限りではありませんがね。それに、そうした理屈だと、ダルケネス族は商人や商会と交渉しても問題ないのですが、これも、今回の場合はまず論外です。何故ならば、“大地の裂け目フォッサマグナ”は、カランの街のベテラン冒険者でさえ手を焼く様な危険な領域エリアだからです。ですから、仮に商人や商会がダルケネス族と交渉し、ダルケネス族が所有する鉱山などの採掘権などを手に入れたとしても、それらを入手するまでに、魔獣やモンスターなどに襲われて全滅してしまう可能性が高いのですよ。では、ダルケネス族が鉱山から鉱石類を採掘し、それを直接やり取りすれば良いと思われるかもしれませんが、ダルケネス族側にも生活がありますから、そこに割ける人員は、全くないとは言いませんが、現時点では極少数である事は否定出来ません。故に、ダルケネス族はそれらをクリア出来るだろう冒険者ギルドを交渉の相手に選んだ、という流れなのです。」

「ヌフフフ。付け加えるなら、そうした事情もあって、その仲介役として、現場に赴く機会の多いが必然的に務める事となった訳ですぞ。にも関わらず、噂には聞いておりましたが、ダルケネス族と冒険者ギルドは以前から付き合いがあった様ですが、これまでそうした話に発展してこなかった。それは、ひとえに冒険者ギルド側がダルケネス族側の事情を知らなかった事が大きいのではないですかな、オーガス氏?」

「ええ、仰る通りです、マルコ閣下。」


言うなれば、これまでのダルケネス族側とカランの街の冒険者ギルド側は、ビジネスライクな付き合い方だった訳だ。

それ故に、その詳しい事情、ダルケネス族がどういう文化を持っているかもそこまで詳しく知っていた訳ではないのである。


そこへ来て、トロール討伐を通してダルケネス族の文化に触れたアラニグラが、その価値の重要性に気が付いた訳である。

そして、諸々の事情を考慮した上で、外貨の重要性を説き、またダルケネス族文化を発信する上でも、今回の協議・交渉にこぎ着けたという流れであった。


で、その目論見は、この場の雰囲気から概ね成功したと言えるだろう。


「で、今回の事で、それは我々の知るところとなった。今はまだ、冒険者ギルドとダルケネス族とのやり取りに過ぎませんが、そこから得られた情報はロンベリダム帝国本体を説得する為の大きな武器となる訳ですぞ。将来的には、“大地の裂け目フォッサマグナ”勢力と休戦協定、次いで講和条約を結び、交易を加速させていきたいと私は考えておりますぞ。先程も述べましたが、ダルケネス族の文化は、我々も大いに学ぶべき事が多い。それを、戦争などで失われてしまった場合、ただの損失でしかありませんからな。まぁ、現時点では、私の個人的な考えに過ぎませんがね。」

「おお、そこまでお考えでしたか、マルコ閣下。」

「ヌフフフ。」


戦争で得られるモノも多いが、その一方で、それによって失われてしまうモノも多い。

所謂、精神文化がそれに該当する訳だが、独自の文化や技術なんかもそれに含まれる可能性がある。

なんでもかんでも腕っぷしで解決しようとすると、そうした“歪み”が生じてしまうのである。


実際、向こうの世界地球における歴史なんかでも、戦争なんかが要因となって、失われてしまった技術や技法は多い。

マルコはそれを懸念したのであった。


「さて、何だか話が逸れてしまいましたが、ギルド長・・・。」

「ええ・・・。まぁ、結論は元々出ておりましたが、皆様のお話を聞いて、それはより強固なモノへと変わりましたよ、サイファス殿。」

「おおっ!それではっ・・・!」


アラニグラとマルコが勝手に盛り上がっている中、今回の話の当事者であるコーキンとサイファスがそんな会話を交わす。


「ええ。我々、カランの街の冒険者ギルドは、ダルケネス族と正式に協力体制を結ぶ事に合意致します。今後とも、よろしくお願いいたします。」

「ありがたい。こちらこそよろしくお願いいたします。」


ガシッ、とコーキンとサイファスが握手を交わした。


ここに、今は小さな一歩ではあるが、確実にロンベリダム帝国側と“大地の裂け目フォッサマグナ”勢力の歴史的転換点となるであろう合意が成されたのであったーーー。





















「フンッ!面白くないっ・・・!」


それを遠巻きに眺めていたパリスは、酒を煽りながら小声でそんな愚痴を溢していた。

何せ、彼は今や蚊帳の外に置かれてしまったからである。

仮にマルコさえこの場に居なければ、パリスもその利権に一枚噛めたかもしれない。

その事が、何よりの悔やまれたのである。


だが、そんな不満が引き金を引いたかは定かではないが、今までジッと黙っていたパリスの部下の一人が、その言葉を聞いてふと呟いた。


「では、パリス様。。」

「・・・・・・・・・はっ???」


パリスがそう反応したのを余所に、その部下はそれを無視して、おもむろに立ち上がり、その懐にしまっていたを取り出して叫んだ。


「死ね、悪魔がっ!!!」

「「「「「・・・・・・・・・はっ???」」」」」

「危ない、サイファス様っ!!!」


ドパンッーーー!!!!!


「うぐっ・・・!」

「ニナっ!?」

「な、何だ、何が起こったっ!」

「貴様、何のつもりだっ!!!」

「そ、そやつを拘束しろっ!!!」

「・・・えっ?・・・えっ???」

「クソッ、邪魔されたかっ・・・!」


一瞬でその場は大混乱に陥った。


様々な声が上がり、ひたすらと混乱する現場に、ゴトリッ、とパリスの部下が落としただけが、静かに煌めくのだったーーー。


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