第172話 油断



◇◆◇



先程も言及したが、アラニグラは元々『魔法アタッカー』タイプであり、本来ならば剣を所持する職業ではないので、彼が剣を持っているのは些か違和感があるかもしれない。

しかし、これにも歴とした理由が存在する。


これも以前に言及したかもしれないが、彼ら『異世界人地球人』のチカラ(いや、むしろ『TLW』時のシステムと言った方が正しいかもしれないが)は、こちらの世界アクエラでは色々と変化・制限されてしまっている。

その中の一つに、彼らが元々持っていた『アイテムストレージ』、言わば各々のプレイヤーが操作出来る『ステータス画面』や『オプション画面』などの『UIユーザーインターフェイス』が使用不能となってしまっている点が挙げられる。


RPG系のゲームなんかでは、キャラクターが装備していたり手荷物として持っている物とは別に、アイテムを収納するストレージ(欄)が存在している事が多い。

これによって、プレイヤーは任意のタイミングで装備の入れ替えをしたり、場合によっては、再現なくアイテムを収集する事が出来たりする。

もっとも、戦闘時には装備品や手持ちのアイテムしか使用出来ない事も多いので、結局はそのキャラクターの最強装備やそれに準ずる装備品で身を固め、使用頻度の高いアイテムでそのキャラクターが持てる手持ち枠を埋めてしまう事も往々にしてある。

それ故に『アイテムストレージ』は、消耗品や大事な物以外は、大抵はただのコレクション枠になってしまう事もあった。


だが、あくまでであるこの世界アクエラでは、この某ネコ型ロボットの持つポケットの様な、亜空間収納的な『アイテムストレージ』は使用出来ないのである。

つまり当然ながら、荷物は自分で持ち運ぶしかないのである。


もっとも、これは以前から述べている通り、『異世界人地球人』達は『TLWゲーム』時のラスボスと戦った状態のまま、こちらの世界アクエラに飛ばされている。

故に、各々が最強装備や使用頻度の高いアイテムを持っていたままだった為に、この世界アクエラで戦う分には困る事はなかったのである。

もっとも、先程述べた通り『アイテムストレージ』内に保管していた数々のアイテムは使用出来なくなってしまったという問題点はあるのだが。


で、この事から、『魔法アタッカー』タイプであるアラニグラが剣を持っているのは些か違和感があるのである。

何故ならば、彼の『LOL』時の役割は、魔法によるダメージを敵に与える事であるから、彼の装備構成は魔法攻撃特化になっていなければおかしいからである。

RPG系のゲームでは、装備品やアクセサリーによって、物理攻撃力・物理防御力を強化する物、魔法攻撃力・魔法防御力を強化する物などに大別される。

故に、アラニグラも、INT(魔法の算出に影響)やMIN(魔法の算出、MP増加率に影響)を高める事が出来る杖をメイン武器で使用していたのである。

実際、(戦闘の邪魔になってしまう為)今はカル達に預けてはいるが、今もアラニグラはメインで使っていた杖を所持している。

後は、魔道士系の最強装備である物理・魔法両面の防御に優れたローブや各種耐性や能力の強化に特化した装備構成で身を固めていた。


(余談だが、仮の姿アバターも含めてそうした魔道士然とした装備品で身を固めていた為に、アラニグラの雰囲気は彼の厨二的な嗜好通り、ダークヒーロー然としている。)


だが、『TLW』は中々一筋縄では行かないゲームであり、単純にそれらを強化するだけではダメだったりする。

『TLW』時の主なステータスは、


STR 攻撃の算出、装備制限に影響

VIT 防御の算出、HP増加率に影響

INT 魔法の算出に影響

MIN 魔法の算出、MP増加率に影響

AGI 命中、必殺、俊敏の算出に影響

DEX 回避と命中の算出、宝箱の解除しやすさに影響


であり、物理特化型はSTRとVITを、魔法特化型はINTとMINをメインに強化するのだが、それより重要なのがこのAGIとDEXなのである。


当然だが、いくら攻撃力が高くとも、当たらなければ意味がない訳で、AGIとDEXが低いと、敵に攻撃が当たらなかったりする。

逆にその値が高いと、命中率だけでなく、攻撃回数や行動回数が強化されたりするのである。

故に、プレイヤーは、自分の仮の姿アバターの方向性に合わせて、上手くSTRとVIT+AGIとDEXとか、INTとMIN+AGIとDEXなどを強化する必要があるのである。


もっとも、『TLW』では職業は『ソウルシステム』によって変化するものであり(もっとも、もう一方の重要な『カルマシステム』も職業に影響するのだが、『ソウルシステム』の方がその割合は大きいのでここでは割愛する)、なおかつ各々の職業によってパラメータの伸び率が異なる。

一度振り分けた『ソウルポイント』は再振り分けする事が不可能なので、つまり極端な話、一度戦士系に進んだ場合、AGIやDEXの伸び率がもっとも高い職業である盗賊系も取っておこうとすると、途中で『ソウルポイント』が不足してしまい、上位職に進めない、なんて事態にもなりかねないのである。

もちろん、これは極端な例であるから、本当はそんな事には成り得ないのだが、レベルの上限がある=成長に制限があるという問題点がある為に、上記の点も踏まえてプレイヤーはある程度の段階で自身の目指す方向(物理特化なのか、魔法特化なのか、あるいは回復主体、支援主体なのかなどなど)をしっかり見定めた上で、その中から最適解をそれぞれが導き出さなければならない、という中々シビアな面も存在するのである。

まぁ、だからこそ面白いのかもしれないが。


で、もちろんアラニグラら元・『LOL』のメンバー達は、そこら辺を上手くやった者達なのである。

曲がりなりにも、『TLW』のトップギルドの一角を担っていただけの事はあるだろう。

そうした事もあって、彼ら『異世界人地球人』達は、この世界アクエラにおいて、物理特化型でない者達でさえ、その方面でも一流の冒険者を遥かに越えるチカラを有するに至っているのである(物理的な攻撃力が弱くとも、それなりに素早さや器用さに優れているので、その弱点をカバー出来るのである)。


それともう一点。

『TLW』では、多くのRPG系のゲームと同様に、装備品自体に効果が付与されている物も多いのである。

例えば、アラニグラがメインにしている杖は、INTとMINをアップされる効果があり、それと同時に、所謂『キャストタイム』・『リキャストタイム』を早める効果が付与されているという破格の性能を備えている。

つまり、魔法攻撃の威力を上げると同時に、その発動タイミングを早める事が出来る為に、よりDPS(1秒あたりのダメージ数)を稼げるのである。

『魔法アタッカー』タイプであるアラニグラには、なるほど、最適かつ最強の武器と言えるだろう。

他にも、防具やアクセサリーにも、こうした様々な効果が付与されているのだが、ここまでならば一般のプレイヤー達もしっかり認識していた事だろう。


しかし、『TLW』には、中々面白い試みとして、自身の仮の姿アバターが身に付けている装備品も、もちろん自分の手持ちに限定されるものの、付与された効果を発揮する、という裏ワザがあった。

もちろんこれは、装備品の使用が可能というのとは別の話である。


これは、言わばよりリアリティーを追及した結果である。

大半のRPG系ゲームでは、装備品はと意味がなかったりする。

また、職業によっては、装備不可の物なども存在する。

故に、それに慣れた者達ほど、装備品や装備不可な装備品は、手持ち枠の圧迫を避ける上でも、『アイテムストレージ』内に保管する事が多いかもしれない。


だが、現実的観点から見れば、これはおかしな話だろう。

確かに衣類などは、即座に脱いだり着たりする事が出来ないので、このRPG系ゲームにおける概念、すなわち装備品は装備する、というセオリーが防具類には当てはまるかもしれないが、武器類なんかは、本来は持っていたりすればそれだけで使える筈なのである。

もちろん、戦闘中にも装備を付け替えを可能としているゲームもあるので、そこら辺は一概には言えないのであるが。


で、『TLW』ではこの装備装備品もそのキャラクターが所持していると判定される為、それらが持っている効果も持っているだけで発動してくれる、と言った裏ワザがあったのである。

もちろん、わざわざ装備品を付け替える必要もなく、である。


これは、『TLW』の、特にヘビーユーザーならば、誰もが知る裏ワザであった。

故に、メイン武器以外のサブ武器を積んでおく事によって(もちろん、手持ち枠には限りがある為に他の消耗系のアイテムとの兼ね合いも考慮してではあるが)、ステイタスの底上げを狙う、という事が可能なのである。


で、アラニグラが持つ剣には、AGIとDEXを底上げする効果を持っていた訳である。

先程も言及した通り、火力をモリモリにするのも非常に重要となってくるのであるが、それ以上に素早さと器用さの利点が上回る『TLW』においては、慣れた者達ほどこちらの補正を重視する者達も多い。

それに単純に、ある種の見た目スキンとして、手持ち枠の武器も反映する事が可能である事から、アラニグラの厨二的な嗜好と合致していた事もあった(魔道士でありながらも、腰に剣を差しているのが何となくカッコいいとアラニグラは感じていたのである)。


もちろん、先程の職業によっては装備出来ない武器などもあって、本来の使用では『暗黒魔道士ダークウィザード』であるアラニグラには剣を扱う事は不可能であり、単純に見た目のカッコ良さと補正を重視した結果持っていただけに過ぎなかったのであるが、こちらの世界アクエラではそんな制限はない為に、アラニグラにも剣を扱う事も可能であった訳だ。


これらの事から、アラニグラは『暗黒魔道士ダークウィザード』でありながらも剣を所持しており、なおかつ装備品の効果や『TLW』時に積み重ねたステータスの補正などによって、こちらの世界アクエラの前衛職を遥かに上回るチカラを持つ要因となっていたのである。

また、こちらの世界アクエラよりも『TLW』時の武器の方が、様々な点で優れていた事もあって、彼はある種の無双状態を実現していた訳なのであったーーー。



◇◆◇



「と、とんでもないな、アラニグラ殿はっ・・・!なるほど、確かに戦士としても一流だと彼らが豪語する筈だ・・・。」


アラニグラやカル達とは離れた位置に移動していたサイファスは、トロール達との戦闘を開始したアラニグラを遠巻きに眺めながら、そんな感想を漏らしていた。


先程も言及した通り、サイファスはアラニグラやカル達とは今回が初めての顔合わせだ(まぁ、その割にはアラニグラに対してサイファスも何かしらのシンパシーを感じていたのか、彼としては珍しく、アラニグラとは初対面からくだけた感じで接しているが)。

故に、彼らとの連携には期待出来ないので、サイファスは単独でトロール達の注意を引き付けるべく、彼らとは別行動としたのである。


本来ならば、敵を分断し、各個撃破出来るこの作戦は理にかなっている。

つまりは、陽動によって、トロール達が一斉にアラニグラ達に殺到するのを防ぐ事が出来るからである。

敵に囲まれるのが如何に危険であるかは、今更議論するまでもないだろう。

特にトロールは、巨体であり、なおかつその一撃が致命的であるから、囲まれる=逃げ場がないと同義だ。

それ故、相手をチクチクと攻撃しつつ、相手の注意を引き付けて徐々に数を減らす作戦に打って出た訳である。


もっとも、アラニグラの実力を目の当たりにした今となっては、サイファスも“作戦を立てるまでもなかったかもしれんな・・・。”と感じていたが、状況が終了するまでは油断は禁物であると思い直し、予定通り、サイファスも陽動作戦を開始するのだった。

それに、こちらに損害なく相手に大打撃を与えられるのは、戦術として見た場合、非常に有効的な手法だろう。


「うむ。こちらも負けてはいられないなっ!っ!!!」


故に、サイファスは、己の持てるチカラを全力で駆使する事とするのだったーーー。



・・・



トロール討伐は順調に進んでいた。

いや、実際には結果だけ見るとそう見えるのだが、その実、その内容についてはかなり危なっかしいところがあったが。

これは、以前にも言及したが、アラニグラではなく、その仲間であるカル達に要因があった。


カル達は、最初はアラニグラが先陣を切る手前、皆で一斉に弓矢による遠距離攻撃を敢行していたが、しかし、弓ではトロール達の牽制にはなっても、彼らの持つ再生能力の前には決定打にはなりえなかった。

これについては最初から分かっていた事だった。

故に、アラニグラが先陣を切った後は、カルとルーク、そしてレヴァンも隠れ蓑にしていた茂みから飛び出して、トロールの注意をに逸らす事としたのである。


これについては、弓矢のストックの問題もある。

弾薬などと同様に、弓矢は遠距離から攻撃を加えられる利点があるが、その反面弾切れを起こすと、途端に戦力外になってしまうデメリットもあったからである。

それ故、元々後衛の担当であるレイとジョージに残りの弓矢のストックを預けて、前に出る事としたのである。


だが、ここに来て、違和感が出てしまったのである。

以前にも言及した通り、カル達も元々それなりの冒険者であったから、元々それなりに戦闘に関する心得がある。

しかし、これも以前に言及した通り、アラニグラと出会ってからは、知らず知らずの内に彼に頼ってしまっていた為(と、いうよりも、アラニグラの扱う魔法一発で事足りる事がほとんどだった為)、また、そうした事が何度も重なっていた為に、実戦はかなりご無沙汰だった訳である。

更には、アラニグラの恩恵によって、カル達は大幅なレベルアップを果たしており、それらの要因によって、調子を崩してしまっていたのである。


一見、レベルが上がる事は良い事の様に思われるかもしれないが、それによって各種パラメータも引き上げられる訳だから、以前の彼らと今の彼らでは、もはや身体能力的には別人レベルの差がある。

故に、その認識を持たないまま、以前の通り身体を動かしてしまうと、自分の認識とのズレが生じてしまうのである。

日常生活においてはあまり意識する事はなかったが、事戦闘などの全力を出す必要性に迫られる場面に直面した時、この問題点が表面化してしまった訳である。


具体的には、“一歩”から違う。

普通に歩く分には問題ないのだが、戦闘中とはすなわちハードなスポーツをしている状況に似通っている訳だから、飛んだり跳ねたり、ステップを踏んで回避行動をしたりと、思いの外移動する事が多い。

で、ここで以前とは異なり、その“一歩”が自分が思っている以上に進んでしまうのである。

回避行動なら、安全性を引き上げるこの“一歩”はかなり重宝するのだが、しかし、スポーツや武道をされる方ならお分かりだと思うが、その回避行動などの防御行為がそのままカウンターとして直結する事もよくある。

つまり、達人ほど行動に連続性があり、一つ一つの行動がそのまま次の行動に繋がっているのである。


しかし、ここで先程の“一歩”が問題となってしまうのだ。

つまり、自分が思っている以上に対象から離れてしまうこの“一歩”は、行動の連続性を断ち切ってしまうのである。


これは、成長によるある種のスランプ状態である。

これまで出来ていた事が、大幅なレベルアップによる身体機能の強化によって出来なくなってしまったのである。

これを解決する為には、自身の今現在の身体能力をしっかりと認識し、これまでの認識とのズレを修正していく作業が必要なのであるが、残念ながらそれは、戦闘の最中に修正出来るほど甘いモノではなかった。


もっとも、先程も言及した通り、トロールの討伐自体はアラニグラの活躍によって順調に進んでいる。

故に、このまま何もなければ、彼らがある種の事故に遭う事はなかっただろう。

そう、何もなければ、であるが・・・。


「な、何か調子良くねぇ~な・・・。」

「えっ!?カル、お前もかっ!!??」

「って事は、ルークもかっ!?」

「あ、ああ・・・。何か、思った通りに動けてないっつーか、何か変な感じなんだよぁ~。」


トロールの内の一体の囮となって、カルとルークが剣を振るう。

そこに、死角からアラニグラがそのトロールを仕留め、ホッと一息吐いた時にカルがポツリとそんな言葉を溢した。

それがどうやら聞こえたのか、ルークもそんな言葉を返してきた。


先程も言及した通り、彼らは大幅なレベルアップによって、絶賛スランプ中だったのだ。

しかし、その原因には気付いてはおらず、調子が悪いのだと錯覚していた。

むしろ、身体能力が大幅にアップしたからこそのスランプなのだが、現状ではそれはさほど重要ではない。


「そっか・・・。けどまぁ、討伐自体は順調だし、このまま行けばもうすぐ終わるだろう。」

「だな。まぁ、無理しない程度にやろうぜ。」


原因は特定出来なかったものの、カルもルークも、それなりに冒険者として研鑽を積んできている。

すでに作戦を開始している状況では、いくら調子が良くないとは言え、途中で棄権する事は出来ない。

そんな事をすれば、当然だがパーティーに迷惑が掛かる。


それに、トロールの討伐自体は、アラニグラの活躍によって、後残り僅かといったところだ。

少なくとも、彼らの方は、ではあるが。

故に、無理をしない程度に、彼らは続行を選択した。


ふと、数こそこちらに比べたら大分少ないが、トロールの一部がサイファスと交戦する様子が遠巻きに見えた。

カル達の弓矢による奇襲で引き付けられなかったトロール達であろう。

ヤツらも一緒にこちらに来ていたら、普段のカル達ならばともかく、調子の良くない今現在のカル達にとってはかなり厄介な事になっていたかもしれない。

まぁ、アラニグラがいる以上、それでもどうとでもなったかもしれないが、不調のカル達はピンチの状態に陥っていたかもしれない。


そんな訳もあって、若干感謝と心配も含んで、二人は見るともなしに、サイファスの様子を見ていたのだった。


「サイファスさんも、アラニグラさんほどじゃないけど、かなりの使い手だよなぁ~。」

「ああ。少なくとも、俺らよりは数段上だろうな。やっぱ、獣人族って、俺ら人間族よりも身体能力が優れてるんだよ。」

「確かにそうかもな。反応速度ってのかな?それが、俺らとはケタ違いだぜ。」


サイファスの、まるで野生動物を彷彿とさせるしなやかな挙動に、二人はしばし魅せられていた。

が、ふと違和感を感じた。


「・・・んっ?・・・あれっ??・・・何かおかしくね???」

「あん?どうしたんだ、カル?」

「いや、俺の目の錯覚かな?サイファスさんの、何かおかしくねぇ~か?」

「・・・?」


そのカルの言葉に、ルークは再び目を凝らしてサイファスを見る。

・・・確かに、カルの言う様に、そこには不可思議な現象が起こっていた。


「サ、サイファスさんのって、あんなにだったっけ?」

「い、いや、さっきまでは普通だったぜ?少なくとも、服の上からはそうだった。それに、あんな鋭利ななんかもなかった筈だ。」

「だ、だよなっ!?」


獣人族は、もちろんその種族によって若干異なるのだが、獣人族全体の特性として、所謂『変身能力』を有しているのである。

所謂『獣化』であり、その見た目(ケモ耳や尻尾など)も然る事ながら、その特殊能力故に、“獣人族”の名の由来となっているのである。


また、この特性から特に獣人族は人間族から危険視されているのである。

何故ならば、その姿は人間族の天敵である魔獣やモンスターを彷彿とさせる事から、獣人族は自分達に危害を加える存在であるとの認識が生じてしまったからである。


もちろん、これは完全なる誤解である。

何故ならば、獣人族は大半の魔獣やモンスターとは違い、知性や理性を持っているからである。

故に、当然言葉は通じるので、交流する事も可能なのである。


しかし、人間族同士であっても、主義・主張の観点から衝突する事もある訳だし、部族の違いや人種の違いによって差別が起こるのが、残念ながら人の性質さがである。

こうした事によって、獣人族=人間族の敵という図式が成り立ってしまっているのである。


だが、カルとルークは、サイファスの『獣化』を、不思議と怖いとは思っていなかった。

これは、ある程度サイファスと交流を深めていたからかもしれない。


「そっか、あれが『獣化』なんだなぁ~。」

「ああっ!獣人族の特殊能力っ!!」

「あんだけ強いと、サイファスさんだけでも余裕だったんじゃねぇ~の?」

「いやいや、あれだけのチカラだぞ?きっと、何か制限があるんだって。じゃなきゃ、頭の良さそうなサイファスさんがわざわざ人間族に借りを作る様な事はしねぇ~だろ。」

「あぁ~、それはあるかもな。」


こちらのトロール達は全て一掃した為、カルとルークは完全に観戦モードであった。

アラニグラはサイファスに助太刀する為、すでにサイファスの方へと急行している。

普段ならば、カル達もアラニグラに続いてサイファスに助太刀すべき状況なのだが、先程も言及した通り、彼らの調子はあまり芳しくない。

故に、ここは無理をせず、そちらはアラニグラに任せる事としたのであった。

そんな事もあり、カルとルークはそんな会話をのんきに交わしていたのだった。


だが、何でもそうだが、物事は最後まで気を抜いてはならない。


「おいっ、カルッ、ルークッ!!その場を離れろっ!!!」

「・・・・・・・・・へっ?」

「・・・・・・・・・はっ?」


ふいに、カルとルークから若干後ろに陣取っていたレヴァンから慌てた様子でそんな言葉が発せられたのをカルとルークは聞いたのだった。

何事かと辺りを見渡すと、先程アラニグラが仕留めた筈のトロールの一体が、よろよろと立ち上がり、ドデカイ棍棒を今まさにカルとルークへと振り下ろそうとしているところだったのだ。

そう、トロールの驚異の再生能力である。


「しまっ・・・!」

「逃げっ・・・!」

「チッ・・・!」

「ウガァァァァッーーー!!!」


ドゴォーーーンッ!!!!


「くそっ!!!」

「死にぞこないがっ!!!」


爆撃の様な一撃がその場を襲う。

すぐにレイとジョージは、半死半生であるそのトロールに、矢の雨を降らせる。


「ギャアァァァァッーーー!!!」


ドゴォォォォーーーンッ!!!


それが効いたのか、あるいはあらかじめ鏃(矢の先端)に塗り付けていた毒が効いたのか、トロールは今度こそ絶命した。


「よしっ!!!」

「お、おいっ、カルッ、ルークッ、レヴァンッ!!!」


とりあえず、脅威が去った事に安堵したレイとジョージだったが、仲間の安否が不明な事にすぐに気付き、声を上げながら茂みを飛び出した。

モクモクと砂煙を上げる現場に到着すると、焦る気持ちを抑えながら大声を上げる。


「おぉーーーいっ!!!」

「カルッ、ルークッ、レヴァンッ!?無事かぁっーーー!!??」


ブンブンと砂煙を掻き分けながら、辺りを捜索するレイとジョージ。


「うぅっ・・・!」

「ってぇ・・・!」

「「っ!!!???」」


と、ふとうめき声が聞こえて、慌ててレイとジョージは音の出所を探る。

そこには、巻き上げられた砂利や土砂によるものなのか、全身ズタボロになりながらも、どうにか五体満足で生き残ったカルとルークの姿があった。


「カルッ、ルークッ!!!」

「大丈夫かっ!!??」

「だ、大丈夫じゃ、ねぇけど、何とか、生きてはいる・・・。」

「い、いってぇ・・・。」

「待ってろ、すぐに回復薬をっ・・・!」

「お、おい、そういえばレヴァンはっ?」


一瞬、安堵の表情を浮かべたレイとジョージだったが、もう一人の仲間の姿がない事に嫌な予感を感じていた。

カルとルークをレイが介抱し、ジョージはレヴァンの捜索を続行した。


そうこうしている内に、時間経過によっていつの間にか砂煙が徐々に晴れてきていた。

ふと、ジョージの目に人影を捉えた。


「お、おい、レヴァンッ!?」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・っ!!!」


そこには、レヴァンが、虫の息で横たわっていたのだったーーー。


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