第173話 獣化のメカニズム



~一方、その頃のアキト達~



「そういえば、ウチ、旦那はんに聞いておきたかった事があるんやけどな?」

「ん?どうかしましたか、ヴィーシャさん?」


シュプールにて訓練に勤しんでいたヴィーシャさんと、休憩の合間に僕はそんな会話を交わしていた。


「あ、いや、旦那はんは魔法技術全般だけやのうて、人間族以外の他種族の事についても詳しいやろ?せやから、ウチら獣人族が扱う特殊能力についても詳しいのかと思ってなぁ~。」

「ああ、『変身能力』、所謂『獣化』について、って事ですか?」

「そう、それや。実際、ウチらも自分達の事については詳しい訳やないんや。いや、別に詳しく知らんくとも困ってる訳やないんやけど、それについて、もし旦那はんが知っとるなら、是非聞いてみたいと思ってなぁ~。それに、単純に旦那はんの話は聞いとっておもろいからなぁ~。」


なるほど・・・。

確かに、訓練の一環として、僕は魔法技術全般だけじゃなくて、様々な知識をヴィーシャさんに伝授している。

当然これは、幅広い知識を持っていた方が、戦闘面だけでなく、様々な点で有利になるからである。

特に、他種族の生態に関しては、その種族の理解を深める上でも知っておいた方が良い知識だろうからね。

まぁ、逆にそうした知識が一般に浸透していないが故に、様々な点で誤解が生じてしまっていて、それが今日こんにちの差別や迫害へと繋がっている側面もあるんだけれどね。


ヴィーシャさんは、これは以前から僕の中で考えている事ではあるのだが、頭も良く、機転の効く事から、僕らのパーティーのサブリーダーに据える予定である。

それ故に、彼女が気になった事は、僕が教えられる限りの事は教えるつもりであった。


「なるほど・・・。では、少しばかり獣人族が何故『変身能力』、すなわち『獣化』などといった特殊な能力を有しているのかを解説しておきましょうか。」

「おぉ~!!!」


パチパチパチ~と、大袈裟な歓声と共に拍手をするヴィーシャさん。

・・・うん、ヴィーシャさんは人を乗せるのが上手いのかもしれないね。

交渉や折衝において、これは結構重要な要素と言えるだろう。

当然ながら相手から持ち上げられれば、例えそれがお世辞であっても誉められる側としては良い気分になるものだ。

その末で、ちょっとした情報を漏らしてしまう事もあるだろうし、譲歩した提案も受け入れやすくなる。

まぁ、そうした難しい話はともかくとしても、人間関係を円滑に進める上ではこうした手法は有効なのである。


僕も、少し気分をよくしながら滑らかに語り始める。

・・・そこ、チョロいとか言わないよーにっ!


「では、まず結論から申し上げますと、厳密には『変身能力』などという能力はありません。いえ、もちろん動植物の中にはそうした能力を持っている種も存在しますので、ここでは人間種の中には、という注釈が入りますが。」

「・・・・・・・・・は?い、いやいや、旦那はん。さっき旦那はんも、『変身能力』、所謂『獣化』がどうのと言ってましたやんか。それに、実際ウチも『獣化それ』が可能なんやで?なんや、もしかして『獣化それ』って、ウチのだとでも言うんかいな?」


うん、いきなり結論から言ってみたが、ヴィーシャさんは戸惑いながらもそう反論してきた。


「もちろん、その疑問はもっともでしょう。そして、それを理解する為には、人間種とを紐解かなければならないのです。ただ、云々ってのも、あながち間違いではない話ですね。当たらずとも遠からず、ってところでしょうか?」

「・・・一体、どういう訳や?」


頭に疑問符を浮かべたヴィーシャさんに、僕は改めて説明を始める。


「ではまず、もっとも基本的な情報をおさらいしておきましょう。この世界アクエラには様々な種族、まぁ、ここでは、人間族、鬼人族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族に限定しますが、が存在します。で、人間族以外の他種族には、外見的特徴を備えていますよね?」

「ああ、そうなや。鬼人族なら、角が生えておるし、エルフ族なら特徴的な耳をしとる。ドワーフ族は、種族全体として小柄で浅黒い肌が特徴やし、獣人族ならウチみたいな獣耳や尻尾やろうな。」

「そう、その通りです。それ故に、見た目での判別は比較的容易な訳ですね。更には、それぞれの種族によって、外見的特徴だけでなく、身体的能力にも差があります。例えば鬼人族やドワーフ族は頑強な肉体を持ち、そこから繰り出される驚異的な膂力りょりょくが特徴的ですし、エルフ族は器用さは人間族に匹敵し、身軽さにも定評がありますね。獣人族は、エルフ族より更に俊敏性に優れていますし、更には個々の種族によっては、鬼人族やドワーフ族に匹敵する膂力りょりょくを持っている種族も存在しますし、人間族やエルフ族を凌ぐ器用さや幅広い知識を備えている種族も存在しますね。」

「ああ、まぁ、そうなや。」


ヴィーシャさんは、そう相槌を打つ。

が、まぁ、ここら辺までは彼女にとってはもはや常識の様な情報であるから、今更それが何?、って感じだろう。


「しかしそれは、何も種族的特性に由来するものではありません。ここに、魔素が関わってくるのです。」

「・・・ほぅ。」

「これは以前にも言及したかもしれませんが、この世界アクエラに生きる生物は、大なり小なりこの魔素に影響を受けています。それ故に、もちろん種族的特性自体は否定しませんが、それプラス、魔素の影響がその種族による特色をより一層引き立てている訳ですね。先程の例ならば、鬼人族やドワーフ族の持つ頑強な肉体や膂力りょりょくなんかは、種族としての特性、プラス魔素の影響を受けた結果として、そうした特色が現れているのです。そして、それがもっとも顕著なのが、エルフ族と獣人族ですね。何故ならば、その二つの種族は、種族的特性の他に、特筆すべき特殊能力を備えているからです。それが・・・。」

「そうかっ!精霊魔法と『獣化』やなっ!?」


何かに思い当たったのか、ヴィーシャさんはそう叫んだ。


「その通りです。その二つの種族が、特に魔素との親和性が高いが故に発現している能力ですね。それ故に、エルフ族ならば誰でも精霊魔法が扱えますし、獣人族の『獣化』も同様です。もちろん、その強弱については個人差はありますがね。一方の鬼人族やドワーフ族、そしてついでに人間族には、そうした明確な能力を実は持っていません。もちろん、アイシャさんやリサさんの例にもある様に、『魔闘気』や『魔工』がそれに当たる様に感じるかもしれませんが、これは彼女達に才能があり、それ相応の努力をした結果持ち得た能力であり、種族全体が持っている能力ではありません。もちろん、大なり小なりその才能を潜在的に持っている可能性までは否定しませんが、いずれにせよ、精霊魔法や『獣化』の様に、先天的に誰もが扱える能力とは言えないでしょう。人間族は言わずもがな。人間族は基本的に、これらの種族の中では身体能力的にも劣り、なおかつ特殊な能力も有していません。もちろん、これにも例外があって、『魔眼』に代表される様な、魔素との繋がりの強い者達も中には存在しますが、人間族全体で見れば、それはごく限られた人物に限定されていた訳ですね。」

「ふむふむ。」

「しかし、ここで面白い逆転現象が起きます。これについては、元々持っているが故に大して気にしなかった事、プラス、持っていないが故に、他種族に対抗するべく懸命に様々な研究や観察を重ねた結果、人間族は魔法技術という術を編み出したのです。これによって、今日こんちにの人間族の繁栄がある訳ですね。」

「なるほど・・・。確かにウチらにとっては、『獣化』はごく当たり前に扱えるチカラやし、エルフ族にとってもそれは同様やろう。つまりは、何で歩けるのか?ってぐらいごく当たり前の事であるが故に、逆にそれについて深く考えてこなかった、って訳やな?」

「もちろん、他種族の方々の中には、魔素を研究していた方々もいたでしょうが、それが今日こんにちに伝わっていない事から、何らかの技術として残す事は出来なかったのでしょうね。」

「ふぅ~む・・・。」


何事か考え込むヴィーシャさん。

・・・とりあえず、話を続けても良いかな?


「と、まぁ、そんな具合に、魔法技術全般以外にも、様々な点で魔素は我々に影響を与えている事は御理解頂けたと思います。そして、ここからが本題ですね。『獣化』とは何なのか?」

「ふむふむ。」

「先程も申し上げた通り、『獣化』は厳密には『変身能力』ではありません。確かに、一見そういう風に見えますが、その実、それは魔素を利用したなのです。」

「複合的な合成能力?」

「ええ。そもそも、“変身”とは普段の姿から別の姿に変わる事です。当然ながら、ごく短時間でそれをする事は、とてつもないエネルギーが必要ですから、人間種にはとても無理な現象なのですよ。ただ、これも時間を掛ければ不可能な話ではありません。例えば、元々ヒョロヒョロだった人が、時間を掛けて鍛え上げた結果、ムキムキの肉体に変化するといった現象は、これは日常的に起き得る現象でしょう。これも、広義の上では“変身”と言えるでしょうが、ただ、当然ながらその為には、長い期間“鍛える”、という活動をする時間、そしてエネルギーを要する訳ですから、ごく短時間でそこまでの変化をする事は不可能なのです。、ですが。」

「・・・あっ!も、もしかしてっ・・・!!??」


うん、流石ヴィーシャさんだ。

これらの情報から、何となく結論を導き出せた様だな。


「そう、自分だけで無理ならば、外部のエネルギーを利用すれば良いだけの事です。実際、魔法技術は外部のエネルギーである魔素を利用して様々な現象を引き起こす事が出来ますよね?『獣化』も、それと同様なのですよ。具体的には、『魔闘気』の様に肉体を強化する事によって、普段より数倍上の運動能力を一時的に手にし、なおかつ、『幻術系魔法』を応用する事で、見た目的にも実際の獣の様な姿になる事が出来るのです。他にも、魔素による感知能力を応用する事で、獣の様に匂いや音による感知が出来る様になる。などといった事が、『獣化』の正体になります。ただ、残念ながら本当の意味での“変身”をするには、魔素を利用したとしても不可能な為、と言うよりも、元々の肉体に負荷が掛かりすぎる為に、“変身”した様に見えるだけであって、本当に“変身”した訳ではないのです。それ故に、厳密には『獣化』は『変身能力』ではないのですよ。」

「な、なるほどなぁ~・・・。けど、ほんならなんでわざわざ獣の姿を模す必要があるんや?単純に、『魔闘気』みたいな肉体強化とか、魔素を応用した感知能力とか、個別に能力を扱う方が効率もええと思うんやけど・・・。」

「その御指摘はもっともなのですが、残念ながら獣人族は、にしか能力を発現出来ないのです。もちろん、獣人族の方々が、魔法技術や魔素の運用方法を学べばその限りではありませんが、これまではその機会も与えられてこなかった。それ故、自身の一番身近な獣の姿を模す形で、無意識的に魔素を利用してきたのですね。『幻術系魔法』を取り入れていたのも、おそらく他者にではなく、自身が“変身”しているというを利用する事で、自分の中の心理的制限リミッターを解除していたのだと思われます。それが、結果的には他者からもまるで“変身”したかの様に映ったのですね。」

「なるほど・・・。せやからってのも、当たらずとも遠からず、って言ったんやな?」

「そうです。ただ、残念な事なのですが、その能力があった事が、より一層獣人族のを増長させる結果となりました。元々獣耳や尻尾を携えており、まぁ、そうした特徴を持たない獣人族も中には存在する様ですが、更には本当に“変身”している、様に見える事によって、獣人族は、人間族の、いえ、この世界アクエラに住む人間種にとっての最大の脅威であるところの魔獣やモンスターの仲間であるかの様な誤解が生じてしまったのですね。もちろん、獣人族と魔獣やモンスターは全く別の種族ですから、これは完全に間違った解釈なのですが、残念ながらそれが人間族の共通認識になってしまったのです。故に、今日こんにちの獣人族に対する差別や偏見へと繋がってしまったのですね。」

「なるほど、そういう事かいな・・・。」


物事には、良い面と悪い面が同時に存在するからな。

魔法技術だって、非常に便利な技術ではあるが、それが扱える、扱えないによって、様々な面で格差が生まれてしまったくらいだからね。


「以上が、『獣化』のメカニズムです。また、ヴィーシャさんが扱う『幻術』に関しても、この『獣化』のバリエーションの一つですね。おそらく妖狐族は、獣人族の中でも魔素との親和性が特に高いのでしょう。それ故、『獣化』という方法を用いずとも、個別に『幻術系魔法』を利用出来た訳ですね。御理解頂けましたか?」

「ああ、納得したわ。」


ヴィーシャさんが納得顔で頷き、僕はふと空を確認する。


「結構時間が経ちましたね。では、キリも良いですし、そろそろ訓練を再開するとしましょう。」

「ああ。話に付き合ってもろうて、ありがとうな、旦那はん。」

「いえいえ。」



◇◆◇



なんていう会話が、遠い異国の地で繰り広げられている事を知らないアラニグラとサイファスは、緊張した面持ちで対峙していた。

彼らは、たった今単独で陽動を請け負ったサイファスにアラニグラが合流し、一気にトロール討伐を終えたところであった。


これで、依頼自体は滞りなく終了した訳である。

しかし、その結果として、サイファスは己のチカラの一端をアラニグラにさらけ出してしまった訳である。

実際にはサイファスの扱った技術は、アキトが言及した通り、ただの魔素を利用した技術に過ぎない。


だが、残念ながらアラニグラ、そしてサイファスもであるが、は、アキトほど魔素に関しても造形が深い訳ではなかった。

故に、サイファスは、自嘲気味にややあってアラニグラに向けて言葉を発した。


「助かったよ、アラニグラ殿。アンタがここまでとんでもない使い手だとは思わなかった。お陰で、労せずトロール討伐が達成されたよ。俺も、わざわざこのチカラを使う必要もなかったかもしれんな。」

「・・・。」

「フフフッ。流石のアンタと言えど、この姿は怖いと見える。・・・いや、醜いと思ってるのかもしれないがね。」


マジマジと見詰めるアラニグラに、サイファスはそうしながら言葉を続けた。

しかし、アラニグラの反応はサイファスの予測とは違った。


「スッゲェッ!!!それって何っ!?変身能力ってヤツっ!?」

「・・・・・・・・・へっ???」


以前にも言及したかもしれないが、人は誰しも大なり小なり変身願望を持っているものだ。

ここでいう変身願望とは、もし今現在の自分とは別の人生を歩んでいたら、という夢想に近いものかもしれないが、それも一つの変身と言えるだろう。


もっとも、この世界アクエラにおいては、変身=『獣化』であるから、人間族の立場や文化的・風習的にあまり良いイメージは持たれないもしれないが、生憎アラニグラはこの世界アクエラの出身ではない。

それ故に、アラニグラにはこの世界アクエラの一般的な常識は当てはまらないのである。


いや、むしろ向こうの世界地球の出身者であれば、変身=ヒーローであるから、特に子供には大人気であろう。

アラニグラ自身は大人であるが、彼は重度の厨二病患者であるから、良い意味でまだまだ少年の心を持っている人物である。

そのアラニグラ的には、サイファスの変化は、単純にカッコ良かった訳である。


「それってチカラも強化されんのっ!?サイファスさん、さっきメッチャ強かったもんねっ!何だよぉ~、そんな能力があるなら早く教えてくれれば良いのにぃ~!あ、けど、変身ってある意味奥の手だもんなぁ~。むやみやたらに人に教えられねぇよなぁ~!!!」


オタク特有の早口&自己完結で納得するアラニグラに、一瞬呆気に取られるサイファスだったが、しばしの沈黙の後、恐る恐る尋ねる。


「あ、アラニグラ殿?そ、その、俺が怖くないのか・・・?」

「えっ・・・?何でよ?」

「い、いや。アラニグラ殿も目撃したと思うが、俺は身体の一部とは言え、獣の姿に変化したのだぞ?」

「うん、そういう変身も有りだよねっ!獣のチカラを取り込むとか、ある意味基本中の基本だけど、やっぱカッコいいもんなぁ~!」


会話が成り立っている様で成り立っていなかった。

だが、その興奮したアラニグラの様子から、サイファスは本当にアラニグラが怖がっていない、いや、むしろ羨望の眼差しをサイファスに向けてすらいた事を感じ取っていた。

サイファスは脱力感に苛まれた。

が、同時に、言い知れぬ喜びを感じてもいた。


それはそうだろう。

この世界アクエラの事情を考慮すれば仕方のない事ではあるが、サイファスはこの『獣化』を持つが故に、今まで肩身の狭い思いをしてきた訳である。

もちろん、この『獣化』が彼の生存を助けた事は何度となくあるが、それを目撃した他者からは、軒並み恐怖感を抱かれた訳である。

そうなれば、この『獣化』は、サイファスの中ではある種の重し、アラニグラ的にいうと“呪いの力”となっていった訳である。


口では他者を突き放す様な事を言っているが、それはサイファスが多少なりとも他種族、特に人間族と本当は分かり合いたいと思っているが故の事だった。

人間族と距離を置く様な態度も、自分と、そして相手を傷付けない為の予防線、ある種の彼の処世術であったのだ。


しかし、今、そんな事を飛び越えて自分の『獣化』を見ても怖がらない、どころかカッコ良いと受け入れてくれた人物と出会った訳である。

サイファスにとっては、それは正に青天の霹靂であった。


「アラニグラ殿・・・。アンタはっ・・・。」


ドゴォーーーンッ!!!!


「っ!!!???」

「な、何だっ!!!???」


サイファスが何事か伝えようとしたタイミングで、耳をつんざく様な轟音と地を揺るがす振動を、割と近くから二人は感じていた。

すぐに音の出所を探ると、二人にはトロールの生き残りがカルらを襲っているシーンが目に飛び込んできた。

ー仕留め損なったヤツがいたかっ!?ー

一瞬、嫌な予感がアラニグラの身体を駆け抜けた。


「アラニグラ殿っ!」

「ああっ!」


先程の雰囲気は四散して、真剣な声色のサイファスの言葉にアラニグラも頷いた。


すぐに二人は、その現場へと駆け付けるのだったーーー。



・・・



油断や慢心が悪手である事など、今更議論するまでもないだろう。

しかし残念ながら、人が人である限り、そうした心理的作用が永遠になくなる事はないのかもしれない。

何故ならば、人は生き物だからである。


それ故に、非日常は、いつしか日常へと変化する。

向こうの世界地球でいうところの、車の運転などが顕著な例だろう。

当初は終始緊張感を持って行っていた事が、いつしか慣れる事により、鼻歌交じりで行う様になる。

場合によっては、眠気すら感じる事もあるかもしれない。

これは、この世界アクエラにおける戦闘なども同様なのである。


しかし、当然ながら、そこに油断や慢心が介在する事となる。

己の力を過信した者達が迎える末路など、向こうの世界地球こちらの世界アクエラでも大きな違いはない。

すなわち、事故に遭うのである。


だが、必ずしも今回のカル達のケースが全て彼らの慢心から来るかと言われれば、若干微妙なところである。

と、言うのも、彼らに油断や慢心があった事自体は否定しないが、それでも、本来ならばトロールが立ち上がる事などある筈がなかったのである。

しかし、不幸な偶然が重なった結果、彼らはトロールから致命的な一撃を食らう結果となってしまったのである。


その偶然とは、アラニグラの武器の性能と彼の力量、そして、トロールの驚異的な再生能力が関係していた。


少し語ったかもしれないが、アラニグラらが持つ『TLW』産の武器は、こちらの世界アクエラの同種の武器類に比べて圧倒的な性能を備えている。

実際、武器や防具に驚異的な効果が付与されている事からもこれは明らかである。


いや、もちろん以前にも言及した通り、こちらの世界アクエラにも同種の技術が存在する。

それは、ドワーフ族が得意とする『魔工』であり、武器類や防具類に様々な効果を付与させる技術である。


だが、こちらの以前にも言及した通り、実際にはその技術は極限られた者達しか実現不可能であった。

ドワーフ族が金属加工技術に優れた種族である事はすでに語った通りだが、そんなドワーフ族をしても、『魔工』は一部の優れた技術者にしか出来ない技術である事から、『魔工』がいかに難しい技術であるかが理解出来るだろう(リサの父親にして、ドワーフ族の最高の鍛冶職人の称号である『偉大なる達人グロースマイスター』を持つバルドゥルでさえ、十点中一点に『魔工』が施せたら御の字だと語っていた。つまり、『魔工』が施された武器類や防具類は希少価値が極めて高いのである)。


つまり、アラニグラが携えている装備品類は、こちらの世界アクエラの最高峰の装備品類に匹敵するレベルなのである。

それ故、その性能、切れ味なんかもとんでもないレベルなのであった。


実際、『TLWゲーム』時の経験があるとは言え、元々は一般人であるアラニグラが、こちらの世界アクエラの猛者達を軽く上回る戦果を上げられているのも、“レベル500カンスト”の恩恵に加え、この装備品類の性能によるところが大きい。

だが、それによって


優れた刀剣類の中には、見事としか言い様がないほど切り口がキレイで切れ味が鋭い物がある。

場合によっては、切り口と切り口をくっつけると、元に戻ったかの様に錯覚するレベルの物もある。


だが、流石に筋肉や神経などが断絶されている中で、例えくっつけたとしても、元に戻る、治る事など本来はありえない事である。

しかし、そこにトロールの脅威の再生能力が上手くハマってしまったのだ。


そのトロールは、首を斬られたが、他のトロール達とは違い、あまりに鮮やかな切り口の為に、首が元の状態、すなわち、一見くっついたままの状態となっていたのである。

本来ならば、それでもそのトロールは絶命する訳であるが、そこにトロールの脅威の再生能力が上手く機能してしまい、そのトロールは一命を取り留めた、どころか、本当にくっついてしまい、復活を果たしてしまったのである。


とは言え、当然ダメージはあったので本調子ではなく、よろよろと立ち上がり、そこに留まっていた小さい虫達(カル達)を叩き潰す程度でしかなかったが。

もう少し回復したら、完全に復活を遂げていたかもしれない。

もっとも、その前に、レイやジョージの、毒付きの矢の雨を受けて、今度こそ完全に絶命した訳であるが。


だが、その結果として、レヴァンが致命的なダメージを負う結果となってしまった。

倒したと思っていたトロールが立ち上がった事に驚きながらも、サイファスの姿に魅せられてその異変に気付かなかったカルとルークにレヴァンは警告を叫ぶ。

しかし、それでは間に合わないと踏んで、レヴァンはカル達のもとに駆け付けたのである。

かなりギリギリではあるが、普段のレヴァンならば、何とか彼ら二人を救出する事が出来たかもしれない。


しかし、ここでレヴァンもパワーアップによる弊害をもろに受ける事となる。

普段とは違い、力が出過ぎてしまった為に、彼ら二人に追突する形になってしまったのである。


結果、カルとルークは押し出される形で多少のダメージを負いながらも難を逃れたのであるが、ビリヤードよろしく、彼ら二人を突き飛ばした形のレヴァンは、その場に留まってしまったのである。

そして、トロールの攻撃をもろに受ける事となったのであるーーー。



・・・



「こ、これはひどいっ・・・!」

「すまねぇ、すまねぇっ・・・!!!」

「俺達が油断したばかりにっ・・・!!!」


アラニグラとサイファスが現場に駆け付けると、レヴァンの状態を見たサイファスが、開口一番そう感想を漏らした。

レヴァンは、トロールの攻撃をもろに食らい、足が潰されてしまっていたのである。


いや、むしろその程度で済んでいて、なおかつ息がある事の方が奇跡であるかもしれない。

咄嗟とは言え、レヴァンがトロールの攻撃を何とか躱そうとした結果、彼は全身がペチャンコにならず、即死する事を防げたのであった。


しかし、結果としては変わらない。

この世界アクエラの医療技術では、両足が潰されてしまっては、助かる見込みは皆無である。

こんな森の中では、物資も環境も整っていないので尚更であろう。


「・・・いや、何とかなるかもしれん。」

「「「「・・・・・・・・・えっ!?」」」」

「・・・何っ!?」


しかし、諦めムードが漂う中、アラニグラはふとそう呟いた。

残念ながら、元々『魔法アタッカー』タイプのアラニグラが覚えている魔法は攻撃魔法が大半であり、回復魔法は持ち合わせていない。

だが、彼には以前、カウコネス人達に身も心もボロボロされた少女を元に戻した実績があった。


アラニグラを不思議そうに見詰める仲間達やサイファスの様子を無視し、アラニグラは急いで呪文を唱える。

残念ながら、説明している時間が惜しいのである。


「【復元リセット】っ!」

「「「「「っ!!!」」」」」


以前にも言及したが、【復元リセット】は『TLW』時は、魔法として存在していた。

それ故に、回復魔法を用いずとも戦闘開始状態、すなわち健常だった頃の姿に戻す事が可能であった。


もっとも、これは所謂『時間干渉系魔法』に属する魔法であり、この世界アクエラで使用するには、ウルカの例にもある通り、とてつもないリスクが伴う魔法であった。

ただ、アラニグラはこれをあくまで回復魔法の代用としていた為に、つまり偶然にもこれまで『時空間』に干渉していなかった為に、そのリスクについては知らなかったし、ウルカの様な体験をする事もなかったのである。


「・・・あ、あれ?お、俺は一体・・・???」

「「「「レヴァンッ!!!」」」」

「な、何とっ・・・!!!」


ケロッとした様子で、レヴァンが立ち上がる。

それに、カル、ルーク、レイ、ジョージは、喜びを爆発させて彼に抱き付いた。

サイファスはその様子を一部始終眺めながら、驚愕の表情を浮かべていた。


「・・・ふう、何とか上手くいったなっ・・・!」


アラニグラはそう呟く。

一応、先程も述べた通り、以前に少女を治した実績があった為、彼にも勝算はあった訳だが、上手くいくかは未知数であったのだ。


そんな訳で、イレギュラーな事態はありながらも、ここにトロールの討伐が無事に済んだ訳である。

アラニグラは、ホッと一息吐いていた。



その後、カル達はレヴァンの無事を喜びながら、記憶の不明瞭なレヴァンに説明をしながら、プチ反省会を開き、サイファスは何事が深く考え込んでいた。

その様子を眺めながら、アラニグラは乾いた喉を潤していた。

と、そこへ、


「すまない、アラニグラ殿。助かったぞ。」

「ああ、サイファスさんもお疲れ。これで、トロール討伐は成功、って事でいいんだよな?」


サイファスがそうアラニグラに話し掛ける。

それにアラニグラがそう答えると、サイファスは難しい顔をしながら、やがて決心した様にアラニグラに言葉を続けた。


「ああ、それはそうなんだが・・・。すまない、アラニグラ殿。ついでと言っては何なのだが、アンタのチカラを見込んで、治して貰いたい者達がいるのだっ・・・!」

「・・・・・・・・・ほぇ?」


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