第158話 冒険者・ティアの苦労の日々



◇◆◇



ウルカの裏切りとライアド教ハイドラス派(と言うより、『血の盟約ブラッドコンパクト』)による暗躍によって、無事(?)にロンベリダム帝国側に銃の現物の複製品レプリカとデータが渡り、更にはそれを基にロンベリダム帝国が“魔法銃”を開発、量産している事、銃士隊が結成される運びとなった事が発覚してからしばらくの後、ティア、アーロス、ドリュース、それにN2を加えた4人は、ロンベリダム帝国を出立していた。

目的は、(表向きは)諸国漫遊の為である。


本来、彼女達『異邦人地球人』達は何処の国にも組織にも属さない自由の身であるから、最初からこうして自由にあてどもなく旅をする事を何ら咎められる謂われはない。

しかし、彼らをロンベリダム帝国に引き込みたい思惑の存在したルキウスらによる策謀によってこの世界アクエラに戸籍を持たない事を指摘されたり、更にはこの世界アクエラの情報収集の観点からも彼ら自身もロンベリダム帝国に留まる事を選択した訳だが、実際は冒険者ギルドにて仮登録をする事によって、一時的に身分証を取得する方法が存在していたのである。

まぁ、それは後に発覚した事ではあるが、結局は本当に何も知らない世界を旅する事はリスクが高い訳であるし、当初は自分達のチカラについても詳しく知らなかったので、その事については特段文句はなかったのである。

ただ、ある程度この世界アクエラの情報にも詳しくなり、自分達のチカラについても把握した今となっては、ティアらからこの世界アクエラの見聞を広げる為に旅をしたいと申し出られては、ロンベリダム帝国側としては引き留める事は困難であった。


また、ロンベリダム帝国側としても、ティアらの今回の出立は、色々と都合が良かったと言う側面もある。

何故ならば、ロンベリダム帝国側は間接的とは言え、『異邦人地球人』達から銃の現物の複製品レプリカとデータを奪っている訳で、更にはそれを基に“魔法銃”を開発し、銃士隊を結成するに至っているからである。

それについては色々と方便を用意していたので、のらりくらりと追及をかわす事自体は可能ではあるが、『異邦人地球人』達のチカラを鑑みると、なるべくなら『異邦人地球人』達からの直接的な抗議は避けたい事情もあったのである。

そんな中で、特にそれに関する抗議もなく、ティアらから諸国漫遊の打診が来る。

ほとぼりを冷ます意味でも、また、“魔法銃”を使ったいくさの準備から目を逸らさせる意味でも、ティアらがロンベリダム帝国を留守にする事はルキウスらとしても何かと都合が良く、そんな事情も重なってロンベリダム帝国側はその要請を快諾した、と言う訳である。


もちろん、ティアらのは、ウルカから情報提供のあった彼女らと同じく『異世界人地球人』である(と思われる)アキトの捜索であった。

まぁ、銃の情報がロンベリダム帝国側に漏れた件に関する懸念もあったのだが、ぶっちゃけるとティアらがいたところでどうにもならない可能性もあったので、そちらはエイボンやキドオカ、またアラニグラやククルカンに任せる事として、彼女達は予定通りロンベリダム帝国を出立する事としたのであったーーー。



・・・



以前から言及しているが、ティアら『異邦人地球人』達の身体能力はこの世界アクエラでは最上位レベルである。

彼女達が本気を出せば、ロンベリダム帝国からロマリア王国へと移動する事はさほど時間を要する旅ではないのだが、ロンベリダム帝国を出立して一ヶ月が過ぎても、彼女達はまだロマリア王国に到達していなかった。

これは、様々な問題もあったのだが、一番はアーロスとN2に要因があった。


この世界アクエラでの旅はかなりハードルが高い。

これは、魔獣やモンスター、盗賊団などの脅威がそこかしこに存在するからである。

故に、向こうの世界現代地球の旅行とは異なり、この世界アクエラでの旅人には現状では一般市民は存在しない(もちろん、ドニ一家の様に隊商キャラバンに便乗するケースはあるので全くいない訳ではないが、いずれにせよ珍しい事には変わりなかったのである)。


そもそも向こうの世界地球における旅も、古くは狩猟や採集を目的として移動した事であり、後に宗教的な目的の為、つまりは修行の一環として行う事であった。

近世に入ってからは、街道が整備され、交通手段や治安が改善した事なども相俟って、広く一般的になっていったが、そこまでの文明や環境の整備が整っていないこの世界アクエラにおいては、旅人と言えば、冒険者か商人、あるいは巡礼者である事が大半であった訳である。


ティアらも、そうした事を考慮した上で、旅をしていても不自然ではない様に、また各方面への配慮や自身の立場を守る事も含めて(ロンベリダム帝国の関係者である事をカモフラージュする意味でも)、対外的には一介の冒険者のパーティーとして旅をする事を選択した訳である。

また、この選択には資金を稼ぐ為、と言う別の目的も存在していたのである。


当然ながら、旅にはお金が掛かる。

この世界アクエラでの旅は、基本的に徒歩、状況によっては馬車を使う事になるが、ティアらは徒歩を選択しているので所謂足代はタダである。

しかし、当然ながら、飲食費や宿泊費などは掛かる訳だ。

(他にも、武器・防具や水や食糧などの消耗品を含めた装備費などの支出がある。

余談ではあるが、旅慣れた冒険者や商人達ほど、こうした支出を節約する為に、野営や野宿、食糧などを現地調達する技術、所謂高いレベルのサバイバル技術を身に付けている者達も多いのである。

更に余談ではあるが、ウルカはトニアやエネアのサポートや、ライアド教という後ろ楯があったので、資金面で苦労する事はなかった。

また、キドオカに関しては、ヴァニタスのサポートがあったので、こちらも資金面に関しての問題は最初からクリアしていたのであった。)


もちろん、彼女達もロンベリダム帝国にて仕事に従事していた訳であるから、全くお金がない訳ではない。

しかし、彼女達は高いレベルや身体能力に反して、色々と経験が不足しているので、知らず知らずの内に向こうの世界現代地球やロンベリダム帝国における生活水準で物事を考え、余計な支出をしてしまう恐れがあった。

当然ながら、無収入のまま旅を続けていれば資金などすぐに尽きてしまう。

それ故、旅をしながらも資金を稼げる方法としては、冒険者稼業はまさにうってつけであった訳である。


ただ、先程も述べた通り、あくまでティアらの旅の目的はアキトを捜索する事であった。

故に、ある程度この世界アクエラでの旅にも慣れれば、すぐにでもロマリア王国へと足を向けるべきなのであろうが、アーロスとN2がに首を突っ込んだ事によって、いまだにロマリア王国にすら到達していなかったのであるーーー。



・・・



ティア、アーロス、ドリュース、N2の中で、ティアだけは今回が本格的な冒険者デビューであった。

これは、ティアが皇帝・ルキウスらを監視(牽制)するチームの一員だったからであり、アーロスとドリュース、N2はロンベリダム帝国周辺を捜索・情報収集するチームとして冒険者経験があったからである。

もちろん、テポルヴァ事変の折に、ティアも帝都・ツィオーネを離れた経験があるものの、基本的にはこの世界アクエラに来てからはロンベリダム帝国にて過ごす事が大半であった。

それ故、冒険者としてはアーロスらの方が先輩であった為に、この旅の主導権イニシアチブを彼らに握られる事になってしまったのである。

(と、言っても、彼らも冒険者として見た場合は、その実力はともかく、経験的には駆け出しに毛が生えた程度であったが。)


もちろん、ティアもアーロスらも、この旅の主目的がアキト捜索である事は共通して認識していたものの、ある種のフラストレーションを抱えていたアーロスとN2が、冒険者活動を通じてそれらを発散する事に夢中になってしまったのである。


具体的には、魔獣やモンスター、盗賊団などの脅威によって困っていた者達を救って回ってしまったのである。


いや、それ自体は立派な行為である。

また、資金を稼ぐ上でも、別に悪い選択肢ではない。

しかし、そんな事を続けていれば、当然足止めを食らってしまう訳で、言うなればゲームにおけるメインストーリーそっちのけでサブクエストをこなしまくっている様な状況であったのだ。


ただ、ティアとしても、それに強く言えない事情もあった。

アーロスは、元・『LOL』、現・『LOA』の仲間達の中で一番年下である事もあって、まだまだ精神的に未熟な面が存在する。

まぁ、アバター仮の姿は立派な美青年の姿であるから、見た目からは分からないかもしれないし、アバター仮の姿に引っ張られる形で、またカルマシステムの影響も相俟って、他の者達同様にある程度影響を受けているが、やはり元々の精神性メンタリティの影響も大きいのである。


アーロスの年齢は、向こうの世界地球における高校生くらいの年回りであり、所謂絶賛“高二病”真っ只中であったのである。

これは、所謂“厨二病”の発展系であり、ある意味では“厨二病”の派生系であるのだが、“厨二病”が「カッコよさや熱血への憧れ」によるものならば、“高二病”は「ニヒルさクールさへの傾倒」であるので、痛々しさは“厨二病”より更にパワーアップしている。

まぁ、アラグニラとククルカンも、ある意味この“高二病”とも言えるのだが、アーロスはむしろ“厨二病”寄りの患者と言えるだろう。

まぁ、ここら辺はややこしいので、ここでは割愛するが、つまりこうした事もあって、アーロスの精神はまだまだ不安定で、成熟には至っていなかったのである。


英雄願望や変身願望がありつつも、それを現実的な観点から否定しつつ、その憧れを心の底では捨てきれていない。

そんなアーロスに、異世界転移と言う大事件が起こったのである。

当初は、アラニグラらと同様に夢にまで見たファンタジーな世界に胸を踊らせていた訳であるが、テポルヴァ事変の折に発覚した向こうの世界地球への帰還方法が絶望的である情報によって、むしろアラグニラとククルカンがこの世界アクエラで生きていくある種の覚悟を決めたのに対して、アーロスは塞ぎ込んでしまう事となったのである。


ここら辺は、状況や覚悟の差であろう。

アラグニラやククルカンが、向こうの世界地球の生活にある種の空虚な感情を抱いていたのに対して、アーロスは何だかんだ言いながらも、向こうの世界地球の生活に満足していたのである。

それ故、帰れないと分かった瞬間、取り乱してしまったのである。

ここら辺は、ウルカも似た様な状況であった。


ただ、アーロスはドリュースやエイボンと言った友人の存在によって持ち直したのに対して、ウルカは仲間達を拒絶してハイドラスにつけこまれる事となった違いが存在する。

まぁ、それはともかくとして。


更には、アキトと言う別の『異世界人地球人』の存在と帰還方法の可能性が浮上すると、アーロスは完全に復調したのである。


まぁ、その弊害ではないが、アーロスはこれまでのフラストレーションを解消するある種の代償行為として、この英雄願望を存分に満たす冒険者活動に没頭してしまったのであった。


一方のN2は、彼の見た目スキンによる差別やウルカの裏切りによるストレスから、こちらもある種の代償行為として、冒険者活動を通じた誰かに必要とされる事で、自身の心のバランスを取ろうとしたのである。


その二人の状況が分かっていただけに、ティアも強くは言えなかった。

彼らのその行為を止めさせて目的を優先させた場合、最悪関係がこじれてしまう可能性があったからである。

確定ではないものの、高確率でウルカが裏切った可能性があり、なおかつタリスマンもルキウスに傾倒している現状の中で、これ以上仲間との関係が悪化する事は、ティアとしてもなるべくなら避けたい事態であったのである。

まぁ、それに、アキトの情報が得られた今、焦る必要もなかったと言う計算もあったのだが。

もちろん、ロンベリダム帝国や“魔法銃”の事もあって、あまり時間は掛けたくなかったのも正直なところであったが。


そんな事もあって、アーロスとN2がある程度満足するまで、適当に冒険者活動に付き合いつつ、頃合いを見て、アキト捜索へと誘導しようとしていたのであったがーーー。



◇◆◇



「本当にありがとうございましたっ!!!」

「いやいや、無事で何よりでした。」

「これからは気を付けて下さいね。」


これまで、何度となく交わされたやり取りに一応の謙遜をしながらも、何処と無く自慢気にアーロスとN2は人身売買用として捕らえられていた人々からの感謝の言葉を受けていた。

今現在のこの世界アクエラにおいては、ロマリア王国周辺はアキトらの活躍によって、他種族を含めてこうした被害は軽減された訳ではあるが、依然としてハレシオン大陸この大陸では、盗賊団による人攫いなどを含めた被害は後を絶たない状況であった。


今回も、そんな悪名高い盗賊団の一つを壊滅させて、奪われた資産や人々を解放したアーロス達は、律儀にも治安維持部隊と連携して、資産や人々を回収、盗賊団連中の連行をこなしていたのだった。

ぶっちゃけると、資産や人々はともかくとして、悪人の人権などないに等しいこの世界アクエラにおいては、盗賊団連中を捨て置いても何ら咎められる謂われはない。

いや、極端な話、そうした連中は結局される事となるので、盗賊団連中のかしらや幹部だけ連行し、残りはその場でしてくれた方が治安維持部隊としては何かと都合が良いのだが、残念ながらアーロス達に自分の手を汚す覚悟はなかった。

まぁ、ここら辺が、アーロスらとアラニグラ達との差であり、本当の意味でこの世界アクエラの現状を受け入れられていない証拠でもあった。


逆にそれ故に、ある種の英雄ヒーロー行為に浸っていられたと言う側面もある。

もちろん、大半の冒険者達もアーロスらと似た様な状況ではあるが、そちらはどちらかと言うと、管轄違いである為に余計な事をしないと言った職業倫理的な観点からである。

故に、盗賊団壊滅の後は、行政機関などに丸投げするのが普通であり、むしろその後の身体、精神のケア、生活再建の目処まで含めて面倒を見るアキトらの方が例外中の例外と言えるだろう。


「いやいや、今回も大活躍でしたな、ティアさん。貴女方が来られてからは、この街の治安も目に見えて良くなっておりますぞ。」

「い、いや、儂らは仕事をこなしただけですから・・・。」

「ハハハハッ、これだけの活躍をされても謙虚でいらっしゃる。貴女方は、高潔な精神をお持ちの様だ。」


一連の仕事を終えた後、人々からの感謝の言葉を受けるアーロス、N2、ついでにドリュースを遠巻きに眺めていたティアのもとに、この街の治安維持部隊の隊長であり、これまで幾度となく顔を合わせている男が近寄って来てそんな言葉を投げ掛ける。

それに、ティアは曖昧な返事を返すが、それを謙遜と受け取った男は、更にティア達を持ち上げる様な発言を繰り返していた。


男の立場から言えば、管轄が違うとは言え、冒険者としてこの街周辺の治安維持に務めてくれる人材は重宝するモノであった。

いや、ここら辺はバランスや考え方にもよる。

治安当局側から言えば、冒険者にあまり活躍されると、自身の立場や出世のチャンスが減ってしまう、と考える者達もいる。

実際、以前にダガの街周辺にて派手に暴れていたランツァー一家や、彼らと裏で繋がっていたコロナエ領・領主であるレイモン伯の大捕物の件に際して、アキトらが裏で暗躍していた事を知らなかったダガの街の騎士団・団長、クロヴィエによって、デクストラのメンバーが軟禁されると言う事件が起こっている。

これは、クロヴィエがデクストラ達の手柄(と勘違いしていた)を横取りし、自分達の手柄として一連の事件を処理しようと画策したからであった。


まぁ、結局これはアキトらによってクロヴィエが損を引く形に終わったが、この様に、治安維持部隊と冒険者の関係はある意味では仕事内容が近しい事もあって色々と微妙なのであった。

だが、中には柔軟な考えを持っている者達もいる訳で、治安維持部隊と冒険者ギルドが密接に連携する事をよしとする者達もいるのである。

結局、その街周辺の治安が良くなれば、それは回り回って治安維持部隊の評価にも繋がる訳で、下手に自身の手柄に固執しなければ、むしろ状況は改善する、なんて事も多いのである。

まぁ、それはともかくとして。


「・・・ところで、は考えて頂けましたかな?」


一通りの賛辞の言葉を述べた後、ややあって男はそう切り出した。

ティアは、内心“不味いな・・・。”と考えながらも、これまで何度となく繰り返して来た言葉を口にするのだった。


「お話はありがたいのですが、儂らにも目的があります。この街に立ち寄ったのも単なる偶然です。流石にこの街に骨を埋めるつもりはありませんよ。」

「そこを何とかっ!こう言う言い方はですが、冒険者などと言うヤクザな商売では何かと大変でしょう?」

「ですからっ・・・!」

「おぉ~い、ティアの姐さんっ!そろそろ冒険者ギルドへ報告に行こうぜぇ~!」


やんわりと断るティアに、男はなおも食い下がって来る。

そのしつこい様子に、ティアが反射的に声を荒らげそうになったタイミングで、人々の波から抜け出したアーロスがそう声を掛けた。


「うむっ、了解したっ!」

「・・・時季が悪かった様ですな。まぁ、焦りは禁物ですし、では、また改めてこの話の続きをさせて頂く事としましょう。改めてご協力、感謝しますっ!」


次などないがな・・・。

チラリと男を一瞥して、ペコリと一応頭を下げ、ティアはアーロス達のもとに合流するのだったーーー。



・・・



ティア達が今いるのは、ロンベリダム帝国から西南方面の周辺国家郡を抜けた先の国であった。

以前にも言及したが、ロンベリダム帝国からハレシオン大陸この大陸の各方面へと移動する場合、西か南がもっとも安全なルートとなる。

もっとも、南方面、つまりハレシオン大陸この大陸の中央部は広大な砂漠に覆われた土地である。

もちろん、ここにもオアシスを中心として国家が存在するし、それを抜けた先にはドワーフ族の地下国家も存在するので、冒険者や商人は普通に旅するルートであるが、旅に慣れていない者達にとってはかなりハードルの高いルートでもある。

故に、必然的に西方面、ちょうどティアらが通ってきたルートがもっとも安全なルートとなる訳なのであった。


さて、ティアらが滞在しているのは、そのグランバルドと言う王国のデプタと言う街であった。

このグランバルド王国は、古くからロンベリダム帝国の周辺国家郡の先住民族達(他種族も含む)との付き合いがあり、その関係から他民族や他種族に対する差別意識は薄く、彼らの技術の影響を受け魔法技術における今現在の主流からは外れるものの、中々面白い発展を遂げていた国であった。

また、歴史の古い国でもあり、文化、芸術の観点から、多くの文化人や芸術家、研究家が集まる国でもあった。


ただ、その反面、軍事力は少々劣っている印象が否めない。

先程述べた通り、先住民族達とは比較的良好な関係を築いているし、その先住民族達の国家郡が緩衝材となって、これまでロンベリダム帝国の脅威からは守られていたからである。

平和なのは良い事だが、そうした環境が続くと平和ボケしてしまうデメリットもある。

また、国の予算をかなり割いてしまう軍備費を縮小しよう、などと言う意見も出てくるものなのである。


これは、ハッキリ言ってナンセンスな事だ。

この世界アクエラでは、他国からの侵略とは別に、魔獣やモンスター、盗賊団などの脅威にも満ち溢れた世界だからである。

故に、まずは安全保障の観点から、最優先で軍備に力を入れなければならないのだが、まぁ、上層部が現場を把握出来ていない、なんて事はよくある話であった。


そんな事から、盗賊団としては活動しやすい環境が整っており、それに対抗する為にグランバルド王国では冒険者に頼る傾向が他の国より顕著だったのであるーーー。



「そろそろ冒険者活動にも慣れてきたし、旅を続ける資金も十分に稼げた頃合いじゃ。ここら辺で、本来の目的の為にも、そろそろ移動を再開するべきじゃと思うのだが、皆の意見はどうじゃ?」


その後、デプタの街の冒険者ギルドにクエストの終了を報告し、今ではすっかり定宿と化しているデプタの街の一等地にある高級宿の食堂にて、ティアがそう切り出した。


「そう、だな・・・。元々、俺らは『異世界人地球人』探索の為にロンベリダム帝国を出た訳だしな・・・。」

「・・・確かに。思いの外、グランバルド王国この国に長く留まってしまいましたからね・・・。」


一瞬、残念そうな顔をしたアーロスとN2の顔色をティアは見て取ったが、二人とも口ではティアの言葉を肯定する様な雰囲気を滲ませていた。

それを、同じく感じ取っていたドリュースは、ティアにその真意を問う。


「しかし、急ですね。何かあったのですか?」


ドリュースとしては、しばらく塞ぎ込んでいた二人が、かなり前向きになっていたところだっただけに、もう少し様子を見ても良いのではないかと考えていた。

ここら辺は、すでにアキトの情報や所在の目処が立っていたからこその判断である。


「うむ。実は、グランバルド王国この国の治安当局から儂らを勧誘スカウトする話が持ち上がっているのじゃ。それに、デプタの街の冒険者ギルド支部からも、似た様な話を持ち掛けられておる。」

「「っ!!!」」

「それって・・・。」

「儂らは目立ち過ぎた。儂らのチカラに目を着けて、グランバルド王国この国の上層部が儂らを取り込もうと画策しておるのかもしれん。また、冒険者ギルド側は多少事情は違うまでも、似た様な理由なのは考えるまでもないじゃろう。」

「け、けど、そんなの断れば良いだけの話じゃないのか?」

「ところが、そういう訳にもいかない。今はまだ良いかもしれんが、このままここに留まっていたら、その内強引な手段に訴え掛けてくるかもしれんからな。世の中は、綺麗事だけではない。それは、ロンベリダム帝国でも十分に経験したじゃろう?」

「「「・・・。」」」


これは、ティアの方が正論である。

もちろん、本来は冒険者は自由の身ではあるものの、高い実力を備える者達は、どの勢力も自身の陣営に引き込みたいものなのである。

最初は、穏やかな交渉から始まるかもしれないが、その内焦れて強引な手段に訴え掛けてくる可能性もあった。


「まぁ、そんな訳じゃから、余計なトラブルに巻き込まれる前に儂らは移動するべきじゃろう。場合によっては、儂らが原因となって、デプタの街この街の人々に迷惑をかける恐れもあるしの。それに、アーロス殿とN2殿の活躍によって、デプタの街この街周辺の治安は良くなったと治安維持部隊の隊長殿もおっしゃっていた。後は、彼らに任せておいて問題ないじゃろう。」

「お、おう。そうだよな。」

「確かに、それは私達としても本意ではありませんよね。了解しました。」

「そういう事情ならば仕方ありません。それに、他の国や街でも、困っている人達がいるかもしれませんしね。」

「おおっ、そうだよなっ!」

「私達の助けを必要としている者達がいるかもしれませんねっ!」


ティアの誘導によって、アーロスとN2も納得した様に頷いた。

それに加え、ドリュースのさりげないアシストによって、アーロスとN2も先程より前向きに移動の件を了承した。

その様子に安堵した様にティアも頷き、ドリュースに目配せをしながら、


「では、明朝、関係各所に挨拶回りをしてから、グランバルド王国この国を離れる事とする。」

「おう、了解っ!」

「了解しましたっ!」

「分かりました。」


そう締め括って、ティアらは各々に割り当てられた部屋に戻って行くのだったーーー。





















「やれやれ、も大変じゃわい。この分では、アキト・ストレリチアに接触するまでに、どれ程の時間を要する事やら・・・。」


部屋で一人になった後、そんな愚痴をポツリと溢してしまうティア。

しかし、彼女の苦労は、まだまだ始まったばかりなのであったーーー。


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