第153話 ヴィーシャの思惑



◇◆◇



「お疲れ様、ヴィーシャさん。クロとヤミもおつかれ~。助かったよ。」

「ワンワンッ(いいよぉ~。僕らも楽しかったしねっ!)」

「ガウガウッ(ねぇ~!)」


追いかけっこ(くどいようだが、一応訓練)の終わったヴィーシャさんとクロとヤミのもとに駆け寄り、僕がそう声を掛ける。

それに、ブンブンと尻尾を振りながら、随分ご満悦な様子のクロとヤミがそう応えた。

老齢に差し掛かったとは言え、やはりクロとヤミは身体を動かす事が好き様子である。

何だか、姿形が似通っている事もあって、向こうの世界地球における犬みたいな性質を持っているんだなぁ~、と改めて思ったりした。

まぁ、正確にはどっちかと言うと狼寄りだろうし、身体のデカさは犬や狼の比ではないんだけどね・・・。


一方の悔しそうにしていたヴィーシャさんは、僕の言葉にビッシリと冷や汗を流しながら、まるで壊れたオモチャの様に、ギギギギッと首を僕の方に向け、次いで早口でまくし立てる。


「だ、旦那はんっ!?い、いや、ちゃうんやっ!・・・そう、これはクロはんとヤミはんに花を持たせただけで、ウチはまだまだ本気を出していないんやでっ!?せ、せやから、ウチを見捨てんとって下さいっ!!旦那はんに見捨てられたら、ウチは、ウチはっ・・・!!!」

「あ、いや、別に捨てるとか捨てないとかの話ではないのですが・・・。」( ̄▽ ̄;)

「オ父様ハ人間ノクズナノデスカ?妙齢ノ女性ヲ捨テルナドト・・・。」(蔑んだ目)

「ひどいよ、アキトっ!」

「あ、主様あるじさま・・・。差し出がましい様ですが、これは私も非道なる行いだと思います・・・。」

「ダーリンがこんな甲斐性なしだとは思わなかったよっ!!!」

「あれっ!?そういう流れっ!!??」


お~いおいおいと泣きすがるヴィーシャさんに僕が弱っていると、まずエイルが蔑む様な目で僕を見やり、次いでアイシャさん、ティーネ、リサさんもそれに追従する。

・・・何か、すでに皆して結託している様な印象を受けるが、一体何なんじゃろか?



□■□



「聞きましたよ、フックス団長っ!」

「どないしたんや、オリバーはん?そないな血相変えて藪から棒に。」


ここで、話は一旦数ヶ月前のへドスへと戻る。


王都・へドスに移転したリベラシオン同盟の本部、兼トロニア共和国、また、エルフ族の国の臨時大使館、兼滞在施設の一室にて書類仕事をこなしていたヴィーシャのもとに、一人の青年が血相を変えて飛び込んで来た。

彼はダグラス・オリバーと言う名で、ヴィーシャと共にロマリア王国にやって来たトロニア共和国からの外交使節団の一人であり、ヴィーシャのサポートを務める副団長でもあった。


ダグラスもまたヴィーシャと同じく獣人族であり(もっとも、ダグラスはヴィーシャとは種族が違い、獣人族の中では比較的人口の多い『人狼族』であったが)、もちろんトロニア共和国の外交使節団の中には、人間族、それにエルフ族も含まれていたが、ある意味多種多様な種族が共存するトロニア共和国らしい顔触れの一人でもあった。


「いやいや、どないしたんやじゃないですよっ!フックス団長が外交使節団の団長を辞して、アキト殿のパーティーに加わるつもりらしいと言う噂話を聞いたのですっ!!」

「あぁ~・・・。」


ダグラスの発言から、ヴィーシャは彼が何を言いたいかを察して、少々バツの悪い表情を浮かべていた。

何故なら、そのヴィーシャの選択は、ある意味ではダグラスを、いや、正確にはダグラスやヴィーシャが所属する一派に対する裏切り行為に等しかったからである。


「確かに、トロニア共和国我が国とロマリア王国の本格的な国交回復の為の事前協議は概ね成功したと言えるでしょう。ですから、我々の任務もここで一旦終了し、後はトロニア共和国本国の担当者に引き継ぎ、我々はお役御免となる訳ですが、フックス団長がこのまま『ブルーム同盟』に代表代行として参加するならばまだ分からない話ではありませんが、アキト殿のパーティーに加わるとは一体どういった事なのでしょうかっ!?」

「まあまあ、落ち着きや、オリバーはん。」

「これが落ち着いていられますかっ!!!」

「ひんっ!!!」


飄々とした態度で軽口を叩くヴィーシャに、ダグラスが興奮した様に嗜める。

どうやら、ヴィーシャとダグラスの性格は正反対の様である。

まぁ、だからこそ、ヴィーシャのサポート役にダグラスが選ばれたのかもしれないが。



以前にも言及したが、トロニア共和国は、今現在のこの世界アクエラでは珍しく、君主制を採用していない国である。

君主制とは、一人の支配者が統治する国家形態であり、伝統的には君主(皇帝、国王、大公、公などの君主号を持つ者)が唯一の主権者である体制の事である。

ロマリア王国では、今現在はティオネロがこれに該当し、ヒーバラエウス公国ではアンブリオ、ロンベリダム帝国ではルキウスがそれぞれ該当する。


とは言え、一言に君主制とは言っても、実際には様々な形態が存在する。

例えば、ロマリア王国においては、ティオネロが形式上は主権者である事には変わらないのだが、実際にはその権力の大半を元老院に委譲しており、ヒーバラエウス公国においても、実際には貴族院が統治機関として機能していたりする。

本当の意味での独裁的な政治を行っているのは、この中ではロンベリダム帝国のみであり、そのルキウスも、部下達に自分だけでは到底カバー出来ない仕事をそれぞれに振り分けているし、その為に必要な権限をそれぞれに譲渡していたりする。


その中で、トロニア共和国は君主を冠せず、向こうの世界現代地球の大半の国と同様に国民一人一人が主権を持っており、その代表者達が国民の中から選挙によって選出され、その代表者達が議会(国会)を構成する事によってトロニア共和国を統治しているのである。

もちろん、対外的代表権を持つ存在としての国家元首、つまり、大統領とか首相に該当する存在はいるが。


さて、そんな先進的な国家形態を持つトロニア共和国とは言え、当然ながら、国の中にも様々な考え方の違いが存在するのは言うまでもないだろう。

むしろ、トロニア共和国の様な多種多様な種族や民族が結集する国の方が、意見の対立は根深いかもしれない。


その中にあって、ヴィーシャ達が所属しているのが、『他種族連合党』であり、獣人族やエルフ族の立場や生活、権利を保護し、社会的地位の向上を目指している政党であった。


以前にも言及したが、多種多様な種族や民族が共存するトロニア共和国内でも、獣人族やエルフ族の社会的地位は高いとは言えないのが現状である。

これは、ある種の社会的心理の様なモノかもしれないが、建国の英雄にして獣人族やエルフ族の恩人でもあるアルス=マグナ・トロニアに賛同し、トロニア共和国の建国の礎を築いたトロニアの人間族ではあるが、その根底には他の国々の者達よりかは遥かにマシかもしれないが、やはり根深い差別意識が存在していたのである。

ヴィーシャも予測していた様に、その人間族達の心理としては当初から他種族を対等の立場として見ていた訳ではなく、あくまで自分達がし、一定の自由を与えていたかの様な自負があったのだ。

極端な話、他種族の者達をペットか奴隷の延長線上として捉えていたのである。


しかし、そんな現状をよしとはせず、獣人族やエルフ族は決起する事となる。

とは言え、別に武力によって独立を目指した訳ではなく、あくまでトロニア共和国内にて合法的に自分達の生活や立場の向上を目指したのである。

その第一歩として、獣人族やエルフ族で構成した政党を立ち上げ、その中から国政に参加する者達を地道に増やしたのである。


そうした努力もあって、また、政治とは関係ないところで他種族が活躍していた事も手伝って(例えば、冒険者の最高位であるS級冒険者であるレルフの活躍など)、表面上はトロニア共和国は多種多様な種族や民族が共存する、ある意味理想的な社会となっていったのである。


だが、ヴィーシャも感じていた様に、今でも他種族に対する差別意識はなくなっていないのである。

これは、向こうの世界現代地球における人種差別に近しい現象なので、場合によっては永遠になくなる事はないかもしれない。

表面上は落ち着いて見えていても、何かの切っ掛けで再燃する火種を常に抱えている様なモノである。

そうならない、させない為にも、『他種族連合党』の役割は思いの外大きいのである。


さて、そんな訳で、トロニア共和国内には人間族を中心とした『アルス民主党』が第一党として君臨しており、様々な努力の末に『他種族連合党』は第二党を死守していた。

他にも、当然ながら様々な政党が存在するが、この二つがトロニア共和国内の二大政党として国政を担っていたのである。


で、ヴィーシャはこの『他種族連合党』の支持者、賛同者ではあるが、実は彼女は正式な党員ではなかったりする。

と言うか、そもそもヴィーシャは政治家ですらなかった。


本来ならば、外交と言うのは、大統領、首相クラス、外務大臣相当の者達が中心となって担うべき国の最も重要な仕事の一つであるが、リベラシオン同盟が活躍する以前は、他国との国交が途切れ気味であった事も手伝って、ハレシオン大陸この大陸の国々の間では外交に関する活動はあまり活発ではなかったのである。


それに、『他種族連合党』が大きな影響力を持つとは言え、トロニア共和国内ではあくまで第一党である『アルス民主党』が大半の政務を担っており、政敵である『他種族連合党』を内閣入りさせる事などは通常考えられない事だ。


つまり、もし仮にヴィーシャが政治家であった場合、現在の様な外交使節団の代表を務められる筈もないのである。


とは言え、事前交渉などにおいて、官僚(外交官)などが事前に相手国へと赴き、本格的な交渉の為の下地作りをする事はよくある事であり、ヴィーシャの立場は政治の世界とは割と近しいが、あくまで官僚、つまり役人としての立場が色濃いのである。


ここら辺は、ヴィーシャが知能が高く、先見の明を持っていた事もあった。


先程も述べた通り、今現在のトロニア共和国内では、外交が重視されておらず、やはり内政や軍務に関わる仕事が花形であった訳だ。

ここら辺は、時代によって向こうの世界地球も似通った部分が存在した。


だが、リベラシオン同盟の台頭と、アキトらの活躍によって、急速にその風潮に変化が訪れていた。

メルヒやイーナを介して、ロマリア王国で奴隷として囚われていた他種族を受け入れる過程で、ヴィーシャは近い将来、外交が一つの大きなポイントになると悟っていた。


向こうの世界地球においても、外交と言う手法は実は古代から存在しているのだが、これは戦争と常にセットであったのである。

所謂、『武力外交』である。

これによって、当該国は相手国の支配地域を奪ったり、賠償金を支払わせたり、自国に有利な条約を結んだりしたのだ。

つまり、古来の外務大臣、外交官相当の者達の立場は、軍務に携わる者達よりも一段下に見られる風潮があったのである。


しかし、近年の向こうの世界地球でも見られる様に、グローバル化が進むにつれて、外交が国政に与える影響は非常に大きくなって来ている。

これはむしろ当然の話で、武力的支配が忌避される様になってくると、外交によって多数の国と友好的に接した方が、より多くの市場を開拓出来る事となって来たからである。

今の時代、だけではないが、国力が豊かな方が、当然様々な点で有利である。


ヴィーシャも、当然それを理解していた。

故に、ロマリア王国との外交を本格化させる為に、一計を案じたのである。


先程も述べた通り、今現在のトロニア共和国内では外交が重視すれていない。

故に、トロニア共和国内にも当然存在する外務大臣相当の役割を持つ『アルス民主党』の者と密かに接触し、党を越えてロマリア王国へと外交使節団派遣の話を持ち掛けたのである。


肩身の狭い思いをしていたその者は、その提案に一も二もなく飛び付いた。

とは言え、その裏にはしっかりと計算があっての事だ。


もし成功して、国交が回復すれば、これは当然その者の功績となるが、仮に失敗したとしても、それはあくまでヴィーシャ達『他種族連合党』が主導した事であり、自分には関係ないとシラを切る事も出来るからである。

何とも、保身に長けた政治家らしい判断だろう。


だが、ヴィーシャもその程度の考えは読んでいる。

それを踏まえた上でも、国交回復の成功率は極めて高いと踏んでいたのである。


当然だが、ヴィーシャ達にもこれはメリットのある話だ。

いくらその者が保身に長けていようと、仮に成功した場合は、ヴィーシャや『他種族連合党』に借りを作る事になる。

そうなれば、その者を介して、益々『他種族連合党』のトロニア共和国内への影響力を増す事が出来るのである。


それに、ある種の顔役として他国とパイプを繋いでおく事は、その後も様々な利点がある。

本格的な国交が回復すれば、最終的には大統領、首相相当、外務大臣相当の者達が出張でばって来る訳だが、実際に交渉に関する下準備を成し遂げたのはヴィーシャ達外交使節団の者達であり、相手国、ここではロマリア王国であるが、と信頼関係を構築しているのはあくまでヴィーシャ達なのである。

故に、ロマリア王国側から何かしらの相談や連絡をする場合は、まずはヴィーシャ達を頼る事となるし、それを考慮すると、トロニア共和国側としても、ヴィーシャ達外交使節団の者達を蔑ろには出来ないのである。


こうした事があって、ヴィーシャを団長に、外交使節団派遣が現実のモノとなったのである。


で、紆余曲折はあったが、ヴィーシャ達はロマリア王国とトロニア共和国との国交回復の為の事前協議を成功へと導いていた。


更には、ダールトンから『ブルーム同盟』参加の打診も来ていた訳であり、こちらも最終的な代表者は別の者達に取って変わられるかもしれないが、臨時的な代表として、ヴィーシャ、ひいては『他種族連合党』の価値が更に高まる良い機会だった訳である。


そこへ来てのヴィーシャの実質的な離脱。

これは、『他種族連合党』の関係者としては、信じられない行動であった訳である。



「せ、せやから、オリバーはんに団長と『ブルーム同盟』の代表代行を引き継ぐ手続きをしておったんやで?オリバーはんも、副団長なんやから、皆さんに顔を覚えて貰っておりますしなぁ~。」

「ですから、そんな面倒な事をしなくとも、フックス団長がそのままなされば良いではありませんかっ!!」

「何やぁ~、オリバーはんは自信がないかぁ~?」


わざとヴィーシャは、煽る様な言葉をダグラスに突き付ける。

しかし、ダグラスはそれには乗らず、冷静に応える。


「・・・正直に言えば、その通りです。残念ながら、私ではフックス団長より一段劣りますからな。」

「オリバーはん・・・。」


当然だが、ダグラスも決して無能な男ではない。

『人狼族』としての卓越した身体能力もさる事ながら、その頭脳も手腕も、優秀な部類に入る青年である。

しかし、様々な点で常人を軽く越えるヴィーシャと比べれば、それも霞んでしまうのだ。


「はぁ~、しゃあないなぁ~。ホンマは言うつもりはなかったんやが・・・。」

「・・・?」


そんなダグラスの様子に、ヴィーシャはポリポリと頭を掻きながら、ややあってその狙いを語り始めた。


「まず最初に、ウチが旦那はんのパーティーに合流するつもりなのはホンマの事や。いや、もちろん、旦那はんらに断られたらその話もなかった事になるんやけどな?けど、勘違いしないで貰いたいんやが、別にウチは皆を裏切るつもりはない。」

「と、申しますと?」

「・・・オリバーはんの目から見て、旦那はんはどう映った?」

「それは・・・、正直、よく分かりません。いえ、とんでもない御仁である事は流石の私でも分かるのですが・・・。」

「うん、まぁ、そんなモンやろうな。けど、優れた人物である事が分かるだけでも、オリバーはんの目は曇ってないで?そこは自信持ちや?」

「いやいや、それぐらい当然で・・・。」

「ところがそうでもないんや。人っちゅーんは、知らず知らずの内に自分の“ものさし”で判断しがちなんやで?それでなくとも旦那はんは、まだまだ見た目は成人して間もない少年や。そんな子供が、とてつもないチカラを持っとるなんて想像がつかんモンやで。ならな。実際、この間の件でも、ロマリア王国のお偉いさん達も、旦那はんの真の価値に気付いていなかったやろ?」

「・・・確かに。」


ヴィーシャが言っているのは、アキトの処遇を巡っての揉め事の事である。

結果として、アキトの不興を買う事を恐れたマルセルム公らの尽力によって、ロマリア王国の上層部を刷新する為の政権交代を実行・実現させ、『ブルーム同盟』へと参加する権利を何とか死守する事に成功したが。

もちろん、本来ならばあくまで外部協力者の立場を持つアキトには、人選に関するあれこれに口出しする権限はないのだが、『ブルーム同盟』の実質的な発案者である事から、ダールトンらがアキトの意向に沿った判断をする可能性は極めて高かったのである。


「・・・それと、この話がどう関係するのですか?」

「つまりや。いっちゃん大事なんは旦那はんなんや。ダールトンはんもドロテオはんも優秀なんは否定せんけど、な。」

「それは分かりますが・・・。」

「逆に言うと、それほどの人物を他の国の者達が放っておくと思うか?」

「あっ・・・!!!」


その可能性に思い至り、ダグラスも目を見開いた。


「もちろん、旦那はんがどこぞの誰かに利用される事は想像がつかんけど、可能性はゼロではないやろ?」

「た、確かにその通りですね・・・。アキト殿の価値に気が付けば、アキト殿を自国の為に取り込もうとする勢力が出てくるのはある意味必然でしょう。では、フックス団長は、それに先んじるおつもりですか?」

「そうや。けど、誤解せんで欲しいのは、ウチは旦那はんをトロニア共和国の為に利用するつもりはない。」

「・・・はっ?」

「っつか、そんな事すれば、逆にトロニア共和国に災いがもたらされる可能性すらあるで。この間の件を考えると、な。せやから、ウチが旦那はんのパーティーに参加する狙いは、には旦那はんに取り入るのと、他国に対する牽制の為や。しかし、は、トロニア共和国を守る為や。オリバーはんも知っての通り、トロニア共和国ウチらの国も一枚岩ではないからなぁ~。」

「・・・なるほど。」


ヴィーシャから話を聞きながら、ダグラスはこの間の件を思い出していた。

アキトは、結果的に良い着地点に落ち着いたとは言え、ロマリア王国の主権者であり、一番偉い存在でもあるマルクすらその座を追い落としてしまうほどの影響力を持つ。

もちろん、それはアキト本人が画策した事ではないし、ヴィーシャもダグラスも、アキトの持つ『事象起点フラグメイカー』の能力は知り得ない情報だったが、それでなくとも、アキトがロマリア王国の国力にすら影響を及ぼすほどの資産家・実業家である事は知っていた。


当然ながら、その影響力は、隣国であるトロニア共和国へも与える事が可能だ。

トロニア共和国の上層部がアキトの価値に気付かなければ良いが(もっとも、それはそれで問題ではあるのだが)、もし仮に、トロニア共和国の上層部がアキトの価値に気付き、要らぬちょっかいを掛ければ、それはそのままトロニア共和国へと悪い影響が跳ね返ってしまう恐れがあるのだ。

それは当然、トロニア共和国の者としては看過できない事態である。


ところが、ヴィーシャがアキトの傍らに存在すれば、少なくともそうした干渉を抑える事が可能だ。

すでに自国からアキトに取り入る者がいるのだから、わざわざ他の者を派遣するまでもない、と言う事である。


しかし、その真の狙いは、先程のヴィーシャの言葉通り、対外的にはアキトに取り入る為と他国に対する牽制の為で、本当のところはアキトとトロニア共和国双方を守る狙いがあるのだ。

これは、アキトの真の価値と、そのチカラの恐ろしさに気付いているヴィーシャだからこそ、出来る役割でもあった。


「それに、ウチが旦那はんに気に入られれば、あわよくば『他種族連合党ウチら』のトロニア共和国内の評価も上がるかもしれんで?これは、女の身であるウチにしか出来ん事や。」

「・・・ふむ。」


ダグラスは納得した。

ダグラス自身はヴィーシャに恋愛感情は抱いていないが、客観的に見た場合、ヴィーシャが女性として非常に魅力的な事は理解していたからだ。

少なくともアキトがヴィーシャを気に入っていた様子であった事は、端から見ても何となく分かったし、ヴィーシャのこの選択が、『他種族連合党自分達』の利となる事も理解出来たからである。


「お話は理解出来ました・・・。しかし、そう言う事なら、事前に知らせてくれても良いモノを・・・。」

「まぁ、それはそうなんやけど、なんだかんだ言っても、結局“女の武器”を使う訳やから、何や恥ずかしくてなぁ~。」

「あぁ~・・・。」


似た様な事例として、ハニートラップはともかく、強い影響力を持つ為政者や支配者、権力者との繋がりを確保する為に、また、そうした者達の庇護に期待して、政略結婚する事は向こうの世界地球でもこちらの世界アクエラでも外交戦略の一つとしてよく知られている。

しかし、ヴィーシャは女性としての立場を利用する事についてはあまり肯定的ではないので、それを伝える事を躊躇ったのだろうとダグラスは察した。


「ま、まぁ、そんな訳やから、すまんけど後の事はオリバーはんに任せる事になりますわ。」

「了解しました。フックス団長ほどの働きを出来るかは正直自信がありませんが、精一杯務めてみせましょうぞ。」

「うん、頼んだで。」

「ハッ!!!」


話が済むと、ヴィーシャはやりかけの書類に目線を下ろす。

それに、ダグラスも、離脱する前の下準備である事を察して、そそくさとその部屋を後にした。


「・・・すまんな、オリバーはん・・・。」





















「オ話ハ済ミマシタカ?」(確認)


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