第35話 『ルダの街』にて 1



『ルダの街』は、発展と共にその規模を大きくしている。

外敵から身を守る『水堀』も、その関係で元々の『水堀』を埋め立てて、その外側に新たなる『水堀』を作るべく工事が進んでいる。

そんな事もあり、今現在は『検問所』も『水堀』の外に移転していた。


「色々と、その、ありがとうございました・・・。」

「いえ、これも何かのご縁ですから・・・。その、こんな事しか言えませんが、どうかお元気で・・・。」


『検問所』が見えた辺りで、僕は隊商キャラバンの年若い隊長さんに声を掛けられる。

隊商キャラバンは『検問』に時間が掛かる為、僕らとはここで別れるのだ。


「あ~、その、便乗させて貰って助かったぜ。これ、少ないけど礼だ。後、見舞金って事で・・・。」


ドニさん一家も『シュプール』行きが決まったので、同じくここで隊商キャラバンとは別れる。

言葉を探りながら、ドニさんは不器用にそう言って、何かを隊長さんに手渡した。

隊長さんは、不思議そうにそれを確認した。


「っ!?こ、こんなに頂けませんっ!」

「だから、見舞金だって言ったろ?亡くなられた方達の家族に渡してやんな。いいか?絶対に、?」

「っ!!・・・はいっ!!」


ヒラヒラと手を振りながら、ドニさんは隊長さんに背を向けた。

一足先に行く僕らの後ろの方で、隊長さんと隊商キャラバンの皆さんがペコリと頭を下げていた。


「お優しいんですね、ドニさんは。」

「そうかい?普通だろ?それに、彼らはまだ若いんだ。やり直しが効くさ。まぁ、仲間の死の責任は感じるだろうが、それも背負って『生きる』しかねぇだろ、この世界アクエラじゃあよ。」

「そうですね・・・。」


彼らの未来を憂いながら、僕も彼らに手を振った。


「では、主様あるじさま。我らは、先に『シュプール』に戻ります。」

「ああ、頼むよ、ハンス。つか、何でティーネはそっちに着いてかないの?」

「何を仰います、主様あるじさま。私は、主様あるじさまの側を離れる訳にはいきませんからっ!」


いや、鼻息荒く迫られると恐いんだけど・・・。

アンタ、一応『エルフ族解放』を謳って派遣されたこの小隊ハンス達のリーダーですよね?

まぁ、結構ティーネ達は自由だけど、今回『解放』された人達の中には、『エルフ族』、しかも女性もいると言うのに・・・。

ただ、まぁ、僕らもこの手の事には慣れたモノなので、ハンス、ジーク、ユストゥスに任せても、大丈夫っちゃあ、大丈夫だけどね。

彼らは、ここ二年で、(見た目は変わらず超美形、中身は『男子中学生』だが)頼もしい『雰囲気オーラ』が格段に上がっている。

今も、『解放』された『他種族』、『人間族』問わずの女性達(一部男性・・・!?)から、熱っぽい視線を向けられているし・・・。

今回『解放』された被害者の方達は、そこまで酷い目に合う前に助けられたのだろう。

そうでなくては、こんなノンキな反応にはならない。

今まで助けた人達の中には、心を閉ざしてしまった人もいたからな。

まぁ、それも『おっぱい女神チートめがみ』ことアルメリア様が何とかしてしまったが、『トラウマ』ってのは些細な『キッカケ』でフラッシュバックしてしまうから、心のケアは難しい。

それを考えると、女性であるティーネの力が必要な部分もあると思うが、ここまで来ると『シュプール』までそう遠くないから、大丈夫かね?


「わかったわかった。じゃ、気を付けてね。」

「「はっ!」」

「うっす!」


僕は、ティーネを落ち着かせながら、ハンス達にヒラヒラと手を振って出発する様促した。

僕らは、『ルダの街』にて、『人間族』側の被害者の方達をダールトンさん達に預ける為に残った。

ついでに、ドニさん一家の諸々の予定も消化してしまうつもりだ。

ドニさん一家は、ある意味、僕の都合で『シュプール』に滞在して貰うので、僕もコネクションをフル活用して『交渉』するつもりだ。

所謂、『横入り』みたいで気が引けるが、僕も随分この街にしているので、今さらな気もする・・・。


「お~う、アキトちゃ~んっ!良いところに来たなっ!」


噂をすれば、僕がこの街にする羽目になった原因の親父さんに声を掛けられた。

無視する訳にもいかず、僕は嫌々ながらその声に応えた。


「・・・こんにちは、バッティオ親方。僕は今、見ての通り用事がアルンデスケドー。」

「そうカタイ事言うなよ、アキトちゃん。お連れの方達には申し訳ないが、アキトちゃんなら、五分、十分で終わる話だろう?」

「はぁ・・・。」


この日に焼けた小麦色の肌の親父さんは、古い『水堀』の埋め立てと、新たな『水堀』建設工事の『現場監督』、バッティオ親方である。

厳つい顔をしている癖に、上手い事言いくるめて人を使うのが巧みな親父である。

僕も何度いい様に使われた事か・・・。

しかし、今回はある意味『交渉相手』としては良い相手と会ったかね?


「分かりました・・・。」

「そうこなくっちゃっ!」

「ただしっ!条件があります。」

「へっ?」


バッティオ親方は、一瞬喜色をあらわにしたが、僕が少し強めの口調で言葉を挟むと、ポカーンッとした表情になった。


「何、簡単な事です。そこにいるドニさん、『鍛冶職人』さんの『工房』を、優先的に建ててほしいのですよ・・・。」


ニコリとしながら、僕は『交渉』を始めた。

バッティオ親方は、顔をしかめて反論する。


「おいおい、アキトちゃん。それは無茶苦茶な話だろう?建物を待ってる連中は大勢いるんだ。それを放っておいて先に建てろは、他の連中に示しがつかんだろう?」

「確かにその通りだと思いますが、、この工事はどれぐらいの期間掛かったと思いますか?」

「そ、そりゃ、あの、まぁ、助かってるけどよ・・・。」


まぁ、簡単に計算が出せる事でもないけど、僕の『魔法』による功績はバッティオ親方も認めているだろう。

この世界アクエラには、『地球』と違い、当然ながら『大型重機』など存在しない。

『水堀』の埋め立てと建設工事なので、穴を掘ったり埋めたりを、人の手でやらなければならないのだ(それでもこの世界アクエラには、『ステイタス』由来の身体能力の恩恵があるので、随分マシだが・・・)。

そこで重宝するのが、『魔法技術』である。

アルメリア様クラスの『使い手』(まぁこの世界アクエラにそんな人いないけど)ともなると、『大型重機』など目じゃない『作業量』をこなす。

極論だが、一年掛かる『作業』を一日で終わらせる事も可能だ。

まぁ、実際にはもっと複雑な『作業行程』があるのだが、それぐらい『時間』を短縮出来るのは事実である。

僕が、『魔法使い』としてはどれほどのモノかは自分でもよく知らないが、アルメリア様の足元くらいまでは来てる自信はある。


「短縮された事で空いた時間を、僕の為に使って欲しいだけで、要求としてはさして難しくないと思いますが?他の方達には申し訳ないですが、僕も『労働』に対して、正当な『報酬』を要求してるに過ぎませんし・・・。」

「う、うぅむ・・・。」


唸り声を上げて考え込むバッティオ親方。

確かに、僕はこの親父さんにいい様に使われたが、それに対して僕は『見返り』を

本来なら、そんな事ありえないだろうが、所謂『魔法技術』使用には、『魔素』と言う『外部』の『エネルギー』を消費する都合上、僕にな負担はない。

もっとも、自分自身が走ってなくとも、『車』を運転する時の様に、集中力などを使うので全く疲れない訳ではないが・・・。

そこも、慣れればどうと言う事もないが、普通なら『労働』に対して、正当な『報酬』を要求するのは当然の権利である。

しかし、を想定して、あえて権利を主張しなかった。

所謂、『貸し』を作っていたのだ。

もっとも、今回は要求が極端過ぎるが、それも『交渉術』の基本戦略である。

『ドア・イン・ザ・フェイス』と言う言葉を知っているだろうか?

ざっくり言うと、「始めに大きな要求をあえて相手に断らせ、その後ろめたさの心理を突いて、(本命である)小さな要求を相手に承諾させる」テクニックである。

まぁ、本来なら、『大きな要求』は現実的だけど難しいラインを示すのが基本なのだが、ここで僕の『貸し』が活きてくる。


「い、いや、やっぱり無理だっ!俺は『職人』として、いくらアキトちゃんの頼みでもその要求は飲めないっ!『信用』は俺達にとっても重要だからなっ!」


散々悩んだ末、バッティオ親方は断固とした態度で断った。

まぁ、そうなるだろうし、そうでなくては困る。

『地球』でもそうだが、この世界アクエラでも、『冒険者』・『商人』・『職人』などの職業を問わず、『信用』が第一である。

簡単な話、『約束』を守る人と、『約束』を守らない人では、当然誰でも前者に好感を持つからだ。

まぁ、それが『権力者』ともなると『約束』を守らなかったり、すぐに話の論点をズラそうとするので、『市民』や『国民』からの『信用』を無くすのだが・・・。

それはともかく。


「はぁ、なら仕方ないですね・・・。」


バッティオ親方は、僕に今回の話を断られる覚悟を決めつつ、内心焦っている様子が窺える。


「それなら、ドニさんの『工房』をなるべく安く、最高の建物モノを提供する事で手を打ちましょう。それでいかがですか?」

「へっ?そ、そんな事で良いのか・・・?」


ポカーンッとした表情をしたバッティオ親方だったが、僕のニヤリとした表情を見てハッとしている。


「もしかして、アキトちゃん。俺を試した・・・?」

「さぁ、どうでしょうね?さて、そんな訳で、ドニさん。こちらが、口調は軽いですが、『職人』としては真面目なバッティオ親方です。『信用』に関しては今示された通りですが、口が上手いので『仕事』の時は注意して下さいね?バッティオ親方。こちらが、先程も言いましたが『鍛冶職人』のドニさんです。何と『ドワーフ族の国』で修業されてたそうですよ?」


冷や汗をかきながら、バッティオ親方はジト目を僕に向けた。

僕は素知らぬ顔で、ドニさんとバッティオ親方の紹介をした。

そう、別に僕は最初からバッティオ親方に無茶苦茶な要求をするつもりは毛頭なかったのだ。

ただ、『職人』としては真面目だが、少し注意の必要な人ではあるので、あえて『交渉』をするフリをしつつ、ドニさんにバッティオ親方の人となりを間近に見て貰ったのだ。

これから、この街の仲間になるのだし、『職人』同士関わる事も多くなるだろう。

それゆえ、百聞は一見にしかず、説明するより実際に見て貰ったのだった。


「ハハハッ、彼を子どもだと侮ると痛い目に合う様だな。俺が今紹介された『鍛冶職人』のドニだ。親方とは『仕事』で世話になる事も多いだろう。よろしく頼むよ。」

「タハハッ。アキトちゃんを侮ってるつもりはねぇけど、今回はしてやられたぜ。ドニさん、俺はバッティオだ。土木や建築が生業の所謂『土工』だな。まぁ、約束した以上、アンタの『工房』は俺達が最高の建物モノを用意してやるさ。ただ、まぁ、時間は掛かると思うから、そこは頼まぁ。」


言葉を交わし、握手をする二人。


「それは大丈夫さ。俺達はアキトのトコで当分は世話になる予定だ。そこには『工房』もあるそうだから、依頼があったらいつでも言ってくれ。」

「えぇ、そうなの・・・?アキトちゃん、俺を最初からハメるつもりだったんじゃ・・・。」

「そんな事はありませんよ?ただ、親方は人をいい様に使い過ぎる所がありますから、こういう反撃にも合いますよ?と、お教えしようとしただけです。」

「それはそうかもだけど、『魔法技術』使えんのアキトちゃんと、他に数えるほどだし、アキトちゃんクラスで扱えるヤツなんざ、後はアルメリアさんくらいだろ?どうしたって頼りたくなるってモンだぜ・・・。」


ブツブツ文句を言いながら、頭をガシガシ掻くバッティオ親方。

まぁ、言いたい事は分かるけどね。

先程も述べたが、『魔法技術』にはそれだけの可能性がある。

だと言うのに、残念ながら『魔法技術』を扱える者達はほとんどが『貴族』である。

まぁ、どうやら彼らも『初級』、良くても『中級』クラスが関の山で、『上級・秘術』ともなると『魔術師ギルド』が相変わらず秘匿・独占しているらしいが。

歴史を鑑みれば、その選択も分からんではないが、その利便性を使って『市民』や『国民』に還元すれば、市民生活はもっと豊かで便利になり、『魔法使い』も尊敬を集められると思うが、どうやら『魔術師ギルド彼ら』にはそのつもりはないようだ。

『権力』と迎合した事で、『魔術師ギルド彼ら』の考えも『選民思想』、『貴族主義』に毒されたのかもしれないな・・・。

今も、二つ、あ、いや、三つか?、の『勢力』からの『監視』を僕(達)は受けている。

一つは間違いなく『ライアド教・ハイドラス派』の『監視者』だろうが、その内の一つは、『魔術師ギルド』からの『密偵』だろう。

所謂『モグリ』の『魔法使い』である僕の噂が、『パンデミックモンスター災害』時に拡散した影響だろう。

とは言っても、『貴族』やそれに近しい者達や、『魔術師ギルド』所属以外の『魔法使い』も結構いる(ケイラさんとか、『デクストラ』のメンバーレオニールとか)。

が、先程も述べた通り、『貴族』ですら良くて『中級』クラスまでしか学べないので、そうした者達はせいぜい『初級』・『中級』を学んだ程度だ。

ゆえに、人手の問題もあり、そうした者達は黙認されている様である。

昔ならいざ知らず、今の時代、高いレベルの『魔法使い』はまず間違いなく『魔術師ギルド』に所属している筈だからな。

ところが、そこに例外がいた。

アルメリア様と僕である。

もっとも、アルメリア様が人前で『魔法』、それも高いレベルの『魔法』を使う事はなかったので、その存在を認知されたのは、まず間違いなく僕の責任ではあるが・・・。

そうなると、『魔術師ギルド』としては面白くない話だろう。

『技術』の独占により、今日の(ごく限定的な)繁栄がある『魔術師ギルド』としては、その『技術』が流出する事が、何よりも恐れている事である。

そうした『管理』は、徹底的にしている様子だが、まさか『モグリ』にまだ高いレベルの『魔法使い』がいるとは思っていなかったのだろう。

噂を鵜呑みには出来なくとも、当然ながら無視も出来ない。

その『技術』が流出すれば、自分達の地位を脅かしかねないからな。

もっとも、僕にはそのつもりもないが、相手からすればそんな希望的観測は厳禁であろう。

それゆえ、『魔術師ギルド』からの『監視者』が派遣された様だ。

もう一つはよく知らんが、『英雄の因子』所持者である以上、身に覚えはなくとも『監視』される理由はいくらでもある。

とは言え、『監視者』の皆さんには申し訳ないが、僕を含め仲間達は全員、とっくにその存在に気付いている。

『隠密技術』が拙いからなぁ。

世間一般的には高いレベルなのだろうが、普段『魔獣の森』で暮らす僕らとしては、そう言わざるをえない。

森の中では、自分達も相手も『隠密技術』を持つのは当然であり、それを看破して相手を特定出来ないと、ぶっちゃけその日の晩ごはんにありつけない。

まぁ、それは言い過ぎだが、そういう環境に身を置いている関係で、『そういう気配』には敏感なのだ。

具体的には、『悪意』とか『害意』のある『視線』や『気配』だろうか?

、アルメリア様の『領域干渉』と同じだが、あの女神ひとの事だから、偶然じゃないんだろうなぁ。

多分、聞いても答えてくれないだろうけど・・・。

しかし、僕らは『監視者』に対しては

始末する、とか、捕らえる事は簡単な話だが、そうするとまた別の『監視者』が派遣されるだけである。

僕らとしても、『情報』が筒抜けになる事は避けたいが、それに対するは立てているし、逆に別の『監視者』が着くとかえって面倒だしね。


「まぁ、それはともかく。バッティオ親方、僕は何をすればよろしいですか?」

「おおっ、そうだったなっ!とりあえず、アキトちゃんも時間がねぇって事だし、新しい堀だけ掘っちまってくれ。補強やら、水源の移動やらはこっちでやるからよ!」

「了解です。作業員の退避が完了次第取り掛かります。親方、指示をお願いしますね。皆さんも、申し訳ありませんが、しばらく休憩しつつお待ち下さいね。」


バッティオ親方に答えながら、僕はドニさん一家、『解放』された被害者の方達にそう言った。

僕の仲間達は手慣れたモノで、ティーネ達が『精霊魔法』を使って水を出し、それをカップに注いで皆さんに配っていた。

食料はともかく、水を持たなくて済む分、『旅人』にとっても『魔法技術』は喉から手が出るほど欲しい『技術』だろう。

人は、一日に2リットルの水分が必要だと言われている。

水場などは、旅をしている時に、そう都合良く見付ける事は出来ないし、川などは水中で生きる『モンスター』や『魔獣』がいて非常に危険だ。

『レベル』や『ステイタス』の恩恵があったとしても、水中は『人間種』にとっては動きが制限されてしまうからな。

まぁ、『旅人』達は、仲間同士のネットワークで、安全な水場の情報を交換してはいるが、いずれにせよ、水が『荷物』になる事は言うまでもない。

それゆえ、『旅人』にとって、『馬車』は貴重な運搬手段になるのだ。

ところが、『魔法技術』を持っていれば、水を持ち歩く必要がそもそもない。

これは大きなアドバンテージである。

実際、僕らは旅の途中で水に困る事はないし、なんなら、毎日入浴するし、汚い話、トイレも清潔に済ます事が可能だ。

他の『旅人』が聞けば夢の様な話だろうな。

さて、それじゃ、さっさと済ませて『街』に入りますかね。



◇◆◇



「ほっんと、生意気なガキよね・・・。」


『魔術師ギルド』からの『監視者』・ヴィアーナは、アキトを『監視』しながら忌々しそうにそう呟いた。

ヴィアーナは、二十代前半の金髪碧眼の美女なのだが、高慢な態度と、プライドが邪魔をして近寄りがたい『雰囲気オーラ』を放っている。

まぁ、彼女も『ルダの街』に潜入している関係上、表向きはそんな『本性』を一切出さないのだが・・・。

では、なぜ彼女がそんな発言をしているかと言うと、

これは、考え方の相違とかの比喩的な事ではなく、、である。

彼女も、『魔法使い』としては高い能力を持っている。

『魔術師ギルド』の幹部の娘として生まれ、将来を約束されたも同然であった。

もっとも、彼女も『魔法使い』としての能力を示さなければ、それも立ち消える事は理解していたので、『魔法』に関しては真剣に取り組んだ。

そして、一通りの高い成績を納め『魔術師ギルド』からも認められ、これからは贅沢三昧の暮らしが出来ると喜んだのも束の間、彼女は『ルダの街』行きを命じられたのだった。

都会で育った彼女にとっては、『ルダの街』は発展しているとは言え田舎である。

しかも、彼女に命じられた『任務』は、『モグリ』の『魔法使い』の監視と言う、エリート街道を歩いてきた彼女からしたら、非常に『仕事』であった。

ところが。

蓋を開けてみれば、彼女の監視対象・『アキト・ストレリチア』は、『魔術師ギルド』をも凌駕する存在であった。

自分の半分にも満たない年齢であると言うのに、今も軽々と『上級魔法』を使いこなしている。

これには、彼女のプライドをいたく傷付けた。

しかも、アキトの『監視』は、『ルダの街』限定でしか出来ない。

アキトが住んでいる『シュプール自宅』には、『謎の結界』が張られていて近付けないし、『魔獣の森』と呼ばれる難易度の高いエリアなので、『魔法使い』である彼女が潜伏するには危険過ぎる。

また、アキトは、たまに他の『領地』に出掛ける事もあるが、その時も、移動速度が、彼女では追い付けなかった。

これは、彼女が高いレベルを持ってはいても、『魔法使い』の範囲を逸脱していないからおこる現象なのだが、そんな事は知らない彼女は、『報告』する事がさしてなく、からの『評価』がどんどん悪くなると言う『悪循環』に陥っているのだった。

そうなると、彼女の中ではアキトの存在は『目の上のたんこぶ』である。

あの生意気なガキがいなければ、自分は都会でエリートにふさわしい『仕事』をしながら、贅沢に暮らしていたと言うのに、アキトの存在で全てが狂ってしまった。

そうした訳もあって、ヴィアーナはアキトを忌々しく思っているのだった。


「『上級魔法』・地形術式の『アース・クエイク』まで使えるのね・・・。本当に危険なガキね・・・。」


アキトは、バッティオ親方から頼まれた堀を掘るため、愛用の杖を取り出し、『詠唱』を唱えながら『印』・『魔法陣』を結んだ。


「ふっ、『魔法』の腕は大したモノだけど、古くさい『手法』を使ってるのねぇ。」


その姿を見て、ヴィアーナはようやく勝ち誇った顔をする。

『詠唱魔法』は、『魔術師ギルド』では廃れた『技術』である。

もっとも、彼女も一概に『詠唱魔法それ』が劣っているとは思っていないし、自分達とは違った形式で現存する『魔法』に対する学術的興味はある。

しかし、いずれにせよ主流派からは逸脱している、いわば田舎くさい『技術』でもある。

一方的な心的優位に立つ事で、彼女は自らの心の平穏を保っているのであった。


「おっと、メモメモ・・・。」


『報告書』を書く為に、彼女はアキトの行動を逐一書き記した。

今回は、からネチネチ言われたくても済みそうだ。

ヴィアーナはそう思った。



◇◆◇



「いやぁ、あの歳にして、素晴らしい『力』を持っているねぇ、は。流石は『英雄の因子『彼』』を宿しているだけの事はあるなぁ~。」


ケラケラと笑いながら、年の頃十二、三歳の少年が呟いた。

少年は、『ハレシオン大陸この大陸』では珍しい、東洋系の顔立ちをした黒髪の美しい少年で、服装もオリエンタル系のこれまた『ハレシオン大陸この大陸』では珍しい不思議な格好をしていた。

しかし、それほど目立つ彼に注目する人々は皆無であった。

アキトやその仲間達でさえ、彼の拙い『隠密技術』では隠れきれていない為その存在を認識しているにも関わらず、たまに彼の存在を事があるくらいだ。

そんな彼であるから、同じ『監視者』である、『ライアド教・ハイドラス派』の『監視者』と、『魔術師ギルド』の『監視者ヴィアーナ』にもその存在を認知されていない。


「しっかし、『お母様』も、こんなに早くあったのかなぁ?今はまだ、あの忌々しい『女神』の加護があるから、には手出し出来ないし、『監視者達ライバル達』は大したコトないし・・・。まぁ、ハイドラスのヤツに出し抜かれるのを警戒する必要はあるんだろうけどね~。」


先程までの陽気な表情から一転して、ブツブツと呟く少年。

彼が考え事をしている内に、アキトは既に新たな『堀』を堀り終えて、『ルダの街』の中に姿を消そうとしていた。


「おっと、まぁ、いっか。しばらくは『』を楽しませて貰うとしようかな?何だか、色々動いている様だし、僕も少し気を付けとこっと。まぁ、もっとも、をどうこうする事は難しいとは思うけどねぇ~。」


アキトを追跡しながら、少年・ヴァニタスはそう呟いたーーー。


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