第15話 討伐準備
その日の朝、『ルダ村』の人々は困惑していた。
いつもなら、朝日が昇る頃には、村の周辺の畑で働く村人達は、四方に設置されている跳ね橋からぞくぞくと出ていく。
しかし今日に限っては、跳ね橋は上がったままなのだ。
「おい、どうなってんだこりゃ?」
「さぁ?憲兵の人も、『待っていて下さい。』としか言わないのよねぇ・・・。」
「はやく上げてくれよ~。もうすぐ収穫期なんだぞ~。」
足止めを食らった村人達は、不満の声を上げる。
そこに、『ルダ村』村長ダールトンが息を切らせて駆け込んできた。
「はぁはぁはぁ・・・。っ!みんな、すまない、今日は外には出ないでくれ。状況を説明するから、中央広場に集まってほしいっ!」
ダールトンの切羽詰まった様子に、村人達の困惑はさらに広がり、不安感も増してきた。
「村長っ!どういう事ですかっ!?」
「外で何かあったのかっ!?」
「おいっ!とにかく、中央広場に急ごうぜっ!ここで騒いでいても始まらないだろ。」
「すまない、頼んだぞっ!」
ダールトンはそう告げると、再び駆け出した。
その様子に、村人達もただ事ではないと察する。
重苦しい雰囲気の中、彼らは中央広場へと急ぐのだった。
◇◆◇
朝日がまだ昇る前、僕は『ルダ村』へと辿り着いていた。
いつも利用している北側の跳ね橋は、まだ上がったままだ。
緊急事態なので『飛翔魔法』を使用して、自力で水堀を渡る。
「アキト・ストレリチアの名において命ずる。
風と大気の精霊よ。
古の盟約に基づき、我に翼を与えよ。
発動せよ。『フライ』!」
検問所には、夜間の見張りの『憲兵』が詰めている。
『モンスター』や『魔獣』、あるいは『人間種』の襲撃に備える為だ。
薄暗い中、灯りを持った『憲兵』がこちらに気付いた。
「な、なんだっ!敵襲かっ!?」
「僕ですっ!アキト・ストレリチアですっ!!」
大声を上げ、僕は『憲兵』に自分である事をアピールする。
『敵』と認定され、迎撃されたらたまったモノじゃないからな。
「アキトくんかっ!?アルメリアさんの所のっ!?」
「そうですっ!緊急事態なので、跳ね橋が下りるまで待っていられませんので、入らせて貰いますっ!!」
一方的な話だが、僕の様子に感じるモノがあったのか、検問所に僕が着くまで、彼らは何も言わなかった。
レイナードの父、バドさんは日勤なので、今はここ場にはいない。
まぁ、ここの人達はほとんど知り合いなので、特に問題ないが。
「なにがあったっ!?」
すぐに、確か、ベンジャミンさんと、ブルーノさん、だったか?の2人に問い詰められた。
「『パンデミック』ですっ!原因は不明ですが、『モンスター』や『魔獣』が大規模でこちらに向かっていますっ!!おそらく、1000体を超える規模ですっ!!!」
「「な、なんだってぇ!?」」
『パンデミック』とは、『地球』だと『感染症』などの大流行を差す意味だが、『
食物連鎖のバランスが崩れると起こる現象で、所謂『頂点』を排除した結果起こる事もある。
『地球』でも、『オオカミ』などの『肉食系』を排除した結果、『シカ』などの『草食系』が大量発生し、山の植物を食い荒らす、農作物を食い荒らすなどの『食害』の被害が増えると言った事例もある。
『
その『脅威度』は、『地球』の比ではない。
そうならないよう、『冒険者』や『狩人』達による『間引き』が定期的に行われるのだが、たまにこういう事は起こる。
ただし、ここまでの規模のモノが起こる事は普通はありえない。
ニルの件や、『
バカ正直に話しても、『ライアド教』の事を含めて、『政治的』問題でしかないので、ここで言及すべき事ではない。
この危機を乗り越えたら、改めてその件はどう報告するか考えよう。
「幸い、『シュプール』には向かっていませんでしたので、あちらはアルメリア様に任せて、僕はこちらに報告に来た次第ですっ!村長と『冒険者ギルド』にも知らせますっ!通ってもよろしいですかっ?」
本当は、僕が意図的に『ルダ村』に『誘導』させているのだが、その件も混乱させるだけなのであえて報せない。
何も手を打たなければ、『モンスター』達はバラバラに行動してしまう為、駆逐が難しくなり
『魔法使い』がいない状況ならば、一ヵ所に固まられると非常に危険なのだが、僕の『奥の手』を使えば、全滅は無理でも大半は倒す事が出来る。
そののちに、残りを個々で撃破する事が理想だ。
その為、被害を最小限に抑える為にも、
「分かったっ!緊急事態だっ!手続きは省略しようっ!俺達はここを離れられないので、アキトくんに報告を頼むっ!」
「ありがとうございますっ!そして、お任せ下さいっ!」
挨拶も、そこそこに僕は駆け出した。
今夜は走りっぱなしだな。
リベルト(村長ダールトンさん)の家は、大通りの北側に位置する中央広場の少し奥の家である。
会合などにも用いられる為、かなり広い造りになっている。
『ルダ村』には宿屋もあるが、有力者が訪れる際は村長の家に宿泊する事もある。
『
「朝早くからすいませんっ!火急の様の為、ダールトン村長にお取り次ぎ願いますっ!」
僕は、玄関のドアを叩きながら声を上げる。
『ルダ村』は比較的大きな集落だが、いくら村長宅とはいえ、門番などはいない。
しかし、所謂『執事』・『メイド』の様な人はいるので、その人達に向けて呼び掛けているのだ。
「おはようございます、どちら様ですかな?」
現れたのは、執事のヨーゼフさんだ。
隙のない身形に、姿勢の良い立ち姿の初老の男性だ。
カッコいいおじ様を地でいく人で、何気ない動きからもかなり『出来る』人だと分かる。
「朝早くから騒がしくしてすいません。アキト・ストレリチアです。火急の様なので、ダールトン村長にお取り次ぎ願えますか?」
「おお、これはアキト様。リベルト様が大変お世話になっております。旦那様は、まもなく来られると思いますので、応接室でお待ち下さい。」
ヨーゼフさんは、すでにダールトン村長を呼んでいる様だ。
ある程度、緊急性を理解しているのだろう。
流石だな。
「ありがとうございます。」
勝手知ったる
応接室にて、メイドのヘルヴィさんと挨拶を交わす。
「アキトくん、おはよー。」
「ヘルヴィさん、おはようございます。」
「随分早いねー?何かあったの?」
「ええ、その報告の為にダールトン村長に会いに来ました。」
「ふーん。あ、紅茶でいいかな?」
「ええ、ありがとうございます。」
本当は、のんびりしている時間はないが、ダールトン村長が来ない事には始まらないので、僕も一息着く。
ポヤポヤしている様に見えて、このヘルヴィさんも『出来る』メイドさんだ。
紅茶を入れる手つきも、優雅で手際が良い。
さっと出された紅茶を、僕は頂く。
かなり喉が渇いていたのか、一気に飲んでしまった。
「ありゃりゃ、よっぽど急いでいたんだねー。もう一杯飲む?」
「すいません、頂きます。」
「おはよう、アキトくん。」
そこに、リベルトの父で、『ルダ村』村長ダールトンさんが現れた。
「おはようございます、ダールトンさん。火急の様の為、朝早くからの訪問をお許し下さい。」
「いや、君が礼儀知らずではない事知っているとも。私の子ども達にも、見習って欲しいモノだよ・・・。こほんっ、それで、何があったんだい?」
僕の色眼鏡も入ってしまうが、ダールトンさんは、フロレンツ侯よりよほど有能な人物である。
40そこそこであるが、村長職に加え、畑仕事もこなす人で、村人達の評判も良い。
『ルダ村』の代表だが、村人から選出されているので、『貴族』ではない『平民』だ。
しかし、大変な努力家で、文武を修めた秀才である。
その発言力も高く、『貴族』とも対等に渡り合い、『ルダ村』の発展に貢献している。
ただ、自らの子ども達には手を焼かされる様で、よく愚痴をこぼしている悲しい父親でもあった。
「詳細は省きますが、『パンデミック』です。それも、1000体を超える規模の『モンスター』や『魔獣』が『魔獣の森』方面からこちらに向かっています。」
「はっ!?へっ?な、なんだってっ!?」
ダールトンさんに加え、ヨーゼフさんもヘルヴィさんも息を飲んだ。
「僕は、この後に『冒険者ギルド』にも報告に行き、その後迎撃に向かいます。ダールトンさんには、村の出入口の閉鎖、村人達の避難誘導をお願いしたいのです。それと、戦える人は討伐に参加して頂けると幸いなのですが・・・。」
「ア、アキトくんっ!君が普通の子どもではない事は知っているが、非常に危険だぞっ!?自分が何を言っているのか分かっているのかいっ!?」
「ええ、もちろんです。僕も勝算あっての発言ですから。しかし、一人では完全に討伐出来ませんので、少しでも多くの人手が欲しいのですよ。」
大変不本意だが、僕は『ルダ村』の一部の人々に、『非常識の塊』として認知されているそうだ。
まぁ、8歳にして、『S級冒険者』なみの『力』を持っているので、当然と言えば当然なのだが、それでも、ダールトンさんの言う通り、そんな僕でも一人では危険だ。
いくら『S級冒険者』でも、大多数相手はとても無理だからな。
『魔法使い』でも、数を揃えないと意味がない。
『数』には『数』で対抗するのが、最も単純な方法なのだ。
それを、僕は一人でやると言っているのだ。
常識的に考えれば、大人が止めない訳がない。
まぁ、正確にはハンス達『エルフ族』がいるので一人ではないが、ここでは言及は避ける。
『ロマリア王国』では、『他種族』は忌避される傾向にある。
『ルダ村』の人々が、今さら『他種族』を忌避する事もないだろうが、今は更なる混乱を及ぼす可能性は避けるべきだ。
「申し訳ありませんが、議論をしている時間はありません。村の事は、ダールトンさんにお任せします。討伐隊の件も。」
「っ!分かったっ!確かに、一刻の猶予もないな。こちらの事は任せておきなさい。アキトくんも、くれぐれも無茶はするなよ?息子の友人に何かあったら、私はリベルトに顔向け出来ないからね。」
「もちろんです。では、後の事はお願いします。」
用件を済ますと、すぐ僕はダールトン村長宅を辞し、『冒険者ギルド』に向かう。
『冒険者ギルド』も、朝一番に『依頼書』が貼り出される関係で、この時間には職員がいる(と言うか、今回の『件』の様な事態に対応する為、24時間誰かどうか常駐している)。
営業開始時間までは、まだわりとあるのだが、気の早い『冒険者』達は並んで順番待ちしていたりする。
所謂『美味しい』依頼は、早い者勝ちだからな。
この列に並んでいる時間はないので、僕はスルーして中に入る。
少しばかり強引だが仕方ない。
『冒険者』達に、見咎められる前に『ステイタス』由来の身体能力で素早く移動する。
下手に絡まれても面倒だからな。
「今、なんか通った様な・・・。」
「はぁ?気のせいじゃねーの?まだ薄暗いから、見間違えたんだろ。」
そんな会話を尻目に、僕は『冒険者ギルド』の中に入った。
「おいっ、まだ営業開始時間じゃねーぞっ!」
「おはようございます。ドロテオギルド長。アキト・ストレリチアです。」
フライングをした『冒険者』だと思われたのか、ドロテオギルド長は入って来た僕に怒鳴り声を上げた。
元冒険者の『ギルド長』ドロテオさんは、50近い禿げ上がった男性だ。
ある意味『ヤクザ』な商売の『冒険者』達をまとめ上げるこの人は、見た目的にも滅茶苦茶迫力のあるおっかないオジサンである。
まぁ、前にケイラさんとも話題となったが、上からも下からも文句を言われる『悲しい中間管理職』なのは知っているので、今さら恐がる理由は僕にはないが。
あの頭も、ストレスが原因だともっぱらの噂である。
「おうっ、なんだアキトかっ!どうした、神妙な顔してっ?」
「ドロテオさん、『パンデミック』です。1000体を超える規模の『モンスター』と『魔獣』が『魔獣の森』方面からこちらに向かっています。」
「・・・はっ?い、1000だとっ!?おいおいっ、桁が一桁多いんじゃねーかっ!?いや、それでも、一大事だけどよっ!?」
「残念ながら事実です。正確な計測ではありませんが、多くはなっても少なくなる事はないでしょう。」
「ま、マジかっ!?だ、大災害じゃねーかっ!!」
元冒険者だけあって、ドロテオさんは事の重大性を即座に理解した様だ。
これが戦争であったなら、『数』には『数』で、つまり、迎え撃つなら相手の同数いれば、とりあえずは戦いになる。
そこから先は、『戦術・戦略』などの話になるので、勝敗の話はここでは置いておくが。
今回の場合は、同数、つまり1000人いれば良いのだ。
しかし、相手が『モンスター』や『魔獣』なら、必要な『数』は10倍に膨れ上がる。
今回の場合は、10倍、つまり1万人は必要な計算だ。
まぁ、参加する者の強さや、『魔法使い』がいるかどうかでも『数』は変動するので、一概には言えないが、それくらい不味い状況なのだ(『ルダ村』の『人口』は6000人ほど)。
「ダールトン村長には、跳ね橋の閉鎖と討伐隊の編成をお願いしてあります。戦える人には声を掛けるでしょう。『冒険者』の皆さんにも、協力を要請したいのです。」
「そ、そりゃ協力しないワケにはいかねぇだろっ!?下手すりゃ、『ルダ村』ごと全滅なんだからよっ!!」
「よろしくお願いします。行軍の速度は大して早くないでしょうが、猶予は2~3時間ぐらいしかありません。下手したら、1時間くらいで『ルダ村』周辺に迫ってくる可能性もあります。出来るだけ急いで下さい。」
「わ、分かったっ!久々に俺も出る事になりそうだなっ!!で、オメーはこの後どうすんだっ!?」
「僕は、これから迎撃に向かいます。」
「お、おいおいっ!オメーがヤベー奴なのは知ってるけどよ。いくらなんでも無茶だぜっ!?」
「安心して下さい。『仕込み』と『斥候』がメインです。流石に一人で突撃したりはしませんよ。」
「そ、それなら良いけどよっ・・・。確かに、情報は大事だしなっ!くれぐれも無茶すんなよっ!?オメーの『稼ぎ』が無くなると、
ドロテオさん流の激励なのだろうか?
とりあえず心配しているのだと受け取っておこう。
「了解です。」
時間がないので用件だけ伝え、僕は『冒険者ギルド』を出る。
建物の中からは、ドロテオさんの怒鳴り声やバタバタと走り回る音がしていた。
すぐに、表の『冒険者』達にも声が掛かるだろう。
さて、『ルダ村』内の用事はこれぐらいか?
後は、『憲兵』の皆さんにも声を掛ける必要があるかな?
まぁ、『ルダ村』の防衛が主な任務の『憲兵』達は動けない可能性もあるが。
防衛も重要なので、それは良いのだが、それでも志願者を募るくらいはするべきだろうか?
ダールトンさんが声を掛ける可能性もあるが、村を出るついでに確認だけでもしておくか。
『
これを機に、『ロマリア王国』の人々が『他種族』に対する認識を改めてくれると良いのだが・・・。
ハンス・ジーク・ユストゥスは上手くやっているかな?
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