第14話 『失われし神器【ロストテクノロジー】』の『力』



ニルが違和感に気付いたのは、『魔獣の森』の手前に着いた時だった。


「なぜ、私はこんな所にいるのでしょうか・・・?」


フロレンツの屋敷で、『失われし神器ロストテクノロジー』と『研究資料』の奪取に成功したニルだったが、小さな違和感に気付き、己の直感に従い素早く離脱した。

一般的には、人気のない所、閑静な村などは潜伏するには都合が良さそうな物だが、そういった場所は逆に人の出入りが少ないので実は非常に目立つ。

本来なら、こんな人気のない所ではなく、『王都』や『大都市』の様な、人通りの多い場所に潜伏するなり、『ライアド教』の『支援者』を頼るなりして、ほとぼりが冷めるまで待って、次の行動に出るべきなのだ。

なのに、何かに『誘導』でもされる様にこんな場所まで来てしまっていた。

ニルは焦っていた。


「これは、良くありませんね・・・。」


事ここに至りニルは『何者か』の干渉にようやく気が付いた。

そう、アキトが施した『細工』の正体がこれだったのだ。

アキトがした事は、


1、フロレンツにした様な『ヒュプノ』による『意識誘導』。

2、ニルの『個人情報パーソナルパターン』をデータとして記録する事。


の2点である。

しかし、人格的に問題があるニルではあるが、相当な手練れでもあるし、そもそも、ニルはアキトと直接接触していない。

『魔法』は、一般人から見れば『理不尽』とも言える『超常現象』の様に思われがちだが、実はしっかりとした『理論体系』がある。

それ故に、当然ながらまったく知らない遠くの者にまで『影響』を与える様な事は本来出来ないのだ。

ニルも、『元・貴族』として、『魔法技術』を修めている。

だからこそ、ニルには理解出来なかった。

どの様にして、自分に『影響』を与え、この場所に『誘導』したのか、が。

今から『王都』や『大都市』に戻るのは非常に危険だ。

普通『商人』や『冒険者』は、太陽の陽の光りが出ている時間帯に移動なりをする。

闇夜は、夜行性の『モンスター』や『魔獣』の独壇場だからであるし、そもそも視界が悪すぎる。

ニルの様な、『高レベル者』ならその限りではないが、それでも一般的に『単独ソロ』で夜間に行動するのは自殺行為だ。

さらに自分に何か『細工』を施した『何者か』は、自分を追っている可能性もある。

まだ時間にしたら、深夜3時を過ぎた頃。

夜明けまでは、早くても後2時間は掛かるだろう。

闇夜に紛れて少しずつ移動するよりかは、森に隠れ潜み、夜明けを待って行動を起こした方が良いと、ニルは瞬時に判断した。

相手がアキトでなければ、その判断は正しい。

『アクエラ』では、相手を認識・識別する為には、五感を駆使するか、『気配』を察知するかしかなく、『地球』の『発信器』などの様に、特定の者を追いかけるのは非常に難しいからだ。

しかし、アキトにはそれが可能だった。

『ある条件』が必要ではあるが、『個人情報パーソナルパターン』を記録した者を識別・追跡が出来るのだ。

そんな事を知るよしもないニルだったが、勘の鋭い彼は、隠れながらも奪取した『失われし神器ロストテクノロジー』の『研究資料』の内容を一心不乱に頭に叩き込んでいた。

最悪の場合は、この『失われし神器ロストテクノロジー』を使用しなければ、逃げ切れない可能性もあるからだ。

危険だが、小さく『ライト』の『魔法』まで使い、しばらく、『研究資料』を読みふけっていた。

大体の内容を理解した時、時間にすれば4時を回った頃、ニルは自身が包囲された事に気付いた。

ニルは思わず戦慄した。

確かに、『ライト』の『魔法』も使用してしまったし、『研究資料』に気をとられてはいたが、周囲の『索敵』は常にしていた。

逃げ道がない程接近されたのに、それに気付かなかったのだ。

この『追跡者』は、自分と同レベルか、それ以上の『使い手』である。

ニルは、自分の中の警戒度をMAXまで上げた。


「こんばんわ。初めまして、貴方がニルさんですか?」


ふいに声を掛けられる。

ニルが、警戒を露わにしながら振り返ると、そこには7、8歳くらいの子どもが立っていた・・・。



◇◆◇



ニルを追って、僕とハンス・ジーク・ユストゥスは闇夜を駆けていた。

ニルは、僕の『誘導』で『魔獣の森』に向かっている。

これは、最初から決めていた事ではない。

『シャントの街』から比較的近く、人気がなく、自分が地形を把握している場所と言う条件が、たまたま『魔獣の森』だっただけである。

『特定の条件下』で使用可能な、遠距離の人物の『索敵』、遠距離の人物の『意識誘導』、『索敵』した人物の『個人情報パーソナルパターン』のデータ記録。

これは、当然だが、半永久的に効果のあるモノではない。

時間が立てば、おのずと効果が四散してしまう。

なので、人気の多い所に行かれるのは都合が悪い。

前にも言及したが、『アクエラ』においては、人探しは非常に困難な事なのだ。

そんな訳で、追跡しやすく、自分に有利な『フィールド』である『魔獣の森』に『誘導』したのだった。


「動きが止んだな。森に隠れる事を選択したか。」


判断としては悪くない。

先程も言ったが、『個人情報パーソナルパターン』を頼った追跡は一時的な効果でしかない。

時間を稼ぎ、夜明けを待って『旅人』に紛れて移動されるともう追跡は不可能だ。

しかし、今回の場合は悪手だ。

逃げ切るには、常に移動するべきだった。

まぁ、僕としては助かるが。


「捉えたっ!ハンス・ジーク・ユストゥスは、少し遠巻きに包囲網を作ってくれ。僕が接触するが、相手も手練れだ。隙を着いて離脱する可能性もあるからね。」

主様あるじさまお一人では危険では?」

「ハンス、心配するな。主様あるじさまは、我らよりもお強い。相手もかなりの強者の様だが、主様あるじさまが遅れをとる事はないだろう。」


フロレンツ侯の屋敷では、行動を共にしなかったハンスが心配の声を上げたが、ジークがそれに否と答えた。

ジークにもユストゥスにも、直接的に戦闘行為を見せた訳ではないが、動きを見れば『高レベル者』なら相手のおおよその力量が分かる。

経験則からくる『アナライズ(自力)』である。

所謂『鑑定』のスキルではないので、相手の正確な『ステイタス』が分かる訳ではない(『この世界アクエラ』には、そもそも『鑑定』のスキルなど無いが)。

また、強者になればなるほど『強さ』を隠すのが上手いので、どちらかと言うと、経験則からくる『勘』の様なモノだが、意外とこれがバカには出来ない。

最初から戦う相手の情報を把握しておくのは重要な事だが、それを全ての状況で実行出来る訳ではない。

遭遇戦などの様な急な戦闘の際には、この『勘』と、実際に戦う事で情報を蓄積していかなければならない事もままあるのだ。


「そういうこった。ハンス、あるじさんに任せようや。俺達は、相手を逃がさねぇ様に気を付けようぜ。」

「ジークとユストゥスがそう言うなら・・・。主様あるじさま、差し出口お許し下さい。」

「いや、何。ハンスは、僕を心配して言ってくれたんだろう?気にする事はないさ。」


生真面目なハンスは、そう謝罪した。

しかし、ハンスの言う事の方が一般的には普通だ。

たまに忘れる事もあるが、今の僕は8歳の子どもだからな。


「じゃあ、行動開始しよう。」

「「「はっ!!!」」」



「こんばんわ。初めまして、貴方がニルさんですか?」


僕の目の前には、20代後半の優男がいた。

妖しい雰囲気と、鋭い目付きの金髪の男である。

一般受けはしないかもしれないが、『悪い男』に惹かれるタイプの女性には絶大な人気を誇りそうな男だ。

その立ち振舞いも、見る者が見れば、強者と分かる。

警戒しながら振り返り、僕の姿を認めると、一瞬気が緩むが、すぐに態勢を整える。

フロレンツ侯とは、明らかに『格』が違う。

僕が子どもであるから、一瞬気が緩んだが、すぐに自分の判断を修正したのだ。


「どうもこんばんわ。・・・おや、どこかでお会いしましたかねぇ?」


油断なく周囲を警戒しながらも、軽口を叩く余裕を見せる。

胆力も相当なモノだ。


「いえ、先程も言いましたが、初めましてですよ、ニルさん。もしかしたら、貴方は僕を知っているかもしれませんけどね?」

「ほう?と言うと・・・?」

「僕は、アキト・ストレリチア。『英雄』、と言った方が分かりやすいですかね?」

「っ!では貴方がっ!?」

「やはりご存じでしたか。『至高神ハイドラス』に聞いたのでしょうか?まぁ、いいや。僕にも事情がありましてね。貴方が強奪した『失われし神器ロストテクノロジー』と『研究資料』を回収に来たのですよ。ついでに、貴方の拘束も。」

「・・・。やはりしゅの仰った通り、警戒して正解でしたね。しかし、感付かれていましたか・・・。」


ニルは、ハンス達の気配を察知したのか、少し諦めた様に言う。


「優秀な『お友達』もいるのですねぇ。これでは逃げられそうもないですねぇ。」

「僕としては、大人しく捕まってくれるとありがたいのですが・・・。そうも、いかないようですねっ!」


ニルは、予備動作無しで『暗器』を投擲した。

しかし、僕も予測はしていたので愛用の杖で迎撃した。

それと同時に、ニルは『フラッシュ』の『魔法』を展開した。

『フラッシュ』は、『ライト』の応用技で、閃光の『魔法』である。

瞬間的に、爆発的な『光』を発する事で、相手の視界を奪う目眩ましの『魔法』である。

だが、これは自身もその『魔法』の『影響』を受ける。

当然だが、『ゲーム』と違い、『アクエラ』では『魔法』の効果が『敵』にしか及ばない、なんて事はなく、所謂『フレンドリーファイア』は注意するべき点なのだ。

ニルは、しっかりと目を防御している。

僕も、咄嗟に目を瞑る事に成功したが、瞼の裏からでも凄まじい光量が僕を襲う。

この数瞬の時は、戦闘の最中では致命的である。

しかし、ニルは攻撃する事訳でも、逃げる訳でもなかった。

それもその筈。

僕も、視界が若干奪われたが、『気配』の察知は可能だし、攻撃を捌く事も可能だ。

こういう時の『対策』として、色々な『訓練』を積んでいる(アルメリア様は、あれでも結構厳しいからなぁ)。

そして、ハンス達の存在も大きい。

少し離れて包囲網を形成して貰ったので、『フラッシュ』の『影響』も軽微だ。

ニルは、逃げたくても逃げられない状況だった。


「やはり、逃げられそうもないか。・・・しゅよ、お許し下さいっ!」


しかし、今回の場合は僕の認識が甘かった。

いや、知識が足りてなかった、と言うべきか?

失われし神器ロストテクノロジー』の『力』を、知らず知らずの内に、この『世界アクエラ』の現在の基準で考えていたのだ。

『古代魔道文明』の『遺産』は、僕の予想より遥かに高度で厄介な代物だった。

多数の『モンスター』と『魔獣』に囲まれながら、僕はそう思った。


「こ、これはっ!?」

「『失われし神器ロストテクノロジー』・『召喚者の軍勢』の効果ですよ。本当はこんな所で使いたくはありませんでしたが、ここで捕まるワケにもいきませんのでねっ!」


『アクエラ』には、所謂『召喚魔法』は存在しない。

『異世界転生』や『異世界転移』と言ったモノと同様に、途方もない『エネルギー』が必要だからである。

一時的に『エネルギー』、つまり『魔素』を蓄積する『技術』もあるにはあるが、とても実用に耐えられるレベルではない。

しかし、『失われし神器ロストテクノロジー』には、それが可能だったのだ。


主様あるじさまっ!お引き下さいっ!」

「ちっ!仕方ない、撤退するっ!!」

「いえ、少しお待ち下さい、『英雄』殿。」


ニルは、歪んだ笑みを浮かべ、そう静止をかけた。


「なんですかっ!?」

「いえ、こちらも離脱する前にご忠告をと思いましてねぇ。残念ながら、この『召喚者の軍勢』は、まだ実験が上手くいっていなくてねぇ。有り体に言えば、『制御不能』なんですよ。つまり、この『モンスター』や『魔獣』達は、現在『暴走状態』なんですねぇ。私や貴方達なら切り抜ける事も可能でしょうが、近隣の村や街の人達では、どうでしょうかねぇ~?」

「な、なにっ!?」

「誤解しないで下さいよ?私も不本意なんですから。ただ、この混乱に乗じて私は逃げさせて貰いますが、私を追っていたら多数の人達が被害に遭われると思いますよ?まぁ、先程も言いましたが、ご忠告ですよ。」

「くっ!!」

「それでは・・・。もう、お会いしない事を祈りますよ。」


ニルは、最後にそう告げながら、牽制の『暗器』を投擲。

僕に、ではなく『モンスター』や『魔獣』に向かって。

その事により、『モンスター』達の攻撃性が刺激されたのか、僕達に向かって攻撃を加えようとしてくる。

『モンスター』達に気を取られ、ニルの姿を見失う。

これだけの『気配』の中では、彼の『気配』のみを追う事はもう不可能だ。

完全にしてやられた。


「くっ!みんなっ!離脱するぞっ!僕に続いてくれっ!!」

「「「はっ!!!」」」


『モンスター』や『魔獣』の群れの一部を強行突破する。

『脅威度』としては、大して高いモノじゃないが、数が数だ。

囲まれたままだと、ジリ貧になってしまう。

『魔法』を使うにしても、『フレンドリーファイア』への注意と、『詠唱』をする時間も稼がなければならない。

幸い、僕達は包囲網を突破する事を容易に出来たが、『モンスター』達は、倒れた仲間には目もくれずに、次なる標的を求めて『魔獣の森』を出て行ってしまった。


「まずいぞっ!近くには『ルダ村』があるっ!それに、『エルフ族』を連れたアイシャさん達も、移動速度から見てまだ『シュプール』に着いてないだろう。どこかで遭遇すると、非常に危険だっ!」

主様あるじさまっ!どうされますかっ!?」

「すまない、僕の失策だっ!しかし、まだ手はあるっ!ハンスとジークは『モンスター』達を『ルダ村』の方に『誘導』するんだっ!この場で戦り合っても、大半は『魔獣の森』に逃げられる可能性がある。そうなると、駆逐する事は難しくなる。それよりは、危険だが、迎撃に適した場所で向かい打つべきだ。ユストゥスは、アイシャさん達を『ルダ村』に避難させるんだっ!」


『ゲーム』だと、『召喚』は、一定時間経つと効果が切れるが、今回の場合はその可能性を排除して事を進める必要がある。

包囲網を突破するときに何体か倒したが、しっかりと『実体』がある様に感じた。

どういう『原理』かは分からないし、今は考える時じゃないが、少なくとも『幻術』の類でない事は確かだ。

しかも、『召喚』された『モンスター』や『魔獣』は非常に好戦的だった。

つまり、全部倒してしまわないと、『ルダ村』や周辺の街や村に限らず、この近辺に住む『モンスター』や『魔獣』などの生物にとっても非常に危険な存在なのだ。

僕も、自分の知り合いや友人のいる『ルダ村』を危険に晒すのは出来れば避けたいのだが、何もしなければいたずらに被害が広がるだけだ。


あるじさんは、どうするんだいっ!?」

「僕は、一足先に『ルダ村』に向かい、状況を説明して協力を仰ぐ。それと、迎撃の準備だっ!」


ユストゥスの問いに答え、僕はプランを練る。

大丈夫だ。

ニルを逃し、『失われし神器ロストテクノロジー』と『研究資料』の回収にも失敗したが、『失われし神器ロストテクノロジー』の『力』の一旦は知れた。

これだけの『力』を使った以上、いくら『古代魔道文明』の『遺産』とはいえ、すぐに同じ『力』は使用不能な筈。

『エネルギー』、つまり『魔素』の蓄積には時間が掛かるからだ。

ニルも、使うつもりはなさそうだったし、おそらくその推測は外れてはいないだろう。

そして、今現在の『脅威』である『モンスター』や『魔獣』達も、何とかなる。

もちろん、みんなの力を貸して貰ってだが。

いくら、『能力』や『力』があっても、1人では、出来る事はたかが知れている。

それは、『地球』でもこの『世界アクエラ』でも一緒だ。


「みんなっ、時間との勝負になるが、無理はするなよっ!?」

「「「はっ!!!」」」


僕は、『ルダ村』に駆け出した。

もうすぐ、夜明けだ。

最悪の朝になりそうだな。


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