第13話 『解放』、そして・・・。



ティーネの顔色が、怒気に溢れたモノになっていた。

『同胞』の、しかも同じ女性が、『奴隷』として如何いかなる扱いを受けていたかを目の当たりにしたから当然だろう。

今にもフロレンツ侯を殺しそうな勢いだったので、僕はその前に手を打った。


「ティーネ。『エルフ族彼女達』の保護を頼む。心身共に弱っているだろうから、同性として気にしてやってくれ。ジークとユストゥスもサポートをしてやってほしい所だが、今は『男』に対して恐怖心があるかもしれないから、あまり近寄り過ぎない様に。後で、僕が『応急措置』をするから、周囲の警戒に重きを置くように。」


僕は畳み掛ける様に指示を飛ばす。

ティーネは、ハッとして、僕の目からはまだ10代前半に見える『隷属』状態にある『エルフ族彼女達』の保護に取り掛かった。

僕は、ジークとユストゥスに目配せをすると、2人も頷き、さりげなく距離を置いて警戒状態に入った。

ぶっちゃけ、ここは所謂『隠し部屋』なので、警戒する必要性はあまり無いのだが、2人にはむしろティーネの動向に注意を払ってもらいたいのだ。

今、フロレンツ侯を殺されては敵わないからな。


「さて、お待たせしました、フロレンツ侯。もう、ある程度察しているかもしれませんが、敢えて言わせて頂きましょう。貴方はもうです。」

「な、何をワケの分からん事を言っているのだ、小僧っ!私を誰だと思っているっ!?」

「存じ上げておりますが、ここにいるのはただのでしょう?あぁ、喚かないで下さいね。別に貴方を今すぐどうこうするつもりはありませんから。お話を聞かせて頂きたいだけです。」


僕は、敢えてフロレンツ侯の拘束を解いた。

彼がの『人物』かを計る為だが、彼は考えなしに抵抗しようとした。

すぐに、再び拘束し、ユストゥスを呼ぶ。

僕の中で、フロレンツ侯の『評価』を下方修正した。


「ジークはそのまま警戒を維持。ユストゥスは、フロレンツ侯を抑えて置いてくれ。このままでは、話も出来ない。」

「くそっ、離せっ!!」

「噂程、貴方は『有能』な人物では無い様ですね。僕らと貴方では、『レベル』が違う事に気付いて下さいね。抵抗は無意味ですよ?」

「小僧が!舐めた口を聞きおって!!」

「あぁ、何か『手』があるんですかね?無駄ですよ。ここには誰も来ません。何らかの手段で連絡する事も出来ませんので、あしからず。」

「はぁっ!?」

「ですから、『魔法』的手段でも、『アイテム』的手段でも、貴方からは助けを呼ぶ事が出来ない、と言っているのです。まぁ、東側の塔の『現場』を発見して家の人達が騒ぎ出したら、その限りではありませんが。」


その言葉に、ようやくフロレンツ侯は、サッと顔色を青ざめさせた。


「ひ、東側の塔、だと!?」

「先に言っておきますけど、僕らの仕業ではありませんからね?謎の『侵入者』により、『失われし神器ロストテクノロジー』と『研究資料』は強奪されていましたよ。貴方の部下、でしょうか?彼らも全員殺されていました。」

「な、なにっ!?ま、まさかっ!?」

「謎の『侵入者』に心当たりは?僕は、貴方と『共謀』していた者の仕業ではないかと考えていますが。」

「う、嘘だっ!完璧な対策を施していたのだぞっ!?」

「いえいえ、フロレンツ侯。僕らが実際にいるじゃないですか?貴方が自信を持っていた『対策』なのでしょうが、上位レベルの『使い手』ならばどうとでもなる程度のモノですよ?謎の『侵入者』も、かなりの手練れの様ですしね。」

「なっ、まさか、本当に、ニルが・・・!?」


ようやく、僕の言葉が徐々に浸透してきたのか、フロレンツ侯は混乱しながらも、何とか頭を働かせ様としていた。

今のタイミングなら、大丈夫かな?


『ヒュプノ!』


僕は、『無詠唱魔法』を唱える。

『ヒュプノ』は幻術系魔法の一種で、所謂『催眠術』である。

ただし、闇雲に使っても、当然ながら上手く『暗示』に掛からない。

精神的余裕を無くし、心に『隙』を作ってやらなければならないのだ。


「ほう、『侵入者』はニルと言う人物なんですか。その人物は何者なのでしょう?」

「・・・本人は、『ライアド教』の関係者を名乗っていた。」


フロレンツ侯は、目が虚ろになり、僕の質問に素直に答え始めた。

どうやら、上手く『暗示』に掛かった様だ。

本来なら、『催眠術』とは『施術者』と『患者』が信頼関係を構築した上で行うべきモノだ。

心の中をさらけ出す、一種の『コミニュケーション』だから当然であろう。

それ故に、僕としては一方的な尋問の『ツール』としてはあまり使いたくない手段なのだが、彼の様なタイプの者なら僕も心が痛まないから、まぁ良しとしよう。


「『ライアド教』、ですか・・・。はぁ、はた迷惑な『集団』だなぁ。それで、『失われし神器ロストテクノロジー』の話を持ち掛けたのはどちらの方で?」

「・・・ニルの方からだ。私の『秘密』を掴み、それを盾に協力を迫って来た。」

「なるほど、『脅迫』ですか・・・。」


フロレンツ侯が、『エルフ族』の『奴隷』を囲っている事を調べ上げ、『脅迫』の材料にしたのだろう。

『遺跡』の発掘や、『失われし神器ロストテクノロジー』の研究や解析には、人手や資金が必要になるから、フロレンツ侯は格好の餌食だった訳だ。


「そのニルなる人物は、『失われし神器ロストテクノロジー』を何の目的で求めているのか、何か言ってませんでしたか?」

「・・・詳しくは知らないが、『至高神ハイドラス』の『神託』を受け行動していた様だ。『信仰』がどうとか言っていた。」

「ふむ、『信仰』集めの為か・・・。『英雄ぼく』の代わりに『失われし神器ロストテクノロジー』を利用しようとしているのかな?」


まだ確定情報ではないが、僕の中では『ライアド教』の評価は際限なく落ちていた。

もちろん、『ライアド教』の全ての者が悪い訳ではないだろうが、その『信仰』の対象たる『至高神ハイドラス』には『異世界転生』をさせられた借りもある。

しかも、今度は『古代魔道文明』の『遺産』、『失われし神器ロストテクノロジー』を『信仰』集めの『道具』としようとしている可能性が出てきたのだ。

アルメリア様によれば「いずれ衰退する」との事だったので、あまり関わらずに放置しようとしていたが、こうなってくると放って置く訳にもいかんか。


「それで、貴方はどんな行動を?」

「・・・ニルは、カモフラージュの為に『冒険者』を利用すると言っていた。何の為かは詳しく知らないが、『英雄』がどうとか言っていたな。後は、私の私兵による『遺跡』の調査と発掘。『失われし神器ロストテクノロジー』が発見された後は、研究と解析をしていた。」

「『英雄ぼく』に対するカモフラージュかっ!?なるほど、未熟な『冒険者』達はその為に集めさせたんだな。やってくれる!!」


最近、『神々』の『使徒』ではなく、『冒険者』が頻繁に『シュプール』を訪れていた理由がようやく分かった。

英雄ぼく』に対する『牽制』と『陽動』だったのだ。

と、言う事は、当然ニルと言う人物は『英雄ぼく』の存在を知っていた事になる。

その上で、計画の邪魔になる事を嫌い、その様な対策を講じたのか。

その狙いは、ある意味成功している。

時間を稼ぎ、『失われし神器ロストテクノロジー』の解析をさせ、『英雄ぼく』に気取られる前に『失われし神器ロストテクノロジー』と『研究資料』を強奪。

そして、その後『失われし神器ロストテクノロジー』を利用した『信仰』集めをする手筈だったのだ。

しかし、ここで想定外の事が起きた。

英雄ぼく』と『エルフ族ティーネ達』が接触した事だ。

それにより、『英雄ぼく』は行動を起こし、その目論見は僕の知る所となった。

これも『英雄の因子』の能力によるモノだろうか?

・・・いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。

ニルなる人物が、今後どの様な行動に出るか分からないし、『至高神ハイドラス』に力を取り戻されたら、さらに厄介な事になる。

英雄ぼく』の例もあるので、どんな手段で『信仰』集めをするかも分かったもんじゃない。

幸い、ニルなる人物の所在は捕捉している。

一刻も早く彼を捕らえた方が良いかもしれないな。

しかし、その前に・・・。


「フロレンツ侯。『隷属の首輪』の解除方法を教えて下さい。」


時間を掛ければ、自分達でも調べられるだろうが、今は時間が惜しい。

『隷属』状態の『エルフ族彼女達』も、一刻も早く解放されたいだろうしね。


「・・・『隷属の首輪』は、この『主人の指輪』で支配している。これを使えば、『命令』する事も『解放』する事も可能だ。」


そう言うと、フロレンツ侯は自分の手を見せる。

そこには、じゃらじゃらと高価そうな装飾品に混じって、無骨な指輪が1つあった。


「それは、他者に譲渡する事は可能ですか?」

「・・・可能だ。」

「では、僕に所有権を譲渡して下さい。」

「・・・分かった。」


『ヒュプノ』の効果は一時的なモノだ。

フロレンツ侯が、僕に『主人の指輪』を手渡した所で、彼の意識が戻りかけていた。


「おっと、少し急ぐか。『主人の指輪』よ、『隷属』状態を解除せよ。」


僕がそう唱えると、『主人の指輪』が反応し、『隷属』状態にあった『エルフ族彼女達』の『隷属の首輪』が、独りでに床にゴトリと落ちた。

彼女達は、たった今『解放』されたのだ。


「ティーネ、すまないが『隷属の首輪』を1つ僕に渡してくれないか。」

「は、はいっ!主様あるじさま!!」


ティーネは、落ちた『隷属の首輪』を拾い、僕に渡した。


「・・・ハッ!こ、小僧っ!なぜ貴様が『隷属の首輪』と『主人の指輪』を持っているっ!」


フロレンツ侯は、完全に意識を取り戻した様子だ。

まぁ、今さら遅いんだけど。


「貴方が自ら僕に譲渡してくれたのではないですか。」

「そ、そんなバカなっ!?」


真っ青な顔色をし、フロレンツ侯は慌てふためく。

僕は、そんな彼に有無を言わさず『隷属の首輪』を着けた。


「な、何をしているっ!?」

「いえ、貴方にはまだ『ツケ』を支払って頂かなければならないので、もう少し働いて貰いますよ?」

「な、なんだとっ!?小僧っ!貴様、自分が誰に手を出したか分かっているのかっ!?」

「貴方の方こそ、自分が何をしていたのか分かっていますか?『エルフ族』と『ロマリア王国』の『全面戦争』の発端と成りうる危険な行いをしていたのですよ?僕がこのような手段に出なければ、貴方はもう今頃命は無いのですから、逆に感謝してほしいモノですよ。」


ちらっ、と『エルフ族ティーネ達』の方を見る。

いや~、凄いだねぇ。

フロレンツ侯は、小さく悲鳴を上げ、息を飲んでいる。

失禁してないよね?

彼が今まで感じた事もないモノだろうから、気持ちは分かる。

まぁ、同情の余地はないけど。


「まぁ、僕としても不本意ですが、使えるモノは使いましょうと言う事で。恨むなら、せいぜい今までの自分の行いを恨んで下さいね。」

「あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!!!!!!」

「と、言うワケで、悪いがこの人を殺さない様にね。彼には、他の『エルフ族』の情報を調べて貰うから。『政治的』にも君達が手を下すべきじゃないし、君達の手をこんな男の為に汚すべきじゃない。君達の気持ちを考えると心苦しいが、どうか堪えてほしい。何、全て終われば、必ず報いを受けさせる。」

「・・・!はっ!主様あるじさまがそう仰るのであれば。」

「うん、結構。さぁ、とりあえず彼女達を『シュプール』まで連れて行こうか。外のアイシャさんと合流しよう。」

「「「はっ!」」」



脱出は、潜入よりも大変だった。

ニルなる人物の『犯行現場』を発見した家人達が、慌てて屋敷中を捜索したり、フロレンツ侯に報告に来たりしたからだ。

中途半端に『命令』しても意味は無いので、一旦フロレンツ侯は解放してきた。

勿論、『隷属の首輪』と『主人の指輪』の『リンク』は繋がっているが。

表向きは、フロレンツ侯は今現在『自由意思』で動いているが、実際には僕の支配下にある状態だ。

僕らと接触した事や、『エルフ族彼女達』が『解放』された事は忘れている。

エルフ族彼女達』については、いずれ気が付くだろうが、僕らの記憶は無いので、疑いはニルなる人物に向くだろう。

ある程度落ち着いたら、頃合いを見計らって、フロレンツ侯には他の『エルフ族』の件で、『強制的』にだがご協力頂こう。

ちなみに、『隷属の首輪』は、『ある細工』により、誰にも認識出来ない様にしてある。

『首輪』なんてしていたら目立つからな。

フロレンツ侯に使った物以外は回収して来たし、とりあえずこの場でやるべき事は終わった。


「アキトっ!良かった、無事だったんだね!!」

「アイシャさん。ハンス・メルヒ・イーナもご苦労さま。そっちは、何かあったかい?」

「こっちは、怪しい奴が1人逃げていっただけだよ。アキトの事だから、何か考えがあると思って見逃したけど、良かったかなぁ?」

「あぁ、うん、大丈夫だよ。彼は、わざと逃がしたからね。けど、事情が変わったからすぐに追わないと。」


『侵入者』ニルが、『ライアド教』関係者だと分かり、しかも『失われし神器ロストテクノロジー』を『信仰』集めの『道具』にしようとしている事が判明したのだ。

『至高神ハイドラス』ははた迷惑な『人神』なので、『英雄ぼく』にとっても、『人間種』にとっても、あまり良い未来は想像出来ない。

『侵入者』の動向を調べる為、わざと逃がしたが、裏目に出てしまったな。

早めに捕らえておかないと、後々面倒な事になるのは目に見えている。

僕は、素早く状況を説明しながら、指示を出す。


「と、言うワケで、ニルを追うチームと、『エルフ族彼女達』を『シュプール』に連れて行くチームに分ける。ハンス・ジーク・ユストゥスと僕の男チームでニルを追う。アイシャさん・ティーネ・メルヒ・イーナの女性チームは、『エルフ族彼女達』を『シュプール』まで連れて行ってくれ。心身ともに弱っているだろうから、急ぐ必要はない。『シュプール』に着いたらアルメリア様に事情を話して協力を仰いでくれ。」


一応、『応急処置』として、『ヒュプノ』を応用したカウンセリングをして、『体力回復ポーション』を薄めた物を服用させた。

効果の高い物は、いくら良い物でも、弱っている体には毒でしかないからな。

『体力回復ポーション』は、所謂『栄養ドリンク』で、各種栄養をバランス良く配合されている。

また、『アクエラ』ならではの効果で、『HP』を回復する効果もある。

それにより、自ら歩行する事が可能になっているが、弱っている心身を一時的に誤魔化しているに過ぎないので、『シュプール』にて時間を掛けて療養させなければならない。

まぁ、『エルフ族彼女達』の事は、アイシャさん達とアルメリア様に任せておけば、まず間違いないので大丈夫だろう。

アイシャさん達が一緒なら、戦力的にも安全面の心配はいらないし。


「分かった。アキトも、心配いらないと思うけど、気を付けてねっ!」

主様あるじさま、我らが『同胞』を救って頂き、ありがとうございました。後の事は、我らにお任せ下さい。」

主様あるじさま、本当にありがとうございました。」

「あるじさま、ありがとー。」


アイシャさんに続いて、ティーネ・メルヒ・イーナも口を開き、移動を開始した。

エルフ族彼女達』も、なんとなく事情を察したのか、僕に深々とお辞儀をしていた。

僕は力強く頷くと、女性チームを見送り、ハンス・ジーク・ユストゥスに向き直る。


「さぁ、僕らも行こう。『エルフ族君達』としては、直接関係ない事だろうが、僕に協力して欲しい。ニルを捕らえるぞ!」

「何を仰います、主様あるじさま。『同胞』の解放にご尽力頂いているのは、我らの方なのです。」

「我らは、主様あるじさまの家臣です。どうぞ、ご自由にご命令下さい。」

あるじさんよ、俺達はアンタに着いていくだけさ。」


ハンス・ジーク・ユストゥスは、良い顔で頷く。

美形揃いの『エルフ族』がやると絵になるなぁ。


「ありがとう、皆。では、行くぞっ!」

「「「はっ!!!」」」


僕達は、ニルを追って闇夜を駆け出すのだった。


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