第8話 『ルダ村』にて 1



レルフさんの指導は、10日にも満たなかったが、色々ためになった。

特に、アルメリア様以外の強者との『戦闘訓練』は、興味深かった。

多種多様な『モンスター』との『戦闘経験』が、その立ち回りからも窺い知れるし、色々としている。

期間が短かった事もあり、『鬼人族』の得意分野たる『近接戦闘』を集中して教わり、アイシャさんとのタッグを組んでの『戦闘訓練』も経験した。

その過程で、2人とはかなり親しくなり、レルフさんも、拠点にしている『トロニア共和国』に戻る際は、名残惜しんでくれた。

結局、『近接戦闘』においては最後まで圧倒されてしまったなぁ。

僕も、この世界アクエラに6年間生き抜いた事でそれなりに自信を持っていたのだが、上には上がいると思い知った。

『S級冒険者』の凄さを身を持って知れた貴重な体験だった。


「いやいや、アキトくん。『鬼人族』と『近接戦闘』でそこまで戦り合えるのがおかしいからね?君はまだ6歳だし、さらには『魔法』まで使えるし・・・。流石は『英雄』だよ。常識が通用しないねぇ。いやぁ、末恐ろしい。俺もまだまだ負けてはいられないなぁ。」


とは、レルフさんの談。

そんな事を、『ルダ村』に5人組の冒険者パーティーを連行しながら思い出していた。



◇◆◇



『ルダ村』は、人口6000人ほどの村である。

『ロマリア王国』の『トラクス領』に属する村で、『魔獣の森』の『薬草』や、『モンスター』の素材、高級品で名高い『ルダ茶』などの特産品がある。

レルフさんとアイシャさんに振る舞った自作の茶葉も、『ルダ村』の物を僕が改良した物だ。

『オタク』的知識ならともかく、『農業』のノウハウなど知らない僕は、『ルダ村』の人々に色々教えて貰っている。

その対価ではないが、『薬草』や『モンスター』の素材を売っていたりするので、僕は結構『ルダ村』の人々とは親しくさせて貰っている。


「もうすぐ、『ルダ村』だね。」

「ワンッワンッ(早くこいつら降ろしたいよっ~!)」

「ガウッガウッ(アキトくん、約束忘れないでよ~?)」

「分かってるよ。」


クロとヤミを連れて、僕は『ルダ村』を見渡せる開けた場所まで来た。

ここからは、僕1人で行かなくてはならない。

いくらクロとヤミと言えど、村の中までは入れられないからなぁ。

これでも2匹は『魔獣』だから、村の人々の迷惑になるしね。

なので、5人組のパーティーと荷物を受け取り、僕1人で『ルダ村』に向かう。


「クロとヤミは先に帰ってていいよ。ちゃんとお土産は買ってくるから、心配しないでね。」

「「ワウッ(は~いっ!)」」


2匹は、男達と荷物を降ろすと、やはり嫌だったのか、物凄い安堵した様子だった。

「『シュプール』まで競争だ!」、と言って、疾風はやてのごとく消え去って行った。

ちゃんと、『高級肉』を買って帰らないと、しばらく恨み言を言われそうだなぁ。

そんな事を思いながら、5人組パーティーをズルズルと引きずって村に向かう。

『ルダ村』は、周囲を水堀で囲んで、その内側は木製のバリケードで外敵の侵入を防ぐ造りになっている。

その為、中に入るには東西南北の跳ね橋を通る必要があり、夕方になると、橋は上げられて入れなくしていた。

村の周辺の畑で働く者や『冒険者』などは、その時間までには中に戻っていく。

今は、午後になったくらいの時間なので、問題なく入れるが。

位置関係上、僕がいつも使っているのは北側の跳ね橋だ。


「アキト・ストレリチアの名において命ずる。

水と原子の精霊よ。

古の盟約に基づき、彼の者達の傷を癒せ。

『ヒール』!」


ここまで、『市中引き回しの刑』のごとく引きずってきた5人組に『回復魔法』をかける。

『アクエラ』における『回復魔法』は、見た目の傷はすぐに癒えるのだが、『HP』は少しずつ戻る『リジェネ』タイプで、しかも痛みはすぐには無くならないと言う、何とも厄介な仕様なのだが、現実的に考えれば破格の『力』ではある。

少なくとも、見た目の傷がすぐに癒えるのだ。

その代わり、『自然治癒力』を爆発的に高めているので、もの凄い空腹になる。

重宝する『力』だが、多用は出来ない。

『ゲーム』の様に、ダメージ食らったから毎回『回復』なんてしていたら、あっという間に『生命活動に必要な栄養素』まで使用してしまうので、逆に死期が早まってしまう恐れがあるのだ。

怪我や事故などでダメージを負った場合は、『地球』と同じ様に、安全な所まで待避し『応急処置』。

その後、時間を掛けて治療をし、安静にして栄養補給をしっかりした方が良い。

『アクエラ』の『回復魔法』は、ある意味、使い所が非常に難しい『魔法』なのだった。

この5人組の場合、上手く傷付かない様に運んで来たので、そう言ったデメリットは最小限で済む。

せいぜい、謎の痛みに見舞われる程度だろう(無慈悲)。

完全に犯罪者の証拠隠滅のごとく、見た目の傷を完治させ、『ルダ村』北側の跳ね橋を渡る。


「おうっ、アキトじゃねーかっ!って、そいつら、何・・・?」

「あぁ、バドさん、こんにちは。彼らは『冒険者』のパーティーなんですけど、被害こそありませんでしたが、同居人の女性に狼藉を働こうとしていたので、捕まえて連行して来ました。」


橋の詰所にいた顔見知りの『憲兵』、バドさんに事情を説明する。

街や村に入る際には、こうした『検問所』を通り、『身分証』や『通行許可証』を提示する必要がある。

村人であればほぼフリーパスだが、他から来た『商人』とか『冒険者』などの『旅人』は必ずである。

と、言うのは、違法な物品や、犯罪者指定された者などの流入を防ぐ為だ。

まともな『旅人』にとっては面倒な手続きだが、治安維持の為には必要な事である。

街や村の外では、犯罪が横行する『アクエラ』であるが、秩序の保たれている内側は、むしろ非常に治安が良い。


「マジか・・・。何事も無くて良かったぜ。アキト、『冒険者ギルド』に行くんだろ?ウチの兵士も連れってくれや。事情聴取しなきゃならんし。」

「はい、分かりました。すいません、面倒を掛けてしまって。」

「なに、オメーが悪いワケじゃねーよ。しかし、最近『冒険者』の質も落ちたよなぁ。この辺じゃ、連日問題行動を起こす連中の話を聞くぜ?」


僕の『市民証』と、荷物を確認しながら、バドさんと雑談を交わす。


「へぇ、そうなんですか?命懸けの仕事なのに、大丈夫なんですかね?」

「まぁ、ある意味それで命を落としても『自己責任』だが、オメーみたいに他の連中が面倒事に巻き込まれるのが、一番懸念する所だよなぁ。おう、いいぜ、アキト。相変わらず、オメーん所の品物は、良質だなぁ、おい。」

「ありがとうございます。」


僕は荷物を返して貰い、後ろでは、寝ていた『冒険者』パーティーを叩き起こした兵士の皆さんが、厳しい顔をして彼らを睨んでいた。

5人組は、謎の体の痛みと、兵士達の圧力に、小さくうめき声を上げていた。


「と、ところでよ、アキト。ア、アルメリアさんは、最近見ないけど、元気にしてるのか?」


バドさんが、その話題を出すと、兵士達も一瞬顔が弛んだ。

が、すぐに厳しい表情に戻った。

なんだこりゃ?

いや、理由は知ってるけどね。


「ええ、元気ですよ。僕が、色々と出来る様になったので、最近は僕が雑務をこなしているんですよ。アルメリア様は、『シュプール』で『魔法』の研究をされています。」


アルメリア様は、アンダーカバーとして、凄腕だが変わり者の『魔法研究者』としての『地位』を確立していた。

人とあまり関わらなくても不自然でなく、なおかつ、僕の『出自』を『捨て子』としてうやむやにする状況を作ったのだ。

アルメリア様自身も、世界に対して『不干渉』の縛りがあるからね。

とは言え、赤子の内は僕に意識があったとは言え、アルメリア様が面倒を見なければならない事も多々あったので、『ルダ村』にも頻繁に通っていた。

それもあり、特に村の男性には絶大な人気を誇っている。

正に、『次元』の違う美しさを持っているからな。

ちなみに、女性にも人気がある。

本当の中身は『アレ』だが、元々の気さくな部分が受け入れられた結果だ。


「そっか・・・。彼女の都合もあるだろうが、顔を見たいもんだな。」


うんうん、とバドさんの発言に頷く兵士達。

『地球』で言う所の『アイドル』状態だ。

中には、本気で惚れている人もいるみたいだし。

『身分』どころか、『次元』違いの恋心だが、僕からは何も言えない。

せいぜい、強く生きて下さい、って所か?


「伝えておきますよ。アルメリア様も、皆さんと会えるのは楽しみの1つでしょうから。では、まずは『冒険者ギルド』に向かいましょうか?」


一応、リップサービス。

完全には嘘じゃないしね。

アルメリア様は、それなりに付き合いが長いから分かるが、本来は非常に人付き合いの好きな人(?)だ。

『一級管理神』としての『不干渉』の縛りの為、必要最低限しか人々と関われないけど。

バドさん達に別れを告げ、『冒険者』パーティーを連行する兵士数名を引き連れて、『ルダ村』の『冒険者ギルド』に向かう。

ちなみに、『ルダ村』の人々は、最近『シュプール』に同居し始めた女性の存在を知っている。

それが『鬼人族』と知っているのは、ごく一部だが。

『ルダ村』の人々は、アルメリア様に僕と、非常識な存在には慣れっこだから、今更隠す様な事でも無いと思うが、念のために情報を伏せている。

混乱させても悪いしね。

そんな事を考えながら、村の中央の大通り、その南側の建物に入った。

ここが、『ルダ村』の『冒険者ギルド』の『支部』である。

この辺りの他の建物より、一際立派な建物であり、看板には文字とエンブレムが描かれている。

『ロマリア王国』は意外と『識字率』は悪くないのだが、それでも象徴的なマークがあった方が分かりやすいのは『地球』でも『アクエラ』でも一緒だ。

兵士達と『冒険者』パーティーを伴って建物に入る。

すると、知り合いの『受付嬢(年輩)』がすぐ反応する。

40歳くらいのお姉様だが、可愛らしく、『冒険者』達には母親の様に慕われている女性だ。


「あら~、アキトちゃん。いらっしゃい。今日はどうしたの~?」

「こんにちは、ケイラさん。実は・・・。」


僕が事情を説明すると、ケイラさんの柔和な表情が、段々険しくなっていった。


「幸い、僕らに被害はありませんでしたが、一応報告した方が良いかと思いまして・・・。」


僕も、若干恐る恐るといった感じで、ケイラさんを窺う様に言葉を紡ぐ。


「そう、分かったわ。悪かったわね、アキトちゃん?後は、私達と兵士の皆さんに任せて貰えるかしら?」


ケイラさんのひと睨みで、完全に震え上がった『冒険者』パーティーは、項垂れる様に奥に連れていかれた。


「え、ええ、もちろんです。よろしくお願いします。」

「ふぅ・・・。最近、『若手冒険者』の素行が目に余るのよねぇ。ヘドスの『本部』とか、大きい街の『支部』ではそうでも無いみたいなんだけどねぇ。」

「そうなんですか?そういえば、バドさんもそんな様な事を言ってましたね。ケイラさんも大変ですね。」

「そうなのよ~。私が若い頃にはそんな連中、そうはいなかったんだけどねぇ?ここ、5年くらいかしら。おかげで、依頼達成率が悪くて、支部長なんて上からネチネチ言われて可哀想だわぁ。まぁ、ウチはアキトちゃんやアルメリアさんのおかげで、『薬草』や『モンスター』の素材には困らないから、なんとかなっているんだけどねぇ?」

「あぁ、そうでした。今日は、ついでに『薬草』と『モンスター』の素材を持って来ているので、『鑑定』と『買い取り』をお願い出来ますか?」


持っていた大きめの荷物を見せる。

『冒険者ギルド』では、各種素材の『鑑定』をして貰える。

もちろん、各自でお店や『商人』に直接持ち込む事も出来るが、その場合は、売る側にも相当な鑑定眼や知識が必要な為、未熟な者では買い叩かれてしまう。

向こうも商売だからね。

その為、『冒険者ギルド』で一律に買い取り、各方面と取引を行うのだ。

『冒険者ギルド』の大事な収益の1つでもある。

こういう所は、組織の強みだよね。

『上級冒険者』ともなると、ツテも多くなるから、『冒険者ギルド』に持ち込む事はそうそう無くなるそうだけど。

僕は、そもそも『冒険者』では無いが、素材の持ち込みだけなら誰でも可能だ。

まぁ、『冒険者』以外だと滅多にいないみたいだけどね。


「あら~、助かるわぁ~。トマさ~ん、『鑑定』お願いねぇ~。」


受付カウンターから、ケイラさんは奥の三十代くらいの男性に声を掛ける。


「・・・はいはい。やぁ、アキトくん。いつもすまないね。こっちの方に頼むよ。」

「こんにちは、トマさん。いつもの所ですね?」

「うん。『買い取り』カウンターの方ね。」


ケイラさんに会釈をして、受付カウンターの隣の大きめの『買い取り』カウンターに移動する。

そこで、素材を広げた。


「いやぁ、相変わらずだね~。ウチとしては、高品質な品物を扱えて大助かりだよ。もう規則とかいいから、アキトくんを『冒険者』にしちゃった方が良いんじゃないかねぇ?」


トマさんは、やり手の営業マンみたいな風貌で、実際『ルダ村』の『冒険者ギルド支部』の財政面に大きく貢献している。

ただ、今の様な発言から分かる様に、革新的な思考を持っているので、上からは睨まれやすいらしい。


「まぁ、規則ですから。それに、『冒険者』で無くてもこうしてお付き合いする事は出来ますし。」

「まぁ、この村にいる内はいいかな?登録のメリットは、今のアキトくんには関係ないしね。」


『冒険者』は危険の多い職業だ。

その為、『ギルド』に登録しているのと、していないのでは、生存率が極端に違う。

『冒険者』には、階級が存在する。

すなわち、F・E級の『初級冒険者』、D・C級の『中級冒険者』、B・A・S級の『上級冒険者』である。

『冒険者ギルド』では、階級に合わせた仕事を斡旋し、依頼達成率を上げ、『冒険者』は、階級に合わせた仕事をこなす事で、経験を積んでいく。

生存率を上げる精度の高い『情報』を、『冒険者ギルド』は提供してくれるので、特に『初級冒険者』の登録は必須である。

まぁ、『上級冒険者』ともなると、ワケありの仕事もあったりで、『冒険者ギルド』を通さない事もままあるが、その場合は自力で『情報収集』に勤しまなければならない。

『情報』の重要性など、今更問う必要もないが、『ゲーム』でさえ、所謂『初見殺し』があるのに、生死の掛かった世界で『初見プレイ』など狂人か自殺志願者くらいなモノだろう。

ただ、すでに『クリア』しているのなら話は別で、それがトマさんが納得している理由だ。

この辺は、僕の『庭』みたいなモノだしね。

もちろん、まだ未踏の地もあるが、その場合でも、何かあれば安全に撤退する術は心得ている。

『レベル』だけで換算すると、僕はすでに『上級冒険者』クラスの実力を有しているのだ。

まぁ、レルフさんとの『戦闘訓練』で、色々と経験が足りない事は改めて自覚したが。


「お待たせ。アキトくん、今回の素材は金貨10枚で買い取らせて貰うよ。いいかい?」

「ええ、もちろんです。」


『アクエラ』の通貨は様々あるが、ここ『ハレシオン大陸』の国々では、共通で使える『交易共通通貨』が主流である。

『交易共通通貨』は、『ドワーフ族』が発行しているので、『ロマリア王国』の様な『他種族』と関係が悪い『国』でも、『ドワーフ族』とだけは友好的に接している。

普通は、それぞれの『国』で発行する通貨だが、『ドワーフ族』以上に『金属加工技術』に優れた者達はいないので(『鬼人族』は別だが)、最初は一部の『国』が、国力の誇示の為に芸術性にも優れた通貨を『ドワーフ族』を通じて作った事が発端であった。

その通貨の登場に、各国もこぞって模倣しようとした結果、『ドワーフ族』の生産が滞ってしまう事態に陥った。

そうなってくると、経済にも悪影響が出てきてしまうので、各国が協議の末、『交易共通通貨』の登場となったのである。

もちろん、それぞれの『国』で使える通貨も存在するが、『記念通貨』的な意味合いが強く、『取引』においては、『交易共通通貨』を用いるのが主流となったのだ。

『交易共通通貨』は、大金貨、金貨、大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨などの種類が存在し、分かりやすく『日本円』に換算すると、

大金貨=100万円

金貨=10万円

大銀貨=1万円

銀貨=5千円

大銅貨=千円

銅貨=100円

である。

まぁ、個人的見解だからおおよそではあるが。

今回のトマさんが提示した金貨10枚は、100万円と言う所だが、じゃあ大金貨1枚でいいじゃないかと言う意見もあるが、『商人』や『貴族』、あるいは高価な物を扱わない限り、大金貨を用いる事はそうそう無い。

個人での売買では、大金は逆に扱いづらかったりするからね。

100円の物が欲しいのに、その度に1万円を使う様なモノだ。

『現代日本』でなら、それでも構わないだろうが、『アクエラ』においては、なるべくお釣りが多く出ない様に売買するのが『マナー』だ。

金貨の数を確認し、僕はケイラさんとトマさんに別れを告げる。

『冒険者』パーティーの件が、あっさりしているなぁと感じるが、所属先の『冒険者ギルド』と、『憲兵』の皆さんが任せろと言った以上、僕がこれ以上口出しする事じゃない。

こういうちょっとした事でも、『地球』と『アクエラ』の違いがあり、その度に情報を修正していく。

すでに、『思い込み』で行動した結果、に何度もあった僕としては、なるべく『アクエラ』の常識を身に付けておきたいのだ。

さて、クロとヤミの『高級肉』を買いに行くか。

僕は、『冒険者ギルド支部』を後にした。


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