第7話 レルフとアイシャ



「・・・そういえば確かに、『山の神』は6に『英雄』が誕生したと仰っていた・・・。頭から抜けていたけど、私が選ばれたのも歳が近いからだった・・・。」

「俺も忘れてたよ。『英雄』って聞くと、立派な若者ってイメージがあるからなぁ。」


その後、立ち直った2人は、僕を見ながらひそひそと言葉を交わしていた。

『山の神』?

『自然崇拝』から発生した『神』だろうか?

そもそも、この2人は初めて『結界』に進入して来た『人間種』だし、僕としても非常に興味深い。

何よりも、『鬼人族』である。

『元・日本人』としては、『鬼』は馴染み深い。

年中行事では、『鬼』が絡むモノもあるし、『元・日本人』の『オタク』的には欠かせない『強キャラ』だよね~。


「何かすいません。僕の様な子どもでがっかりされましたか?」

「あ、いや、そんな事はないよ。俺達が勝手に勘違いしていただけの事。先程の『白狼』との立ち回りを冷静になって思い返してみれば、君がその歳にしてすでにかなりの『使い手』である事は明白だしね。」

「ありがとうございます。あ、申し遅れました。僕は、アキト・ストレリチアと言います。よろしくお願いします。」

「ああ、よろしく。俺は、レルフ・ノーレン・アスラ。『鬼人族』であり、一応『S級冒険者』をやっている。で、こっちが・・・。」

「あ、えっと、初めまして『英雄』・アキト様。私は、『鬼人族』の『アスラ族』族長・ローマンの子、アイシャ・ノーレン・アスラと申します。」


アイシャさんと名乗る女性は、やや緊張気味にそう言った。


「・・・アイシャさん、確かに僕は『英雄の因子』所持者ですが、御覧の通り子どもですから、畏まる必要はありません。まだ、某かの『偉業』を為した訳でもありませんから、『英雄』など畏れ多い事です。それでしたら、『S級冒険者』たる、レルフさんの方が、余程『英雄』の名にふさわしいでしょう。」

「はははっ、アイシャ。アキトくんの方が、余程大人の様だぞ?侮る事は無礼であろうが、畏まり過ぎるのも接しにくいのではないかな?」

「はあ、そういうモノですか?なら、普通にするね。アキトは、強い『気配』がするね。私、気に入っちゃったよっ!」


そう言うと、アイシャさんは僕に抱きついてきた。

は、速いっ!?

こうも易々と間合いに入られるとはっ!?

などとシリアスぶってみたが、反応出来なかった訳じゃない。

敵意も悪意もない行動だったから、リアクションを起こさなかっただけだ。

その豊満なバストを堪能したかったとか、良い匂いがするなぁとか思ってないよ?

アキトウソツカナイ。


「こらこら、アイシャ。それは、極端過ぎるぞ・・・。」

「え、ええ、出来れば離れて頂けると助かります。」

「は~い。」


ニコニコと僕から離れるモノの、何が琴線に触れたのか、僕の事を気に入ったとの発言通り、近くで待機するアイシャさん。

僕も男だし、美人に好意的に接してもらえると嬉しいけど。

そこ、チョロいとか言わない様にっ!


「まぁ、俺達の目的としては、アイシャがアキトくんを気に入ったのであれば、喜ばしい事だがな・・・。」

「あ、はい、そうでしたね。詳しいお話を伺いましょう。どうぞ、中に。」


僕は、クロとヤミに小屋に戻る様に指示し、アイシャさんとレルフさんを『シュプール』の中に案内した。

『シュプール』内は意外と広く、『地球』で言う所のちょっとした『旅館』と言った感じだ。

内装は、流石に『和式』では無いが、僕の趣味も反映してるので、『和洋折衷』っぽい雰囲気はある。

玄関から入り、左手側の応接室(今日までお客さんが来た事は無いが)に2人を案内した。

そこにいた、我が家の『妖精執事』こと『ホブゴブリン』に声を掛ける。

すると、アイシャさんとレルフさんは少し身構え、警戒体勢を取る。

まぁ、気持ちは分かる。

小柄な体躯に強面の彼らは、見た目的には完全に『悪役モンスター』だからな。


「イチロー、お客さんと僕、アルメリア様に飲み物とお菓子を用意してね。ジローは、アルメリア様を呼んできて。」


僕が指示を出すと、『ホブゴブリン』達は、ニヤリとサムズアップする。

喋れない訳じゃないが、彼らは基本無口だ。

声はメチャクチャ渋いから、口を開くとさらに怖いんだが。

呆気にとられているアイシャさんとレルフさんをソファーに座る様に促す。


「アキトくん。その、彼らは・・・?」

「ああ、僕の家族の『ホブゴブリン』達です。家の事は、彼らに任せているんです。」

「そ、そうか。『白狼』といい、『ホブゴブリン』といい、驚かされる事ばかりだな・・・。」

「僕にとっては、もはや普通の事ですが、やはり、『冒険者』としては不思議な事ですか?」


レルフさんは、その立派な体躯を小さく動かして答えた。


「ふむ、それは・・・、そうだな。先程も言ったが、黒い『白狼』は危険種だ。彼らの生態については、もはやアキトくんの方が詳しいかも知れんが、『群れ』から追放されて凶暴性や攻撃性が高まってしまったのが、黒い『白狼』だ。大概は成長する前に他者に捕食されたりして死んでしまうのだが、生き残った個体は、『白狼』を上回る能力を持ち、しかも攻撃的だ。討伐となると、『上級冒険者』の出番であり、『中級』・『初級』の者達では手に負えないだろうな。」

「なるほど。クロとヤミは、まだ赤子の内に僕が保護し、しつけなどをしているので問題ありませんが、他の黒い『白狼』は見た事ないから詳しくは知りませんでした。しかし、親に捨てられた者達が他者に対して凶暴性や攻撃性を持つだろう事は推測していましたから、仮説は正しかった様ですね。貴重なご意見ありがとうございます。で、『ホブゴブリン』については?」


レルフさんは、『S級冒険者』だけあって、『モンスター』や『魔獣』に関する知識は豊富の様だ。


「『ホブゴブリン』はあまり目撃例がない。危険な『妖精』で無い事は知られているが、姿を現さずに家事などを手伝ってくれたりすると聞いていた。その対価として、1枚のパンと1杯のミルクを置いておくと、いつの間にか無くなっていて、また家事を手伝ってくれたりするらしい。信心深い家では、キッチンの隅にパンとミルクを置いておく家もあるそうだよ。俺も、彼らを見たのは今日が初めてさ。」


ほー。

僕は『シュプール』に来た時から見慣れた存在だが、普通は何となく存在を知っている程度なのか。

そこに、イチローが飲み物とお菓子を持って来た。

アイシャさんとレルフさんの前に、飲み物とお菓子を置いて、ニヤリとサムズアップする。

2人は、若干戸惑いながら礼を言う。

イチローは、こくりと頷くと応接室を出ていった。

また、『シュプール』内の掃除などに戻るのだろう。

別に僕と彼らは主従関係にある訳じゃないので、彼らには好きに過ごして貰っている。

僕は、自分とアルメリア様用の飲み物とお菓子を受け取り、2人にも寛げる様に先に飲み物を口にする。

僕の様子を窺っていた訳じゃないだろうが、2人も飲み物を口にした。


「なんか、スゴいね・・・。」


ぽつりと、アイシャさんが呟く。


「あぁ・・・。」


レルフさんも同意した。

2人が何に対してそう感想を漏らしたのかはよく分からないが、僕はそれよりも、気になる事があった。


「この紅茶はお口に合いましたか?実は、この茶葉は僕が庭で栽培しているんですよ。」

「へぇっ、アキトが?凄く美味しいよっ!」

「あぁ、大したもんだ。俺も、高級な食材などにはそれなりに縁がある方だが、これはその中でも上質な物だと思うよ。」

「それは良かった。」


僕は、ほっと胸を撫で下ろした。

アルメリア様は気に入ってくれていたし、僕も美味しいと思うが、比較対象が少ないから若干不安だったのだ。

『鬼人族』と言えど、味覚は人間と大して変わらない様で安心した。

しばらく、和やかにお茶会を楽しんでいると、アルメリア様が現れた。

ジローの姿が見えないので、彼もイチロー同様『シュプール』内の掃除などに戻ったのだろう。


「楽しそうですね。私もお仲間に入れて貰ってよろしいでしょうか?」


うむ、アルメリア様は見事に淑女ロールをこなしている様だ。

上品にニッコリと微笑んだアルメリア様を見た僕は、感心半分呆れ半分であった。

まぁ、社会人経験のある僕には、もはや馴染み深い感覚だが、家庭訪問に対応する母親の様な若干の気恥ずかしさはある。

それでも、大人として、初対面からくだけた感じで振る舞うのも問題があるからなぁ。

しかし、アルメリア様を認識した2人の反応は劇的であった。

一応確認しておくが、『おっぱい女神』こと『アルメリア・ストレリチア』は『アクエラ』の『一級管理神』である。

が、当然今現在は『神威』、すなわち『神様らしさ』を発している訳ではない。

だと言うのに、この2人は、弾かれた様にソファーから床に跪き頭を垂れた。

僕も、そして当のアルメリア様も困惑していた。


「おっ、お2人とも、どうされたのですか?どうぞ、お顔を上げて下さい。」

「はっ、はい。失礼しました・・・。」

「もっ、申し訳ありません・・・。」


どうやら、当の本人達も困惑している様子だ。

アルメリア様の発言を受け、顔を上げて立ち上がる。


「御初に御目にかかります。俺、いえ、私は、レルフ・ノーレン・アスラと申します。」

「初めまして。『鬼人族』の『アスラ族』族長・ローマンの子、アイシャ・ノーレン・アスラと申します。」

「まぁ、ご丁寧に。私は、アキトさんの『養母ようぼ』、アルメリア・ストレリチアです。よろしくお願いしますね、レルフさん、アイシャさん。」

「「はっ、はいっ。」」


2人とも、顔が紅潮しガチガチに緊張している。

アルメリア様は、僕の横に腰掛けると、2人にも再び座る様促した。


「さあ、お2人もお座り下さい。」


恐縮した様子で2人は、恐る恐る腰掛ける。

『鬼人族』は感覚が鋭敏なのだろうか?

『力』の差というか、『神』の『力』の一端をアルメリア様に感じている様だ。

その正体には気付いていない様だが、非常に丁寧な対応を心掛けている。

まぁ、大人同士であれば、さほどおかしな話ではないか?

アイシャさんは、まだそういった事には不慣れだろうが、これも社会勉強だよね。


「それでは、ご用件を伺いましょう。」



◇◆◇



『鬼人族』の、現在置かれている状況を聞いた。

アイシャさんが、僕と『婚姻関係』を結ぶ為、ぶっちゃけ『子作り』の為に来たと言う話のくだりの時は、流石に彼女を凝視してしまったが。

彼女は、顔を赤らめモジモジしていた。

満更でも無い、のかな?

男としては、嬉しくないか、と聞かれれば、ぶっちゃけ嬉しい。

しかし、今すぐって事は無いだろう。

僕、まだ6歳ですし?


「お話しは分かりました。それに関しては私が口を挟む事ではないでしょう。本人達の意思次第ですから。」


アルメリア様は、本人の発言通り、基本的にこの『世界』に不干渉を貫いている。

僕に対しては干渉しまくりの様な気もするが、彼女の中では明確に線引きされているのだろう、多分。


「僕の方も理解しました。正直戸惑いもありますが、納得は出来ます。しかし、僕とアイシャさんはまだ出会ったばかりですし、僕はまだ6歳です。とりあえず、お互いを知っていく事から始めませんか?」


僕の振る舞いは、正直子どもとしてはあり得ない反応だとは思うが、『地球』ならいざ知らず、『アクエラ』では精神的に大人びた子どもは少なくない。

まぁ、ルダ村の同い年くらいの連中は『THE・子ども』って感じの連中だが、『モンスター』が闊歩する世界だから、子ども達もシビアになるのは当然の事なのだろう。

故に、僕の振る舞いはあまり不自然ではない。

もちろん、僕は非常にレアなケースだろうけどね。

なんせ、中身はおっさんだしね?

『地球』なら通報モノですよ?

まあ、僕はロリではないが、アイシャさんは14歳とは思えないスタイルの持ち主だし、『地球』であったなら接触する機会も早々ないだろうタイプだ。

年齢はともかく、見た目的には好みである事は否定しないっ!


「うんっ!もちろんだよっ!」


僕が拒絶しなかったのが嬉しかったのか、アイシャさんは満面の笑みで僕の提案を了承してくれた。

それを、アルメリア様は微笑みながら、レルフは苦笑気味に眺めていた。

なんだか、テレるなー。


「そ、それで、アイシャさんは『シュプール』に留まる事になるでしょうけど、レルフさんはどうされるのですか?」


僕は、気まずい(そう思っているのは、僕だけだが)雰囲気を誤魔化す様に、話題を変える。


「あ、あぁ、俺の当初の目的は達成されたからなぁ。また、『同族』探しの旅を再開するよ。」

「そうですか・・・。レルフさんは、お仲間、パーティーは組んでいらっしゃるのでしょうか?」

「うん?パーティーかい?あぁ、もちろん組んでいるよ。ただ、今回の事は、『鬼人族』の事情に関わる事だったし、帰省していたタイミングでの特殊な依頼だったから、単独で行動していたんだ。まぁ、『中級・初級冒険者』は単独行動などあり得ないが、『上級冒険者』ならわりとある話だよ。ワケありの依頼なども結構あるからね。」

「なるほど。・・・もし、お時間がある様でしたら、しばらく滞在しては貰えないでしょうか?」

「うん?時間はあると言えばあるが、どうしてだい?」

「僕も将来、『冒険者』になるつもりだからです。と、言っても、僕の目的はあくまで、『古代魔道文明』の発掘や発見なんですが、『冒険者』はその目的に適していると思うんですよ。そして、レルフさんは、現役の『S級冒険者』との事。色々御指南頂けると幸いです。もちろん、出来る限りの謝礼はします。」


これは、レルフさんが『S級冒険者』と知った時から考えていた事だ。

アルメリア様には、『魔法』や『戦闘技術』、その他様々な事を教わっているが、彼女はまさに『次元』の違う『力』の持ち主なので、『アクエラ』に生きる者達とは認識が違う可能性がある。

それ故に、『S級冒険者』の指導は、色々参考になるだろう。

まぁ、『アクエラ』における人間種最高峰たる『S級冒険者』の常識が、『一般的』な『冒険者』の常識とはかけ離れている可能性もあるにはあるが、多方面から情報収集する事は決して悪い手ではないだろう。


「ほう、『冒険者』に・・・?それに、『古代魔道文明』とはね・・・。」

「どうでしょうか?『古代魔道文明』の発掘や発見の過程で、もしかしたら、『鬼人族』の『他部族』と接触する機会もあるかもしれません。そうした時は、『鬼人族』の皆さんに協力する事を約束しますよ?」


レルフさんは、しばらく考えてから答えた。


「・・・そう長くは滞在できないが、アキトくんの提案を受けよう。こちらとしても、将来有望そうな者に恩を売っておいて損はない。『同族』探しには、時間と人手がいるからね。俺自身もいつまでも、『冒険者』を続けられる訳じゃないし、後進の指導の経験を積んでおくのも良いだろう。」


ニヤリと笑い、レルフは手を差し出してきた。

僕もそれに答え、2人で握手を交わす。


「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしく。」


レルフさんの言う通り、『冒険者』は、『地球』で言う所の『スポーツ選手』に似通った所がある。

『レベル制』のある『アクエラ』ではあるが、肉体的な衰えは当然あるので、いつかは『引退』の時が来る。

しかし、『鬼人族』は『種族の特性』上、『活動期間』が『人間』より長く、レルフさんも見た目的には『おじさん』って感じだが、まだまだ『現役』である力強さが、その握手からも伝わってくる。

僕の願いを聞く為に、わざとそんな事を言ったのだろう。

ありがたい事だ。

そう長い期間ではないだろうが、先輩の教えを精一杯吸収するとしよう。


「ついでに、アイシャももう少し鍛えてやろう。アキトくんの心を射止められる様に、しっかり励むんだぞ。」

「えぇ~。」


どっと、皆から笑い声が上がった。

アイシャさんも、本気で嫌がった訳じゃないだろう。

表情は笑顔だった。

初めての来訪者が、彼らの様な人達で良かった。

僕は、心からそう思った。


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