Ⅱ 缶詰と女

「いらないわよ、こんな非常食」

女は男の差し出した缶詰を押し返す。

「よく売れるんだ」

「まあね、魚は貴重だから」

「でも、魚なんて食べなくても生きていけるでしょう」

男は、女を見てニヤリと笑う。

「体にいいらしい」

「本当」

女は押し返した缶詰をひとつ取って、

興味ありげに文字を眺める。

「なんて書いてあるの」

「サバの水煮」

「サバって魚の名前」

「そうだけど」

「どんな魚」

「それより、いつまで預かっていればいいんだ」

女は缶詰をテーブルに置く。

「あの子嫌い」

「別にそうじゃないが」

「あの子、あなたが好きみたいなのよ」

「感覚で覚えてるのね」

「本当に知らないのか、あのことは」

「覚えてないわよ、あなたのほうがわかるんじゃない」

女は微笑みを浮かべて男を見る。

「お金は足りてるんでしょう。やめちゃいなよそんな商売」

「お前に指図される覚えはない」

男を見て、立ちあがる女。

「わかったわよ、三ちゃん。好きにしたら」

テーブルに封筒を置いて去っていく女。

男は缶詰を麻袋に入れ、

封筒をズボンのポケットに押し込んだ。

男が店を出ようとすると、

やたら肌を露出した格好の女が、

ドアの外に立っている。

男は女を避けるように、通り過ぎた。

「スルーは良くないなあ」

「あいつの差し金か」

女は男を見て、にこやかに笑っている。

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