Ⅰ 13THフロア

「ねえ、ナオト。外の様子見てきたの」

「見なくてもわかるよ」

「久しぶりの大雨だったらしいね」

「上の部屋は、だいぶ明るくなってたよ」

「上に行ってきたの」

「13階まで上がってきた」

「なんだ、行ってきたんじゃない」

「あたしも行ってみようかな」

「行かない方がいいよ。紫外線でやられちゃうから」

「でも、どの窓も汚れてるんでしょう」

「そんなに光は差し込んでこないよ」

「13階以外はね」

「13階の窓って、きれいなの」

「あの窓は僕が定期的に掃除してるんだ」

「高速洗浄機使ってるの?まずいくない」

「あれはね、意外に水を使わないんだ」

「循環プラントの水だしね」

ミサトは集めてきた缶詰を整理して

棚に並べている。

「ねえ、カップ麺食べる」

「水はあるの」

「ナオトが調達してきたじゃない」

「それじゃ食べようかな」

「後でチェックしなくちゃね」

「何を」

「残りの水の量」

「ねえ、何食べる」

「野菜ちゃんぽん」

「それじゃあたしはシーフードにする」

そう言ってミサトがポットのスイッチを入れて

部屋の外に出て行った。

ナオトは、テーブルに置かれたカップ麺のラップを外し、

ふたを開けて、椅子に座る。

ミサトが部屋に戻ってくる。

「トイレは、あとどのくらい使えるの」

「循環プラントが動いてるからね」

「しばらくは大丈夫」

「雨も降ったからね。だいぶ水もたまったと思うよ」

「シャワー浴びられるかな」

「循環プラントの水は気をつけないとね」

「沸かすの。みんなそのまま浴びてたよ」

ミサトはポットのお湯をカップ麺にそそぐ。

「命知らずが多いんだよ」

「サバ缶も食べる」

「食べたほうがいいね」

ミサトがナオトを見て笑う。

ナオトは、むき出しのコンクリートの壁を見つめる。


建物の外は、泥まみれになった人々であふれていた。

足にからみつく泥を引きずりながら

街のはずれに向かっている。

大雨が降った後に出現する川と池。

人々は水に引き寄せられるように集まっていく。

ナオトはそんな人たちを醒めた目で見つめていた。

いったい何人が生き残るのだろう。

水を求める醜い争い。

きれいに泥を落としても、

乾くと拭い切れなかった泥が白く浮いてくる。

あの水を飲んで、生きていくことはできない。

運が良くても、数年で死んでいく。

僕たちは選ばれた人間なのか。

コンクリートと鉄の壁に守られて、

こうして必死にもがく人々を見ている。

「ナオト、何を考えているの」

カップ麺を箸ですくいながらミサトが言う。

「ミサトは海を見たことある」

「見たことはないけど、パパが海の話してくれたの」

「見てみたい」

ミサトは黙ってうなずいた。

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