海の人

阿紋

Ⅰ 干からびた大地

空が夕陽に染まるなか

一台のバイクが

地平線の彼方から

ハイウェイを駆け抜ける。

丸太で作られた小屋の中から

ナミはその様子を見ていた。

赤く染まった、干からびた大地。

バイクは、小屋の前で土埃を上げて止まる。

フルフェイスのヘルメットの中で

優しい目をした男が

自分に笑いかけているように

ナミは感じた。


「どこに行ってたの」

「地平線の向こうさ」

「何があるの」

「未来の街だよ」

「空を突き破りそうな建物が、いくつもそびえ立たって」

「人を押しつぶすように」

「そうだな」

「恐怖を感じる」

「慣れるまではね」

「慣れれば、なんてことないさ」

「そうなの」

「それよりも、薄暗い空のほうが恐怖かも」

「光が届かないの」

「厚い埃にさえぎられて」

「そう、雲ではなくて」

「雨は降らないんでしょう」

「ほとんどね」

「雨の後は、そこら中が真っ黒になる」

「外には出られない」

「それが未来の街なの」


「ここも、雨降らないよね」

両手に麻袋を抱えた男が小屋に向かって歩いてくる。

「ねえ、重いの」

「重いよ」

「ひとつ持ってあげる」

「いいよ、大丈夫」

「持ちたいのに」

「爆弾オジサンのお店には行かないの」

「今日は、ここで食事をしよう」

「いつもじゃん」

ナミは、男の顔を見た。

「なあ、ドアを開けてくれるか」

ナミがドアを開ける。

男はそのまま小屋の中に入って、

麻袋の中身をテーブルに転がした。

ナミは、落ちた缶詰をひとつ拾った。

「これは何の缶詰」

「イワシだな」

「海にいるの」

「そう、海を泳いでいる魚だ」

「魚は臭いよ」

「大丈夫だよ、カレー煮だから」

「カレーは好きだよ」

「それじゃ、今日はイワシカレーにしよう」

男は麻袋をきれいに伸ばして、

棚の上に置く。

「洗濯はしたのか」

男はそう言って、裏口から小屋を出る。

「したよ」

ナミの大きな声を、男は背中で聞いた。

井戸の滑車がカラカラと鳴った。

井戸に下しておいた籠の中から、男がビールの瓶をひとつ掴む。

ナミが寄ってきて、別の瓶を取って小屋の中に戻る。

「自分で開けられるのか」

男はそう言って、自分のビール瓶の栓を開けた。

「できるよ」

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