【KAC20204】竜は種を蒔く
八百十三
竜は種を蒔く
アッシュナー大陸の北部、バーリ公国の中央に聳え立つ山、スヴェドボリ山。
大陸中でも高い山とされるその周辺は、高地であるにも関わらず植物が多い。
植物が多いということはそれを餌にする獣も多い。獣が多ければそれを食らう大型の獣も多い。
そんなものだから、この山の周辺は寒いながらも実り豊か。故に春先にもなれば、山腹の森や日当たりのいい場所には、色とりどりの花が咲く。
山腹の洞窟に住まう竜、オーケビョルンも、日に日に暖かくなる陽射しに目を細めながら、のっしのっしと森の中を散歩していた。
と。
「んむ?」
彼が足を止めたのは森の木々が途切れ、土が剥き出しになった崖が切り立つとある一角。
情報を見上げれば、茶褐色の土ばかりが見える崖にぽつんと、薄桃色の花をたくさんつけた花が一本、咲いていた。
「なんじゃ……? 見たことの無い花じゃのう」
オーケビョルンが崖にへばり付くようにして、目を凝らして花をじっと見る。が、見れば見るほど見覚えのない、御山と呼ばれるスヴェドボリの中で見たことの無い花であることが分かった。
スヴェドボリはアッシュナー大陸の中でも高地。風が強く吹く日は、大陸北部の外海から一気に風が吹き付けることもある。
もしかしたらこの見慣れぬ花は、大陸の外側から風に乗ってここまでやって来て、この崖に根を下ろし、花開いたのかもしれない。
「ほう……ん?」
可愛らしい花に目を細め、ほうと息を漏らすと、オーケビョルンは自分の吐いた息で花からポロリと溢れるものがあるのを見た。
それを手のひらで掬い取るようにして、じっと手のひらを見ると、小さい羽が付いた粒状のものが見える。
「これは……種か? 存外に小さく軽いのう」
オーケビョルンは目を見張った。
こんなに小さい種が、こんな小さな羽一つで、風に乗って外海からこのスヴェドボリまで旅をしてきたというのか。
手のひらでコロコロと動く種を見て、老竜は興味を惹かれた。
この花を家で育てたら、どんなに可愛いだろう。
「……よし、持って帰るか」
そう言って、オーケビョルンは爪を器用に使い、花から種を落として手のひらに収めた。ドラゴンの手は大きいが、存外に器用に使えるものである。
とはいえ種はとても小さい。気を付けなくては鱗の隙間に入り込んでしまいそうだ。
そーっと、そーっと二十粒ほどの種を手のひらに乗せると、潰さないよう優しく握り込んだ。
そのままふわり、と舞い上がると、彼は自宅の洞窟に向かって優しく翼を動かしていった。
それから、オーケビョルンは洞窟のそばにある土が剥き出しの場所を畑に決め、そこを耕し、花の種を蒔いた。
長く生きてきた彼のこと、花の育て方はよくよく理解している。
水を撒き、雑草を取り除き、時には畑の土に獣の骨を焼いて砕いたものや、枝葉を焼いた灰を撒き。
老竜に甲斐甲斐しく世話をされて、名も知らぬ、出処も知らぬ花は芽を出し、葉を伸ばし、茎を伸ばし、ぐんぐん育っていった。
そうして春が過ぎ、夏が過ぎた頃。オーケビョルンが花畑に行くと。
「おぉ……!」
彼は嘆息した。
花畑いっぱいに、薄桃色の可憐な花が咲き乱れているのだ。
小さく丸みを帯びた花は一つ一つは目立たないけれど、距離を取って花畑を見れば、それはまるで絨毯のよう。
風に揺れれば仄かに甘く、芳しい香りが鼻腔をくすぐった。
見れば小鳥たちが花畑を見下ろすように羽ばたいては、花の側まで下りてまた舞い上がっていく。
「これは、種が結実するのもすぐかもしれんなぁ」
嬉しそうに、オーケビョルンはそう零して鳥と花が戯れるのを見ていた。
オーケビョルンの予想通り、花はすぐに萎れ、受粉した雌しべから伸びる種が大きく膨らんだ。
花一つに付き、大体二十。それが花の分だけあるから、総じて四百かそこら。
すべての花から種を取れば、一つ一つは小さくても存外に場所を取る。
それらの種を両手で抱えるようにして、オーケビョルンは空を見た。
「出来れば、風が強い日がいいのう……それまでになんぞ、器になるものを探さねばな」
彼の望む日は、程なくしてやってきた。
北から吹き付ける風がごうごうと音を立て、眼科に広がる森の木々を揺らしている。
そんな日に、オーケビョルンは洞窟の外はおろか、スヴェドボリの外縁部近くまで飛んできていた。
彼の両手の中には丸い石。その石の中心部には大きく凹みが掘られ、そこにあの花の種が納められていた。
自宅前で育てる分を幾らか残し、あとは全てこの器の中に。
この風の強い日に、願わくば御山の外へ、バーリ公国のあちこちに広まるように。
彼は、今日という日を選んで、あの花の種を蒔きに来たのだ。
空の高いところ、眼下の雲の切れ目から、バーリ公国の大地が見える。
そこで彼は、石の器をひっくり返した。
「さあ行け! バーリ公国だけとは言わん、アッシュナーのあらゆる国まで飛んで行け!」
そう力強く言いながら、オーケビョルンは花の種が飛んでいくのを見送った。
小さな種が風に乗って、眼下の大地に広がっていく。あるいは下へ、あるいは先へ、飛んでいく。
そうして全ての種が風に飛ばされ見えなくなったことを確認すると、満足そうに頷いて、オーケビョルンは来た道を戻っていった。
また花が咲いたら、また種を蒔きに来よう。
そう思いながら。
そしてこの時にオーケビョルンが蒔いた種は、バーリ公国のあちこちに、周辺国にも広がっていった。
可憐な薄桃色の花をつけるその花を、人々は『ラグフラワー』の名を付けて、咲き乱れて絨毯のようになるのを眺めては、愛でたという。
【KAC20204】竜は種を蒔く 八百十三 @HarutoK
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