3/トレロ・マ・レボロ -9 うねり

 それから、一時間ほどトレーニングで汗を流したあと、三人に尋ねた。

「ハルヴァ、見つからないのか?」

 俺の問いかけに、皆が顔を上げる。

「どこにもないんでし……」

「すべてのページを三度は読み返したのだが、ハルヴァのハの字もないわ」

「わ、……ワンテール島みたいに、名前、か、変わってるのかなあ……」

「ああ、それはあり得るな」

 ならば、古い地図を当たるか、ハルヴァの近くの街で聞き込みをするしかないだろう。

 何度も読み込んだ新聞を畳みながら、アーラーヤが言う。

「明日からしばらく東へ進んでみっか。電信は便利だが、新聞じゃ情報が浅すぎる。こいつ一部だけ持ってバレボロに戻ってもしゃーないわ」

 新聞でわかることであれば、いずれはバレボロにも伝わるはずだ。

 ネルやベアハウルが求めているのは、新聞に書かれているような表面的な情報ではなく、もっと本質的なものだろう。

「ああ。ハルヴァの件も、いろんな街で聞き込みを続ければいつかは辿り着けるだろ。運ゲーではあるけどな」

 思案しながらゆえか、ヘレジナがゆっくりと口を開く。

「……中央県。あるいは、東県。引き返すとすれば、そのあたりになるだろうか。当然、パレ・ハラドナの情報次第でもあるが」

「ハルヴァ、南東県になければいいんだけどな。パレ・ハラドナとの小競り合いが起きてる南東県に無策で突っ込んで、タイミング悪く開戦でもされたら困るじゃ済まないぞ」

 アーラーヤが冷静に返す。

「まあ、たとえ開戦したところで、しばらくは大丈夫だろ。ルインラインみてえなバケモンがいればともかく、戦争ってのは基本的に陣取り合戦だ。押して取られりゃ取り返す。一進一退よ」

 当然のように戦争を語る姿に、ふと思い当たることがあった。

「……アーラーヤは、戦争の経験があるのか?」

「まあな。ヴワルツワルダ出身って言や、伝わるか?」

「ああ。アウミマウミ独立の……」

「そうだ。ガッツリ巻き込まれちまってなあ」

「……そっか」

 思った通りだった。

 スールゼンバッハの吊り橋の逸話で知ったヴワルツワルダの動乱に、アーラーヤは巻き込まれていたのだ。

「私は歴史として学んだだけだが、アウミマウミ独立戦争はかなりの犠牲者を出したと聞く。たいへんな幼少期を過ごしたのだな……」

「なーに。生きてんだからなんの問題もねえよ」

 重い言葉だった。

 アーラーヤが戦争経験者でなければ、そう感じることはなかっただろう。

 これは、多くの人々の屍の上に成り立つ言葉だ。

「戦争ってのは、うねりだ。個人がどうこうできるモンじゃねえ。もし巻き込まれることがあれば、自分の命と大切な人の命だけ引っ掴んでなんとか逃げろ。それが、戦争っていう災害に対して個人ができるいちばん賢い行動だ。よーく覚えとけよ、クロケー」

「戦争は、うねり……」

 クロケーが、アーラーヤの教えるすべてを吸収しようと、素直に頷く。

「──ああ、そうだそうだ。サルナバーレとトゥイレ、レシピ本にあったぜ。クロケーが見つけてくれたんだ」

「わっ、ほ、ほんと……?」

「ほんとでしか!」

「このページだな」

 プルとヤーエルヘルの二人が、俺を挟むようにして、開き癖をつけておいたレシピ本を覗き込んだ。

「あ、こ、こういうの、……かー!」

「懐かしいでしー……!」

 プルが、レシピを読み込み、言った。

「うん! ざ、材料があれば、……今日にでも作れる、よ!」

「わあ……!」

 ヤーエルヘルが、目をきらきらと輝かせる。

「か、買ってきましよ! また!」

「え、……と。材料は、じ、自分で選びたい、かも」

「なら、俺が護衛につくわ」

「お、……お願いしまっす」

 ヤーエルヘルが、客車内をぐるりと見渡す。

「あちしとプルさん、カタナさんで、買い出しに行ってきまし!」

「相分かった」

「ちょうどよかったわ。ヘレジナの嬢ちゃんに、クロケーの方向性について相談したかったしな」

「よかろう。私には師が二人おるからな。それぞれにどういった鍛錬を課されたかも教えてやろう」

「ルインラインとジグか。贅沢も贅沢、そら強くもなるわな」

「ふふん」

 クロケーが、ヘレジナに小さく頭を下げる。

「アリがとう、ヘレジナ」

「ヘレジナさん、だ。私を何歳だと思っておる」

「プル、……サンと同じくらいじゃナイのか?」

「……二十八だ」

「!?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたあと、クロケーが素直に言った。

「……ヘレジナ、サン」

「よろしい」

 満足げに頷くヘレジナを横目に立ち上がる。

「んじゃ、買い出し行ってくるわ。日が暮れるまでに帰らなければ、なんかあったと思ってくれ」

「気ィつけろよ。亜人の純人間への態度は嫌悪寄りだが、敵愾心を持ってるやつも絶対いるからな」

「オーケー。なんとか穏便に済ませる」

「行ってきまし!」

「い、……行ってき、ます!」

 二人と共に、騎竜を外された客車を降りる。

 預かり所の敷地を出ようとしたとき、先程の従業員がヤーエルヘルに話し掛けた。

「君たちは、宿に泊まらないノかい?」

「あ、はい。問題ありましたか……?」

「アア。デキれば宿を取ってほシい。夜間は、従業員以外、誰も敷地に入れたくナイんだ」

 俺たちのことを疎んじているのも確かだろうが、この言葉も本音には違いあるまい。

 同じ立場なら、俺だって嫌だ。

「ど、……どうしよう、か」

「そうだな……」

 現状、わざわざ宿を取る必要はない。

 水はたんまりある。

 体を拭いても洗髪しても、六人で十日間は平気で持つ量だ。

 それに、今日はサルナバーレとトゥイレを食べるのだ。

 宿では調理が難しいだろう。

「急で悪いけどさ。俺たち、買い出し済ませたらもう出るわ。料金値切るとかはしないから」

「ソレは、構わないケど……」

「そのつもりで頼む。んじゃ、あとで」

 後ろ手に手を振り、従業員と別れる。

 プルとヤーエルヘルは、礼儀正しく挨拶をしているようだった。

 すぐに二人が追いつき、ヤーエルヘルが俺の左側、プルが俺の右側へと陣取る。

「え、と。よかったんでしか……?」

「現状、宿の利点って、風呂に入れることと、頼めばメシが出てくることだけだろ。今日の夕飯はヤーエルヘルのリクエストなんだから、利点が半分潰れてる」

「お、おいしいの、作るからね!」

「ありがとう、ございまし……」

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