4/最上拝謁の間 -6 千年の妄執

「──だ、だいじょうぶ。ただ寝てるだけ、……みたい」

 ヤーエルヘルの具合を診ていたプルが、そう言って微笑んだ。

 ヘレジナが、首をかしげる。

「しかし、様子がおかしかったな。口調も変わり、でしでし言わなかったように思う」

「そうなの?」

 ネルに頷く。

「ああ。実のところ、ネルが生きてるのはヤーエルヘルのおかげなんだよ。ヤーエルヘルが、諦めなかった。だから奇跡が起きた」

「……そっか」

 ネルが、ヤーエルヘルの頭をそっと撫でる。

「ありがとう、ヤーエルヘル。もちろん、みんなも。あたしは人に恵まれてるな」

「ね、ネル、体調どう? い、痛みとか、悪心は、……ない?」

 プルが、ネルの額に手を当てる。

「い、一度死んじゃったんだから、む、無理は絶対しないで。おかしなところがあったら、すぐに言って、……ね?」

「はーい。でも、今のところは本当にないかな。むしろ、死ぬ前より絶好調なくらい」

「それはそれで怖いが……」

 ヘレジナの言葉に、胸中で同意する。

 心配だが、今すぐにできることはなさそうだ。

「しッかし、サザスラーヤねえ。陪神なんざ迷信かと思ってたが、いるもんだ。生きてんだか死んでんだか、わけわからん状態だったけどよ」

「仮に生きてたとしても、さっき息の根止められたけどね」

「違いねえ」

 アーラーヤと軽口を言い合っていたヴェゼルが、不意に真面目な顔をする。

「……でも、これ、なるべく人に話さないほうがいいと思う。ラーイウラの王様は陪神を食べて千年を生き長らえた化け物でした──なんて、言ったところで誰も信じないし、相手も自分も不愉快になるだけだ」

「うん」

 ネルが頷く。

「ヴェゼルの言う通り、このことは秘密にしましょう。ナイショよナイショ」

 ネルは気丈に振る舞っている。

 でも、心はきっと、ずたぼろだ。

「──あ、そうだ。そう言えばみんな、どうして最上拝謁の間にいたの?」

「それ聞いてなかったな」

「ああ」

 アーラーヤが答える。

「まず、うちの小娘様が世継ぎの儀式を覗きたいって言い出してな」

「新王を心配したとおっしゃい」

「へいへい。で、そっちの三人に持ち掛けたらノリノリだったわけだ」

「ふ、ふへへ……」

「わ、私は止めたのだぞ! いちおう……」

 ヘレジナのことだから、最終的には好奇心に負けたんだろうな。

「でも、さすがにレイバルさんとかにバレるんじゃ──」

 そう口にしたところで、


 ──コン、コン。


 王の間の扉がノックされた。

「はーい?」

 ネルが応答すると、

「──サンストプラにおいて最も偉大なる新王、ラライエ四十三世。卑賤の身でありながらこの扉を開く不遜を、どうかお許しいただけないでしょうか」

 それは、レイバルの声だった。

「あー……」

 ネルが、プルに尋ねる。

「……こういうとき、なんて許したらいいの?」

「ええとね」


 ──バン!


 扉が、乱暴に開かれる。

「煩雑に過ぎる。こんなもの、勝手に開ければいいんだ」

「ジグ!」

 ネルの頬に喜色が浮かぶ。

 ジグの視線がネルに向けられ、

「……おい。ドレスが赤く染まってるのは、どういうわけだ」

「あー……」

 ネルが苦笑する。

「多少、危ない目に遭ったり遭わなかったりで……」

 ジグが俺を睨む。

「……ああ、俺のせいだ」

「後で詳しく聞かせてもらう」

「ちょ、ケンカはしないでよね! あんなん、どーしよーもないって!」

 わたわたと仲裁に入ろうとするネルを見て、レイバルが安堵の吐息を漏らす。

「……しかし、よかった。新王が御無事で」

「ネルでいいってば。言ったでしょ、片田舎の領主なんてこんなもんなんだから」

「ですが」

「──レイバル=エル=ラライエ」

「はい」

「今この場に限り、ラライエ四十三世をネルと呼び、一人の貴族として接しなさい。よろしい?」

「は、はい……」

 戸惑いを隠せないレイバルに、ネルが尋ねる。

「もしかして、あたしを心配してくれたの?」

「はい。御前試合の前にネル様からお話を聞かせていただき、きな臭さを感じたものですから」

 レイバルが、自分の胸に手を当てる。

「それまで、わたくしは、先王に対し何ら思うところはございませんでした。そういうものなのだ、と。しかし、ルニード=ラライエ様が消えたことは、明らかに不自然です。カタナ=ウドウ様がどうなるのか、快活なネル様が先王と同じようになられるのかと考えると、ふと不安に襲われたのです。そこで、皆様に、様子を見に行ってもらえるようにと」

「……そっか」

 ネルが、慈しむような微笑みをレイバルへと向ける。

「ありがとう、レイバルさん。あなたのおかげで、あたしは生きてる」

「……もったいない御言葉です」

 深々と礼をしたあと、レイバルが王の間を見渡す。

「して、先王は如何なさったのでしょうか」

「──…………」

 ネルが口を閉ざす。

 何と言えばいいのかわからない様子だったので、助け船を出すことにした。

「世継ぎの儀式で亡くなられたよ。儀式って、そういうものだったみたいだ」

「そう、ですか……」

 レイバルが目を伏せる。

 彼女にとっては、ずっと仕えてきた主なのだ。

 心中複雑だろう。

「そうだ、レイバルさん。元の客室でいいんだけど、空いてるかな。ここじゃ落ち着かないし、あたしもしばらくそっちで過ごそうと思うんだ。ヤーエルヘルも運びたいし」

「はい。下女が部屋を整えた頃合かと」

「じゃ、そっちに移動──」


 ──ガタッ。


 最上拝謁の間の方向から、物音がした。

「──…………」

 皆を守るように、前に出る。

 アーラーヤとヘレジナも、自分の武器に手を伸ばしていた。


 ずり、ずり、と。

 何かを引きずるような足音が、する。

 王の間に緊張が走る。

 やがて、現れたのは──


 あの、側近の女性だった。

 ただし、頭が二つある。

 女性の首筋から、もう一つ、両目を潰されたラライエの首が生えていた。


「──■■■■■■■■、■■■■」


 ラライエが、声にならぬ声を上げる。

「な、ア──」

 レイバルが腰を抜かし、這って逃げようと背を向ける。

 そのくらい、おぞましい光景だった。

 一歩、

 一歩、

 ラライエが近付いてくる。

「カタナ。あれが、ネルを危険な目に遭わせたのか」

「ああ」

 ジグが、まだ完治していない右手を掲げる。

「──これで火葬してやれ」

 その右手が、白く輝いた。

「わかった」

 差し出した神剣を、ジグが握る。

 白い炎が刀身を成す。

「ラライエ。千年の妄執は、ここで断つ」

 神眼を発動する。

 半呼吸で踏み込み、白き神剣でラライエを縦に寸断する。


「■■」


 二分割。

 四分割。

 六分割。

 ほんの半秒で細切れにし、火勢を最大に上げる。

 白い炎がすべてを掻き消し──


 ラライエは、この世から完全に消え去った。

 細胞の一欠片すら、残すことなく。


「──い、今のは……」

 眼鏡をずり落としながら、レイバルが呆然と呟く。

 アーラーヤが、苦笑しながら言った。

「見なかったことにしとけ。それがいちばんだ」

「は、はい……」

「れ、レイバルさん、だいじょうぶ……?」

 プルがレイバルに手を差し出す。

「ありがとう、ございます……」

「ここ落ち着かないの、わかったでしょ。もう大丈夫だけど……」

 ネルの言葉にレイバルが頷く。

「……はい、一刻も早くここを出たい気分です」

「そーしよ」

 頷いて、ネルが苦笑した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る