3/ラーイウラ王城 -10 一回戦(上) 非才の男
第一組と第二組の奴隷が、王の御前にて睨み合う。
試合開始の宣言と共に、相手の命を花のように散らさんと鍔迫り合う。
腹部から内臓をこぼした第一組の奴隷が膝をつき、その隙に首を落とされる。
大量の血液が、大理石の床を汚した。
死体と血液は下女によって迅速に片付けられ、すぐに第二試合が始まる。
やがて、背中から肺を刺された第四組の奴隷が、待機場所へと運ばれた。
第三試合──
ジグと、第六組の奴隷が向かい合う。
試合開始の合図と共に、ジグの拳が奴隷の腹部へと叩き込まれた。
前から殴られたにも関わらず、背骨の折れる音が玉座の間に響く。
あれは、師範級の治癒術士では完治させられないかもしれない。
第四試合、第五試合、第六試合──本戦は粛々と進み、
「──これより、一回戦第七試合を執り行う。リィンヤンの領主ネル=エル=ラライエの奴隷、カタナ=ウドウ。並びに、ロウ・ララクタの領主ジゼル=エル=ラライエの七女、ヴェゼル=エル=ラライエの奴隷、アーラーヤ=ハルクマータ。前へ!」
「──…………」
パン!
両頬を思いきり叩き、自らを鼓舞する。
「──行ってくる」
「が、がんばって!」
「……生きて、くだし。死なないで」
「大丈夫だ、ヤーエルヘル。カタナはこんなところで死ぬ男ではない」
「はい……」
「──カタナ」
ネルが、こちらに右手の甲を向け、一礼する。
「サザスラーヤの御加護のあらんことを」
皆の言葉に背中を押され、俺は王の御前へと歩いていく。
ここで、どれだけの血が流れたのだろう。
黒い染みと、赤い染み。
古いものと新しいものとが混じり合い、大理石の床を生々しく彩っている。
軽く、足元を確認する。
滑らない。
これならば、足を取られることもないだろう。
「──よう、色男」
正面に立ったアーラーヤが、第三者には聞き取れない程度の声量で、気さくに話し掛けてくる。
「こうして話すのは初めてだな。見てたぜ、予選」
「ああ、こっちも見てた」
「そいつはどうも」
アーラーヤが、顎を撫でながら口を開く。
「お前は、強い。天才ってやつか。ただの人間が到達し得る技量の限界を、遥かに超越してる。俺は遅咲きの凡才でね。お前くらいの年にゃ、まだ徒弟級だったよ。それに、お前さんマジもんの奴隷だろ。体操術なしでその実力たァ、元は上位かそれ以上か。だが、それでも──」
その目が、鷹のように鋭く細められる。
「今は、俺のほうが強い」
「まずは舌戦で丸め込もうってか?」
「なーに、強いやつと話すのが好きってだけよ。なにせ、戦ったあとにゃ雑談なんてできやしないからな」
アーラーヤが、肩をすくめる。
「──あ、上位ってのは嘘だぜ。ヴェゼルにゃ内緒にしといてくれや」
「勝って告げ口してやるよ」
「おいおい、勘弁してくれ。同じ奇跡級中位同士、仲良く行こうぜ」
腰に差した二本の長剣を抜き放ち、アーラーヤが不敵に笑う。
「級位に気付いてんなら、こっちにも気付いてるだろ。俺は、まだ、本気を出してない」
「だろうな」
「できるものなら、引き出してみろ」
「その本気を出さないまま負けてくれるとありがたいんだけどな」
「瞬殺されたら、出せる本気も出せなくなるかもしれんぜ」
「……さすがに無理か」
「そう都合良くは行かせねえさ」
薄刃の長剣を抜き、正眼に構える。
低い太鼓の音が響いた。
「一回戦第七試合、──始め!」
合図と共に神眼を発動する。
アーラーヤが、既に懐へと潜り込んでいた。
速い。
逆手に握られた左手の長剣が、俺の首元を掻き斬ろうと迫る。
俺に与えられた選択肢は少ない。
短剣ならばともかく、長剣であれば、背後に飛び退いても間に合わないだろう。
俺は、右足を一歩後ろに下げ、上体を思いきり反らした。
長剣が鼻先を掠めていく。
だが、まだ避けきったわけではない。
二撃目が、来る。
アーラーヤが、一撃目の勢いを利用して上体を捻り、一拍溜める。
そして、右手の長剣で思いきり突きを放った。
動きとしては隙だらけだ。
だが、その速度が問題だった。
尋常ではない。
反撃に転じる暇がない。
下げた右足を時計回りに動かし、二撃目を辛うじて避ける。
次の瞬間には、俺の足元をすくうような低い斬撃が放たれていた。
ルインラインに迫る速度で襲い掛かる刹那の連撃。
回避するだけで精一杯だ。
だが、アーラーヤの攻撃には、理がない。
相手がこう避けるから、次はここを狙う──そういった理詰めの攻めではなく、ただただわけもわからず両手の長剣を振り回しているように見えた。
故に、避け続けること自体は難しくない。
防戦一方になることが問題だった。
四撃、
五撃、
六撃、
七撃、
八撃目の斬り上げを避けると、アーラーヤがいったん飛び退いた。
「やるねえ。とんでもなく目が良いな」
「そいつが自慢でね」
「だが、こいつはどうかな!」
再び懐に飛び込んできたアーラーヤが、俺の胴を薙ぐ。
避けた瞬間、その驚異的な身体能力で以て、一気に俺の背後へと回り込んだ。
神眼がなければ、何をされたのか理解することなく死を迎えていただろう。
背後から、再び八連撃。
逆手の首刈り、突きを放ち、俺の足元を薙ぎ──
「……?」
既視感。
俺は、アーラーヤの攻撃を避け続ける。
三連撃。
三連撃。
八連撃。
五連撃。
八連撃──
わかった。
アーラーヤには、自らの速度を制御しきるほどの動体視力がない。
だから、事前に体に叩き込んだ型通りの動きしかできないのだ。
特に、八連撃は、パターンが一種類しかない。
理解さえすれば、あとは簡単だった。
俺は、アーラーヤが八連撃を仕掛けてくるのを静かに待ち、その二撃目──突きが放たれる瞬間に、肩のあたりに〈刃を置いた〉。
「──が……ッ!」
アーラーヤの肩に、薄刃の長剣が突き刺さる。
それでも止められぬ三撃目のあと、アーラーヤがその場を飛び退いた。
「まさか──」
苦々しく口を開く。
「見切った、ってか」
「さあね。偶然かもよ」
「……いいな、その目。俺が、欲しくて、欲しくて、ついぞ手に入らなかったもんだ。才能ってーのは残酷だよ。特に、俺みたいな非才の身にはな」
「──…………」
「だが、非才には非才の戦い方ってやつがある」
アーラーヤが、長剣を握ったまま、腱を寸断された右肩に触れる。
一瞬だった。
一瞬で流れていた血が止まり、アーラーヤが右肩をぐるぐると回す。
「治癒術……」
それも、奇跡級。
同じ奇跡級のプルより熟達しているかもしれない。
「……なーにが非才の身だよ」
「こっちは、泥くさーい努力をお前の年齢より長く積んでんの。お前が努力だと思ってるもんは、甘えくさったお遊びだよ。天才サマにはわからねえと思うけどな」
「──…………」
そうなのかもしれない。
神眼という〈才能〉があればこそ、俺はここに立っている。
アーラーヤには、それがなかった。
自らを非才と嘯く彼は、どれほどの修練を積み重ねてきたのだろう。
「──さて、本気で行くぜ」
アーラーヤが、腰の後ろから、更に二本の短剣を取り出す。
「いくら目が良くたって、避けられなければ意味はない」
そして、その短剣を宙に放り投げた。
回転していた短剣が、アーラーヤの肩の上でぴたりと止まる。
操術だ。
「四刀流」
まさか──
「絶技に散れ」
手数が、倍に増えるのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます