2/リィンヤン -12 必殺技
「──疾ッ!」
ヘレジナの右手に握り込まれた双剣の片割れが、ジグの顔面を浅く薙ぐ。
真剣である以上、ジグはそれを避けるしかない。
背を僅かに反らし、ジグが顎を引く。
たったそれだけの動作で、ヘレジナの初撃は空振りに終わった。
だが、
「覇ァ!」
ヘレジナも、それは織り込み済みだ。
一撃目で体勢を崩し、二撃目で仕留める。
僅かに引いたジグの首元に、ヘレジナの刃が肉薄する。
ジグは、ここで二択を迫られる。
後ろへ下がるか、あえて一歩を踏み出すかだ。
後退すれば、刃を避けられる。
前へ進めば、首に当たるのは、刃ではなく拳となる。
ジグは、前進を選んだ。
双剣を握り込んだヘレジナの裏拳が、ジグの首元を打ち据える。
体操術のないヘレジナは、非力だ。
ジグの首は太く、その頭部は頑として揺れることすらない。
ヘレジナの口角が上がる。
それは、まさしく、ヘレジナの狙い通りの動きだった。
ジグの腹部に、双剣の刃が迫る。
ジグが前進を選ぶことを見越して、ヘレジナがその場に刃を置いておいたのだ。
必殺の三撃目。
だが、その刃は、ジグの脇腹に刺さることなく、その親指と人差し指で止められていた。
「な──」
ジグの剛指が、ヘレジナから右の双剣を奪い取る。
そのまま左手の双剣も叩き落とされ──
「──終わりだ」
ジグが、ヘレジナの足元をすくうように、蹴りを放った。
「わッ、ぷ!」
ヘレジナが尻餅をつく。
まるで、詰め将棋だ。
手数で押し切るのではなく、先を読み合い、相手の裏をかく。
ヘレジナの戦法は、明らかに変化していた。
「今のは悪くなかった。この感覚を忘れるな」
「おお!」
ヘレジナの顔に、笑みが咲く。
「初めてジグに褒められた気がするぞ」
「悪くない、と言っただけだ。良くもない。今の戦法を体操術の速度で再現できたら、褒めてやる」
「素直じゃないやつめ……」
「随分いいとこまで行ったじゃん」
ヘレジナに手を差し伸べる。
「ありがとう、カタナ」
その手を引いて立たせながら、ヘレジナに言った。
「理で以て刃を振るう、か。だいぶできるようになったんじゃないか?」
「そうだろう、そうだろう」
「カタナ、やめておけ。こいつは調子に乗る」
「なにを!」
「一理あるな……」
「お前まで!」
ぶーたれているヘレジナの前に出て、言う。
「ジグ。また手合わせしてくれよ」
「カタナ……」
ヘレジナの視線が痛い。
だが、あとすこしなのだ。
あとすこしで、俺の刃はジグに届く。
「やめておけ。まだ本調子ではないだろう。それに──」
ジグが、こちらに背を向ける。
「次にお前と拳を交える場所は、もう決まっている」
「──…………」
御前試合まで、あと四日。
その前日に、ジグと雌雄を決する。
「せいぜい牙を尖らせておけ。楽しみにしている」
ジグは、そう言い捨てると、振り返りもせずに歩き去った。
屋敷の中庭に、俺とヘレジナだけが残される。
「……あの男、もはやカタナしか眼中にないな。少々、悔しい」
「首輪を外すまでの辛抱だって。ヘレジナは明らかに強くなってる。体操術が戻れば、奇跡級上位にだって届くんじゃないか」
「正直、自分ではよくわからん。多少はましになった気もするが……」
「傍から見てればわかる。確実に強くなってる。賭けてもいいぜ」
「……そうか」
ヘレジナが、力強く微笑む。
「であれば、賭けはノーゲームだな。私も、自分が強くなっていることに賭けるとしよう」
「ああ。それでこそヘレジナだ」
「しかし──」
双剣を拾い上げながら、ヘレジナが思案する。
「カタナは確かに強くなったが、あの男を倒すためには、何かもう一押し欲しい気もするな」
「それは、……まあ。そうだな」
俺も感じていた。
現時点でも、十戦すれば一度は勝てるだろう。
だが、それでは意味がない。
たまたま一本取ったからと言って、代わりに御前試合に出ては、優勝する確率をいたずらに下げるだけだ。
ただジグに勝つのではなく、ジグを上回らねばならなかった。
「まさか、神剣を使うわけにもいかんし」
「それで勝って出場しても、魔術扱いで失格になりそうなんだよな……」
そもそも、炎の神剣は使えて二十秒だ。
いつでも着火できる状況がなければ、ただの折れた長剣に過ぎない。
「──そうだ、思いついたぞ!」
ヘレジナが、得意げに言い放つ。
「必殺技だ!」
「なんか言い出したよ、この子」
「何を他人事のように。必殺技、素晴らしいではないか。カタナとて以前に使っていただろう。燕返しとかなんとか」
「いや、あれは試しにやってみただけであってだな……」
ヘレジナにも、アイヴィルにも、初見で防がれたし。
今となっては恥にカテゴライズされる思い出だ。
「ジグも言ってただろ。俺が目が良い。相手の動きに自在に対応できるのに、下手に型に嵌めてどうするってな」
「まあ、そうなのだが……」
ヘレジナが口を尖らせる。
「だが、それでは、自ら打ち込むこと自体が悪手ではないか?」
「それは──」
その通りだった。
相手の動きに対応する。
それは、対応できる体勢にあってこそ真価を発揮するものだ。
自ら攻めて体勢を崩すのは、悪手とまでは行かずとも、長所を殺すことに他ならない。
ひとたび攻め手に回れば、体勢は崩れ続ける。
思い返してみれば、そこをジグに狙い打たれていた気がする。
「なら、カウンター狙いで待ってたほうがいいのかね」
「それこそ悪手であろう。神眼とて、継続発動は五分が限度と聞いたぞ。膠着した場合、疲弊するのはカタナばかりだ」
「まあな……」
顎に手を当て、思案する。
「……なら、どうすりゃいいんだ?」
ヘレジナが、薄い胸を張った。
「だから、必殺技だ!」
「ええ……」
「何故引く」
「だって、なあ?」
「カタナには攻めの手段が足りない。相手の失策を待つのは常套だが、相手が強ければ強いほど機会は巡って来なくなる。長期戦になりやすいのだ。であれば、必殺技を用いて短期決戦に持ち込むのが戦術というものだろう」
「言ってることは、まあ、わかるんだが」
ヘレジナの分析は的確で、妥当だ。
だが、
「……必殺技かあ」
「何故嫌がる」
「必殺技を持ってる一般人って、どうなのよ」
「カッコいいではないか!」
「……でもま、攻めの手段は必要だよな。すこし考えてはみる」
「できたら教えるがよい。名前をつけてやろう」
「ええ……」
「何故嫌がる!」
「パーティ名は全員のことだったけど、今回は俺個人のことだからさ。カッコよすぎると逆に痛々しい……」
「なに、名前負けしないような必殺技にすればよい。カタナであれば、できるはずだ」
できっかなあ。
どうかなあ。
でも、攻めに転じるための一手が欲しいのは事実だ。
真剣に考えてみよう、とは思った。
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