1/赤銅の街道 -4 鏖殺
──カチッ
首元から響いた音に、うっすらと目を開く。
「ぐ、う……」
押さえつけられている。
何者かが、俺を、背後から組み敷いている。
「──おっと、お早い目覚めで」
知らない男の声だ。
「旅、……人、狩り……」
「正解だ」
旅人狩りの男が、まだ自由の利かない俺の髪を掴み、無理矢理顔を上げさせる。
俺の視界に、十数人の男たちが映る。
そのうちの一人が、ぐったりしたヤーエルヘルに金属製の首輪を嵌めるのを見た。
「──…………」
抗魔の首輪。
ラーイウラ王国の奴隷が嵌められる、
俺の首にある違和感も、恐らくそれだろう。
「……くそ……、ッ……」
身をよじる。
自由を求めて。
だが、
「お。元気だな、──ッと!」
脇腹に衝撃と、鮮烈な痛み。
「がッ……」
殴られたのか、呼吸ができなくなる。
「大人しくしてろ。またぶん殴られたくなかったらな」
「──…………」
落ち着け。
深呼吸をしろ。
必ず、機会は訪れる。
「──おーう、ションベンくせえけど上物がいたぜ!」
「どっちも胸はねえが、顔は極上だ。ちっと青いが美味いぜこいつは」
屈強な男たちが、気絶したプルとヘレジナを担ぎ、騎竜車の外へと運び出す。
「おい、首輪は嵌めたか」
「いーや、今からだ。たっぷり煙を吸わせたから、朝まで眠ってるだろうさ」
「さっさと嵌めろ。金髪の方は奇跡級の剣術士だ。体操術を封じとかねーと、痛い目見るのはこっちだぜ」
「おーこわ」
情報が漏れている。
最初から俺たちに狙いを定めていたということか。
「おい、金貨だ! 百枚はあるぜ!」
「これで俺たちゃ大金持ちだ!」
「うおおおおおお──ッ!」
旅人狩りたちが、雄叫びを上げる。
「祝杯だ! 女どもをひん剥け!」
「はあ……、はァ……、おれ、この亜人のガキがいい……」
「がはは、ド変態がいんぞ!」
「でも、ガキは締まりがいいからなァ」
まだか。
まだか。
機はまだか。
俺は、このまま、見ていることしかできないのか。
ギリ、と、奥歯が砕けんばかりに歯噛みする。
目に涙すら滲んだときのことだった。
「──やめなさい」
背後から、聞き覚えのある声がした。
「ゼルセン……ッ!」
機だ。
待ち望んだ、機だ。
ゼルセンが、旅人狩りの集団に勝てるとは思わない。
だが、俺の拘束が解けさえすればいい。
「逃げろ……ッ!」
逃げれば、俺を組み敷いているこの男が、ゼルセンを追い掛けるかもしれない。
そんな思いを込めた言葉だった。
「逃げる? ははは、そんな必要はありません」
ゼルセンが、俺の前へと回り込む。
「ワンダラスト・テイルの、カタナ=ウドウ。奇跡級下位の実力があっても、見た目通り非力のようだ」
「……ッ!」
理解する。
「お前の仕業か! 馬車の積み荷は、こいつらか……ッ!」
「はい、その通り。大きめの馬車とは言え、むくつけき男たちを十七人も詰め込んだものですから、それはもう臭くて臭くて。ですが、それだけの価値はあったというものです」
ゼルセンが、嫌らしい笑みを浮かべる。
「あなたたちは高く売れる。御前試合が近いですから、どの貴族からも引く手数多でしょう。強姦はいけません。商品価値が下がってしまう」
旅人狩りの男たちが、情けない顔をする。
「でもよう……」
「しかし」
ゼルセンが、十七人の男たちに向き直る。
「あなたたちも溜まっていることでしょう。裸に剥いて口に突っ込むのだけは許可いたします」
男たちが歓声を上げる。
「さッすがゼルセンさん! 話がわかる!」
「服は破かないように。上等な生地です。それも売れますからね」
「ケチくせえこと言うなって!」
旅人狩りの一人が、プルの服を思い切り破く。
ふるん、と。
プルの小ぶりな乳房が露わとなった。
「──…………」
殺す。
どす黒い怒りが腹の底から湧いてくる。
だが、怒りは俺を強くはしない。
男たちが怯むこともない。
都合の良い覚醒など、望むべくもない。
これは漫画ではないのだから。
「──…………」
ゼルセンが、プルの元へと歩を進める。
そして、
──ドガッ!
「ぶッ……」
プルの服を破った男の顔面を、かかとで思い切り踏み抜いた。
「誰が破れと言いましたか?」
「……し、しびばぜん……」
男の鼻から血がぱたぱたと溢れ落ちる。
「ひっ……」
かすれた悲鳴に、そちらを振り向く。
目を覚ましたヤーエルヘルが、男の腕の中で縮こまっていた。
「はァ……、は、はァ……、可愛い、可愛いなァ……」
ヤーエルヘルを抱きすくめている男の手が、獣耳に触れた。
「や、やめ……」
男のひとで耳を触らせたの、カタナさんが初めてでし。
「──……嗚呼」
汚された。
俺とヤーエルヘルの思い出が、穢された。
「……う、うう……」
ヤーエルヘルの頬を、涙が伝う。
男が、その涙を、汚らしい舌で舐め取った。
「はァ……、はァ……、脱ぎ脱ぎしようね……」
「──…………」
【旅人狩りを皆殺しにする】
【旅人狩りを殺さない】
「はッ」
目の前に現れた[星見台]の選択肢を、鼻で笑う。
決まっているだろう。
「──殺す」
俺は、そう呟いた。
「はは、そりゃ威勢のいいこって」
俺を組み敷いている旅人狩りの男が、にたにたと笑う。
「お前はここで、何もできずに、女どもが口を犯されるのを見てるんだよ」
男が、俺の耳元で、そう告げたときのことだった。
「──カタ、ナ、さん……!」
パチッ。
一筋の光が、ヤーエルヘルの指先から放たれた。
──ボンッ!
「がッ……!」
頭上で悲鳴が聞こえ、俺の体が自由になる。
「こ、こいつ……、魔術使いやがった!」
「あの首輪壊れてんじゃねーか!?」
ゆうらり、と。
立ち上がる。
コンディションは最悪だ。
薬のせいで、頭痛がする。
組み敷かれた肩が痛む。
体が重い。
だが、
「──十分だ」
神剣を抜く。
男たちが、一斉に警戒する。
「は、はは……。なんだ、あの剣折れてんじゃねえか!」
爆笑の渦が場を包む。
それでいい。
俺は、焚き火に近寄り、炎を斬った。
炎が神剣にまとわりつき、刀身を成す。
「は──」
炎の刀身は、二十秒しか保たない。
敵は、ゼルセンを抜いて十七人いる。
簡単なことだ。
一秒に一人殺せばいい。
──過度の集中力が、時の流れを押し止める。
無造作に持ち上げた神剣を、真正面にいた男へ振り下ろす。
怒りは俺を強くしない。
だが、躊躇をなくしてくれる。
良心を殺してくれる。
「ぶべ」
間の抜けた声を末期の言葉に、炎の刀身が旅人狩りの男を縦に寸断した。
一人。
隣の男を、速度を減じぬ斬り上げで、股間から真っ二つにする。
二人。
一歩踏み込み、奥の男たちを横一線に斬り払う。
腹に致命的な深さの傷を負った男たちの全身が燃え上がる。
四人。
跳躍し、プルの服を破った男の顔面を、炎の刀身で突く。
顔面が溶断され、大穴が空く。
五人。
虚空を薙ぎ、すこし離れた場所にいた男たちに業火を見舞う。
男たちが火達磨となる。
九人。
「この……ッ!」
不用意に近付いてきた男の首を、一息で刈り取る。
十人。
その勢いで、こちらに背を向けて走り出そうとした男の背中を炎の刀身でえぐり取る。
俺を組み敷いていた男だった気がする。
十一人。
バラバラの位置で呆然としていた男たちを、最短距離で斬り伏せていく。
十六人。
そして、
ヤーエルヘルの前に立つ。
「放せ」
「ひ」
「放さなければ殺す」
「……は、ひ」
男が、ヤーエルヘルを解放する。
ヤーエルヘルの手を引き、背中にかばう。
そのまま、流れるように、男を袈裟懸けに斬り捨てた。
十七人。
炎の刀身が掻き消える。
「──…………」
俺は、あえて残していたゼルセンの元へと歩み寄った。
「ヒッ!」
「首輪を外せ。外せば楽に殺してやる」
「た、た、体操術なしで……、ば、バケモノ……!」
「首輪を外せ。外せば楽に殺してやる」
「……ひ、そ、その……」
「首輪を外せ。外せば楽に殺してやる」
「は、外せないんですう……!」
「そうか」
折れた神剣を振り上げる。
「苦しみ抜いて死ね」
「あ、う゛──」
ゼルセンの股間に染みが浮かび、震える足元から汚らしい液体が漏れる。
悪臭。
漏らしたらしい。
「こ、殺ざないで……」
ゼルセンが、その場に膝をつき、額を土に擦りつけた。
「は、はず、外す方法、お、おじえまず……」
「言え」
「こ、国王の御前試合で、ゆ、優勝すれば……、ど、ど、奴隷は解放されます……」
「出る方法は」
「ら、ラーイウラの貴族、お、お、王位継承権を持つ貴族の、奴隷になれば……」
「わかった。楽に殺してやる」
神剣を構えたとき、
「──カタナさんッ!」
ヤーエルヘルが、俺の腰に抱き着いた。
「ストップ、ストップでし……!」
「ヤーエルヘルさん……!」
ゼルセンが、天使を見るかのような目でヤーエルヘルを見上げた。
「あちしたち、ラーイウラについてぜんぜん知りません。もっと情報を引き出してから殺しましょう」
「ひィ……」
ゼルセンの顔が、再び絶望に落ちる。
「……わかった」
神剣を鞘に収める。
「逃げれば殺す。聞かれたことに答えなくても殺す。役に立つと判断すれば、生かしてやる」
「はい……」
「プルとヘレジナはいつ起きる」
「……パ、パタの根を乾燥させて燃やすと、吸引式の睡眠薬になります。騎竜車の中へは念入りに送り込みましたので、たぶん、朝までは……」
「抗魔の首輪は、魔法、魔術を封じると聞いた。だが、ヤーエルヘルは魔術を使った。どういうことだ」
「こ、これは、純粋にわかりません……。なにせ、抗魔の──奴隷の首輪は、私どもが作ったものではなく、王都で製作、配布しているものですから……」
「──…………」
思案し、口を開く。
「ヤーエルヘル、魔術は使えるか?」
「いえ、さっきから試してるのでしが、やっぱり
「火事場の馬鹿力的なことだったのかもな」
「そうかもしれません」
「他に聞きたいことはあるか?」
「……しみません、まだ、頭が働かなくて」
事実、俺も頭が痛い。
考えがまとまらない。
だが、一つだけ確認しておくべきことがあった。
「ゼルセン。お前とあいつらは、ラーイウラの国民か?」
「は、はい……」
「じゃあ、死体が見つかったらまずいな。ヤーエルヘル、脱輪したときのためのシャベルが車内にあったろ。残った煙を吸わないように気を付けて、取ってきてくれ」
「どうするのでしか?」
「穴を掘らせて、埋めさせる」
ゼルセンが目を見張る。
「じゅ、十七人ですよ……?」
「深く掘ればいい。それだけの話だろ」
「……手伝いとかは」
ゼルセンの頬に、神剣の刃を押しつける。
「ぎッ!?」
神剣の中でまだ燻っていた炎が、刃先で創った傷を灼く。
焼灼された傷口からは、血が流れなかった。
「──お前、勘違いしてんじゃねえか?」
「つ、……づッ、う……!」
「〈掘るから手伝ってください〉じゃねえだろ。〈掘るから殺さないでください〉、だろ。立場をわきまえろ」
「は、……い……」
ゼルセンが完全に屈服し、額を土に押しつける。
「ヤーエルヘル。プルとヘレジナの介抱は頼んだ。俺は、こいつを朝まで監視する。二人が起きたら相談だな……」
「はい!」
ヤーエルヘルが、無数の斬殺死体を避けながら、騎竜車へ向かう。
その途中で、こちらを振り返った。
「──カタナさん」
「ん?」
「助けてくれて、ありがとうございまし」
「当然だろ」
「……その、かっこよかったでし!」
そう告げて、騎竜車へと入っていく。
「──…………」
その言葉を聞いて、俺はようやく我を取り戻した。
俺は、十七人もの人間を殺した。
手が震える。
足がふらつく。
俺の動揺がゼルセンに伝わらないよう、努めて平静を装った。
殺したい人間ならごまんといた。
世界ごと滅んでもいいと思っていた。
だが、俺は、一線を越えてしまった。
嗚呼。
──俺は人殺しだ。
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