異世界は選択の連続である[Re:] ～ブラック社員、自らのチート能力に叛逆す～

２／ロウ・カーナン -2 一攫千金への道

「……ヘレジナ。あれでよかったのか？」

　公安警邏隊詰所を離れ、大通りに面した広場で立ち止まる。

「いいわけがあるまい。だが、他に手はなかった。ここへ来ていまさらザイファス伯領へ戻るわけにもいかん」

「どうして──」

　ヤーエルヘルが、絞り出すように口を開いた。

「どうして、あちしを売らなかったんでしか……！　あちしを売れば、銀琴を失わずに済んだかもしれないのに！」

「──…………」

　ぽん。

　ヤーエルヘルの帽子に手を乗せる。

「悪いが、そんな選択肢はあり得ないな。仲間を売ろうなんてやつは、俺たちの中にはいない」

「う、うん！」

　プルが頷く。

「そ、そんなの、かっこよくないもん、……ね！」

「そうそう、その通り」

「でも──」

「でももへちまもあるものか」

「ふみ」

　ヘレジナが、ヤーエルヘルの頬を、むに、とつまんだ。

「私たちはパーティだ。仲間の失敗は自分の失敗だ。悪いと思うのなら、働きで取り返せ。ちまちまとギルド仕事をこなす余裕はなくなった。私たちは、地下迷宮へと挑まねばならなくなったのだからな」

「──……う」

　ヤーエルヘルの目から、大粒の涙がこぼれ出す。

「あ……、う、ありがと、ございまし……、ありが、……ございまし……！」

「泣くな泣くな。ほら、涙を拭け」

　ヘレジナが、苦笑しながら、ヤーエルヘルにハンカチを渡す。

「さすがリーダー。言葉の重みが違うな」

「……からかっておるのか？」

「いや、マジでそう思ってるよ」

「ふふん、ならばよい。普段から軽口を叩いておるから、お前の言葉には重みが足りないのだぞ。私を見習え」

「はいはい」

　ヘレジナはすぐ調子に乗る。

　皆に笑顔が戻るが、和んでばかりもいられない。

「地下迷宮となれば、準備が必要だな。あと情報も欲しい。そもそも何を準備すればいいのかすらわかってないからな。冒険者たちが三十年かけて踏破しきれてない迷宮だ。なんとか未探索の場所を見つけないと、ただの迷宮観光になっちまう」

「う、うん。い、五日間しかないし、むだなこと、できないね……」

　そんな会話を交わしていると、

「──おーい、ワンダラスト・テイル！」

　公安警邏隊詰所へ続く路地の向こうから、ウガルデがどすどすと走ってくるのが見えた。

「ウガルデ」

「よかった、釈放されたのか……！」

　俺たちの前で立ち止まるや否や、ウガルデが深々と頭を下げた。

「──すまん！　元はと言やァ、俺が騙し依頼を見抜けなかったのが原因だ。謝っても謝りきれねェ……」

「ち、がいまし……、あちしの──」

　パン、パン、と手を叩く。

「！」

　そして、顔を上げた二人に告げた。

「誰のせいだとか、誰に責任があるとか、そんなんは心底どうでもいいんだよ。こちとら時間がないんだ。有益なことを話そうぜ」

「……すまん、ありがとう」

　ウガルデが、なんとか微笑を浮かべる。

「それより、あんたはどうしてここへ？」

「ああ。あんたらの──ワンダラスト・テイルの身元引受人になれねェかと思って来たんだが、杞憂だったようだな」

　ヘレジナが腕を組んで言う。

「杞憂とも言い切れん。私たちは、迷宮に挑む」

「……なるほど。お宝見つけて、それで返すって寸法か」

　話が早い。

「だったら、ロウ・カーナンへ行け。最近、新しい枝道が発見されたらしい、厄介な魔獣の巣になってて探索が進めらんねェみたいだから、あんたらにゃちょうどいいだろ」

「おお」

　情報を掻き集める時間と手間が省けた。

「そうそう、そーゆーんだよ。俺たちが求めてたのは！」

「役に立てたか」

「助かる」

　しかし、新たな問題もある。

「で、でも、国境の通行証、どうしよう……。もともと、通行証を買うために、し、仕事を探してたんだし……」

「任せろ！」

　ウガルデが、自分の胸を叩いてみせる。

「それくらいなら、俺が出す。なァに、金のことなら気にすんな」

「……いいのか？」

　ありがたいけどさ。

「男に二言はねェよ」

「どうして……」

　ヤーエルヘルが、ウガルデの髭面を見上げ、尋ねた。

「どうして、優しくしてくれるのでしか……？」

「──…………」

　ウガルデが、困ったように顎を撫でる。

「……ヤーエルヘルの仲間が全滅した仕事は、俺が斡旋したもんだ」

「責任を感じている、ということか？」

　ヘレジナの言葉に、ウガルデが照れたような笑顔を浮かべる。

「……最初はな」

　そして、帽子の上からヤーエルヘルの頭を撫でた。

「でもよ。今は、なんだか、娘のような気がしてんだ。ガキなんざこさえたこともねェのにな」

「ウガルデさん……」

「あんたらなら、もう知ってんだろ。この子の秘密を」

　俺たちは、無言で頷いた。

「……ヤーエルヘルを頼んだ。あんたらは、ヤーエルヘルを、ひとりの人間として見てくれている。あんたらなら、信頼できる」

「言われずとも、だ」

　ウガルデが頷き、口角を上げてみせた。

「なら安心だ。通行証は一晩待ってくれ。俺が申請しておく。パーティ登録しといてよかったな。あれは身分証になるから、すぐに発行されるはずだ。ただ、登録証に写真術で顔写真を焼き入れなきゃならんから、写真屋までは一緒に来てくれねェか」

　そう言えば、この世界にも写真はあるんだったな。

　写真術なるものの存在は、流転の森でプルとヘレジナが漏らしていた。

　どんなものなのか、わりと興味がある。

「頼んだぜ、ウガルデ。俺たちの明日はあんたにかかってる」

「おうよ！」

　ウガルデが、意気軒昂と頷いた。

「──…………」

　ヤーエルヘルが、ウガルデの袖を引く。

「どうした？　ヤーエルヘル」

「……ありがとう、ございまし。あちしは孤独じゃなかったのでしね」

「当然だろ。人は、そうそう、ひとりぼっちにゃなれねェもんだ。よく覚えとけ」

「はい！」

　ヤーエルヘルが朗らかに笑う。

　それは、見ているこちらがほっとするような、元気が出るような、そんな笑顔だった。