1/ベイアナット -7 爆砕術
所持金は僅か。
だが、取らぬ狸の皮算用で、日持ちのする食材をたっぷり買い込んでしまった。
「わ、わたし、仕込みに入りまっす……。や、ヤーエルヘル、がんばって!」
「はい!」
ぱたぱたと手を振りながら平屋へ入ろうとして、
「──ふぎゃん!」
段差に足を引っ掛け、プルが派手に転倒する。
なるほど、今日はピンクか。
「だっ! だだだ、大丈夫でしか……!」
ヤーエルヘルが、慌ててプルを抱き起こしに行く。
「ら、らいりょぶ、だいじょうぶ……」
プルがいくら転んでも平気な理由は、奇跡級の治癒術にある。
〈転ぶ!〉と思ったら反射的に治癒術が発動するらしく、怪我をする前から治癒に入るので、そもそも大して痛くもないのだと言っていた。
忠実な従者であるヘレジナも、助け起こす際は怪我の心配よりまずスカートを直すことを優先するので、脊髄反射の治癒術への信頼度が窺い知れる。
ヤーエルヘルに気遣われながら、プルが扉の向こうへ消えていく。
「では──」
ヘレジナが、ヤーエルヘルへと向き直る。
「ヤーエルヘル、お前の実力を見せてもらいたい。お前はいったい、何ができる。師に何を教わった?」
軽く唾を飲み込んでから、ヤーエルヘルが答える。
「あちしは、徒弟級の魔術士でし。専門は爆砕術でし」
「……?」
ふと疑問が湧いて出た。
俺の様子に気が付いたのか、ヘレジナが解説を入れてくれる。
「爆砕術とは、火法系統、炎術の応用魔術だ。火薬との相似魔術と言えば、カタナにも伝わるだろう」
「──ああ、いや。そっちはわかる。言葉の響きでな」
「では、何を疑問に思ったのだ?」
「この世界の人らって、ほとんど全員魔術が使えるんだろ。なのに、わざわざ魔術士って分類を作ってる。それが不思議だったんだよ」
「そういうことか」
小さく頷き、ヘレジナが答える。
「一般人が日常生活を送るためには、炎術、灯術、操術があれば事足りる。魔術士とは、それ以外の専門性の高い魔術を扱う人間のことを指す。プルさまは治癒術士だが、広義の魔術士でもある」
「あー、なるほどな」
「?」
今度はヤーエルヘルが小首をかしげる番だった。
「この世界──でしか?」
特に隠す理由もない。
「俺、このサンストプラの人間じゃないんだよ」
「サンストプラ以外にも世界があるんでしか……」
「あるみたいだな。実際、詳しいことは俺にもわかってないけども」
パン、パン。
ヘレジナが両手を打ち鳴らす。
「お喋りは後だ。ヤーエルヘル、お前の魔術を見せてみろ」
「はい……」
ヤーエルヘルが、数瞬ばかり目を閉じ、意識を集中させる。
そして、
「はッ!」
右手の人差し指と中指とを揃え、数メートル先に落ちていた小石へと向けた。
指先から放たれた火花が、パチパチと爆ぜながら一直線に走る。
火の粉が触れた瞬間、
──ボンッ!
小石が弾け、粉々になった。
「おー」
炎術以外の攻撃魔術って、初めて見たな。
「ふむ」
ヘレジナが頷き、言葉を継ぐ。
「では、次に威力と精度を測る。可能な限り遠くの標的を、可能な限りの威力で爆砕してみろ」
「えと」
ヤーエルヘルが、戸惑いながら言う。
「いまのが精一杯だったのでしが……」
「……んえ?」
ヘレジナが間の抜けた声を上げた。
「しみません、徒弟級でしので……。威力は上げられるのでしが、そうすると、どこへ飛ぶのかわからなくて」
ヘレジナが、呟くように言った。
「……早まったか……」
「ごめんなし……」
雲行きが怪しくなってきたな。
俺にも責任があるし、ここは助け船を出しておこう。
「いや、十分だろ。まともに食らえば骨折くらいはする。強力過ぎても使いどころなんざないし、攻撃手段が一つ増えたくらいに考えようぜ」
「対人かつ
「あると思うか?」
「思わんな。魔術士と剣術士が真剣勝負を行った場合、ほぼ確実に魔術士が勝利を収める。理由は攻撃範囲だ。魔術士が距離を取って戦えば、剣術士は無力だ。カタナが私と手合わせした場合、十本のうち一本は取れるかもしれない。だが、私が銀琴を持って百歩先から攻撃を仕掛けてきたら、どうなる?」
「死ぬ」
「魔術士に真に必要なのは、攻撃精度なのだ。威力は二の次でいい。十歩先の小石にしか確実に当てられないようであれば、役には立たん」
「──…………」
ずうん。
そんな声が聞こえてきそうなほど、ヤーエルヘルが落ち込んだ。
「あのウガルデという男、酷なことをする。無力な子供を冒険者に仕立て、わざわざ危険に晒すとは……」
ヤーエルヘルが、ヘレジナの目をまっすぐに見据えた。
「あちしが弱いのは、あちしの責任でし。ウガルデさんは、あちしの意思を汲んでくれただけでし。悪く言わないでくだし……」
「……すまん」
ヘレジナが、存外素直に謝った。
「だが、足手まといは要らん。これは意地悪で言っているのではない。私たちに回ってくるのは、恐らく、高難度の仕事だろう。実力が離れていることは、お前自身を危険に晒すことに他ならん。自分の命は自分で守らねば、すぐに失ってしまうぞ」
場の空気が重くなる。
ヘレジナが案じているのは、ヤーエルヘルの身だ。
だからこそ、厳しい言葉で諦めろと言っている。
だが、それはそれで性急過ぎる。
「待て待て。ヤーエルヘルにしかできない役割がある。それを吟味してからでも遅くないだろ」
「!」
ヤーエルヘルが目を見張る。
「そ、それは、どんな役目でしか……?」
「プルの護衛だよ」
「!」
俺の言葉を聞いたヘレジナが、瞠目して頷いた。
「そうか……!」
「プルは奇跡級の治癒術士だ。内臓が焼け焦げたって、生きてるうちは治せる。でも、プルには攻撃手段も自衛手段もない。脊髄反射の治癒術にだって限界があるだろ。冒険者をやるって話になってから、その点はずっと気になっててな。だから、ヤーエルヘルの加入はちょうどいいって思ってたんだよ」
ゲームで得た経験や知識も案外役に立つものだ。
「カタナの言う通りだ。私は、ヤーエルヘルの能力ばかりを見て、パーティ内での役割分担のことを考えていなかった……」
ヘレジナが、ヤーエルヘルに深々と頭を下げる。
「足手まといだなどと言って、すまなかった。プルさまを守る役目を頼めるだろうか」
自分の非を認めて素直に謝れるのは、ヘレジナの長所だ。
「そんな、頭を上げてくだし! あちしが役に立てるのなら、嬉しいでし……!」
「感謝する」
顔を上げたヘレジナが、こちらを見た。
「カタナも、ありがとう。不用意にプルさまを危険に晒すところであった」
「パーティなんだから、誰かが気付けばいいんだよ。俺の頭が働いてないときに、いいアイディアの一つも出してくれればそれでいい」
「そうか」
ヘレジナが薄く微笑む。
「この感謝は、私の持てる限りの技術をカタナに叩き込むことで示そう」
「うげ」
「枝を持て」
ヘレジナが、短剣の長さに整えた二本の小枝を拾い上げる。
「ヤーエルヘルよ。せっかく仲間になったのだ。話の種に、特等席で見物していけ。奇跡級の剣術士同士の模擬戦というものを」
「はい!」
「……プルに心配かけない範疇でな」
呟きながら、俺は、愛用している一メートル少々の長さの枝を拾い上げた。
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