1/流転の森 -5 天下無双の方向音痴
「では──」
ヘレジナが、隣に置いてあった巨大な荷物の中から、紐でくくった分厚い紙を取り出す。
それは、見知らぬ文字が無数に書き込まれた地図だった。
当然だが、見たことのない地形に言語だ。
俺がそう感じたことを察したのか、ヘレジナが言った。
「北方十三国の共用語だ。国によって差異はあるが、たいていは通じる」
「ふうん……」
やはり、言語からして違うのか。
どうして彼女たちと不自由なく意思の疎通が図れているのかは謎だが、都合がいいことに違いはない。
すぐに答えが出るたぐいの疑問でもないし、考えるだけ無駄だろう。
ヘレジナが、図案化された縦に長い森を指差す。
「我々が今いるのは、ここ。パラキストリ連邦ザイファス伯領にある〈流転の森〉と通称される場所だ」
「流転、か」
その単語は気になっていた。
「我々は、パラキストリの隣国であるパレ・ハラドナから来た。目的地はザイファス伯領の西端にある〈地竜窟〉。流転の森は、旅路のちょうど中間点に当たる」
ヘレジナの指先が、地図の上を軽やかに滑る。
「だが、流転の森とは言わば迷いの森だ。千年前の神人大戦の折、大魔女アイロマスランドが要害として作り上げたものと語り継がれている。入るは易く、出るは難し。ここでは、あらゆるものが流転する。木々も、地形も、季節さえもだ。この泉の周辺は初夏の気候だが、先程通った獣道では雪が降っていた」
「……マジか」
飛ばされたのがここでよかった。
仮に真冬の泉なんぞに突っ込まれたら、凍死すら見えてくる。
「迂回はできなかったのか?」
素朴な疑問にプルが答える。
「わ、わ、わたしたちには、時間がない、でっす。る、流転の森を迂回すれば、五日は余計にかかる、から。間に合わない……」
「期限があるのか」
「ああ。それゆえ案内人を雇い、森を突っ切ることにしたのだが……」
当然、周囲にそれらしい人影はない。
「──くそッ! あの忌々しいエセガイドめ! 次に会ったらギッタンギッタンのバッタンバッタンにしてやる!」
ヘレジナが地団駄を踏む。
「なるほどな。どうにかして、この森を抜ける必要がある。だから、異世界から来たとかなんとか戯れ言を抜かす怪しい輩にも頼らざるを得ないと」
「じ、自分で言うの……」
「事実だろ」
ヘレジナが視線を逸らす。
「……実を言うと、問題はそれだけではないのだ」
「問題だらけだな……」
「さ、さ、さっき、魔獣に襲われて。そのとき、る、ルインラインとはぐれちゃって……」
「ああ、それで連絡を取りたがってたのか」
「はい……」
「我が師、ルインライン=サディクル。天下無双の武人なれど──その、なんだ。誠に遺憾ながら、いささか方向音痴の気がないこともなくてな」
よくその三人で旅をしようと思えたな。
そんなことを考えるが、さすがに口には出さない。
「つまり──」
頭痛がしそうな気分で、まとめる。
「流転の森を出る。ヘレジナのお師匠さんと合流する。これを同時に、なるべく早くこなせってことだな」
「うん……」
「無茶言うな」
「……ふへ、へ……」
プルが乾いた笑いを漏らす。
「無茶でもなんでも、やるのだ! やらねばパレ・ハラドナに未来はない!」
「また大きく出たな……」
だが、はぐれた仲間と合流する方法くらいであれば、数通りは思いつく。
軽く思案を巡らせていると、世界が色を失った。
【白】狼煙を上げる
【黄】ルインラインの痕跡を探す
【赤】大きな音を立てる
【青】先に流転の森を出る
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