2/魔術大学校 -6 思春期

「ところで、授業はどうだった?」

「座学は全員問題ないよ。ヤーエルヘルなんて、最優等生徒も目指せるって褒められたんだから」

 ふふん、とユラが小さな胸を張る。

「えへへ……」

「私たちは、一限目が座学、二限目が体操術の教室であった」

「派手にしてないよな」

「するわけなかろう。上の下程度で留めておいた。それでも人目は引いたがな」

 しかし、そうか。

 才色兼備、博学才穎の美少女が三名、同時に編入してきたんだものな。

 どう足掻いても話題になるに決まっている。

「カナトさんはどうだったんでしか?」

「こっち、悪目立ちしちゃったよ……。ほら、読み書きもできないし、魔力マナもないわで、お前何しにここに来たんだって感じの視線がひしひしと」

 ユラが、困ったように笑う。

「……それは、ちょっと、どうしようもないかも」

「ないものをあるようには振る舞えないものな。イオタ、午後からは何の授業だ」

 ヘレジナの質問に、イオタが答える。

「えと、さ、三限が剣術で、四限が座学です」

「……剣術かあ」

 どうしよう。

「あまり目立つことはするなよ」

「俺としてはしたくないんだけど、ちょっと、どうなるかな」

 イオタが絡まれたら、助ける。

 それは、俺の中で既に決定していることだ。

 相手が一般生徒であろうと、暗殺者であろうと、それは変わらない。

 可能な限り目立たないように対処するしかない。

「わたしは、カナトがしたいようにすればいいと思う。何かあったら遠慮しないでね」

「ん、ありがとう」

 許してくれる人がいる。

 ただそれだけで、いざというときに躊躇せずに済む。

 ありがたかった。

「──ああ、カナト。動くなよ」

「?」

 ヘレジナが、俺の口元に指を這わせる。

 そして、その指先をぺろりと舐めた。

「リロットバターがついていた。まだあるのだから、もうすこし落ち着いて食べんか」

「……ごめん」

 でも、今のはさすがに小っ恥ずかしいぞ。

 指摘したらヘレジナも真っ赤になるだろうから、言わないけど。

「イオタさん。プラムも美味しいでしよ」

「あ、ありがとう、ヤーエルヘルさん……」

「シィちゃん、お元気でしか?」

「うん。い、今頃は、寂しがってると思うけど……」

「また連れて来てくださいね」

「ふふ、うん」

 二人の様子を、微笑ましく眺める。

「竜好き同士、気が合うのかな」

「えへへ」

 ユラの言葉に、ヤーエルヘルが微笑んだ。

「シィのこと、可愛いって言ってくれる人、す、少ないですから……」

「フシギでしねえ」

「しかし、飛竜がペットとは珍しいな。いつから飼っているのだ?」

「……じゅ、十年くらい前に、お父さんに買ってもらったんです。ずっと、一緒です」

「飛竜って、成長が遅いのかな」

「牧羊竜も大きくはなかったし、そういう種なのかも」

「ぼくも、よく知らなくて……」

 だが、結局のところは、

「可愛いから、なんでもいいか」

「でしね!」

 談笑しながら昼食を囲む。

 最初は固かったイオタの表情も、食事が進むにつれて徐々に砕けていった。

 腕時計で時刻を確認する。

「──さ、そろそろ移動しないとな。三人とも、午後からも頑張って」

「私からすればお前のほうが心配だがな」

「じゃあ、また放課後にね」

「またあとでー、でし!」

 三人と別れ、剣術教室の開かれる第四グラウンドへと足を向ける。

 その途中、さまざまな生徒から冷ややかな視線を浴びた。

 噂が千里を走ったらしい。

「……あのさ、イオタ」

「はい?」

「あの三人って、イオタ目線だとどのくらい可愛いんだ?」

「えっ」

 イオタの顔が、一瞬で真っ赤になる。

「……え、その……、えー……」

「俺、ずっと一緒にいるからさ。麻痺しちゃってて」

「──…………」

 すう、はあ。

 深呼吸ののち、イオタが口を開いた。

「まず、ユラさんには気品があります。整った造作、美しい銀髪、すらりと伸びる両手足。そういった外見的要素だけでも図抜けていますが、優雅な仕草やたおやかな表情は上流階級出身であることを窺わせる。男子を狂わせ、女子からは憧れられる、言わば高嶺の花。ちびっこ剣術大会に師範が参加するような、いっそ大人げないくらいのレベルの違いを感じます。ヘレジナさんもユラさんと負けず劣らず美形ですが、彼女の魅力はその快活さ、さっぱりとした性格です。正しいことは正しい、間違っていることは間違っている。素直に笑い、素直に怒り、裏表が一切ない。竹を割ったようなその性格に親しみを感じる人は多いでしょう。女友達から恋人にランクアップしたい女生徒ナンバーワンも夢ではありません」

「あ、ああ……」

 思わず圧倒される。

 いつもの吃音はどうした。

「……じゃあ、ヤーエルヘルは?」

「や、ヤーエルヘルさんは、その……」

 イオタが、小さく頬を染める。

「か、か、可愛い、ですよね。その。訛りとか……」

「──…………」

 俺の口角が、にやりと上がる。

「そっかー、イオタ君そっかあ」

「な、なんですか……」

「男の子だな、と思って」

「ぼぼぼぼぼくは、同じ竜好きの仲間として!」

「わかってる、わかってる」

 イオタの肩に腕を回す。

「……でも、変な真似はしないように」

「しませんよ!」

「冗談冗談」

 年相応の男子らしい部分が見えて、すこし安心した。

 イオタを軽くからかいながら、第四グラウンドへと向かう。

 男友達との空気感が、なんだか懐かしかった。



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